|
|
リアクション
第5章 アーデルハイトの説得と、誘拐の真相が明らかになるのこと
「うーん、「冬の女王」殿にもらったアイスは美味しいのう。シンプルなバニラじゃが、なかなかいける」
アーデルハイトは、幸せそうな表情で、「冬の女王」にもらったアイスを食べていた。こうしていると、とても5000歳の魔女とは思えず、10歳くらいのかわいらしい少女にしか見えない。
部屋は暖かく、氷でできた暖炉には火がつき、なぜか純和風のコタツと畳が中央にあるのであった。
「あのー、アーデルハイト様?」
天枷 るしあ(あまかせ・るしあ)が、おずおずと声をかける。
「ん、なんじゃ?」
のんきに答えるアーデルハイトに、るしあは続ける。
「アーデルハイト様とエリザベート様、「冬の女王」はご親戚では? アーデルハイト様は、「冬の女王」と、身内でぱやぱやしたいだけなのではありませんか? それでは、エリザベート様が拗ねてしまいます。どうぞ早く学園にお帰りください」
るしあが諭すように言うと、アーデルハイトは、途端に顔をしかめて見せた。
「私と「冬の女王」殿とは初対面じゃよ。別に私やエリザベートと親戚ではないのじゃ。それに、ぱやぱや……『いちゃいちゃ』したいとか、そういうつもりがあるわけでもないぞ。それに、エリザベートは私がいないことで少し困ればいいのじゃ」
予想外の反応に、るしあが言葉を詰まらせていると、姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)が進み出て、必死に説得をはじめた。
「夏の暑いのが嫌ならば、イルミンスールにも涼しくて快適な場所を作ればいいんじゃないか? あんたが帰ってきてくれないと、俺たちは夏休みが中止になってしまって困るんだ」
しかし、星次郎のパートナーの魔女シャール・アッシュワース(しゃーる・あっしゅわーす)は、高見の見物を決め込んでいた。
「ねえねえ、ボク、非常食でチョコレート持ってきたんだ。一緒に食べない?」
8歳くらいの少年に見えるシャールはアーデルハイトと一緒にコタツに入り、チョコレートを勧める。
「涼しい場所を学園内に作るのはいいが、帰るのは嫌じゃ。……チョコレートも美味しいのう」
星次郎の説得は聞き入れず、アーデルハイトはシャールにもらったチョコレートを美味しそうに頬張った。
そこへ、ブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)が進み出て、居丈高に話しはじめた。
「こんな所にいたか……さぁ帰るぞ。お前が帰らねば我々の夏休みが無くなるのでな。もたもたするな」
「なんじゃ、お前は。たしか、うちの研究生だったと思うが、それが目上の者に対しての言葉づかいか?」
アーデルハイトは、コタツから立ち上がると、不機嫌そうにブレイズをにらみつけた。
「だいたい、夏休みのことなど、エリザベートが勝手に決めたことじゃろう。それを、私に向かって命令するなど、言語道断じゃ」
アーデルハイトの態度に、ブレイズはキレた。
「な!? ……き、貴様ー! 僕が下手に出ていればつけあがりおってこの魔女っ娘もどきの大年増がー!!」
「なんじゃとー!? 誰が大年増じゃ、このひょろひょろのひよっこが! さっきから立場をわきまえろといっておろうがー!」
「フン! 大年増に大年増と言って何が悪い! それより、誰がひょろひょろのひよっこだー!」
「むきー! 人生経験豊富と言わんか! こっちこそ、ひょろひょろのひよっこにそう言って何が悪い!」
ブレイズとアーデルハイトは、大人気ないアホな口論を展開しはじめた。
「……シュっ!」
突然、誰かの息の音とともに鈍い音が響き、ブレイズは身体をくの字に折り曲げて倒れ、沈黙した。
ブレイズのパートナーで、機晶姫のロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)が、ブレイズにボディーブローを打って気絶させたのであった。
ブレイズを担ぎながら、あっけにとられているアーデルハイトに、ロージーが説得する。
「皆、心配してます。ブレイズも……一応心配してたと思います。だから……帰りましょう」
「むう……。しかし、元はといえば、今回の件はエリザベートが悪い! だから、私は帰らないからな」
ロージーの言葉に、困ったような表情を浮かべて、アーデルハイトは答えるのだった。
そこに、フィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)が進み出て、アーデルハイトにひざまずく。
「アーデルハイト様、僕は尊敬するアーデルハイト様の弟子になりたいです! お城での生活に不便があるのではないかと思ったので、どうぞ僕を雑用係として使ってください!」
さらに、茅野 菫(ちの・すみれ)も、弟子入り希望の旨をアーデルハイトに伝える。
「なぁ、婆さんって、すげー魔法使いなんでしょ? あたしを弟子にしてくれよ。あたし、まだまだ駆け出しだけどさっ、婆さんみたいな魔法使いになりたいんだっ」
菫のパートナーの吸血鬼パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は、菫の発言をたしなめる。
「菫、そんなお願いのしかたじゃだめよ。もっと礼儀正しくしないと……。アーデルハイトさま、菫はまだ幼いです。やはり、きちんとした師匠の下で修行したほうがよいかと思いますので、弟子にしてあげてくださいませんか?」
アーデルハイトは、笑顔を浮かべると、まずフィッツに向き直り、優しく言葉をかけた。
「イルミンスールの生徒は、皆、私の大切な弟子じゃ。雑用の心配には及ばんぞ。その言葉だけ、ありがたく受け取っておくからな。これからも精進しろよ」
