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蒼空歌劇団講演!

リアクション

 舞台の黒煙がゆっくり晴れていくと、そこは見るも無惨な有様であった。
 あらゆるセットが原型なく吹っ飛び、役者たちはみな頭の中でお星様と戯れていた。


 王大鋸。
 リカイン・フェルマータ。
 六本木優希。
 ヴェルチェ・クライウォルフ。
 城定英希。
 ユウ・ルクセンベール。
 シルバ・フォード&雨宮 夏希。
 東條 カガチ。
 朝霧垂&ライゼ・エンブ。
 嘉川炬。
 ミヒャエル・ゲルデラー博士&アマーリエ・ホーエンハイム。
 青野武&黒金烏&シラノ・ド・ベルジュラック。
 蒼空寺路々奈&ヒメナ・コルネット。
 再起不能(リタイア)


 そして、誰もいなくなったのです。
 ……って、いなくなったら駄目でござる!



 ナレーションに忍び的な誰かが割り込んだ気がしたが、きっと気のせい。あなた疲れているのよ。
 おそるおそる舞台に戻って来た愛美は呆然と立ち尽くした。
 小人の暮らすメルヘンな森が、焼け野原と化したのだからそりゃ驚く。その上、これまでの舞台を支えていた主要なメンバーが全滅してるのだから、なおボーゼン自失である。とりあえず、蒼空歌劇団創設メンバーとして
舞台を繋げなくてはならないのだが、この焼け野原からどう繋げれば良いのか、まるでわからなかった。
 近くで気を失ってるヒメナは「私が死んでも代わりはいるもの」とか何かむにゃむにゃ言ってるし。
「毒リンゴいりませんかぁ?」
 ふと、のほほんとした可愛い声が舞台に響いた。
 残骸を踏み分けてやってきたのは、黒いローブを着たリンゴ売りの役のシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)だった。
 彼女は愛美の側まで来ると、そっと小声で耳打ちした。
「愛美様、まだ終わったわけではありませんよぉ。幸い後は王子様のシーンだけですぅ。王子様役は無事なんですし、このままお芝居を続けましょう。とりあえず、毒リンゴで倒れるシーンがあれば繋がりますぅ」
「言われてみれば……、そうだよね、まだ終わってないよね!」
「愛美さんは元気が一番ですねぇ。じゃあ、さっそく芝居のほうを進めるですよぉ」
 うふふと笑って、シャーロットは五つのリンゴを取り出した。
「さあさあ、ロシアンルーレットリンゴ、挑戦してみませんかぁ? このリンゴ、1つだけ毒が入ってるんですよぅ。ハズレの毒リンゴを食べたら人間なんて一撃でコロリですよ〜」
「もちろん、挑戦するわ」
「挑戦者が一人じゃ面白くないですねぇ。そこのお二人も参加してくださぁい」
 そう言って指名されたのは、愛美が心配で袖で見ていたレイディスとルカルカだった。不安そうに顔を見合わせる二人だったが、愛美の舞台を盛り上げる事になるならと、了解して舞台に出て来た。一応、レイディスは愛美を守る黒衣の騎士、ルカルカは近衛騎士と言う役柄である。
「一応、確認しておきたいんだけど、私やレイディスが毒リンゴ食べちゃったら……」
「そうだよな、俺たち別にヒロインやるつもりなんかねぇぞ?」
「本当に愛美さんがヒロインにふさわしければ、きっと毒リンゴを引くはずですぅ」
 かなりアバウトなノリだが、それを乗り越えなければヒロインにはなれないのだ。
 言われるままにリンゴを食べ、天に選ばれたのは愛美ではなく、ルカルカであった。
「ううっ! な……、なにこれ。し、痺れる……!」
 喉を掻きむしりながら倒れ、そのまま死んだように動かなくなった。
「えーと、真のヒロインは、ルカルカ様?」
「そ、そんなぁ……」
「まあ、これも天のおぼしめし。運命ですぅ」
 シャーロットは「これはサービスですぅ」と毒の入ってないリンゴを二人に渡した。
「……おい、ルカルカの奴、まるで動かないんだが。これで演技なんて出来るのか?」
「さっき言いましたけどぉ、人間なんてイチコロなんですぅ」
「い、医者はどこだ……!」
 レイディスは青ざめた顔で、ルカルカを抱きかかえると、舞台裏に引っ込んで行った。
 ルカルカ・ルー、再起不能(リタイア)


