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雲のヌシ釣り

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雲のヌシ釣り

リアクション

【第6章・合体!】

 東條かがみ(とうじょう・かがみ)は、パートナーのウィリアム・吉田(うぃりあむ・よしだ)を餌にしてヌシを釣ろうとしていたが。終始怯え調子にしびれをきらし、ついには優しく突き飛ばしてあげていた。そんなかがみにウィリアムはというと、
(かがみにフィッシングに誘われて喜んでたらワタシがエサ! 珍しく鎧なんて買ってくれるからおかしいと思ったヨ! しかも普通の海と思ったら雲の海! 落ちたら死んじゃうヨ!)と心中で怯え、
「助けてヨ! 怖いヨ!」
 声に出しても怯えていた。
「静かにして、バレる」と、かがみは宥めようと思うけれどもあんまり静かでも生餌に見えないかと思い直し、
「ちょっと揺れてちょうだい、美味しそうな餌に見えるようにね」
 と指示を出し直した。
「え? ちょっと揺れろ? 糸切れちゃうヨ怖いヨ! 食べられたら消化されちゃいますヨ! ううーでもヌシのお味はワタシも気になります……が、が、が、がんばるヨ……」
 なんやかんやで、最後には意気込んでいたりした。そしてウィリアムは現在釣りに集中していたのだが。
「アナタはもしかして、蒼空学園の生徒でしょうか?」
 ふいに、後ろからそんな声がかけられた。
「? そうヨ、それがなにか……」
 と振り返ろうとして、目の前を炎がかすめた。
「な、なにするヨ!」
 臆病さが功を奏し、回避することには成功した。とはいえそれを放った鳥羽寛太(とば・かんた)としても、実際狙ったのは釣り糸のほうだったのだが。
「すみません。ですがこれも、釣り勝負に勝って、校長を喜ばせるためです。悪いですが、邪魔させていただきますよ?」
 そしてまた釣り糸を狙おうとしてくる寛太だったが、そこへ、
「あらあら。なんだか穏やかではありませんね、そういう行いは見過ごせませんわよ?」
 ルミーナが、やや怒りの篭った声をかけてくる。と同時に、
「ふん。かわいい生徒の私を思ってのそのくらいの行動、褒めこそすれ、怒るのはいただけんのじゃ」
 アーデルハイトも近づいてきて、不敵に笑いかけていた。
 そして一方。上でも喧騒が起きていた。
 寛太のパートナーであるカーラ・シルバ(かーら・しるば)も、環菜に対峙していたのである。カーラは環菜を邪険にしっぱなしのエリザベートに触発されるうちに、
「む……そうですか、あのおでこ校長を落として欲しいですか。任せてください。パートナーの居ない地球人などちょろいもんです」
 などと言い出し始め、環菜を落とすべくじりじりと距離を詰めようとしていた。それに環菜も釣竿を持ちながら警戒をし、
「随分と剣呑な空気を纏ってるわね、なにを企んでいるのかしら」
「いえ。ただ御神楽校長と交流を図りたいだけです。機械はウソつきません。ホントです」
 そんな蒼空とイルミンスール間の喧騒が起こり始める中、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)は、
「やれやれ……争いはよそでやって欲しいものだ」
 心底面倒そうにぼやいていた。
 その下ではアロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)が糸で体を巻かれた状態で手にはランスを持ち、ヌシを待っていた。
 彼はエリオットから、
『世の中を脅かす巨大魚のヌシがいる。それを退治するのは騎士の務めだろう』
『パラミタの世界を脅かす巨大魚がいるとは! このドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ、そのような存在を許すわけにはいかぬ!』
 と煽られた結果餌になることを承諾し、戦闘準備は万全といった調子なのだが。
「そういう生真面目すぎるものの考え、正してやったほうがいいかのう?」
「あら、そんな必要はありませんわ。わたくしは自身の性格を正される覚えはありませんので」
「おい! そこのイルミンスール生徒! おまえはどう思うのじゃ!」
「え? いや、我輩は、その」
 予想していなかったアーデルハイトとルミーナの言い争いに巻き込まれて、困っていた。
 その時。仲裁に入ってきたのは風祭隼人(かざまつり・はやと)
「まあまあ、皆で協力して雲のヌシを釣るのが一番ですって。ここはお互い協力して釣りを楽しみましょうよ」
「なんじゃと? これはまた教本みたいな仲裁の仕方じゃのぅ、気に入らん」
「あら。こういう模範的な行動をとれるなんて、それでこそ蒼空学園の生徒の鑑だと思いますわ。わたくしは好きですわよ」
「え。いや、そんな」
 ルミーナに褒められて照れる隼人。
 そんな彼の様子に上にいるアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)は心中穏やかでなかった。
 実は釣りの開始直前にも、
『環菜校長やルミーナさんと一緒に釣りが出来るなんて嬉しいなぁ』と、挨拶をしていた隼人に、(デレデレしちゃって、だらしない……)と苛ついたアイナは強制的に隼人を餌にしたのだが。
