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絵本図書館ミルム(第3回/全3回)

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絵本図書館ミルム(第3回/全3回)

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 お茶会は準備から
 
 
 絵本のようなお茶会、といっても絵本も様々。ソフィアに喜んでもらう為にはどんな飾り付けにするのが良いのかと、神和 綺人(かんなぎ・あやと)は考えた。
「お茶会といえば、不思議の国のアリスかな」
「わしも真っ先に浮かんだのはアリスじゃが……ティーパーティでアリスというのはありがちかも知れんのぉ」
 安直すぎるかと決めかねているファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)に、綺人はでも、と尚もアリスを押してみる。
「地球ではなじみ深いけど、シャンバラの人には目新しいんじゃないかな」
 ソフィアに地球で好まれている物語を知ってもらう機会にもなりそうだから、という綺人にファタも肯いた。
「ふむ……それもそうじゃな。では基本コンセプトはアリスでゆこうかの」
「アリスもええけど、王子様とお姫様ってのもソフィアさんが好きそうやないか?」
 甘い雰囲気のものが好きらしいから、と日下部 社(くさかべ・やしろ)が言えば、広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)もそれに賛成する。
「お茶会に参加してる人を、〜王子様、〜姫様、って呼んだら、その人も絵本の登場人物になった気分になれると思うよ」
 絵本のお茶会、と言われて浮かぶイメージも人それぞれ。
 綺人は頭の中でアリスの世界とお姫様を重ねあわせてみる。アリスにも城は出てくるし、少々癖はあるけれど女王様だって登場する。
「あまりばらばらになってしまうと変だけど、王子様とお姫様だったら入れても大丈夫じゃないかな」
「よっしゃ。色紙や段ボールを持ってきたから、みんなも使ってくれや」
 社は材料を置くと、自分でもさっそく飾りを作り始めた。
「アリスとお姫様っスね。分かったっス!」
 絵の腕を生かせるチャンスだと、広瀬 刹那(ひろせ・せつな)はアリスのキャラクターを描いたものやお城のシルエットを切り取って、お茶会用の飾りを作った。
 アリスに出てくるキャラクター、不思議の国をイメージしたトランプ等もそれらしく配置して、飾り付けてゆく。
 たまに遊びに来ていた絵本図書館でイベントがあるということで、柏木 誠二(かしわぎ・せいじ)も何か盛り上げる方法は無いかと頭を絞る。
「絵本の世界を体感してもらう為に、絵本の登場人物の衣装を用意しておいて、主催する側だけじゃなく参加者にも仮装してもらうのはどうかな?」
「サイズもあるから複雑なものは無理でしょうけれど、簡単に羽織れるようなものでしたらいいと思いますよ」
 度が過ぎていないものなら自分も協力するからと、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)に言われ、誠二はそれなら、と柏木 健吾(かしわぎ・けんご)と仮装のネタを練り始めた。
「サイズに自由がききそうなものかぁ。何があるかな」
 作るのが簡単でないと手に余ってしまう。
 参加者が仮装して嬉しいものでないと、厭がられてしまう恐れもある。
 資金援助をしてもらいたいぐらいだから、お茶会の予算も限られている。
「仮装、仮装……どんなものがあると思う?」
 最初はお茶会になど興味のなかった健吾も、誠二の相談の相手をしているうちに、だんだん乗り気になってくる。
「雰囲気はアリスか王子と姫なんだろ。だったらトランプをプラカードみたいにかけるとか、王子なら……派手目なマントか?」
「紙で作った冠とかでも良さそうだよね」
 あれこれと案を練ると、誠二と健吾は材料の買い出しに出かけていった。
「綺人、茶器はこれでいいですか?」
 サリチェの家から雰囲気に合いそうな茶器を選んでを運んできた神和 瀬織(かんなぎ・せお)が、飾り付けられてゆく部屋とティーセットを見比べながら尋ねた。
「うん、いいんじゃない? 数は足りそう?」
「おそらく大丈夫かと思いますけれど、足りなくなった時の為に他のセットも借りておいた方が良さそうですね」
 もう一度サリチェに頼みに行こうと瀬織が部屋を出て行こうとした時、
「すみません、扉の前にいる人がいたらちょっとどいて下さいね〜」
 扉の向こうからクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)の声がし、続いて、
「はい、中に入りますよ、あ、ぶつけないようにゆっくりお願いしますね」
 という声と共に、円テーブルを持ったクリスたちが入ってきた。部屋の中央に古びたテーブルを置くと、クリスはふぅと息を吐く。
「クリス、それは?」
「仲良くテーブルを囲んでお茶するには、円テーブルが良いと思って運んできました」
 どこが正面でもない円いテーブルを囲めば、隔たり無く話も弾んでくれることだろう。
「サリチェさんにお伺いしたら、ソフィアさんはピンクがお好きとのことでしたから」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は円テーブルに、淡いピンクのテーブルクロスをかけて整えた。そうすると傷も隠れ、古びたテーブルはお茶会にふさわしい明るい色調のテーブルに早変わり。
「ソフィアさんは暗い物や重苦しいものがお嫌いだそうですから、会場は明るく軽やかにしたいものですわね」
 飾り付けるものや花も色をあわせて、というフィリッパに、金住 健勝(かなずみ・けんしょう)はラテルの街で購入してきた花や緑を見せる。
「この色なら問題はないでありますか?」
「春らしい彩りのお花ですわね。これならきっとソフィアさんも喜ばれますわ」
「では、お茶会をいい雰囲気で成功させる為にも、この植物で飾り付けを頑張るであります!」
 健勝は今日は文字教室をお休みにして、お茶会の為に動くことに決めていた。
 早速、花や緑でテーブルやその周囲を飾り付け始めた……のだが。
「そんな1箇所にまとめて置いたら、すぐにお花が足りなくなってしまいますよ」
 びっしりと緑を組み合わせている健勝に、レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)の注意が飛ぶ。
「しかし、これではカモフラージュの役が果たせないであります。効果的に姿を隠すには……」
「何がカモフラージュですか。今しているのはお茶会の為の飾り付け。教導団の訓練ではないんですから、そっち方面からは離れて下さい」
「や、だって自分は花を飾ったことなんてないでありますし。せいぜい小学校の朝顔を育てたくらいで……」
「それは飾り付けではなく観察でしょう。……いいです、もう。私が飾り付けするから、健勝さんはできたのを置いていって下さい。集中させずにばらばらに。いいですね?」
「はっ、了解であります!」
 健勝は頼りにならないと見たレジーナは、自分が主導権を握って花のアレンジメントを作っていった。テーブルに置くものは花瓶に挿すと高さが出てしまい、談笑の邪魔になる。だからバスケットに小さく盛って飾り付け。春の花畑のような雰囲気を出す為に、花の鉢を並べてテーブルまでの道を作ったり、と可愛らしさを心がけて花を飾り付けてゆく。
「そんな処に並べたら邪魔になります。向こうに持っていって下さい」
「はっ、こちらでありますか」
「この枝の棘を取ってください。万が一にもソフィアさんに引っかかったりしないよう、残さず取るんですよ」
「分かりま……痛っ……」
「お花が足りないですから、買い足しにいきましょう」
 次々に飛ぶレジーナの指示に、健勝はこっそりとぼやいた。
「うーん、これなら文字教室の方がよっぽど楽であります……」
 
