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教導団のお正月

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教導団のお正月

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第1章 羽根突きで遊ぼう

 新年会は爆発から始まった。
 乾杯の挨拶の直後、教導団側が用意したどこか勘違いした日本の遊具――誰が用意したかは定かではない――で遊び始めた連中が居たからだ。
 乾杯の音頭を聞こうと演習場の中央に集まっていた参加者が、それに巻き込まれた。
 空からわんさか降り注ぎ、ころころと転がるパイナップル(手榴弾)に、会場は一瞬だけ静まり返り、
 ――ドカン!
「うぎゃー!」
「誰だ、手榴弾を投げたヤツは!」
「そ、総員退避――!」
 新年会が悲鳴と怒号が錯綜する地獄へと姿を変えた。
 料理や飲み物が並べられていた演習場に、爆発と硝煙が充満する。実際は、それが演習場のいつもの光景ではあるのだが。
「ふんふ〜ん♪」
 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)も、そんな遊び始めた連中のうちのひとりであった。
 騒ぎに乗り遅れまいと、振袖姿のヴェルチェは鼻歌交じりにパイナップルのピンを抜いて、一斉に放り投げ、
「お祭りは派手にいかないとね〜♪」
 どこからともなく取り出したマイ羽子板を振りかぶった。
 ゴンッ、という鈍い音が響く。いくつもの拳大の球体が宙を舞った。
 再びの閃光、そして悲鳴。
 ヴァルチェがそれらを満足げに見回しているところに、クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)クリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)がやってきた。
「ほれ、ヴェルチェ。持ってきたぞ」
 クレオパトラが、持っていた巨大な木箱に地面に置く。
 木箱の側面には『危険』とか『火気厳禁』という文字がでかでかと書かれていた。
 中身は当然というかなんというか、ぎっしりと詰まったパイナップルである。
 それらを吟味し始めたヴァルチェとクレオパトラに、クリスティが嘆息。
「あまり無茶をするものではありませんわ」
「はいはい、わかってるわよ」
 ヴァルチェを窘めつつも、クリスティはいちおうパワーブレスをかけてやる。
「ありがと、それじゃ次は、大物行ってみようかしら〜♪」
「ほいほい」
 クレオパトラから手榴弾を受け取るヴァルチェ。
 その視線の先には、シャンバラ教導団の団長である金 鋭峰(じん・るいふぉん)や教導団の幹部まっていた。
 無論、彼らを護衛する者も少なからず存在するのだが、ヴァルチェは意に介さずドラゴンアーツを発動。
 パイナップルを放り、羽子板を振りかぶる。
 だがその瞬間、
「んふふふふ〜……あら?」
「おお?」
「なにか転がってきますわ?」
 別のパイナップルが自分たちを狙って転がってくるのに、3人は気付いた。
 直後、轟音が周囲に響いた。
「成功であります」
 3人に爆発が直撃したことを確かめ、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)がほくそ笑む。
「団長に手を出す輩は、このあたしが許さないのであります」
 と、振り向いて団長の方をちらりと見る雲雀。
 が、悲しいことに土煙で視界は悪く、遠く離れた金 鋭峰は彼女に気付いてさえいなかった。
「……団長が無事ならばそれでいいのであります――むっ!」
 へこたれない雲雀の前に、煙をかき分けてぼろぼろの振袖姿のヴァルチェたちが現れる。
「ちょっと! せっかくお洒落して来たのに台無しになったらどうしてくれるのよ!」
「ふん、そんな格好をしてくる方が悪いのであります」
「そうじゃのう」
「そうかもしれませんわね」
 クレオパトラとクリスティも、その点には同意するらしい。
「せっかくのお祭りなんだから、目立たないわけにはいかないじゃない!」
 クリスティにヒールをかけてもらいつつ、言い争うヴァルチェたち。
 そんな3人を、雲雀が冷たく睥睨する。
「どうでもいいですが、団長は諦めてとっとと消えるであります」
 雲雀の言い様にかちんとするヴァルチェ。
「そういう風に言われると、なにがなんでもやりたくなるのよね」
 クレオパトラから渡されたパイナップルを持ち上げ、ヴァルチェが団長を狙う素振りをして見せる。
 安っぽい挑発ではあるが、雲雀が、一気に沸点を突き抜けた。
「……あたしの前で団長に手出すなんていい度胸じゃねえかKY野郎が……!」
「誰が野郎よ……!」
 互いに羽子板を構え、睨み合う。クリスティがさりげなく距離を取った。
 ヴァルチェが動く。
「心配しなくても、命(タマ)まで取りゃしないわよ♪」
 持っていたパイナップルを打つと同時、クレオパトラから次弾を受け取り、また打つ。
「ほれ、次、次じゃ!」
 嬉々としてパイナップルを手渡すクレオパトラ。
 大量の手榴弾が放物線を描き、雲雀に迫る。
 だが、向かってくる大量のパイナップルに臆することなく、雲雀が跳んだ!
 爆発前のパイナップルを、数個まとめて打ち返す。
「タイマン張る度胸もねえ奴が団長を狙うなんざ、1万年は早えってんだッ!!」
 打ち返せるだけ打ち返した後、雲雀は持ってたパイナップルのピンを抜き、タイミングをずらして投げつけた。
「甘いわよ!」
 反撃のパイナップルを、ヴァルチェが火術で迎撃。
 そしてすぐさま、次の攻撃の準備にかかる。
 そうして、団長を賭けた無駄に熱い戦いが演習場の一角で繰り広げられていくのだった。

