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リアクション
【第5章・対決する生徒達】
「んん……このあたりにヌシが逃げたのは確かな筈なのに、当たりが来ないですぅ」
先程のヌシ騒ぎの後、エリザベートは場所を変えてまた釣りを再開させていたが。どうにも釣果は芳しくないようで溜め息ばかりついていた。
「やぁ、素敵なお嬢さん。お隣よろしいですか?」
そこへ、譲葉大和(ゆずりは・やまと)がやってきて隣に腰掛けていた。
エリザベートは「まだいいって言ってないですぅ」と言おうかと思ったが、面倒なので放置することにした。
「さてと、じゃあ忍。餌の方はお願いしますよ。間違っても食べちゃだめですからね!」
そう言いながらパートナーの九ノ尾忍(ここのび・しのぶ)に糸をくっつける大和。
「なんじゃ、何故わしが餌なんじゃ!? というか、わしは仮にも妖狐じゃぞ? 生で魚を食べたりはせんわ!」
「釣りをするなら、餌は可愛い方が良いでしょ? 後で油揚げを買ってあげますから。ね?」
「そう言う事じゃったら仕方ない……べ、別に油揚げに釣られた訳ではないかならの!」
そうして大和に言いくるめられ、忍は雲海へと沈んでいった。
「ずいぶんと、パートナーの扱いに長けているみたいですぅ」
「はは。褒め言葉として受け取っておきますよ。それはそうと、風が出てきましたね。風を避けるために、俺のひざの上に来ませんか?」
「なっ……!? そ、そういう冗談は嫌いですぅ!」
その言葉にエリザベートは顔を赤らめて、そっぽを向いてしまうのだった。そんな様子を微笑ましく眺めている大和だったが、
「バーカバーカ、大和のバーカ!」
「…………」
急に、雲海から声がした。
「さて。生物部として珍しい魚を釣って帰りたいところですが、果たして釣れるかどうか」
「そんな簡単に釣れると思ったら大間違いだぜ!」
「…………」
また、声がした。その声の主はウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)のもので、釣竿を握るのはシルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)だった。
雲海の方から大和に悪口を言い続けているウィルネストの一方で。シルヴィットは、
「はやく釣れて欲しいですよ」
やや暇を持て余し気味で辺りをぼんやりと眺め、
「ねぇねぇねぇ」
「はい? 私でしょうか」
まったりと日向ぼっこを満喫していた雨宮夏希(あまみや・なつき)に話しかけていた。
「そっちはどう? 釣れてるですかー?」
「いいえ。連れはヌシを釣ろうとしているのですが……未だ姿を見せないようで、釣果はまだ思わしくありませんね」
「こっちもだよー。ホントにヌシなんているのかって思うくらいだよね。あ、自己紹介しとくと、シルヴィットはシルヴィット・ソレスターっていうんだよ」
「私は雨宮夏希です。どうぞよろしく」
「よろしくぅ、雨宮夏希―!」
そんな風に和気藹々としていくふたりの傍らでは、
「さ、じゃんじゃん釣り上げるよ♪」
と張り切って釣竿を握るマリア・ペドロサ(まりあ・ぺどろさ)がおり、竿の先では彼女らのマスターであるシルバ・フォード(しるば・ふぉーど)が、
「雲のヌシ、出てこいやー!」
といった感じで熱血して餌をやっていた。
その近くでは忍とアーデルハイトがなにやら、
「のう、おばば様よ。なんぞ釣りのコツとかあるんかの?」
「こら、その呼び方はやめんか」
という掛け合いをしていた。そこへ、ふよふよと5メートルほどの全長の、胴体の前部に透明な一対の羽をもって遊泳している体自体も透明な生物がやってきていた。
「ほぅ。あれは、クモクリオネじゃのう。私も生で見るのは初めてじゃ」
「む、なかなか可愛らしい容姿じゃな、どれ」
手を触れようとした瞬間、クモクリオネは頭をばっくんと割らせて忍に思いっきり食らいついていた。
「にぎゃー! な、なんじゃこいつは!」
「そいつは可愛らしい見た目とは裏腹に、容赦なく食いついてくるから気をつけ……って、もう遅いようじゃのう」
