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(3)校内の混乱を鎮めよ・2―混乱拡大―

 少し時間を巻き戻して。
 クロードを探して校内を生徒たちがあわただしく駆け回っている中、そろりそろりと移動している集団があった。
 メニエスと、彼女に誘われてクロードの薬に興味を持った者たちである。さきほどからまた4人ほど人数が増えている。
「ふふ…こんな楽しい経験を見逃すわけにはいかんからの……」
 と楽しそうなのはエレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)。一緒にいる羽瀬川セト(はせがわ・せと)は仕方なく彼女についてきていた。
 また和原 樹(なぎはら・いつき)フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)たちもいたが、彼らは薬に興味を持ったのだがとりあえず見学したいという理由でついてきていた。

「この奥がクロード先生の研究室のはずよ」
 メニエスが廊下の奥を指さした。
 すると、柱の影から、数人の人影が現れた。
 遠野 歌菜(とおの・かな)ブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)ウェイド・ブラック(うぇいど・ぶらっく)たちである。先ほどアーデルハイトが言っていた、クロードの研究室を見張っている生徒たちであった。ブラッドレイが禁猟区を使い、薬をねらうものたちが近づいてこないか見張っていたのである。
「どさくさに紛れて先生の薬をねらう連中がやっぱり来たわね! そんな泥棒まがいの行為、この私が許しません!」
 歌菜は構えていたランスをセトたちの方へと向けた。
「なんですかあなたたちは。さては、薬を独り占めするつもりですね。いけませんよそんなこと」
 状況をよく把握していないぽに夫が歌菜に言う。
 ブラッドレイがあきれたように、言い放った。
「おいおい、どんなことを言われてここにやってきたのか知らないが、この薬はクロード先生が怪物化した元凶なんだぞ。飲んだらなにが起こるかわからないんだ」
「なんですと!」
 ぽに夫は驚いた。といっても、彼以外の者たち、波音などはすでに知っていたわけだが……
「その通りよ。でも薬が画期的な育毛剤なのも本当の話よ。運が良ければちゃんと効くわ」
 メニエスが言った。
「運が悪くて怪物が増えたら困るであろう。それに貴重な薬を無駄にすることにもなる。退かないようなら実力行使しかないが……」
 ウェイドはワンドを構え、呪文を詠唱する。
 廊下に雷術の雷が走った。
 セトは急いでメニエスたちの前にでて雷から皆をかばう。
「ちょっと、いくらなんでも生徒相手にそれはないでしょう」
「そちらから攻撃してきたのだから、こっちも実力突破でいきましょうか」
「……だな」
 ミストラルと樹が本気になっているようだ。
 歌菜たちも負けじとランスを身構える。その一触即発の空気は意外な形で壊された。

「その薬、あたいたちがいただくよー!」
 御弾 知恵子(みたま・ちえこ)フォルテュナ・エクス(ふぉるてゅな・えくす)が乗り込んできたのだ。
 フォルテュナは族車のような派手な装飾の機晶姫で、しかも何か大声で歌っていたので非常に目立った。
「ぼ、暴走族だ……」
 樹が驚きながらつぶやいた。一応校内なので二人ともバイクには乗っていなかったが、二人の走ってくる姿はまごうことなき暴走族に見えたのだ。
「フォルテュナ、後は任せたよ」
「わかったぜ」
 二人は二手に分かれて知恵子はクロードの部屋の中へ、フォルテュナは歌菜たちに向かって突撃してきた。
「なっ…!」
 歌菜はランスで身構えてフォルチュナの攻撃からブラッドレイたちを守った。ランスは機晶姫の体当たりをそのまま受け止め、フォルテュナは、その場でぱたりと気絶してしまった。
「うーん……」
「なんという捨て身の攻撃であろう……」
 ウェイドがあきれたように言った。
 しかしその間に、知恵子もメニエスたちも研究室に入ってしまってたのだ。
 ぴしゃり、と研究室の扉は閉じられてしまい、歌菜が押しても引いてもびくともしない。どうやら中で棚か何かで押さえられているらしい。
「ちょっと、これは予想外に研究室に来る人が多すぎよ……」
 歌菜が困ってしまったように言う。
 とりあえず応援を呼ばないと薬を取り返せないだろう。
 三人は急いで、助けを求めるために広場へと向かうことにした。もしかしたらその前に薬がなくなってしまうかもしれないけど、今は他に方法がないのだ……

