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リアクション
【第4章・ヌシの影】
六本木優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、意気込んでいた。
事前に雲魚釣り用の良い服や装備、釣り道具に専門書を購入するという万全の準備をした上で、アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)とミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)のふたりに完全武装をさせてヌシを待っているのだが。
ヌシの影はもとより、他の魚も食いつく様子はなかった。
しばらくは専門書などを読んで勉強していた優希だったが、やがて環菜の隣に腰掛け、
「あ、あの御神楽校長先生」と、話しかけていた。
「ん? なに?」
「校長先生はどうして釣りをする様になったんですか?」
「……やっぱりその質問する人、多いわね。そんなに意外なのかしら。ちょっと傷つくわ」
ふう、と溜め息をつく環菜に優希は慌てて、
「あっ、ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて」
「なんて、冗談よ。答えとしては、普段が忙しいからこそこういう釣りが趣味に合ったというところかしら。それにここで釣れるヌシを、一度見てみたいというのもあるわね」
その返答に、環菜もヌシ狙いなんだということを知って気を引き締める優希。
そして雲海の中でも同様に、ミラベルがルミーナに話しかけていた。
「ルミーナ様は、どうして餌になったんですか?」
クジなのか命令なのか、はたまた志願なのかと興味を沸かせるミラベルに、
「えっと、そうですわね。環菜がわたくしに餌になって欲しいと仰ったからですわ」
「……え、それだけですか?」
「ええ。パートナーの頼みを無下にするわけにはいきませんもの」
あっさりとそんなセリフを笑顔で言うルミーナに、ミラベルはなんとも言い難い表情になり、彼女のパートナーへのひたむきな思いを実感した。
一方。その話を横で聞いて暇を潰していたアレクセイは、
「なんだ……?」
なにか、急に前方が暗くなっていくのに気がついた。白い雲海の中、迫ってくる奇妙な黒の空間。それはまるでブラックホールのように全てを吸い込むかのごとくで。その不気味さにアレクセイは思わず武器のハーフムーンロッドを構えた。
そして。
「まさか、あれは……おい! ミラベル!」
「え?」
それが、全体像は近くで判別しかねるほどの巨大な魚の口だと気づき声をかけた直後には。アレクセイはミラベル、そしてルミーナ共々、その暗闇に飲み込まれてしまっていた。
「いけない! 雲海のヌシ、クモバスです! 環――」
途中で途切れたその叫びに、環菜は腰をあげる。そして、竿がぴくりと動いたことからヌシが自分の竿にもかかったことを悟った優希は喜び勇み、
「きましたっ! よぉし、このままなんとかひとりで釣上げて……」
本で勉強した事を思い出しながら、じっくりと釣り上げに集中しようとした。瞬間、
「えっ、きゃ……」
ぐんっ! と、逆に物凄い勢いで、優希のほうが引っ張られた。そして雲海に落とされそうになったところを、すんでのところで環菜に支えられなんとか断崖ギリギリでとどまることができていた。
「なにしてるの! 手と足、両方に集中しなさい! ヌシ相手にひとりで挑む気なら尚更よ! 一瞬でも気を抜いたら引きずり込まれるわよ!」
珍しく声を強めに叫ぶ環菜だったが優希のほうは、
「きゃああああ! ど、どうしよう! どうすれば……!」
出鼻を挫かれて、オロオロと慌てふためくばかりだった。そんな優希の様子に環菜は、
「こうなったら仕方ないわ。釣竿を離して! はやく!」
「そ、そんな。そんなことしたら下のふたりが!」
「心配しないで、私達が助けるから!」
そして環は携帯電話を耳にあて、
「ルミーナ! 聞こえる? ヌシのヒットは惜しいけど、今は中のふたりと脱出して!」
そして一方のルミーナ達はというと、雲海のヌシに翻弄されていた。
アレクセイは、先の予定では口の部分を氷術で凍らせて簡単には外れない様にする手筈だった。だが、誤算があった。ヌシはまだ口を開きっぱなしにして縦横無尽に泳ぎ回っていたのである。これでは氷術をかけようがなかった。
