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蒼空歌劇団講演!

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第四幕



 舞台の幕が開いた。
 新たに舞台上に組まれたセットは墓地だ。舞台下段中央に、愛美とジュリエットが納められたガラスの棺が置かれていた。その周りには花畑が広がる。舞台上段にはたくさんの墓標が並ぶ、誰の墓標かと言えば三幕で爆死した登場人物たちの墓標である。書き割りなので、その下に団員が埋まっているわけではない。
 ガラスの棺の前で墓守をしているのは、レイディスとトライブだった。レイディスはルカルカを楽屋に預けた後復帰、トライブは空京の大通り付近でようやく珠輝の追跡から逃れる事が出来た。愛美はまだ気を失っているようだ。怪我はなく精神的なショックによる失神らしい。あと、もう一人気になる人物がいると思う。
「ジュリエット、お前なんでこんな所にちゃっかりいるんだ?」
「死体に話しかけないでくださらない、レイディスさん? よろしいではないですか、わたくし別に主役ではございませんし、お客様もあまり気になさらないわよ」
「俺はすげえ気になるんだが。物語的にかなりの違和感だろ、これ。それにアンドレはどうした?」
「……先ほどセットチェンジのお手伝いで、王子役の方々とお会いしたのですけど、どうもあの子のタイプがいなかったみたいで。ちょっと空京をぶらついてくると……」
 袖から譲葉大和(ゆずりは・やまと)とパートナーの九ノ尾忍(ここのび・しのぶ)が、辺りを見回す演技をしながら登場した。大和はティーセット片手に執事の衣装、忍は白スク水の上にピンクの超ミニワンピースと言う妙にあざとい格好をしている。尻尾を動かすたびに、ワンピの下のスク水がちらりちらりと見え、客席の助平たちの愚息も昇天。
「れみりゃ姫、長い道のりでございましたが、ようやく白雪姫の国に到着いたしました」
「しみったれた国じゃのう、しゃくや。この国を堕とすなぞ、猫の手を捻るより容易いわ」
 大和がしゃくや、忍がれみりゃ姫と言う役名のようだ。
「……おや、段取りと違いますね。ここでナレーションを入れるよう、お願いしてあったんですが」
「出て来ぬものは仕方あるまい。しゃくや、おぬしがやれ」


 白雪姫の国と敵対する辺境の亜人の国。
 決して豊かではないこの国の8歳になる姫が、執事一人と玉の輿狙いの旅に出た。
 強国の王子を尻にひき自国を強くせんがため……と言う建前のもと、世界征服の旅に出た!
 先ずは近くの白雪姫の国をケモミミ幼女の魅力で堕とす!



