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絵本図書館ミルム(第3回/全3回)

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絵本図書館ミルム(第3回/全3回)

リアクション

 
 
 ソフィアのミルム見学
 
 
 資金援助をするにも、まずは絵本図書館ミルムがどんな処でどんなことをしているのかをソフィアに知って貰うのが先。ということで、絵本のお茶会をする前に、ソフィアにミルムの見学をしてもらうことになった。
 フリルたっぷりのピンクのドレスでやってきたソフィアは、お腹の大きさこそ目立つけれど、頭につけた大きなリボンも耳で揺れるハートのイヤリングも、およそ妊婦らしいとは言えない出で立ちだった。
「ここが絵本図書館ですのね。私、子供の頃にプレゼントしてもらったひなどりの絵本を、今でも大切にしていますのよ。あれから絵本が好きになって……ああ、ほんとうに絵本がいっぱいありますわ。素敵」
 ソフィアは興味一杯でミルムのあちこちを覗いては、あれは何かと尋ねた。あまり動き回るので、一度はアンズの花が生けられた花瓶をひっくり返しそうになり、慌てて案内していた学生が受け止める、なんてこともあった程だ。
 カウンターや書架をはしゃいで見回っているうちに疲れてきたのか、ソフィアは閲覧室の椅子に座って休憩を取った。興奮の余り、動きすぎてしまったのだろう。
 ソフィアとじっくり話すチャンスだとみて、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は椅子に腰掛けているソフィアに近づいた。
「百合園に興味があると聞きまして……」
 そう切り出すと、ソフィアは目を輝かせる。
「あなた、百合園女学院に通っていらっしゃるの?」
「今は違いますけれど、以前はそうでした」
 そんな話から綾香はソフィアが百合園に対して持っている認識を聞き出した。
「そこに通えば、みんな可愛くて素敵な女の子になれるんでしょう? たくさんのお友だちと勉強したり遊んだり……地球の人ともお友だちになれるんだって聞きましたわ」
「ええ。地球との関わり方も学べますし、若奥様がお子さんをここに入れたいと考えるのは間違いではありませんし、ラテルにとっても良い事です」
「そう思って下さるの? 嬉しいですわ。ラテルとそれほど離れていないのに、ヴァイシャリーは外の世界に……地球に近くて羨ましいですの。私も地球の人とお友だちになったり、色々なことを知ったりしたかったんですのに……」
 ソフィアは膨らんだお腹に手を当てた。
「でも、この子はきっと、私が見られなかった広い世界を見るのですわ」
「……本当にそれがその子の人生なのでしょうか?」
 そうソフィアに尋ねたのは大岡 永谷(おおおか・とと)だった。敢えて男物の教導団軍服を着てきた永谷は、ソフィアに自分の過去を語る。
「俺、いや私は元々神社の宮司の娘で、巫女の修業をしていたんですよね。実際には親からの教育の賜物だったのに、巫女になって神社を盛り立てることを子供心に自分の為に信じ込んで、立派な巫女になることのみを考えていました。でも、本当にこれが私の人生なのかな? と考えて悩むことがあって……その時にパラミタに来る機会があって、今ではこんな軍人の卵になってます」
 ソフィアに生まれてくる娘の話を聞いて、過去の自分を思い出した、と永谷は続ける。
「貴女は親の意思で自分の思うような人生を歩めなかったかもしれませんけど、それを娘さんに押しつけてしまっては、娘さんが思うような人生を歩めなくなってしまいませんか?」
「そんなことはありませんわ。私はこの子が思うような人生を歩めるように、百合園女学院に入れてあげるんですの」
「でもそれは、娘さんの意思かどうかは分からないでしょう。娘さんが望んだら反対しないのは問題ありませんけど、親の希望で百合園に行かせる貴女と、百合園に通うのを反対した親御さんは、どう違うのでしょうか?」
「どうって、行かせるのと行かせないのとでは正反対ぐらい違いますわ」