ミラベルも、100メートル近い広大な口内の暗闇に、どっちが上で下で右で左でどこが口方向なのか見失ってしまっており、どう攻撃すればいいのかわからずにいた。
そしてルミーナの方も、ミラベルとアレクセイを連れてどうにか口外に逃げようとしているのだが、ヌシの方が口をあっちこっちに動かすせいで思うように脱出できなかった。
その時だった。近くで漂っていたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)とエクリプス・ポテイトーズ(えくりぷす・ぽていとーず)までが大口を開けたままのヌシに飲み込まれてしまった。
上で待機していたラルクの相方であるオウガ・クローディス(おうが・くろーでぃす)は、
「うお……来やがった!! フィーーーーッシュ!!!」
興奮で乱暴口調になりながらも、必死に釣上げようと竿を持ち上げようとしていた。だが、やはりヌシのほうはまるで上がる様子もなく泳ぎ回っている。これでは無理そうだと判断したオウガは。
『オウガ、もしやばそうだったら誰か呼ぶんだぜ?』
『分かってます。私も流石に100メートルの大物が来たら支えられないでしょうし』
という事前にラルクと話した内容を思い返しつつ、
「うらぁ!! すまないが手伝ってくれ! かなりでかい!!!」
そう叫んでいた。それに応じたのは環菜の近くにいたエリザベート。
「カンナが諦めかけてる今がチャンスですぅ! 大ババ様、この機は逃さないでぇっ!」
「だから、その呼び方はやめろというに!」
下のアーデルハイトは、自身も飲み込まれないよう注意を払いつつ自分の糸をオウガのそれに無理やりに絡ませ、共に引っ張っていく。だが、まだヌシはビクともしない。
そんな様子を横目で確認するのは織機誠(おりはた・まこと)。パートナーのポテイトーズの釣竿を握りしめながら、今まさに彼は簡易モリ(ランスの柄にロープを巻いたもの×6)をヌシの魚影めがけて投げつけようとしていた。
「とほほ……もう、どうにでもな〜れ!」
投げやりに投げ槍を放つ誠。モリはヌシの背に刺さったようだったが、あまり動きが衰えた様子は見られなかった。
そして。誠のあとふたりのパートナーである、上連雀 香(かみれんじゃく・かおり)と黄 明(うぉん・みん)はというと、ふたりはそれぞれ空飛ぶ箒を使って雲海上空から支援する構えだった。
「コーメイの罠四十八手のひとつ、落雷の計っす!」
まずコーメイが、ギャザリングヘクスで魔力を高め、雷術で攻撃を行いヌシを痺れさせて動きを鈍らせた。
「コーメイから教わった追いたて漁、ちょっとやってみるのじゃ!」
そして香は火術でお尻側を攻撃して、ヌシを浜へと追い立てようと試みていた。
「ケツに火がつけば流石にヌシも大弱りじゃろ!」
「ケツに火がつけばっつーか、香、パンツ見えてるっす」
はしゃぐ香に、ぼそりと呟くコーメイ。
そんな数々の攻撃によって、ようやく少しだけヌシの動きが遅くなっていく。
そして一方ヌシの中では。
かつて競走馬であったポテイトーズが、背中にくくりつけたナイトシールドでぶつかるようダッシュ&体当たりを繰り返していた。
「ふふっ、レースで暴れていた頃を思い出すぜ」
そして同様に飲み込まれたラルクのほうも、
「ち……流石に消化されちまったらやばいよな? オラァアア!!!」
負けじと武装のアーミーショットガンを、容赦なくヌシの中で乱射していく。
度重なる体内での彼らの攻撃に辟易したのか、ヌシは唐突に雲海から口だけを出した。その直後、びゅごうっ! と、まるでテッポウウウオがするかのように口に含んだ大量の雲を、中の皆ともども陸へと向けて放射した。
予想外の反撃に、陸側メンバーは慌ててその場から飛び退いた。
そして中にいたメンバーも、危うく陸に叩きつけられるところであったが。すんでのところでルミーナがどうにか全員を掴んで飛んだおかげで、無傷のまま陸へとおりることができていた。
だが、肝心のヌシはというと。
「あとちょっとでしたけれど……どうやら逃げられてしまったようですね……」
嘆息する誠の言うとおり、もう雲海を泳いでその場を離れてしまっていた。
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