「……あの、もっと安全な毒リンゴはないの?」
「うーん、安全なような危険なような……。私はあんまりオススメしないですぅ」
 愛美が尋ねると、シャーロットは妙に言葉を濁した。
 しかし、ともかく毒リンゴで安全に倒れない事には話が進まない。まあ、普通のリンゴを食べて演技すれば良いだけの話なのだが、残念ながらテンパってる愛美の頭にその発想は出て来なかった。
「何言ってるんです! オススメしてくださいよ!」
「そうです! 僕たちこんなにフルーティなのにっ!」
 やたら自信に満ちた声が響く。
 巨大なリンゴの着ぐるみを着た、明智 珠輝(あけち・たまき)風祭優斗(かざまつり・ゆうと)が舞台袖からとたとた歩いて来た。
「……あれですけどぉ、食べますぅ?」
 愛美は固い表情で首を横に振った。
「愛美さんってば、本当にじらし上手なんですから……。私はもうジュクジュクに熟してるんですよォ!」
「愛美さんの唇を最初に奪うのは僕です……、君には負けませんよ!」
「こ、来ないでぇ!」
 右から迫り来るのは、恍惚の表情を浮かべて転がってくる珠輝。
「ふ、ふふふ、くはははははは! さあさあ、私をかじってください……! 甘酸っぱくてジューシィなこの私をッ! あなたの可愛いお口でッ! 腕でもお尻でも、優しく強く舌で弄ぶようにッ! 私をペロリと平らげてください……! 早く食べてくれないと賞味期限が来てしまいますッ!」
 左から迫り来るのは、目にハートを浮かべて転がってくる優斗。
「ネタがかぶったのは誤算でしたが、僕はたたでは転びません! いえ、転がりません! 愛美さん! あなたと僕の初キッスはリンゴの味ですよ! さあ、僕を受け入れて口づけを! シャンバラのアダムとイブになろうではありませんか! さあさあ、禁断の果実を召し上がれ!」
 右左どっちに転んでも待ち受けるのは、愛美にとってはマルチバッドエンディング。
 そんな様子を舞台袖から見守る、優斗の弟の風祭隼人(かざまつり・はやと)の姿があった。
「優斗。教えてくれ……、俺の目から涙がこぼれてくる理由を……」
 弟の想いを知ってか知らずか兄は、満面の笑みでゴロゴロと転がってる。
「さあ、もう逃げられませんよ」
「おいおい、てめぇら、女の子追いかけ回してどう言う了見だぁ?」
 愛美と優斗の間に割って入って来たのは、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だった。
「俺は通りすがりの素浪人。人斬り家業に疲れ果て、一人流れる世捨て人。目的の無い旅の中で出会ったのが可憐な白雪姫。惚れたこの人の為に命を張ろうと心を決めて……、身体を張って守り通すぜ!」
「むむっ! 男に用はありませんよ!」
「俺だって男に用はねぇよ!」
 高速でコマのようにスピンし始めた優斗、トライブはそこに気合いの拳を叩き込む。分厚い着ぐるみのおかげで大したダメージはなかったものの、一撃の勢いに押されて優斗は袖のほうへボウンボウンと跳ねていった。こうなるともう自分の意志でコントロールは不可能だ。
「く、くそぉ……、愛美さん、僕は諦めたわけではありませんよ!」 
 闇の中に消えて行くキスリンゴを見送り、愛美は助けてくれたトライブにお辞儀をした。
「……ありがとう、トライブさん」
「なあに……、あいつの悪行が鼻についただけさ。さて、もう一匹の奴を……」
「くはははははは! トライブさん、さあ、私を食べて下さい! とめどなく蜜の溢れる私をッ!」
「うおおっ!」
 間一髪、珠輝の濃厚なベーゼを、トライブは避ける事に成功した。
「お、俺は男には用はねぇぞ!」
「私は一向に構いません! 生きとし生けるもの全て愛おしい!」
「そう言えば、テレビの録画を忘れてたな……。じゃあ、俺はこれで……」
「まあまあ、まだ慌てるような時間じゃありませんよォ!」
「うおおお! 追ってくるんじゃねぇ!」
 今度はトライブが珠輝に追いかかられて、舞台上を何周かすると客席に飛び出して二人は消えて行った。
 一瞬の嵐のような騒動がおさまると、客席の注目は再び愛美に向けられた。ところが、当の愛美は床の上でグッタリとうつぶせに倒れている。どうやら、変態リンゴにひき逃げされてしまったようだ。 
 ともあれ、毒リンゴによって倒れる、その目的は達成されたに違いない。ゆっくりと照明が落ち暗くなった舞台、ぱっと点いたスポットライトの光だけが愛美を照らす。空調からは冷たい風が吹き、悲劇の雰囲気を客席にも演出した。これは空調担当の椿薫の発案した演出である。


 色々ありましたが、白雪姫は哀れ毒リンゴの餌食に。
 彼女を救う事が出来るのは王子の愛のキスだけです。
 さあ、いよいよ物語も佳境となります。