 
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が作成しているのは、お茶会とは直接は関係ないが、ソフィアの為のプレゼントだった。
 3人の前にあるのは、色とりどりのフェルト。それをクマラが作った型紙にあわせて、チョキチョキと断ってゆく。
「描くのと違って大味な絵しか出来ないが、赤ちゃんにはそういう漢字の絵の方が分かりやすいよな」
 エースが切っているのは、イヌの顔と手だ。他にも、クマとネコの顔と手も作ってゆく。
 切りあがったそれをエオリアは布の台紙の上にバランスをとって並べてみた。
 3人が作っているのは布絵本だった。
 一般的な絵本は紙製で、赤ちゃん相手には扱いにくい。だからエースたちは柔らかいフェルトを使って絵本を作ることを考えた。柔らかくてはっきりとした色合いの布絵本なら、赤ちゃんと親のコミュニケーションを図るのに最適だろう。
 文字は入れられないけれど、代わりにお母さんに即興で話を語ってもらえる。それぞれのお母さんがそれぞれの子供に、自分の言葉で語れる絵本というのも面白い。
 最初のページは手で目を隠しているイヌ。その次のページではイヌはぱっと手を広げて顔を全部見せている。2枚のページを使って、いないいないばぁ、をしてるみたいな感じだ。
 その次にはクマがいないいないばぁ。最後はネコがいないいないばぁ。
 これに表紙をつけて合計7枚の布を本のようにとじ合わせれば出来上がり。
「フェルトとかそう高いものじゃないし、ぼろぼろになるまでこれで遊んでくれるといいな」
 出来上がった布絵本をめくって見ながら、クマラはこれで遊ぶ赤ちゃんを想像してみた。素材が布だから、多少汚れてもそっと洗えば大丈夫。
 その子が遊んで、弟や妹にそれを譲って。そんな風に使ってもらえれば嬉しい。
 ソフィアにプレゼントする為だけでなく、ミルムを訪れる人にもあげられるようにと、1冊できあがればまた1冊と、3人は同じ布絵本をせっせと作っていった。
 
