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リアクション
「……予想外の場所に口があいたなあ」
バリケードの裏側に作られた物見台の上に光学迷彩を使って隠れている佐野 亮司(さの・りょうじ)は、バルバロッサがバリケードに開けた穴を見て呟いた。一応、バリケードのゲートから遠い側に出入り口を開けてあり、そこから侵入してきた敵を迎撃する作戦だったのだが……。
ちなみに、物見台は相手からすぐに見つからないよう、死角になりそうな場所に作ってあり、さらに一色 仁(いっしき・じん)の提案で、2か所ほどダミーの物見台を作ってある。この物見台を作るために、紅軍はバリケードの径を小さくせざるを得なかったのだ。
「実際の戦場では、状況に対応できる能力が必要ってか?」
亮司は、携帯電話を取り出して、棒のそばに居るはずのパートナー、向山 綾乃(むこうやま・あやの)に連絡をした。
「外側バリケードのゲート側に口が開いちまった。想定外の所から敵が現れる可能性もある。注意してくれ」
『わかりました』
「それから、そっちに伏せてる奴を何人か、新しく開いた口の方へ回してくれ」
『はい!』
返事を聞いて通話を切り、亮司はバリケードの外に視線を戻した。盾を掲げた黄軍の一団が近付いて来る。
「むぅ、これは……」
仲間の掲げる盾に守られながら紅軍の陣地に接近したケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)とパートナーのアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)の目的は、ドラゴンアーツを丘に叩き込んで地盤にダメージを与えることだった。
しかし、紅軍の外側のバリケードは、丘の斜面の一番下にある。ドラゴンアーツの射程はモデルガンの射程の半分以下なので、丘をドラゴンアーツで攻撃するには、バリケードの中に篭っている紅軍ディフェンスの射程内に飛び込んだ上で、棒や紅軍の生徒を巻き込まないように行うしかない。
ところが、紅軍はバリケードの内側に、グリム・アルヴィル(ぐりむ・あるう゛ぃる)や鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)、松本 可奈(まつもと・かな)、そして深山楓やネージュが、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)が刈っていた草を束ねて作った案山子を何体も用意した。特殊防具は人数分しか用意されないので、女子たちの予備の制服をかぶせて、それらしく見せてある。
「破ったりしたら、多分教官に怒られるよね。むやみに攻撃して来ませんように……!」
祈りながら、楓たちは土で作った遮蔽物の陰に隠れている。
攻撃するケーニッヒたちにしてみれば、肉眼による目視で案山子と人間の区別がつかない距離ではないのだが、バリケードや案山子の影に人間が隠れている可能性を考えれば、軽々しく攻撃は出来ない状況だ。
「仕方がない、バルバロッサが開けた穴から突っ込むか!」
アンゲロの言葉に従って、部隊が紅軍ディフェンスの射程内に突っ込んだ、その時。
彼らの背後から、モデルガンを撃つ音がした。ランニングの時に、神代 正義(かみしろ・まさよし)に妨害されていたクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)や朝霧 垂(あさぎり・しづり)、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)だ。
クレアたちは、ランニングを終えて演習場に戻った後、敵陣の射程外で攻撃の機会をうかがうふりをしつつ、実際は速攻に出た黄軍部隊の背後を狙っていたのだ。
「……しまった! やっぱり狙ってやがったのか!」
部隊の前面で盾を持っていたデゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)は歯噛みした。後ろに回り込まれる可能性に気付いていながら、正面からの攻撃を防ぐ役を選んだのが、失敗につながってしまった。
「ルケト、後ろへ回るぞ! 陣地からの攻撃に当たらないように気をつけろよ!」
「了解!」
パートナーのルケト・ツーレ(るけと・つーれ)に声をかけ、二人で攻撃を避けながら部隊の後方に回り込む。しかし、既に部隊の最後尾にいたケーニッヒとアンゲロは、背中にペイント弾を受けて競技終了の判定を受けていた。
「でも、これ以上はやらせないよ!」
「そのかわり、攻撃は皆に任せたぜ!」
ルケトとデゼルは並んで盾を掲げ、仲間たちの背中を守る。