「はい、がんばりますっ!」
フィッツは、元気よく返事をした。
「私は『婆さん』ではないぞ! お前のパートナーの言うとおり、もっと礼儀正しくしないといかんな。弟子入りの件じゃが、今言ったとおり、イルミンスールの生徒は皆、私の大切な弟子じゃからな」
菫を叱りつつも、アーデルハイトは暖かく返答した。
「はーい、がんばってあたしもすごい魔法使いになるからねっ」
「よかったわね」
菫はガッツポーズしてみせ、パビェーダは優しく微笑んだ。
フィッツのパートナーでヴァルキリーのルーザス・シュヴァンツ(るーざす・しゅばんつ)は、「冬の女王」からの攻撃を警戒していたが、特に、敵意のようなものは感じられなかった。
「思ったよりのんきな雰囲気ですね。フィッツ殿やアーデルハイト殿に危害が及ばないのはよかったですが」
フィッツは周囲を見渡しながら独りごちた。
そこへ、蒼空学園のベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)と、パートナーの剣の花嫁マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)も、アーデルハイトを囲む会話に加わってきた。
「自分も、アーデルハイトさんとお近づきになりたいです! 危険な目にあっているのではないかと心配していたけど、元気なようでよかった!」
「アーデルハイトさんはイルミンスールの皆さんに慕われているのね」
笑顔で話しかけるベアとマナに、アーデルハイトもうれしそうに答える。
「他の学校からわざわざかけつけてくれたのか。今時、真面目な若者じゃな」
「ベアさんとマナさん、だっけ? 僕はフィッツ・ビンゲン、あっちはパートナーのルーザス・シュヴァンツだよ。よろしくね」
「あたしは茅野 菫っていうんだ。こっちはパートナーのパビェーダ・フィヴラーリだよ。色違いの双子みたいでしょ。よろしくねっ」
「こちらこそよろしく!」
「よろしくね」
フィッツと菫たちは、ベアとマナと握手を交わした。
そこへ突然、部屋の窓が開き、冷たい外の空気が吹き込んできた。
白いシーツをかぶった謎の人物が入ってきたのであった。
「とうっ」
ヒーローっぽい声を上げて、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が、かぶっていたシーツを放り、アーデルハイトの前にジャンプする。
「アーデルハイトさん、救出に参上しました! イルミンスールでは、アーデルハイトさんがさらわれたことを嘆く生徒の悲しみの声が満ち満ちています! 見てください、これを!」
クロセルは、手紙の束を、アーデルハイトに差し出した。
「ん、なんじゃこれは。『……アーデルハイト様がいない日々は、あんこの入ってないあんパンみたいで悲しいです。あんこの入ってないたい焼きでもいいかもしれません……』」
アーデルハイトは、しばらくクロセルの手紙を読んでいたが、やがて、ジト目でクロセルをにらみつけた。
「これ、全部お前が書いたんじゃろう」
「なぜそれを! ……いえいえ、そんなことはありませんよ」
「ばかもん! 全部、筆跡が同じじゃろうが! くだらないことをするんじゃない!」
クロセルが捏造した「アーデルハイトがさらわれた事を嘆く生徒の声」はすぐにばれて、クロセルはアーデルハイトにお説教されてしまった。
「あれー、アーデルハイト様を華麗にお救いすれば、エリザベート校長からの評価はウナギ昇り、鯉のぼりに違いないと思っていましたのに……」
クロセルはしょんぼりしながらつぶやいた。
そこに、また一組、白いシーツをかぶった者たちが現れた。
水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)と、パートナーで機晶姫の鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)であった。
白いシーツをかぶって氷の城の中を隠れて進む作戦であったが、九頭切丸は身長200cmの黒い装甲そのものの姿であり、ぜんぜん隠れていなかった。
「なにしてるんじゃ、お前ら……」
アーデルハイトの言葉に、睡蓮はびくっとしてシーツから顔をのぞかせる。
「ど、どうしてバレたのかしら、九頭切丸?」
睡蓮の言葉に、九頭切丸は無言で不思議そうに首をかしげた。
「そ、そうだった……。私たち、アーデルハイト様を救出しに来たんです! エリザベート校長が心配してますから。エリザベート校長は、まだ7歳ですし……。とっても心細いんじゃないかと思います……」
涙ぐむ睡蓮に、アーデルハイトは、ため息をついて答える。
「あの娘は私を心配するようなタマじゃないぞ。そもそも、今回の件は、エリザベートが悪いんじゃからな」
「なあ、さっきから、エリザベート校長が悪いって言ってるけど、それってどういうことなんだ?」
星次郎が訊ねると、アーデルハイトは、うつむいて、わなわなと肩を震わせた。
「あの娘は……」
全員が、固唾を飲んでアーデルハイトをみつめる。アーデルハイトは、きっと顔を上げると、怒り心頭といった調子で言った。
「エリザベートは、私が大切に取っておいた貴重な『シャンバラ山羊のミルクのアイス』を勝手に食べてしまったんじゃ! しかも、そのことを謝るどころか、『年寄りは子どもにアイスを譲るものでぇす!』などと言いおった! あやつが悪いくせにこの私を理不尽な年寄り扱い! 絶対に許せん! そこに、「冬の女王」殿が、なんでもしてくれるといってあらわれたので、帰らないでやろうと思ったのじゃ!」
アーデルハイトの衝撃の発言に、その場にいた全員が、硬直した。