「……む?」
「どうしました?」
「いや、誰かに呼ばれた気がしたが、気のせいだろう」
「そうですか。では、どうぞ一杯」
「うむ、頂こう」
 まさかすぐ近くで自分の身を巡って死闘が繰り広げられてことなど知るはずもなく、金 鋭峰(じん・るいふぉん)は普通に新年会を続けていた。
 
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)の間でも、パイナップルが飛び交っていた。
「はいっ!」
「ふっ!」
 ラリーが続く。
 周囲で暴走している連中とは違い、彼女たちはパイナップルでの羽子板を演舞的な訓練として捉えていた。
 如何に美しくラリーを続けるか。そして、それを防ぐか。
 もちろん失敗したら大怪我は間違いない。
 それでも、演習場の中央で彼女たちは緊張感の伴う遊戯を続けていた。
 数度目のラリーの後、アルコリアのそばで手榴弾が爆発する。
 炸裂の瞬間、アルコリアはもう一方の手に握っていた盾を構えた。
 事前に爆発のタイミングを把握していたため、無傷である。
 爆発が収まったところで、立会人を務めていたランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)が拍手をした。
「ほっほっほ、愉快愉快。ふたりとも楽しそうじゃのう」
「ええ、今のはなかなか上手くいきました」
「そうだな、だいぶ勘を取り戻せた。懐かしい空気だ」
 汗を拭い、満足そうに頷き合うアルコリアとシーマ。
「次で10セット目ですね。やりましょうか、シーマちゃん」
「望むところだ。手加減はしないぞ」
 珍しくやる気のアルコリアに、シーマが笑みを深くする。
「では、もうしばらく付き合うとするかの――ん、なんじゃリアド殿」
「いやいやいや、いい加減におかしいって気付けって!」
 リアド・ボーモン(りあど・ぼーもん)が、ついに声を大にして言い放った。
「ほっほっほ、なにかおかしいかのう?」
「全部おかしいだろ! なんで普通にしてられんだよこの状況で!」
 今更ではあるが、リアドが爆音と悲鳴が渦巻く周囲を指差す。
 と、
「こ、ここは俺に任せて、先に行け!」
「しっかりしろ、傷は浅いぞ! 衛生兵! 誰か衛生兵を――!」
「た、頼む……。こ、この指輪を故郷の婚約者に……」
「……」
 こいつら実は余裕あるんじゃないか、とリアドは一瞬思いかけるものの、気を取り直して、
「とりあえずアルコリアとシーマだけでも止めろよ!」
「ほっほっほ、無理に止めても祭りの雰囲気というものがパーになってしまうでのう」
「パーなのはおめーらだよっ!」
 叫び、リアドがふとランゴバルトの足元に目を落とす。そこには空になった酒瓶がいくつも転がっていた。
 ダメだコイツ、とリアドがぐったりと肩を落としたところで、アルコリアとシーマの10セット目のラリーが終了。
 アルコリアとシーマの中央で手榴弾が爆発する。
 同時に羽子板を回してびしっとポーズを決めるふたり。
 そんな彼女たちに、いつの間にか集まっていた観客から盛大な拍手がかけられる。
「やっぱ余裕あるだろこいつら……」
 などと呟きながら、リアドは深いため息をつくのだった。

