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リアクション
●ザナドゥ:メイシュロット
突然、疳高い笛の音のような音が戦場に響き渡った。
それは城の内部より撃ち上げられた信号弾。
ザナドゥの闇空に、明るく輝く白い光が散り、ゆっくりと明滅しながら弧を描いて落ちる。
その色が示す意味は――――バルバトス撃破。
「やった!!」
「ついにバルバトスを倒したぞ!!」
顔を輝かせ、だれもが戦闘中であることを忘れ、こぶしや武器を持つ手を突き上げた。信号弾の意味は魔族兵には分からなかっただろうが、その光を見て歓声をあげる人間たちの姿を見れば、何が起きたか悟れたのだろう。がくりと地に手をつき、うなだれた。
そんな中、新たな魔族の一軍が後方より近づいているという伝令がバァルの元まで届いた。
数隻の船に乗り、大河を渡って進軍してきていると。
だがそれは玄秀率いるロノウェ軍・衛生大隊で、目的は負傷兵の収容だった。人間にもその意が伝わるよう、急きょ作られた赤十字の旗が風になびいている。
河岸まで戻ったバァルの前に立ったとき、玄秀もまた、テレパシーでバルバトス撃破の知らせを受けとっていた。
「メイシュロットは陥落し、バルバトスも討たれました。残存戦力差もあきらか。これ以上戦って血を流す意味はどちら側にもないでしょう。バァルさん、違いますか?」
玄秀の終戦を求める言葉にバァルもうなずく。
「それでも、先まで敵として戦っていた人間の世話にはなりたくないという魔族兵も多いかと思います。その者たちはこちらで引き受けます」
「承知しよう」
バァルが剣を鞘に収め、玄秀の手を握る。
こうして、メイシュロットの戦いは終戦を迎えた。
玄秀の指示で、ロノウェ軍衛生兵がメイシュロットから負傷兵の運び出しにかかった。運べない重傷者はその場で治療することになった。それまで戦っていたコントラクターたちも彼らの手伝いに回る。
治療者、輸送者、負傷者で混雑する中、バァルはロンウェルの城で会った、あの少年の姿を見つけた。
崩壊した家屋の壁に手をつき、バァルをじっと見つめている。そして、バァルがはっきりと自分に気付いたことを確認すると、ついて来いと言いたげにきびすを返した。
少年を追って、バァルはひと気のない瓦礫の山へとたどり着く。
数日前、彼の奸計にはまって瀕死の重傷を負ったバァルだったが、不思議と、少年と2人きりであることに恐怖感はなかった。彼はコントラクターだ。殺す気があるのなら何を用心したところで無駄だろうし、それに……彼にもう殺意はない。あらためて視線をまじえたとき、バァルは確信した。
「バルバトス様は負けちゃいましたよ」
瓦礫の山の頂上から、音無 終(おとなし・しゅう)はバァルを見下ろした。
「やれやれですね。あれだけの力を持つ魔神ならもしかして、と思ってたんですけど」
あるいは……その敗北にすらも、バルバトスにだけ分かる思惑があったのかもしれない、との考えがちらと脳裏をよぎる。バルバトスが死した今となっては、考えても仕方のないことだけれども。
終わってみれば、結局終にとってバルバトスは現実味のない、幻のような女だった。化け物のように強くて、美しくて、無慈悲。それでいて残酷な……まさしく「女」そのもののような女。それは、過ぎ去った風にも似ていた。地上にとどまることなく、何も残さず、ただ吹き荒れていくだけ。
それよりももっと生々しく、泥臭く、弱々しいくせに終を引きつける存在が、地上にはあった。
「ねえ、バァルさん。きっと、バァルさんにもバァルさんなりの考えがあって、あの会談を開いたのでしょうね。有無を言わせずいきなり戦争を仕掛けてきたような魔族を招くのですから、当然それを民や12騎士にも話して、理解を得ていたんですよね? だから当然、あの惨劇も皆納得しているんですよね?」
終はそこで一拍の間をあけた。
だがバァルが答えないのを見て、さらに言葉を続ける。
「そしてあの惨劇のあと……アナトさんが連れ去られてしまったことをエシムさんに心から謝罪して、あなたの気持ちを伝えましたか? ただ1人の姉を殺され、奪われた彼の気持ちを知ろうとしましたか? してませんよね。してたら彼だって、僕にあれほどたやすく操られたりしなかったでしょうから!
……まあ、そうだとしてもあなたは何も悪くない! 悪いのはすべてあなたを諌めずあなたの考えをそのまま現実にしてきた周りの者たちで、尊い領主様であるあなたは清廉な身、非の打ちどころのない存在だ! 罪を負うべき存在は、いつだってあなたの周りにいるんだから!
婚約者だった女性も、その弟も救えず、他者を知る努力も、自分を知ってもらう努力もせず、さりとて今の立場や決まりを変える覚悟もないあなただ! 己の思いつきをただ偉そうに押しつけるだけの無能な領主として、これからもみっともなく踊って、せいぜい僕を嗤わせてください!」
口にするうち、感情にとらわれてしまったか。うわずった声で声高に言い放つ終。バァルは答えなかった。それは、もう少年は自分で答えを出しているように見えるし、そう言う少年の方こそつらそうに見えたからだ。
彼は策略をくわだて、成功した。エシムを操り、バァルを銃で撃たせた。殺すには至らなかったとはいえ、その寸前まで追い込んだ。己の才を誇るべきだ。
なのにいざそうなってみて、実際は、満足とはほど遠い心境であるように見えた。バァルを嗤うと言いながら少年の目はいら立ちの光を浮かべ、歯は噛み締められている。浮かんだ表情は、笑みとはとても呼べない。
バァルには、少年は己にこそ腹を立てているように見えた。
「…………っ……」
何の反応も見せないバァルに、終は目をすがめ、舌打ちをしてきびすを返す。
「行くぞ」
殺気看破とフラワシで見張りをしていた銀 静(しろがね・しずか)を呼び寄せ、瓦礫の向こうに去って行く終。
遙遠たちが探しに来るまで、バァルは少年のいた瓦礫の山を見続けていた。