 ソフィアは何故そんなことを聞かれるのか分からない、という様子で首を傾げた。
「百合園に行かせるどうかは別としてぇ、まずはいろんな世界を教えてあげることが先だと思うのですぅ。折角絵本図書館みたいに幼児期の教育に恰好の場所がありますしぃ、有効活用すべきですよぉ。そうして見識を広めてからぁ、どこに行くかを決めさせると良いですぅ」
 アポクリファ・ヴェンディダード(あぽくりふぁ・う゛ぇんでぃだーど)の言葉に、ソフィアはそうですわねと同意する。
「こちらには地球の絵本もあるそうですから、この子にも読ませたいですわ。もしかしたらこの子が地球に行くようなこともあるかも知れませんものね。地球には遠くの人とお話できたりするような、不思議な道具があるって、サリチェさんからも聞きましたの。地球の絵本にも不思議な道具はのってるのかしら。ぜひ読んでみたいですわ」
「そういうことではなくてぇ。そうそう、漢字に興味があるなら蒼空学園の白鞘先生とかが詳しいですしぃ。百合園にこだわることなく、訪ねてみるといいと思いますぅ」
「でも遠いですし、あの学校は契約していない娘を受け入れてはくれないのでしょう?」
 子供に学ばせようと思うならラテルに住んでいるソフィアに出来る選択は、家庭教師をつけるか、学校のある他の街に通わせるか、百合園に入れるか、というくらい。後は、学校の代わりにとミルムで文字教室が開かれている程度だ。その中でソフィアなりに考えた結果だから、簡単には譲らない。
 娘の為を思うなら選択肢を狭めないで欲しいと永谷が頼んでも、親の役目は子の人生の道を造ることではなく、その子が行く末に迷わぬように道しるべを作ることだと綾香が説いても、百合園に行かせることが子供の選択肢を広げることだと信じているソフィアには通じない。
「……まあ、1人の子供の意見として覚えておいてくれ。それと、だな。ご息女の名前についてだが……」
 譲る気配もみせないソフィアへの説得を、綾香は布都 御魂(ふつの・みたま)に譲った。
「はい、お名前のことですね。初めて漢字に触れた方がよく難しい漢字を好むのですが、漢字の品位、本意は画数では決まりませんよ。漢字にはその成り立ちや意味があり、ソレを汲んでこそ良い言の葉の綴りとなるのです」
 御魂はそこまでをさらさらと言うと、ですが、とソフィアを見る。
「まだ漢字に触れたばかりの方では、そこまではなかなか出来ませんよね? ですので、最初は韻を踏んでみるなど、音から入るのが良いかと。また、名前ですのでどなたでも呼べるような……」
「何をおっしゃっているのか分かりません」
 ぷい、と子供じみた仕草で顔を背けると、ソフィアは立ち上がった。
「子供に押しつけるなと言って私には押しつける、まるで御義母様にお説教されているようですわ! ええ、分かりました。子供が6歳になりましたら百合園に行ってくれるように頼みますわ。そこでどうしても百合園に行きたくないというのなら、諦めます。それでよろしいのでしょ……きゃっ」
 お腹の子に注意を払わぬ乱暴な動作をした為にバランスを崩したソフィアに、周りから慌てて手が差し出される。
「おっと……」
 真っ先にソフィアを支えたのは瀬島 壮太(せじま・そうた)だった。
「おまえらそんなに一度に喋ったら、ソフィアさんが混乱するだろうが」
 説得に懸命になっている周囲を諫めると、壮太はソフィアをソファに座らせ直す。
「混乱させちまって悪ぃな。けど、みんなが熱くなってるのはソフィアさんのお腹の子のことを心配してるからなんだぜ」
 すっかり機嫌を損ねているソフィアは返事もしなかったけれど、壮太は優しく接し続けた。
 最初は目も合わせようとしなかったソフィアだけれど、壮太が自分の言い分を否定せず、うんうん、そうだよな、と相槌を打っているうちに、落ち着いてきたようだった。問われるままに、自分の思いを語り出す。
「百合園女学院がヴァイシャリーに出来たと聞いて、これはシャンバラ女王様のお導きだと思ったんですの。今まで親に逆らったこともなく、人に可愛がられる女の子であれと望まれるままにきた私にも、もしかしたら絵本にあるような未知の世界に出られる扉があるのではと……。ですが、その頃には結婚が決まっていて……」