 声量の限界に挑戦し、大和はマイ設定を朗々と語った。
「聞けばこの国の姫は死に絶えたと言う、今こそこの国を幼女萌えで支配する時じゃ」
「おぉ、姫様……、ご立派です」
 忍はくるりと客席のほうに向き直り、尻尾をフリフリ上目遣いでこう言った。
「わしの名はれみりゃ……じゃ!」
 ご婦人方は渋い顔をしたが、紳士諸兄からは「うーん」と感嘆の吐息が聞こえた。
 会場の反応に気を良くした忍は、ドテッとわざとらしく転んでみせた。
「むぅ……、転んでしまったのじゃ……」
 尻尾と耳をしゅーんと垂れて、忍はつるんとした膝小僧をさすった。
 これには「いやぁ、ロリって本当に良い物ものですね」と変態紳士から歓喜の声。
「くくく……、いつの時代もオスという生き物はほんにちょろいのぉ……」
 客席から顔を背け、忍は黒い笑顔を浮かべていた。
「おい、あんまり劇団の品格を落とすなよ」
 そう言いながら、王子の衣装の山葉涼司が現れた。その後ろに、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)藍澤黎(あいざわ・れい)、風祭隼人が付き添う。彼らは王子の従者役だ。騎士風の装束を身に着けるウィングと隼人と違って、何故か黎は僧の衣装を身につけている。神官ではなく、仏教の僧だ。菅笠と袈裟に錫杖と言うその出で立ちはまさにお坊さん。
 黎のパートナーのフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)は、舞台袖からその背中を見守ってた。
「ええんやで、黎。その格好で間違ってへん。蒼空歌劇団【講演】なんやぞ? 口に出来よる炎症の【口炎】でも。後ろだてして援助する【後援】、太陽のプロミネンスの【紅焔】、航空機の翼断面の後端の【後縁】、線香の煙の【香煙】、公共施設の【公園】、大砲発射後、砲尾から出る【後炎】、にわかの人死にの【溘焉】でもあらへん。せめて上手に演技する【巧演】や、見事な素晴しい演技を演じる【好演】ならよかったんやろうけど。【講演】と言うたら大勢の人に題目に従ってセミナーみたいに話をするか。もしくは経典を講じ仏法を説く、説法の事なんてやで? ボクの言ってる事に間違いはあらへん!」
 まさか次元を超えて筆者にツッコミが入るとは。
 ううっ、お恥ずかしい。フィルさん、ナイスツッコミです。そして、皆さん、ほんとすみません。 
「おお、なんと言う事だ。このような所に乙女の亡がらが!」
 棺の前に落ち着いた足取りで赴くと、黎は菅笠を取って手を合わせた。
「……む? こちらの乙女は?」
「うーん、ここにいる設定を置いてけぼりにして来た乙女だ」
 ジュリエットを前に黎は首を捻ると、レイディスは呆れた顔で口を開いた。
「そう言う事でしたら……、なんとおいたわしや、まだ若い身空で服毒自殺とは。これでは臓器移植もお勧めできやしない。若さに任せて深夜までPCの前にいるからこんな目に……!」
「……誰がパソコン馬鹿一代ですって」
 ジュリエットは薄目を開けて、黎の作った設定に抗議した。
「確か台本だと、あとはキスシーンだな……、もういっちゃっていいのかな?」
 流れを上手く読めない涼司は、落ち着きなく周囲に視線を泳がせた。
「いえ、待ってください。王子が見知らぬ乙女とキスなんて、リアリティに欠けると思いませんか?」
「ウィングの言う通りだ。王子が口づけする前に、まず安全を確かめないと」
 ウィングと隼人は妙に真面目な調子で、涼司にもっともらしい言葉を並べた。
「……と言うわけですので。私が毒味を」
「いやいや、こんなつまらん仕事は俺が引き受けるって」
「……絶対、毒味いらないだろ」
 三人が間の抜けたやり取りをしている隙に、ファニー・アーベント(ふぁにー・あーべんと)が愛美の棺の前にやって来ていた。百合園所学園の制服の上に黒のマントをはおり、その手には光条兵器の『シュテントヒェン』と言う名の大鎌が握りしめられている。なんだか学校の演劇部っぽくて可愛い。ファニーはぶんと大釜を一振りして、レイディスとトライブをビビらせると、愛美を棺の中から取り出して担いだ。
「あっはっは! 白雪姫は魔王ファニーが頂いちゃったよー!」
 涼司は「えっへん!」と胸を張る少女の姿に、難しい顔をして唸った。
「なんだか大事のような気もするけど、あんまり大事のような気がしないぜ……」
 舞台袖には、佐野亮司とそのパートナーのジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)ソル・レベンクロン(そる・れべんくろん)。そして、ファニーのパートナーのアンネリーゼ・シュライエント(あんねりーぜ・しゅらいえんと)が潜んでいた。舞台の上でふんぞり返るファニーの姿を確認し、亮司はナルシストのソルに目を向けた。
「よし、行ってこいソル、今出ていけば皆お前に注目するぞ!」
 艶かしく髪をかきあげると、ソルは不敵な微笑を浮かべた。
「皆が注目するって? 何を言っているんだい? ボクの美しさなら、どのタイミングで登場しても注目されるに決まってるじゃないか。まあ、それでも、どうしても今出て欲しいって言うなら、出てあげようじゃないか」
「ああ、頼む。今出てくれ、これが台本だ」
「ふふふ……、任せてくれたまえ」
 華麗なターンを決めながら、ソルは舞台へ飛び出して行った。
「……やっぱり扱いやすいなー、ソルは」


 えっと……、魔王ファニーによって攫われてしまった白雪姫
 王子の前に立ちはだかる四天王ソル!



