|
|
リアクション
頼りのクリフォトを失った魔族は、ここに至りついに戦意を失った。そんな彼らに確かに憎しみを抱く者もいたが、多くの者は慈愛を以て受け入れ、ウィール砦は負傷者――その多くは、魔族側に生じている――で一杯になっていた。
「はぁ……最初はどうなるかと思いましたけど、これなら一哉の行いも恨みを買うことはない……ですよね?」
呟くアリヤ・ユースト(ありや・ゆーすと)の前方、杵島 一哉(きしま・かずや)は肩に損害を負って動けなくなった魔族を背負って歩いていた。
「負けたからといって何も死ぬことはない、生きているなら、それでいい」
そう言って、一哉は戦闘中もどちらの陣営にもつかず、戦闘で負傷した契約者、魔族問わず安全な場所まで運び出していた。本人も自分勝手と分かっての行動だったが、戦闘が終わった今、多くの契約者が魔族を助ける方向で動いているのを見、案外自分は間違ってなかったのだなと思い至る。
「お疲れさまです! あ、そこで大丈夫ですよ、後はあたしたちが何とかします!」
歩いた先に、トラックを中心とした応急の医療キャンプが見えてくる。トラックを用意したミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が駆け寄り、負傷者を一哉から引き取って空きスペースに寝かせ、負傷の状況を確認する。
(もう戦いは終わったんだ! もう誰も傷つかなくていい、苦しまなくていい!)
その思いで懸命に治療を行うミルディアを、和泉 真奈(いずみ・まな)がらしいですね、と思いながら手伝いに向かう。これが戦闘中なら身体を張って止めたかもしれないが、クリフォトが倒れ、森も戦闘の終わりを告げてくれている。
「今は、ただ皆様のお役に立てるようにいたしましょう」
呟き、ミルディアの傍へと真奈が向かう。
「契約者、魔族、構うことない、どんどん運んでくれ! 怪我して痛いの苦しいのは、誰でも一緒なんだからな」
別所では、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が周りの者たちに指示を飛ばしながら、自らも負傷者の治療に当たっていた。予め必要な道具、薬を用意していたこともあり、彼の周りにはたちまち負傷者が運ばれ、ヴァイスはその全員に適切な治療を施していく。
「むぅ……ヴァイスは何故、奴らが憎くないのだ?
理解できん。俺の弟といいヴァイスといい、何故憎まない。何故殺さない。
ヴァイス、俺の弟はお前と同じように、敵を助けて、その敵に殺されたんだ。それを知っていて、それでも助けようというのか」
そんな彼を、護衛を任されたセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)が訝しげに見つめる。ただ負傷者の怪我を治すために奔走するヴァイスを見、セリカの頭の中をぐるぐると考えが巡る。
「……理解できん。できんが……弟の時と違って、今は俺がここにいる。
ヴァイス、お前は俺が、守ってみせる」
結局答えが出ないながらも、セリカは自らに課された務めを果たさんとする。
(戦いは終わったわ。だから、もう魔族と戦う必要なんて無い。
……それは皆も同じ考えみたいだけどね。最初から決めていたこととはいえ……少し、物足りないかも)
アルマイン・シュネーで、負けた魔族側が『残党狩り』の目に遭わないようにと警戒していた十六夜 泡(いざよい・うたかた)に、レライア・クリスタリア(れらいあ・くりすたりあ)が話しかける。
「泡さん、まだ一つ、大切なお仕事が残ってますよ。その為にたくさん、スペアボディを用意したんですよね」
ニッコリ、と笑うレライアを見、泡もそうね、と気持ちを切り替える。
……そう、私達にはまだ、やることが残っている。
1人で出て行ったとある方に、イルミンスールの“愛”を受け取らせるという仕事が。
●イルミンスール:校長室
「アーデルハイト様、言われた通りに務めを果たしてきましたのです」
ウィール砦での戦果を報告するためイルミンスールを訪れた伊織が、アーデルハイトに報告する。
「おぉ、ご苦労じゃった。すまんのぅ、おまえには随分と無茶を振ってしまったな。
じゃが、おまえのしたことは立派なことじゃ。胸を張ってよいぞ」
「あ、ありがとうございます――」
「そうだろうそうだろう、我の働きがあったからこそ、砦は守られたのだの」
「さ、サティナさんが胸張っちゃダメですー」
一緒に付いて来たサティナがえへんと胸を張り、伊織が慌てて抑え込む。そこに、帰還した泡とレライアが入ってくる。
「おぉ、おまえたちも帰ったか。ご苦労じゃった」
「ええ、本当に大変だったわ。もう、今回みたいな真似は絶対にしないで下さいね。
もっと私達、イルミンスールの生徒……いえ、シャンバラの仲間たちを信じて!」
泡の言葉を受け、アーデルハイトの表情が沈む。
「……そう、じゃのう。私はどこかで、背負い過ぎていたのかもしれぬ。もう少し力を抜くべきじゃったか。
おまえたちに学ばされるとは、私もまだまだ――」
『――――!!』
アーデルハイトが顔を上げた直後、満面の笑みを浮かべて泡が、拳を振りかぶりアーデルハイトを思い切り殴りつける。
「な、何するんですか泡さんっ」
「いやー、アレだけ迷惑かけたんだから、ほら、お仕置きって必要よねーって思うわけ。
もうみんなには、『気の済むまで殴っていいからね♪』って伝えてあるから。覚悟しなさいよ、アーデルハイト?」
「大丈夫です。スペアボディは沢山ありますから!」
レライアの後ろには確かに、山と積まれたスペアボディがあった。……全員からの“愛”を受け取った暁には、身体はともかくとして魂がすり減ってしまいそうな気がするが、それは知る所ではない。
「ほう、レライア、面白い事を考えたの。それでは我も一発大きいのを――」
「や、止めてくださいですー! はわわ、どうしてこんなことになったですかー」
その後、アーデルハイトは雄々しく? 生徒からの“愛”を受け切った。
その顔はどことなく嬉しそうに見えたとの話だった。……もっとも、二三発殴った頃にはひしゃげていて、どんな顔をしていたのか分からなかったのだが。
「いっっったーーーい!! ちょっと、もうちょっと優しくしなさいよ!」
「れ、レイナさん、もう少しお手柔らかに――っっっ!!」
「私にできることは、このくらいですから……」
激しい戦闘を生き残り、あちこちに傷を負ったカヤノと美央を、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が“心を込めて”治療に当たる。
(あはははは……裏、出てないよな?)
あまりの心の込めっぷりに、ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)はもしやと心配するが、表情はいつものレイナだ。思うに、ここまで怪我を負わせてしまったことを彼女なりに気にかけているのだろう、そう思うことにした。
「傷が後に残ってしまっては、大変です。そうならないよう、尽力させていただこうと思います」
「あ、あんたの気持ちは嬉しいけど、何か別のものが残りそうよー!」
「さ、流石は雪だるま王国が誇る回復のスペシャリストです……。
カヤノさん、これが終わったら雪だるま王国の温泉に入りましょう……がくり」
「ちょ、ちょっと! 死亡フラグ立てて先に逝かないで――ぎゃーーー!!」
……ともかく、カヤノを始め、五精霊の働き、そして多くの契約者の力があって、ウィール砦、『フォレストブレイズ』は守られたのである。
これらの機能は、今後イルミンスールの森を回復させるにあたって、大きな力となってくれるであろう――。