「許してもらえなかったのか。それは残念だっただろうな」
 あくまでも味方として、壮太は一切否定の言葉を口にせずにソフィアの言葉を受け止める。
「ええ。……結婚がいやだったのではありませんの。私はコラードのことはずっと好きでしたから。でもまるで、目の前で扉が閉ざされて真っ暗になるようでした……。仕方なく諦めて、それまでのように暮らすことにしたのですけれど……この子は……この子にはそんな思いをさせたくないのです……。どこにでも行ける扉のある場所へ……百合園女学院に行かせてあげたいのです」
 いきなり思いを語れと言われても出来なかっただろうけれど、一度爆発したことでソフィアを覆っていた殻は吹き飛んだ。その上で味方として話を聞いてくれる相手を得たことで、彼女は自然に言葉を紡げるようになっていた。
「そっか、そういう理由があるんだな」
「御義母様は私のことを世間知らずの子供だと言いますの。だからそんな夢を見るのだと。でもどうしていきなり奥様になんてなれると言うのでしょう。コラードは何も言ってはくれませんし……どうしたら良いのか私にはもう分かりませんの……」
 子供のままで奥様になり、そして今度は母になる。義母にはしっかりしろと言われ、夫は何も言ってくれない。分からないままにソフィアは自分の夢にしがみつく。諦めたくないという気持ちを持て余して。
 でも……ソフィアの本当の夢は、子供を百合園に行かせること……なのだろうか。
 どこかで間違ってしまった夢の行方。
 ソフィアの明日も子供の未来も、今は正しく繋がれずに空回りするばかり。
 本当の夢は? 本当の望みは?
 一番それに気づけないのは当人なのかも知れない……。
 
 
 ソフィアが落ち着くのを待って、林田 樹(はやしだ・いつき)は館内の案内を再開した。
 足下を林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が歩いていたらソフィアが躓いてしまうかもと、いつもはちょこちょこと皆について歩いているコタローを今日は樹が抱いて運んでいる。
「あ、そこ少し段になっていますから気を付けて下さいね」
 お腹に隠れて足下が見えにくいだろうからと、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)はソフィアに代わって確かめ、薄暗がりになる処では足下を照らして少しでも安全にと心がけた。
 ミルム内の絵本が、子供たちが選びやすいようにと考えた配置になっていること、子供に読み聞かせをする為のスペースがあること、等を説明してゆく。
 写本を飾ってある処では、コタローがソフィアに自慢する。
「がくしぇーしゃんが、いっこいっこ、みながらうつしたんらって! きえーれしょ?」
「ええ、とても綺麗ですわね……古い物語の写しでしょうか」
「ふるいごほん、らいじらから、おてつらいのみんにゃがうつしたお」
「そうですの……これを1つ1つ写すのは、さぞ大変でしょうに」
 ソフィアは感心した様子で写本を眺めた。けれど、先ほど心のうちを吐露してからは、ソフィアの受け答えはどこか上の空で、時折深い溜息をついたりしていた。
 援助を申し出るくらいだから、絵本にも絵本図書館にも興味があるのだろうけれど、今はそれより心を占めているものが気に掛かるのだろう。
 樹はそんなソフィアを、文字教室で子供たちが書いた字が展示されている場所に連れて行った。
「ミルムで開かれた識字教室で子供たちが書いた雪の詩だ」
 利用者の目につくように貼られた文字は、たどたどしくも丁寧に書かれていて、学ぶことの喜びに溢れている。
「こっちは子供たちと一緒に作った文字の表です。最初はワタシの作った表を使っていたんですけど、そのうちに子供たちも書きたいって言い始めたので、こんな風に作ったんですよ」
 ジーナが嬉しそうに文字の表をソフィアに見せた。
「こちらはもう少し高度な文章になります」
 緒方 章(おがた・あきら)は自分が指導した子供たちの作品をソフィアに示す。