 今回のナレーションは、ステージジャックした綾乃が行っている。
「さあ来い涼司! 実はボクは一回刺されただけでも死ぬぞ!」
「な、なんだこれは、何かの罠か……?」
 指名された涼司は怪訝な顔をしつつも、小道具の剣でサクッと斬った。
「グアアアア! こ、このザ・フジミと呼ばれる四天王のソルが……、こんな小僧に……」
 ぐるんぐるんと身体をぐねらせて、ソルは派手に床に倒れた。
「バ、バカなアアアアアア!!!」
 ……ああ、みんなボクのことを見ている、ボクが美しすぎるから。
 役者陣も客席のお客さんも、ソルの事を見ていた、何か不思議な生き物を見るような目で。


 ……をあっさり倒した王子様御一行、の前に立ちはだかる四天王の残りの三人


 亮司を筆頭にジュバルとアンネリーゼも舞台に登場した。
 困惑する涼司を前に、三人は四天王らしく自信に満ちあふれた顔で語り出した。
「ソルがやられたようだな」
「フフフ……、奴は四天王の中でも最弱……」
「人間ごときに負けるなんて魔族の面汚しだよー! あ、所でいちご大福持ってなぁい?」
 涼司は大量のハテナを浮かべつう、三人を同時にサクッと斬り払った。
「グアアアアアアア」
 三人は同時に悲鳴を上げて、床にドサドサドサと豪快に転がった。
 三人は台本をぺろりとめくり次の台詞を確認する。
「……え? なに? 俺の出番これだけ?」
「我の役はもう出番ないのか? 我が来た意味はあったのだろうか……」
「え、何? あっさりやられておしまい? アンネの出番これだけ?」


 ……もあっさりと倒しついに魔王ファニーの元へたどり着いた王子様御一行
 はたしてこの戦いに勝つのはどちらか!



「待ってたよ、王子様! まさか四天王を倒すなんて思ってなかった!」
「いや、二分ぐらいしか立ってないと思うけど……」
「あ、ちなみに白雪姫は攫ったら私的に何だか罪悪感があったから、ついさっき元の場所に戻しておいたよ」
 涼司が棺のほうを振り向くと、愛美がすやすやと眠っていた。
「というわけで、後は私を倒すだけだね!」
「そうか……。俺も一つ言っておく事がある。今回のシナリオでは、俺をちやほやしてくれるアクションが多いかと思ったら、別にそんな事はなかったぜ!」
 ファニーの大鎌なぎ払いを、涼司はひょいと飛び越え、ぱこんとファニーの頭に剣を振り下ろした。 
「強くなったね、王子様!」
 ガクンと膝を突いたファニーは、涼司に微笑みを向けた。
「まぁ、初対面だからそんな事分からないんだけどね! ごめん、言ってみたかっただけなの……!」
 とそこへ、ソルを除く四天王がやって来た。
「さあて、やる事やったし、ずらかるぜ、ファニー!」
「うん。とっても楽しかったよ、亮司!」
 舞台袖へ逃げて行った魔王ファニーと愉快な仲間たち。
 客席からは拍手が巻き起こった。たぶん、幕間ショー的な感じで受け止めてもらえたのだろう。



 舞台制御室もその頃には解放されていた。
 ステージジャックなんて大変な事をしでかしたのに、まったく被害者の出ない、平和な舞台を披露してくれた事で、ずっと制御室から閉め出されていた薫やミラベルも、ファニーや佐野を責めるような事は誰も言わなかった。と言うか、正規に言ってくれれば良かったのに、ぐらいの好評価であった。
 機材のセッティングをしながら、シルヴァーナは緋音に話しかけた。
「一時はどうなる事かと思ったけど、なんか爽やかな連中だったなぁ」
「お芝居してる感じが伝わってきましたね」
「……それにしても」
 と、シルヴァーナは舞台で倒れたままのソルを見下ろした。
「誰が片付けるのかしら、あれ?」