その後。忍はパートナーに引き上げられて事無きを得ていたりした。
というのを眺めて気を取られていたシルバは、
「あっ、やっべ」「きゃっ」
いつの間にか他の人の釣り糸と絡まり、お祭りになってしまった。
絡まってしまったのはユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)。彼女は男性が苦手で、
「ひ〜ん、くっつかないで下さいですぅ」
と涙目になってしまっていた。
「や、ちょっ、待ってくれ。別にわざとじゃないからなっ!」
シルバは若干照れながら焦り焦り、釣り糸を必死にほどいていった。
数分後。
「まったく。ちっともアタリが来ない上、おまけに釣り糸が絡んで迷惑をかけるなんて、ユリにはがっかりなのだよ」
そうぼやいているのはユリのパートナーリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)で、隣のユリはしょぼんと落ち込みながら釣竿を握っていた。ちなみにリリの餌はユリから、もうひとりのパートナーであるララ サーズデイ(らら・さーずでい)に既に付け替え済みである。
そのララは光精の指輪を点滅させヌシを誘っていた。
そんなララの近くで漂うアーデルハイトは、ぴくりと眉を動かした。その視線の先にあるのはさっきも目撃した巨大な暗闇。それは間違いなく、ヌシの大口だった。
さっきのような奇襲をくらわないよう、微妙に距離をとり様子を伺うアーデルハイト。そんな彼女の様子に、ララ、ウィルネスト、シルバの三人も気がついた。
だがそんな一同に対して、ヌシは勢いよく雲海を泳いで来て、一気に距離が詰められた。しかも今度は、ばくんっ! という豪音と共に口を閉じてきた。明らかに今度は相手も戦闘態勢万全の様子なのは明らかだった。
まず思いきり飲み込まれたのはアーデルハイトとシルバ、次に口元で上半身だけ姿を出しているのがララ、そしてウィルネストは……運悪く閉じた口の勢いに弾かれてしまい、陸のほうへと吹き飛ばされてしまっていた。
ともあれヌシの出現に上も下も一気に緊迫が訪れる。
「来たですぅっ! 今度こそ釣りあげてみせるですっ!」と、張り切るエリザベート。
「あれが、ヌシね! 負けないわよっ!」と、同様に張り切るマリアとそれを支える夏希。加えて、彼女と親しくなったシルヴィットも(ウィルネストを放置し)手伝っていた。
「今度こそ、がんばらなくっちゃ!」と、ユリもまた全力で巻き上げに掛かる。
そしてヌシ内部ではアーデルハイトとシルバが、
「とにかくこやつは体力がハンパではない! まずは攻撃あるのみじゃ!」「了解っ!」
武器やスキルを活用して大いに暴れまわっていた。
ヌシの口から上半身だけ姿を出しているララも、
「やあ、君が雲のヌシかい? さすがに大きいね。でも、レディをいきなり咥え込むのはいささか無礼じゃないのかな」
ヌシによってびゅうんびゅうんと振り回されつつも、必死にヌシの唇を掴みながらその場で耐えぬいていた。
そんな皆の一丸となった攻撃に、ヌシは少しづつ陸のほうへと近づかされていく。
「よし、射程に入ったのだ」
ふいに、リリがそう呟いた。それと同時に、ララの右腕の装甲がジャカッと開いて内蔵された魔法の杖が現れる。
「スペルリンク接続、術式ダウンロードを開始」
ララがその右手をヌシに押し当てると、小さな魔方陣がそこに出現する。
「「雷術!」」
リリとララ、雲海の上と下でふたりの叫びがシンクロした瞬間。
バヂィッ! と、ヌシは全身に強力な雷を喰らった。
今のは、2つの杖の間を魔力で結び、遠くにある杖から魔術を放出する遠隔魔法であった。ゼロ距離ピンポイントで打たれ、さすがのヌシも硬直し、気絶した……かに思われたが。
動きを止めたのはわずかに数秒の間だけだった。そして再び動き始め唐突に口をばかっ、と開いた。いきなりのことで、口元のララは勿論アーデルハイトとシルバも攻撃の勢いでそのまま雲海の外へと放出されてしまった。
その隙にまた、ヌシは雲海の底へと潜り姿を隠してしまうのだった。
「くそ……あれだけのダメージ食らって気絶すらしないとは。やはりヌシと呼ばれるだけのことはあるようだな」