「ええい、待て待て待てえっ! シャンバランただ今参上ッ!」
「パラミタ刑事シャンバラン」こと神代 正義(かみしろ・まさよし)が、片手で頭を、片手で腹をかばいながら紅軍の生徒たちに向かって突っ込んで来る。ケーニッヒたちのやや後方で突撃の機会をうかがっていたので、後方に回り込まれたことに気付くことが出来たのだ。
「危ないッ」
『禁猟区』を使って警戒をしていたハンスが、パートナーのクレアを盾でかばいながら叫ぶ。
「みんな、隠れてっ!」
正義が銃を構えるために腕を下げたのを見て、ライゼが『バニッシュ』を正義の前の地面に向けて放った。
「うおおおおおっ、目が!」
『バニッシュ』による光を直視してしまい、正義は思わず目を覆う。
「そこと、そこもかっ!」
クレアはハンスが構える盾から身を乗り出して、正義と、光学迷彩で隠れていた猫花 源次郎(ねこばな・げんじろう)を狙い撃つ。
「くそっ、ここまでか……!」
正義は悔しそうに地面に膝をついた。
「いやぁ、お前はちゃんと役に立ったさ。味方を守って、先に進ませたんだからな。……見ろよ」
光学迷彩のシートを外した源次郎がさばさばした表情で言った。その視線の先には、クレアたちの攻撃を逃れて前進する黄軍の生徒たちの姿があった。
黄軍の比島 真紀(ひしま・まき)は、バルバロッサが開けた突破口めがけて氷術を放った。空気を冷やし、細かい氷の粒を空気中に発生させ、敵の視界を奪う作戦だ。突破口付近の空気が白く濁る。
「今こそ、我々の出番! 行くぞ金烏!」
陣地の中で待ち構えていた青 野武(せい・やぶ)は、パートナーの守護天使黒 金烏(こく・きんう)に声をかけ、持っていた袋の中身を掴んで空中に撒いた。金烏がばっさばっさと翼で風を送れば、黄色っぽい粉状のものが、真紀が発生させた氷の粒と一緒に、バリケードの外へ……黄軍の生徒たちに向かって流れ出す。
「な、何ですか、これは!?」
ゴーグルに付着した黄色い粉を必死でぬぐいながらクロス・クロノス(くろす・くろのす)が叫んだ。
「これでは、飛び道具を打ち落とすことが出来ません」
クロスのパートナー、カイン・セフィト(かいん・せふぃと)も戸惑った声を上げる。
「ふわーっはっはっはっ、これぞ『資源を大切に、エコロジー煙幕』ッ!」
その様子を見て、野武は高笑いした。黄色い粉は、彼がバリケード構築中に集めていたおがくずをさらに細かくしたもので、それが、氷の粒が体温で溶けて湿ったゴーグルに付着したのだ。
しかし、凍った空気と砂ぼこりならぬ木ぼこりのおかげで、周囲の視界は最悪になった。せっかく敵の足を止めても、紅軍の狙撃手たちが狙い撃つこともできない。
「カ、カオスだ……」
観客席からその様子を見ていた野武のパートナーシラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)は、それを見て頭を抱えた。
「あの二人のこと、何かやらかすのではないかと思っていましたが……。しかし、まあ、よくよく見れば、味方の不利になるようなことにはなっていないのが救いですか」
白く濁った空気と木粉は、すぐに風に飛ばされ薄れて行った。汚れたゴーグルを拭いながら、黄軍の生徒たちは前進を再開しようとする。だが、予想外の事態が起きたことで、動揺するのは避けられなかったようだ。
先頭を切って進もうとした真紀のパートナーサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)の片足が、バリケードの内側に入る直前、膝まで泥に埋まった。どうにか泥から足を抜こうとするが、かなり粘度の高い泥で、ずっぽりはまってしまってなかなか抜けられない。どうやら、深めに掘った穴に泥を流し込んで、浅い水溜り程度のものに見えるように擬装してあったようだ。
「もらった!」
ジョーカー・オルジナ(じょーかー・おるじな)が、動きの止まったサイモンを狙い打つ。サイモンの胸に、黒いペイントがついた。
「やったぁ! 上手く行ったね!」
自分が仕掛けた罠が上手く行くか、固唾を飲んで見守っていたプリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)は、思わず手を打ち合わせた。
「だが、この罠は使い捨てだ。誰かがはまれば、次は警戒して来るであろう」
「いーのいーの、一人でも引っ掛けられれば上出来だよ! 警戒すれば、今度は足が遅くなるだろうしねっ」
ジョーカーはシビアな意見を言ったが、プリモは上機嫌でぽんぽんジョーカーの肩を叩く。
一方、
「突破口を広げるぞ、洪庵!」
林田 樹(はやしだ・いつき)は、盾の影からバリケードの様子を観察し、既に開いている穴の脇の板がぐらついているのを見つけた。
