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リアクション
リッツォ家の姑
ラテルの中心を通る煉瓦の道。
それは、両側には洒落た店と大きな屋敷が並ぶ、すべての意味でラテルの街の中心となる場所だ。
リッツォ家は煉瓦通りに面した建物の中でも、ひときわどっしりとした佇まいの屋敷だった。
刈り込まれた植え込みはきっちりと左右対称で、雑草の1本も生えていない。家の前にも枯葉1枚落ちてはおらず、しっかり管理されている様子が窺えた。けれど、その整い具合にはどこか人を寄せ付けない厳めしさがあった。
そのリッツォ家をエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と御凪 真人(みなぎ・まこと)は訪ねた。取り次ぎにたったメイドは一旦屋敷に入ってゆき、やがてリッツォ家の姑、オルネラを伴って戻ってきた。
「何の御用でしょうか」
自分の子供よりも若い2人にオルネラは怪訝そうに眉を顰めた。
「ソフィアさんと生まれてくるお子さんのことでお話があって来ました」
「何でしょうか」
オルネラはにこりともせずに真人に視線を当てた。話を聞いてはくれそうだけれど、友好的では全くない態度だ。
「ソフィアさんとオルネラさんがお子さんを巡って対立しているという話を聞いたのですが……」
真人が口火を切るとオルネラは溜息をついた。
「まったくあの人は……家の恥を外で話してどうしようと言うのでしょうね」
確認の為にサリチェから聞いたソフィアの話をしてみると、オルネラはその通りだと認めた。
「オレの実家もそれなりに古風な教育方針で、姑さん……いやさ、ミズ・リッツォの考え方も分からんでもないが……世間体に囚われすぎるのも、良いとは言えないんじゃないか」
自分は友人の為ならば世間が何を言おうとしてやろうと思うが、オルネラはそうでないのだろうかと考えながらエヴァルトはそう話してみた。
「確かに今までは保守的な考えでうまくいっていたかもしれません。ですが、今は世界が大きく変わろうとしている時ではないでしょうか。ですから、もう少し外の世界に目を向けてはどうでしょう?」
真人もそう言葉を添えたが、オルネラはとりつく島もない。
「徒に変化に呑み込まれることを、わたくしは良しとしておりません。ここにはここの生活がございます」
オルネラの態度にもひるまず、真人は説得を続けた。
「ですが……生まれる子供の将来は生まれてくる子供のものです。ご家族が責任を持つ部分もあるでしょうが、子供だって自分の将来に夢や希望を持つようになるはずです。今結論が出なくても、その子が大きくなってから尋ねるのはどうでしょう?」
「この街にも夢や希望はございます。もちろん子供にも聞きますが、間違った道に進もうとしているならば、それを止めるのが大人の役割というもの」
「そうは言っても子供を育てるのは親だ。それ以外の人間が出来るのは助言でしかないだろう。それに、直接教育に介入するのは良くないんじゃないか」
エヴァルトの意見に、オルネラはふと息を吐いた。
「きちんと子供を育てられるような親ならば、わたくしもうるさくは言いません。息子も嫁もほんとうに頼りなくて……。あなたのご意見の通り、生まれてくる孫を育てるのは親。だとすれば、その親を教育するのはその親であるわたくしの役目でしょう」
淡々と答えるオルネラは、自分の考えが正しいと信じて譲らない。互いに自分の意見をぶつけ合っても、それは相手には届かず、ただただ跳ね返されるばかりだ。恐らく、こういう点がソフィアとの対立の原因になっているのだろう。
「先人の知恵というものが不必要だとは思いません。絵本だって、そういった物を子供にも分かり易く理解しやすいようにメッセージにして伝えているのですから。ですが、自分が生まれたことで祖母と母が喧嘩をしていたら、一番悲しむのはその子です」
どうかソフィアと仲直りを、との真人の願いもオルネラには届かない。
「わたくしも揉めたくなどありません。うちの嫁が聞き分けてくれればそれで解決することですのに。本当に、どうして地球かぶれになって、あんな奇妙な名前までつけようとするのか……理解できません」
「漢字の名は悪くはないぜ。さすがに夜露死苦はないが、縁起の良い名前なら……そうだ、縁起の良いものを連ねた名前があるんだがどうだ? 寿限無寿限無五劫の擦り切れ…………」
延々と名前を詠み上げるエヴァルトを残し、オルネラはでは失礼しますと家に入って行ってしまった。
「こら、言ってる間に放置するんじゃなーい!」
残されたエヴァルトはそれでもへこたれず、寿限無をパラミタ向けの落語にアレンジする方法を考えるのだった。
五月葉 終夏(さつきば・おりが)はラテルの煉瓦通りをのんびりと歩いた。ミルムに行く前に街の散策でもしようかと思ったのだ。
七都市と比べると、ラテルには不便なことも多い。電気がない為に様々なものは人力で為さねばならないし、ちょっとしたものでもヴァイシャリーまでいかなければ手に入らなかったりもする。けれど、そんな地に根ざした生活が終夏は嫌いではなかった。
それどころか、こんな穏やかに過ごせる場所なら、電気のある生活を手放してもいいとまで思う。
「もっと大人になってお金貯めたら……」
パートナーたちとラテルに住むのもいいかも知れない。そんなことを考えながら歩くうちに、終夏は立派な屋敷の前に来ていた。誰の家なのだろうと表札を見てみれば。
「ここが昼ドラ……じゃない、嫁姑問題のあるリッツォ家かぁ」
終夏は屋敷の様子を眺めてみた。定規で計ったようにきちんとした植え込み、重々しい門。そんな中にぽつんと浮いて小花の鉢植えが置かれている。
ソフィアの持ち込んだものなのだろうか。明らかに周囲と調和していない中、小さな花をいっぱいに咲かせていた。
「お姑さんも、どうせならお嫁さんと和やかに過ごした方がずっと楽しいと思うけどな」
互いに互いの意見を守り対立しているよりも、譲るべきところは譲って手を取り合った方がずっと気分が良いだろうにと思っている処に、姑のオルネラが門から出て来た。
どこかに出かけるのだろうか。つばの広い帽子を被り、腕にはバッグを掛けている。
直接オルネラのことを知るチャンスだと、終夏は道に迷ったふりをして話しかけてみた。
「こんにちは。すみません、少しお伺いしたいのですが……ミルムって名前の建物、どちらにあるかご存知ですか?」
「ミルムと言うと、絵本が置いてある処でしょうか。でしたらこの道を進んで行って……」
「やー良かった。それなら、是非連れて行って下さい!」
説明を始めたオルネラを、終夏は大きめの声で遮る。
「え、道はそんなに難しくは……」
「さあさあ行きましょう行きましょう、あっはっは」
有無を言わせず促すと、オルネラはそれなら、と先に立って歩き出した。すたすたと運ぶオルネラの足は案外速い。脇目もふらずに歩いている所為なのかも知れない。
周囲はこんなに春の景色なのに、と終夏がその余裕の無さを寂しく思っているうちに、オルネラはミルムの前までやってきた。
「ここがミルムです」
「ありがとうございます。折角ですから少し寄ってみませんか」
このまま中まで、と思ったのだが
「いいえ。わたくしは他に用事がありますので失礼します」
オルネラはきっぱりと断って踵を返した。
その背を見送りつつ、終夏は思う。自分のペースを頑なに崩さないあの姑に対抗するのは、相当大変なことだろうと。
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