ララのその呟きもまた、雲海に沈んで、消えた。
*
大物は一筋縄ではいかないという認識が、生徒達の中で広がり始めていた。
それでも。なにやらとてもまったりと釣りをする人物がいた。七枷陣(ななかせ・じん)と、小尾田真奈(おびた・まな)である。
「釣れねぇなぁ……」
陣はそうぼやくが、実際それもそのはず。餌がついていないのだから。
「釣れませんね……。あ、お茶をどうぞ、ご主人様」「あんがとー」
そして真奈に緑茶差し出され、ズズズとひとすすりする陣。
「やはり、私が餌になって潜ってみましょうか?」「あーえぇよ、別に急ぐ必要無いし。マターリと行こう」
のどかだった。
「リーズ様のお土産分も釣れると良いのですが……」「そんだけ釣れたら一番だけど、そう上手くも行かないのが釣りだからなぁ」
とってものんびりだった。
そんな彼らに近づく影があった。しかもそれはひとつではなく、五つもである。先頭を行くのはセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)。そしてその後ろには佐々良縁(ささら・よすが)、佐々良皐月(ささら・さつき)、佐々良睦月(ささら・むつき)、孫 陽(そん・よう)の四人が追随していた。
縁ははじめは自分がえさになってみたものの全く獲物が掛からず、
『うーん……どうしようかぁ?』
とパートナーたちと相談しつつ釣り場を移動中。セシリアを発見し、
『あれぇ、お嬢ひとりなのかなぁ?』
彼女にパートナーや代わりの餌がない事をいぶかしげに見ていると、どうも陣をいけに……もとい餌にするつもりらしいと判断し、面白がって便乗しようとしていたのだ。
やがて、セシリアは隙を見て(というか元より隙だらけだったが)ばっと陣に近づきロープをシュパパッと巻きつけていく。更には睦月までも、
「俺も手伝うー♪」と、陣にロープをさらにしっかり結んでいた。
「むっちゃん! なにしてるの!」
皐月はそれを咎めるも、
「睦月は元気ですね」
陽は駆け寄る睦月に気づきながら、笑って止めないでいた。
「伯楽さんまでなにいってるのー、もー」
「何オレの腰にロープ巻いてんの、腐れロリ&ショタ?」
そして被害者である陣は突然のことに一瞬驚くも、相手の面々を見るやジト目になっていた。
「ふっふっふっ、いや丁度いいところで餌を見つけたものでのー」などと平然と言うセシリア。
「え? えさを竿につけるのはあったり前じゃん?」なんて生意気発言をする睦月。
「や、オレら潜らんし。マターリ釣り楽しむし。お前らが餌になって勝手にやれし?」
「あ、あの……あの……」
そんな陣のピンチに真奈はあたふたするも、
「心配するな。これも陣が大物を釣るがため、わかるじゃろ?」
「え? あ、は、はい……ご主人様、ふぁいとですっ!」
セシリアの言葉になんか納得し、結果陣を励ましていた。
「ちょ、真奈さん応援してないでロープを外して。縁ちゃんも何とか言ってくれよこのアフォ共にさぁ……」
と、言われた縁だが。彼女もいつのまにか面白がってロープ巻きを手伝い、
「ゑ〜? 男は度胸だじぇ、七枷少年っ」
といって聞く耳を持たずのようだった。なので、
「佐々良縁あぁぁ!」
叫ぶ陣であった。
「よすがーっ!」
皐月もさすがにちょっと声を荒げて、陣のえさ化を止めようとするも、
「まあまあ、いいじゃないですか。面白そうですし」
と楽しげに割とひどいことを言う陽によって、それを先に止められてしまった。そんな周りの悪乗りの勢いと真奈の天然っぷりに、最後にはやむなくあきらめた皐月だった。
「ほれ、つべこべ言わずにとっとといけじゃー!」
「お前ら後で全員フルボッコにし――」
と、陣が言い切る前に、セシリアによって雲海へドボンと蹴落とされていた。
「いってらさぁー。あははは!」
「陣さん、ごめんね……」
皐月だけはちょっと涙目に陣に謝罪し、雲海に投げ込まれるの見送った。
そんな穏やかな時間が流れていた。この時は。
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