 周囲の雰囲気を感じ取り、水渡 雫(みなと・しずく)が羽子板片手にうずうずしていた。
「新年会って、こういうことするんですねー……。さすがですっ」
 隠し芸や宴会の新年会のイメージを知っていながら、既に目の前の光景を『教導団の新年会』であると受け入れてしまっているあたり、微妙に常識が抜けている彼女である。
「でも、相手がいませんねー。ローランドさんとディーさんはどこに行ってしまったのでしょう?」
 パートナーの姿を探すが、目に見える範囲にはいない。
 対戦相手を求めてうろうろしする雫に、 橘 恭司(たちばな・きょうじ)が声をかけた。
「あの、すみません」
「はい?」
「俺と勝負してくれませんか?」
 唐突な申し出に驚く雫だったが、恭司が持つ羽子板を見て、瞳を輝かせる。
「手加減はしませんよ」
「こっちだって、全力で勝ちにいきます」
「楽しみですー!」
 羽子板を構え、雫が手榴弾のピンを抜いた。

 打ち合いを始めた雫と恭司を、雫のパートナーのローランド・セーレーン(ろーらんど・せーれーん)が少し離れた場所で眺めていた。
「やれやれ、よくやるねぇ」
「まったくだ」
 ローランドがのんびりとお屠蘇を食ていると、ディー・ミナト(でぃー・みなと)がやってきた。直前まで走り回っていたのか、ディーの息は荒い。
「彼を見つけてきたのはディーかい?」
「おお、慣れねー言葉遣いで頼んだせいで、肩が凝っちまったぜ。おっと、別に無理矢理つれてきたわけじゃないぜ。向こうも羽子板の相手を探していたんだからな」
 雫の相手をせずに済んでほっとしたのか、地の口調でディーが言う。
「で、あんたはお嬢さんの相手をしようとは思わないのかい?」
「体育苦手な吸血鬼を舐めないでくれたまえよ。誰が好き好んで危険に身を投じるんだい」
「だよな」
 などと意見を一致させているふたりの頭上から、流れ弾のパイナップルが降ってきた。
「ぐあっ!」
 爆発に巻き込まれ、ディーが悲鳴をあげた。ローランドは悲鳴すらあげずに倒れ伏している。
「ごめんなさいっ――あっ、ディーさんじゃないですか! ローランドさんも! どこに行ってたんですか?」
 羽根突きの被害か、雫はズタボロだった。血を流し、すぐに倒れるんじゃないかと思えるくらい、凄惨な姿である。
 それでも元気一杯で羽根突きを続けようとするパートナーを、ディーが見返す。
「いや、どこって」
「ちょうどよかった、みんなで羽根突きをやりましょう! 楽しいですよ!」
「断るよ」
 起きあがったローランドが、穏やかに微笑みながら断固とした口調で言った。
「雫には悪いけれど、そいうのは我輩のスタイルではないんだよ。第一、君には対戦相手が――ってそこの対戦相手の君、どうして我輩たちに羽子板を渡すんだい!?」
「まあまあ」
 いつの間に仲良くなったか、阿吽の呼吸で恭司がローランドとディーに予備の羽子板を渡していた。
 死地を越えた者だけが出来る表情で、恭司が言う。
「なんとかなりますよ……色々と」
「なんだい色々って!」
「行きますよー!」
 声を弾ませた雫が、ローランドたちに向けて全力でパイナップルを打つ。
「いや、待って――」
「オレは諦めたぜ……命とか」
 ディーの呟きは、閃光と爆発に掻き消された。