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舞台裏



 三幕での騒動が裏方にまで多大な影響を及ぼした。蒼空歌劇団で裏方専門で活動している人間は少なく、大道具や小道具に至っては専門職がいないので、役者でその点をフォローしていたのだ。にも関わらず、三幕の派手な爆発によって、役者の大半が爆死……じゃなかった、気を失ってしまった。
 その点をどう補うか、裏方専門でやってる団員が舞台制御室に集まって、意見を交わしている所なのだ。
「とりあえず、一旦幕を下ろすとして……、どのぐらいの時間でセットチェンジが出来るか、でござるな」
 空調担当の椿薫が切り出すと、脚本の菊とガガは腕組みをしつつ唸った。
「今動ける団員が、王子役の連中とあとなんか役がよくわからん奴が何人かだからな……」
「王子役と言っても女子が多いからな、男手が足りてないな……」
「そう言えば、佐野は……?」
 ぼそりと言ったのは、音響担当のセルシア・フォートゥナ(せるしあ・ふぉーとぅな)だった。
「佐野ならパートナーも男手が多いし……、三幕にも出てなかったよね?」
「亮司殿なら、舞台が始まってから姿を見てないでござるな。楽屋にもいなかったと思うでござる」
「楽屋にもって……、あいつなんの役だっけ?」
 そう言って、セルシアのパートナー、ウィンディア・サダルファス(うぃんでぃあ・さだるふぁす)は首を捻った。
「あの、皆さん。よろしいですか?」
 ふと、口を開いたのは照明担当のミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)だ。
「申し訳ありませんが、席を外しても大丈夫ですか?」
「ああ……、相棒が爆死だったんだっけ……?」
「爆死じゃないです、セルシアさん。楽屋で休んでいるんです」
 ミラベルは小人役の六本木優希のパートナーだ。大切な相棒が倒れてたとなっては、彼女としては気が気ではない。手当を行ってる妖精役のファイリアや衣装担当ガートルード達の話では、気絶した団員たちは特に怪我もなく、しばらくすれば意識も回復するだろうとの事だった。
「優希様とアレク様が心配なので、様子を見に行きたいんです」
「うむ、相棒とは一心同体でござるから、一緒にいてあげたほうが喜ぶでござるよ」
「四幕が始まる前には戻って来いよ」
 菊の言葉に頷いて、ミラベルは部屋から出て行った。
「……では、自分と菊殿とガガ殿で、セットチェンジの手伝いに行くでござる」
「ところで、薫。空調のほうは持ち場を離れても大丈夫なのか?」
「爆発の煙も八割り方換気出来たでござるし。現在も自動運転で使用中でござる」
「そう言えば、さっきの演出良かったじゃん」
「まあ、ひき逃げされたのはギャグにしかならないけど、ゾクゾクっときたよ」
 ゾクゾクっときたのは温度変化の所為だと思うが、それでも菊とガガに褒められて、薫は嬉しそうである。
 


 三人が手伝いのため部屋から出て行くと、部屋に残されたのはナレーション担当の緋音と音響担当のセルシアとウィンディアの三人だけとなった。舞台には幕が下りており、休憩する観客たちが制御室から見えた。セルシアは気を利かせて、音楽をかけ始めた。幕間中も観客を飽きさせないよう配慮したのである。舞台中に使用するためたくさん音源は集めてあったので、その点には困らなかった。
 少し困った事と言えば、ウィンディアが興奮している事ぐらいだ。彼はどうやら初めて白雪姫と言う物語に触れたらしく、物語の新鮮な感動にすっかり夢中となっていたのだ。
「……それにしても、すげーな白雪姫って、次々と悪党や仲間が出て来てさぁ!」
「出て来たけど、出て来ないって言うか……、なんか面倒くさいわね、この説明」
 無口、無気力、無表情の三冠少女であるセルシアは、けだるそうに説明を断念した。
「いやぁ、アクションシーンも良かったぜ! 効果音入れてないのに、効果音しまくってたもんなぁ!」
「そう言うの、世間様だとガチバトルって言うんだけど……、って、聞いてないし」
「クライマックスも楽しみだなぁ! よし、今の内に設備の確認を……」
 ウィンディアが音響機材のスイッチを適当に押すと、場内に流れていた音楽が突然高速ピッチへ変化し、超音波のような金切り声が駆け巡った。これでは折角の雰囲気が台無しだ。
「あれ、どうなってんだ? と、止まらないぞ?」
「だから、そのスイッチは押すなって言ったでしょ……」
 セルシアが機材を操作し、音楽は本来のピッチへ戻った。
「舞台の復旧までどのぐらいかかるんでしょうか?」
 ふと、緋音が尋ねた。
「さあ……、二十分くらいじゃないの? それ以上はお客さん待たせられないだろうし」
「二十分。私も会場の間を持たせるために何かしたほうがいいんでしょうか?」
「何かって……?」
「小咄など間が持ちそうではないですか?」
 真顔で緋音は言うのだが、セルシアには彼女が「よっ、毎度ばかばかしい話を」とか言ってる姿は想像出来なかった。きっと真顔で語るのだろう。それはそれで面白いかもしれない。
 緋音は静かに顔を上げ、辺りを見回した。明確にはわからないのだが、言い知れぬ不安感を感じたのだ。別に鬱病の初期症状とかではないぞ、念のため。彼女は部屋の中の何かに不安を感じたのだ。
 突然、ウィンディアがロープでぐるぐる巻きにされた。悲鳴を上げる間もなく口にガムテープが貼られた。次の標的になったのはセルシア。こんな時まで無気力を発揮して大した抵抗もせず、あっさりとロープに巻かれ、口を塞がれた。となると、次に狙われるのは緋音のはず。
「なんだ、見えない壁が……、禁猟区か……」
 どこからか声が聞こえた瞬間、目の前に光学迷彩を解除した佐野亮司(さの・りょうじ)が現れた。
「……亮司さん、二人をロープでぐるぐる巻きにして、何を企んでるんですか?」
「なに、ステージジャックをしようと思ってな」
 亮司が合図を送ると、ドアから彼のパートナーの向山綾乃(むこうやま・あやの)が入って来た。
「あれ、緋音さんは縛らないんですか?」
「禁猟区がかけられてるみたいだ。まあ、別に問題ないぜ、この二人が人質だからなぁ」
「大人しくしていろ、と言う事ですね」
「察しがいいな、そう言う事だ。綾乃にナレーション機材の使い方を教えてやってくれ」
「ごめんなさいね、皆さん。終わったらすぐ解放しますから」
 口を塞がれ「むーむー」と何か言いたげなセルシアたちに、綾乃は申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「お前らもそこで楽しむといいぜ。俺たち『魔王ファニーと愉快な仲間たち』の舞台をな!」
 部屋の片隅からその様子を、緋音のパートナー、シルヴァーナ・イレインは見ていた。
 侵入者たちが手荒な真似をするつもりがない事を知って安心した。こんな事もあろうかと部屋に身を潜めていた彼女だが、亮司たち相手に一人でなんとか出来ると思うほど自分を過大評価していない。
「禁猟区を使って正解だったみたいね。とりあえずここで様子を見るか……」