「そこだ!」
樹が指示した場所を、緒方 章(おがた・あきら)がランスを素早く繰り出して攻撃する。傷んでいた柱が折れ、バリケードの一部が吹き飛んだ。樹、章、クロス、カインは、壕を跳び越してバリケードの中へ侵入した。
「そうやすやすとは通しませんわ、棒を持っている仁の所へは、一人も行かせませんことよ!」
一色 仁(いっしき・じん)のパートナー、ミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)が、四人の前に立ちふさがる。
「いや、悪いが通させてもらう!」
樹はモデルガンでミラを狙い撃った。だが、ミラもランスを繰り出す。二人は相打ちになってしまった。
「く、悔しいですわ……」
唇を噛むミラと、胸から黒いペイントを流す樹をそこに残し、章とクロス、カインは先に進む。
「綾乃、敵が陣地内に侵入した!」
佐野 亮司は、物見台の上から携帯でパートナーに連絡する。
『さっき破られた場所からですね? 迎撃部隊を向かわせます』
綾乃からの指示に従って、待機していた迎撃部隊が動き出す。
「これは……迂闊に中で火術は使えませんね」
クロスが掲げている盾の影に入りながら、カインが言った。
紅軍の陣地は、二重になっているバリケードの間がかなり狭い。と言うことは、バリケードの向こうに隠れているかも知れないディフェンスとの距離も短いということだ。火術を使ってディフェンスを巻き込めば、危険行為に取られてしまう。
「ですが、盾だけでは攻撃を防ぎきれませんよ」
クロスが言う。顔に当たり判定があるため、盾を正面にかざし続けたまま進むことは出来ない。飛び道具を打ち落とすための手段はどうしても必要だ。
その時、
「とうっ!」
行く手から現れたグリム・アルヴィル(ぐりむ・あるう゛ぃる)とアム・ブランド(あむ・ぶらんど)が、何かをクロスとカイン目掛けて投げつけてきた。カインは反射的に火術を放つ。が、投げられたものはまったく燃えずに、クロスとカインの顔面に命中した。
「な、何!?」
先程木粉で黄色かった視界が今度は黒くなる。その隙をついて、バリケードに取り付けた隠し扉を抜けて来たマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)が背後から三人を襲う。ランスによる素早く鋭い突きで、ものの一分も経たないうちに三人は次々と倒されてしまった。
「ほら、泥団子も結構役に立つだろう? たかが泥、されど泥だよ」
「本当ですね……」
投げたのが湿った泥団子だからこそ、火術の炎を突き抜けて命中したのだ。自慢げに胸を張るグリムに、アムは目を丸くしてうなずいた。
「教官は、この競技で皆のどんなところを見ているんですか?」
技術科の一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、隣でバードウォッチングのようにひたすら双眼鏡をのぞいている楊明花に訊ねた。
「手柄を立てたかどうか、じゃないことだけは確かね。……猫花源次郎と緒方 章に一点追加」
明花の言葉を聞いて、アリーセは持っていたクリップボードに源次郎の名前を書きつけ、その隣に「一」の字を書いた。人数調整の関係でアリーセは競技に参加せず、明花の隣でこうやって記録係をしている。しかし、明花の評価が皆の行動のどのあたりを基準にしているのか、アリーセにはさっぱり判らなかった。
「まあ、身体的・精神的に強ければ、アウトプットも良くなることは予測されているのだけど。パートナーが居る状態で使うとなると、単なる個人としての強さだけではなくて、パートナーとの親和性も重要になって来るし、テスト要員から正式に運用要員になった時のことも考えなくてはいけないし……」
「はあ……」
すらすらと答える明花の言っていることが良くわからずに、アリーセは気の抜けた返事をした。道理で、選抜する側に加わりたいと申し出た時に、明花が首を縦に振らなかったわけだ。
「ところで、一条はテスト要員に志願しないの?」
「……えー……テストされる方よりする方に回りたいかなあと思いまして」
明花の質問に、アリーセは慎重に言葉を選びながら答えた。正直なところを言えば、『これ以上人柱にはなりたくない』ということなのだが。
「そうよね、テストする方が楽しいわよね」
明花はうきうきと微笑する。
(太乙教官、かわいそう……)
明花の実験に協力しすぎて寝込んでいる明花のパートナー、太乙を思い浮かべ、アリーセは心の中でこっそりとため息をついた。
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