(べつに私はムカついてない……というか隼人ごときが誰にデレデレしても私が嫉妬するわけがないというか……そう、単に釣りというクモサンマやヌシとの生死を掛けた真剣勝負の最中に、浮ついた心で挑んでたら釣り人どころか餌としても失格ってだけよ。あーもう! なのになに寄り添っちゃってるの? むぅうう……っ!)
 今でもやはり苛ついていた。餌役を交代しようかとも考えていたりした。
 そんなアイナの隣、隼人のもうひとりのパートナーであるソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)はというと。
 彼は釣り人役のアイナのサポート役として、主には情報収集を行っており。周りで同様に釣りを行っている人達に成功事例、失敗事例を見物し、その情報を伝えようと考えていたのだが。
 カーラとアーデルハイトとエリザベートはなにやら牽制しあって釣りそっちのけだし、エリオットのほうには動きが無いようで、今は情報の集めようがなかった。なので、
「やっぱり平和っていいですよね〜」
 少しのんびりと休憩をしていた。
「これはもう、蒼空学園とイルミンスール魔法学校の対決なのよぅ!」
 環菜とエリザベートの間に、一触即発の雰囲気が流れ始めていたが。
 そこへ、突然飛び込んでくる一団が現れた。
 真っ先に口火をきってきたのは椿薫(つばき・かおる)イリス・カンター(いりす・かんたー)
「さあさ。拙者たちも釣りを始めるでござるよ!」
「釣り? 買い物したときの返金されるお金のことかしら」
「それはお釣りでござる」
「それとも、クリスマスに飾り付ける木?」
「それはツリーでござる」
 いきなりのそんな漫才調子に、その場にいた全員が呆気にとられた。
「よくわからないわねぇ。じゃあ、釣りってものをよく理解しているひとに頼もうかしら」
「それなら、あたしに任せてよ!」
 と、続いてやってきたのは初島伽耶(ういしま・かや)と、アルラミナ・オーガスティア(あるらみな・おーがすてぃあ)のペア。
「釣りならワタシ達が詳しいわよ! じゃあ、まずは簀巻きになってね!」
 明らかに間違ってそうなアルラミナの発言だったが、薫はいとも容易く「む、わかったでござる!」と承諾し、なんとも迅速なスピードで簀巻きになってくれていた。
「椿くん……必ず椿くんの犠牲でいい魚つるからね!」
 と意味不明なしんみりをした伽耶は、投げ釣りよろしく餌である薫に紐をつけてふりまわして、
「うりゃぁぁぁぁぁ! どっせーい!」
 思いっきりブン投げていた。しかも、投げ込んだ場所は、
「きゃあっ!」「な、なんじゃっ?」
 ルミーナやアーデルハイトの付いた糸が投入された方向であった。突然のことに下も軽いパニックになる。そしてその隙に、薫はアーデルハイトの糸を巻き込んで、お祭り状態になっていく。
「ちょっ、なにをしておるのじゃ! くっつくでない!」
「いやいや。これは不可抗力でござるよ」
 手に持った団扇を後ろ手に隠す薫。明らかに意図的であった。
 一気に混乱していく一同。そこへ、なんとも運のいいというか悪いというかのタイミングで暗黒の口を大開けにしたヌシが今まさにやって来ようとしていた。
 一番に気づいたルミーナは、気を引き締め……ようとして、
「おおっと! キャストミスだぜーっ!」
 そんなことを言いながら飛び込んできた鈴木周(すずき・しゅう)と、
「いっけぇーっ!」
 餌の誰かさんを踏み台に一気にバーストダッシュで突っ込んできた桐生ひな(きりゅう・ひな)に巻き込まれ、絡まっているアーデルハイトと薫にぶつかって更なるお祭りの輪が広がっていく。
「あ、あなたたちなにを……きゃっ!」
「悪ぃ、ルミーナさん! どうしようもねーんだ、コレは事故……って、や、やわらけぇ!」
 戸惑うルミーナとなんか喜んでいる周。そして糸が絡まり始めたのを見計らい、ひなは手足を動かして身体も絡まりにいっていた。もはや満員電車顔負けになりつつあった。
「うぉおおおっ、引っ張られるぅううう!」
 更には、さっき踏み台にされた際に釣り糸が絡まったトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)も、遅れて絡まってきた。
「い、いい加減に離れんかこら!」「ここまで絡んでしまってはもう無理でござるよ」「やべぇ、これは色んな意味でやべぇ!」「これで準備は万端だねっ!」「ちょっ、ですから変な所を触らないでくだ……ぁ、ゃっ!」「いや、違う、事故だって、俺は変な所なんて触ってねぇ! ってか、誰だ俺まで触ってやがるのは!?」
 一気にカオスと化す餌の一同。
「ふはぁ。なんとも奇怪な人間パズルじゃのう」
 それを眺めながら、あの中にいなくてよかったと心底安堵しているのは、2連結の糸でトライブから更に長く伸びたところにいるベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)だった。
 ベルナデットは自分の糸を絡めないで、餌たちの塊から自分が繋がった糸が伸びるような形になっていた。そしてそれは勿論、意図的なことである。
「っと、いかん!」
 そして。とうとうヌシが、合体餌と化した六人をばっくりと飲み込んでいった。それをなんとか回避したベルナッドは、自らの糸をヌシの身体に巻きつけるようグルグルと絡めとっていく。