「これは『論語』と言って、地球の有名な思想家・孔子の言葉なんです。『非礼視るなかれ、非礼聴くなかれ、非礼言うなかれ、非礼働くなかれ』と読みましてね、秩序を乱すものを見るな、秩序を乱すものを聞くな、秩序を乱すことを言うな、秩序を乱すことをするな、という意味になっているんです」
「はあ……」
「洪庵の説明だと難しすぎたようだな」
 全く分かっていない様子のソフィアに、樹は論語の中にある1つの漢字をさした。
「例えばここ。『礼』という文字は、日本の言葉では『よろしくお願いいたします』と頭を下げる意味なんだ」
「とすると、秩序を乱すことによろしくお願い……? 秩序によろしく……? 難しくて分かりませんわ……。こんなのを練習するだなんて、すごいですわね……。学校みたいに、みんなで集まってしているんですの?」
「今も開かれていますよ。見に行ってみませんか?」
 章はソフィアを文字教室に連れて行った。
 今日は菅野 葉月(すがの・はづき)ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が教室の先生役をしていて、入ってきた皆に気づくと、
「じゃあ今の文字を練習してみましょう。ゆっくりでいいから、丁寧に書いて下さいね」
 子供たちに自習させておいて、皆の処にやってくる。
「もしかしてソフィアさん、ですか? はじめまして。菅野葉月です」
「はじめまして。……みんな熱心に勉強しているんですのね」
 ソフィアは挨拶もそこそこに、文字を練習している子供たちを眺めた。
「絵本が読みたいという目的がある所為か、みんな一生懸命なんです」
 葉月が目で子供たちを示すと、ミーナも大きく肯く。
「学びに来た皆が楽しんで文字を覚えて、絵本を読めるようになると良いよね。ここで文字が読めるようになった子が、家に帰って家族に絵本を読んであげて、それでその家族に絵本に興味を持ってもらえたり、なんて子供にも大人にもどんどん絵本の輪が広がっていったら嬉しいな」
 ミーナの脳裏には、ジャックとその母親が浮かんでいた。絵本を読めない子供、子供に絵本を読んであげられないことを哀しむ母親。 ミルムが無ければ、そしてアンゴルの事件でジャックの家に本を回収に行って母親の話を聞くことが無ければ、そしてその後できた文字教室が無ければ、ずっとそのままだったに違いない。
 けれど今は、ジャックは文字教室に通い、母親は家で文字が学べるように葉月が工夫した教材を持ち帰って勉強し、まだ1単語ずつの拾い読みではあるけれど、一緒に絵本が読めるようになってきている。ミーナが知らないだけで、そんな家庭が他にもあるかもしれない。そう考えると張り合いも出る。
「江戸時代……古い時代の日本が識字率が世界一で民衆に文学が親しまれていたのも、寺子屋という教室のようなものがあった為なんです。シャンバラにも同様なものが普及すれば同様に、ごく普通の人も文学に親しむようになると思います。絵本図書館は、その端緒となる可能性を秘めています。だから僕は絵本図書館がずっと続いてくれたらいい、と願っているんです」
 葉月の言葉をどこまで理解したものか、ソフィアは小首を傾げて聞いていた。
「小さな学校みたいですわね」
「まさしくそんな感じ。良かったらこれも読んでみて。ちょうど、文字教室の記事が載ってるんだよ」
 羽入 勇(はにゅう・いさみ)は印刷してきたばかりの、最新版の絵本図書館ミルム通信をソフィアに渡した。
 読み聞かせ会や文字教室、らくらくおかあさん企画の日程や、お薦めの本等の記事の間に、文字を習っている子供の写真が掲載されている。文字が堪能でない人の為に、記事の頭には内容を示すマークがつけられ、分かり易くする工夫がされていた。
 最初に作られてから改善を重ねて今の形になっているのだが、未だに紙面をどうするかは考え続けられている。より分かり易く、より親しみやすく。それも、この場所を多くの人に知って貰い、利用して貰いたいが為。
「ソフィアさんがミルムを訪問したことも、載せていいかな?」
「ええ、構いませんわ」
「じゃあミルム通信に載せる写真、撮らせてもらうね」
 勇がカメラを向けると、ソフィアは不思議そうにレンズを覗き込んだ。
「これで何をするんですの?」