 そして研究室に駆けつけたメニエス、知恵子たちは薬の入った鍋を囲んでいた。
「これがその薬だな」
 知恵子が珍しそうに鍋の中をのぞく。
 鍋はそれほど大きくはなく、薬の量は小さなコップで10人分くらいだろうか。
「全員足りるかな」
「俺たちは見てるだけでいいよ」
 樹やアンナたちがあわてて言う。メニエス、ミストラルも薬は飲まないので、どうやら足りるようだった。
「ではさっそく……」
 波音が各人にコップで薬を分けたあと、まず一番に口にする。味はふつうの薬っぽい味で、とくにおいしくはない。
 彼女の飲む様子を見て、エレミアやセトたちも薬を飲む。
「うーん、特に変化ないなあ」
「髪が長いと効きにくいんでしょうか……おや」
 がっかりしている波音にアンナは言う。しかし、次第に波音の体中毛が伸びはじめたのだ!
「わーっ、本当にクロード先生みたいになったよ!」
 波音はどうやら喜んでいるらしい。見た目は確かに小さなクロードそのものだった。違うのは彼女の元の髪色のせいか、全身が金色の毛で覆われていることだった。
 一方、他のものたちを見ると、うまく効いたらしく、全員膝のあたりまでかかりそうなロングヘアーに変化していた。
「おお、なんとすばらしい効き目でしょう」
 鏡を見てぽに夫は感動している。セトはエレミアや自分が怪物にならなくてほっとしているようだった。エレミアの方は怪物になって周りを脅かしてみたいと考えていたようで、少し残念そうだった。
「まあ悪くはないがの……」
「なるほどねえ……でもみんな同じ髪型になっちまうな」
 知恵子も満足そうだったが、前髪がじゃまらしく鏡の前で切っていた。
「このすばらしい薬を、ぜひだごーん様にも飲んでいただかなくては……」
 ぽに夫は窓の近くまで薬を持っていくと、外に向かって自分のパートナーへ呼びかけた。
「だごーん様、おいで下さい……!」
 その後よくわからない呪文のような言葉が続く。
「な、なんだ!?」
 樹が驚く。窓の外にはイルミンスールの森が広がっているのだが、突然何か大きなものが近づいてくる音がしたのだ。しかし姿は見えない。
 どすん、どすん……と大きな足音が聞こえる。外を見れば森の木の少ないところに足跡が出現するのが見えただろう。姿は光学迷彩で隠されていたが、ぽに夫のパートナーである巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)であった。
 光学迷彩によって時おり風景がゆがむのだが、そのゆがみから相当な巨体であることがわかる。
「だごーん様、これは世にも珍しい育毛剤です。是非姿を現して下さい」
「いや、現さない方がいいと思うわ……」
 メニエスがぽに夫を止める。口には出さないがほかの者たちも同じ気持ちだっただろう。
 ぽに夫は仕方ないので、だごーん様に座ってもらい、着ぐるみのマスク部分だろうと思う場所に薬を落とした。
「!!!!!」
 空中からうなり声が聞こえてくる。声からあまり快い感じはしない。中の人になにがあったのか……
「……どうやら、だごーん様は、けむくじゃらになってしまったようです。ロングヘアーになれば信徒が増えたでしょうに、残念です……」
 皆いろいろつっこみたかったが、脱力してなにも言えなかった。そうしているうちにだごーん様はこんなものかと思ったらしく、再び大きな足音をさせてパラミタ内海へ帰っていってしまった……
「何だったんだ」
 いつの間にか樹に三つ編みにされていたセトがつぶやいた。

 研究室での目的は一応達成された。
「それにしても、この後どうします?」
 アンナが波音にたずねた。彼女は相変わらず毛玉のままである。
「そうねえ、みんなを脅かして回るのもいいけど……そうだ、クロード先生に話しかけてみよう。もしかしたら話が通じるかもしれないよ」
「では、まずは先生を探さないとですね」
 アンナたちは、セトたちにも協力してもらってクロードを探すことにした。

 捕獲班の話では、プールにおびき寄せる計画だったから、まずはプールに向かおうとすると、すぐに生徒たちの集団に出会う。
「あ、クロード先生だー。先生ー、聞こえますかー」
 波音がクロードに大声で話しかける。波音に比べてクロードの体は2倍以上毛の体積がある。凶暴化すると毛の生える速度が違うのかもしれない。
 ちなみに現在の時間軸は、捕獲班がクロードをプールに誘いだして、プールに着く直前のことである。
 クロードをおびき出していた水神 樹たちは新たな金色毛玉怪物の出現に驚いたが、アンナが急いで事情を説明した。
「心配しないで、波音は暴れたりしないから……!」
 捕獲班を追いかけてきていたクロードは波音の姿を見て動きが止まった。
「うお…?」
 残念ながら波音にも言葉はわからなかったが、それでもクロードは同族(?)の出現に少し気を許したらしい。もぞもぞとゆっくり波音の方向へ近づいてきた。
「おとなしくなったようだね、このままプールに誘導できれば……」
 弥十郎の言うとおりであるが、なかなかことはうまく運ばないものである。

 べちゃっ。

 クロードが廊下に引いてあったロープを踏んづけたところ、天井からネバネバしたトリモチが降ってきた。
 ロープの根元には「転倒注意!!」の張り紙もある。
「だ、誰だ、こんなところに罠を仕掛けたのは……」
「ハハハ、もちろん僕たちです!」
 弥十郎の言葉に応えて現れたのは、白衣とナース服姿の當間 零(とうま・れい)ミント・フリージア(みんと・ふりーじあ)である。
「標的の足止めをするために、こうして学校の至る所に罠を仕掛けておいたのです」
「そうそう、捕獲の基本よね」
 たしかに罠は効果あった。しかしタイミングが悪かった。
 あれほど暴れていたクロードが気を許したその一瞬にまんまと罠に引っかかってしまったのた。これでは皆でクロードをだまし討ちしたようなものだ。もちろん誰が悪いわけでもなく、偶然そうなってしまっただけであるが……

「ぐおおおー!!」
 トリモチで少しの間身動きがとれなくなっていたクロードであるが、彼が大声を上げるとものすごい勢いで毛が生え変わりはじめた。
「なに! 罠が効かないだと……!」
「ちょっと、これはまずいよ」
 零とミントたちはあわてふためいた。クロードは先ほどにもまして怒っているようだった。
 トリモチのついた毛から解放されたクロードは、零と波音たちに向かって突進してくる。
「まって、先生の相手はこっちよ!」
 捕獲班の一人、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はクロードに向かって思い切り体当たりをする。元のルートに戻してプールに向かわせなくてはならないからだ。
 体当たりをうけたクロードは怒って髪の毛でルカルカを捕まえようとするが、うまく隙間をくぐってクロードから距離をとった。
「さあ、プールに向かいましょう」
 ルカルカの呼びかけにより、零たちと波音たちもプールへ向かうことになる。それを追って、クロードも先ほどより勢いを増して追いかけてくる。
 やがてプールの入り口が見えてきた。