 そして一方の陸側では。
 ひなの釣竿を握る御堂緋音(みどう・あかね)、周のパートナー、レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)、トライブのパートナー、千石朱鷺(せんごく・とき)をはじめとした合体餌の釣り人たちは、環菜とエリザベートに対峙していた。
「だから、ここは一度絡まった皆をほどいてから再開させるのがいいと思うのだけれど」
「そうですぅ、カンナと一緒にヌシ釣っても勝ちにはならないですしぃ。それじゃ嬉しくもなんともないですからぁ」
 やはり互いに譲るつもりはないといった様子のふたり。
 そんな様子に痺れを切らせた緋音は、
「せっかく大物を釣るチャンスです。ケンカはなしですよ。パートナーさんの苦労を無駄にするのですか」
 と説得の言葉を告げると、
「そうだよね。もっとなかよしの方がいいよね!」
 それにレミも同調し、更には、
「釣り場では皆で協力するのがマナーです」
 そう言い切る朱鷺。彼女は普段は物事に無関心なのだが、今日ばかりは妙にハイテンションで互いの協力を拒むふたりに対し、釣り馬鹿テンションで押し切ろうと試みていた。
 そんな彼女らの言葉に、環菜はふうと息をつくや釣竿を握る手に力を入れなおしていた。
「ま……仕方ないわね。確かにヌシを釣るチャンス、これ以上逃す手はないでしょうし」
「カ、カンナ! くぅ……蒼空の生徒の前だからって、いい子ぶっちゃってぇ! ああ、もぅ! やればいいでしょぅ、やればぁっ!」
 エリザベートも、投げやりになりながらも釣竿を握り締め、リールを巻き取り始めるのだった。
 ついに一丸となることを決めた釣り人チーム、その団結力にヌシの方も先程からのダメージが残っているらしく、抵抗する力も弱めになってきていた。
 そんな中。ヌシの口内で一丸と(形的にだが)なっている六人はというと。
「とにかくじゃな。おまえらが結託して、ヌシを釣るついでに私達を仲良くさせてやろうという魂胆なのはわかった」
「ええ。わたくしとしても、先程は冷静さを欠いていましたから。ここは協力してヌシを釣上げるのはやぶさかではないのですけれど……」
 こちらも気分は落ち着いていた。ただ、
「こうも絡まってしまっては、なにもしようがないではないかぁっ!」
 ということなのであった。なにせ手も足もほぼ全員があっちこっちにいってしまっている為、武器も持てないし魔法やスキルの類も、自滅する危険があるため思うように使えないでいた。
「だから、ここまでになったのは不可抗力でござるから」「参っちまったよなぁ。さすがに調子に乗りすぎたぜ」「あはは……身体、絡めすぎちゃった」
 これでは攻撃もなにもしようがないと、落胆しかけるが。その時。
「ちょっと待てよ、ん、よし、いける!」
 ひとり、糸がきつくて動けない。なんてことが無いように、前もって糸に余裕を持っておいた人物がいた。トライブである。
「よぉし、見てろよこのデカブツ。はああああああああっ!」
 そしてそのまま気合いを入れると、上の皆に引っ張られている様子のヌシの隙を狙い、スキルのバーストダッシュで一気に引っ張られている方向に向けて驀進した……他の餌の皆と共に。
「ちょ、待つのじゃ。さすがにそれは、あぶなぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
 口を縛られているヌシは、その勢いを止めることもできず、そしてついに――