「カメラで写すと、ここにあるみたいな写真が撮れるんだ。面白いでしょ? ああ、でも構えなくていいからね。普通にしてるところを何枚か撮らせて欲しいんだ。それと、ミルムを訪問しての感想も教えてくれると嬉しいな」
「思っていたよりもずっとたくさんの人が、色々なことをしてるんだと驚きましたわ。ただ絵本がたくさん置いてあるだけの場所だと思っていましたのに」
 珍しいものがいっぱい、とソフィアは微笑んだ。
「こんな場所があれば、ラテルでも勉強をする機会が持てるのですわね。……私が子供の時にも、行儀作法を習う家庭教師だけでなく、こうしてみんなで学べる場所があったら良かったのに……」
 残念そうなソフィアに、秋月 葵(あきづき・あおい)は今からだって学べますよと笑顔を向ける。
「ここには大人の為の文字教室もありますし……そうだ、ソフィアさんは漢字に興味があるんですよね。だったら正しい漢字とか……ちゃんと勉強して覚えてみる気はありませんか?」
 そうしたら夜露死苦なんて名前をつけたりはしないだろうから、と葵はソフィアを文字教室に誘った。どんな名前をつけるかは親の自由……とはいえ、さすがにこの名付けは放置しておけない。ソフィアがその子をパラ実でなく百合園に入れようとしているなら尚のことだ。
「私にも漢字が習えますの?」
「はい。ミルムには地球産の絵本もあるので、シャンバラ語だけでなく、地球の文字も教えていますし、大人の方も参加してくださってるんですよ」
 葉月が答えるとソフィアは、大いに乗り気な様子になった。
「今度漢字の教室が開かれるときにはぜひ、参加したいですわ。私にも書けるようになるかしら」
 教室の日が待ち遠しくてたまらない様子で、ソフィアはその後も熱心に子供たちの文字教室を見学した。
 
 予想外に長く文字教室を見学した後、ソフィアは休憩をかねて閲覧室で絵本を広げた。
 そこにミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が1冊の絵本を持ってきた。
「この絵本、読んでもらえないですか?」
 大切そうに机に置いたそれは、ロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)の本体だ。題名は『ふかふかの旅』。その内容は――。
 昔々、あちこちを旅して回るおじさんがいました。
 おじさんは旅先で知り合った病気の女の子に、旅のお話を聞かせていました。
 ある日、また旅に出ようと準備をしていたおじさんのところに、女の子がやってきて、「この子も連れて行って」と、くまのぬいぐるみ『ふかふか』を差し出しました。自分と一緒だと、ふかふかが外に出られなくて可哀想だからと思ったからです。
 おじさんは「また帰ってくるから」と約束をし、ふかふかと旅に出ました。そして旅先で珍しい風景を見つけるたび、ふかふかが風景に溶け込んでいるような絵はがきを作って、女の子に送り続けました。
 その絵はがきのおかげで女の子は心があたたかくなり、病気もだんだんとよくなりました。
 そして、旅から帰ってきたおじさんとふかふかと女の子は、元気にただいまおかえりを言い合ったのでした。

 ソフィアが絵本を読む間、ロレッタはじっとその様子を観察した。自分の本体の話がソフィアに気に入ってもらえるのかどうか、心配でたまらない。
 読み終わったソフィアは顔を上げると、
「良いお話ですわね。きっとふかふかと一緒に、この女の子の心も旅に出られたのですわね」
 と、柔らかい笑顔で感想を述べた。
「気に入ってもらえて良かったぁ。ワタシ、おじさんが絵はがきを作るシーンが好きなんです」
 ミレイユがほっとして話すと、ロレッタも照れながらソフィアに近づいて、膨らんだお腹を優しい眼差しで見つめる。
「この子はどんな風景を見て、どんな夢を心に描くのだろうな。子供も心にたくさん夢を描くと、すごくいい笑顔になるんだぞ」
 笑顔で一気に話してから、ロレッタは咳払い。
「……少しはしゃぎすぎたぞ」
「それだけ嬉しかったんだよね〜」
「笑うでない」
 ミレイユとロレッタのやり取りをソフィアは微笑ましそうに眺め、そしてそっとお腹に手を当てた。そこにいる子供に何かを問いかけるかのように。