 
 お茶会にはお茶と菓子も欠かせない。
「茶葉は何にするかのう。甘ったるい奥方ならばフレーバーティーも良さそうじゃが……」
 ファタはお茶会で使う茶葉の選定に頭を悩ませていた。妊娠中には紅茶はあまり多くは飲めない。となると、どれにするか余計に迷う。
「紅茶もいいが、カフェインの少ないお茶も用意しておいた方が良くないか」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)の助言に、ファタは思いついたように手を打つ。
「確か庭にラズベリーリーフがあったはずじゃ。あれをフレッシュハーブティーにしてみるのはどうかのぉ」
「安産のハーブか。いいんじゃないか」
「ならば摘んで来ようかの」
 ファタは手作りしてきたサンドイッチとスコーンを手早く皿に盛ると、庭に向かった。
「私もスコーンを焼いてきたの。重なっちゃうけど、スコーンならお土産に持って帰ってもらってもいいもんね」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は素朴に焼き上げたプレーンなスコーンに、甘味をおさえたジャム2種を添えた。この季節だから苺のジャムは外せない。甘酸っぱい味も綺麗な赤も春にはぴったりだ。もう1つはニンジンのジャム。どちらも素材に甘味があるから、砂糖控えめでもおいしいジャムになる。
「……ソフィアの口にあうと良いんだが……」
 やや不安そうにユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が皿に盛ったのは、綺人の実家から送られてきた抹茶やきな粉を使った和風のクッキー。食べやすいように小さめに作ったクッキーは、余ったら持ち帰ってもらえるようにと、和紙の持ち帰り箱を用意した。
 ラテルでは見かけない食材だけに食べてもらえるか心配だが、もし口に合わないにしても、これが地球の日本の味かとソフィアには興味深いのではないかと思う。
「妊婦さんなら塩分には気を付けねばなりませんね。大切な身体ですから」
 シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は何が良いかと考えた末に、スイートポテトを作ることに決めた。サツマイモには食物繊維が含まれる他、減塩効果のあるカリウムが豊富だから、ソフィアに身体に良いのではないかと考えたのだ。
 サツマイモの甘味を生かして砂糖は控えめに。なめらかに混ぜた生地を絞り袋でしぼりだし、しっとりとした風味に焼き上げる。お茶会にはきっと皆の心づくしの菓子が並ぶだろう。見れば食べたくなってしまうけれど、身重の身には食べ過ぎは禁物。シェイドは焼き上がったスイートポテトを、お土産に持って帰れるように、可愛いカップに入れて包んでおいた。
「兄さまは何を作るんですの?」
 丁寧にウェルカムカードを描いていたエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が、キッチンに向かおうとしている涼介を呼び止めた。
「グレープフルーツのゼリーを作ろうかと思ってるんだ。グレープフルーツに含まれる葉酸は、妊娠中の女性になるべく摂取して貰いたい栄養素だし、何よりゼリーだったら食べやすいだろう」
 その為にグレープフルーツやゼラチンは準備してきたのだが、問題はどうやって冷やして固めるか。電気がないラテルにはもちろん冷蔵庫もない。
 けれどそれも涼介は既に検討済みだった。
 口の中ですうっととろけるように、果肉無しにしてゼラチンの量もぎりぎりに減らして作ったゼリーを容器に流しこむと、涼介はそれを持ってきたクーラーボックスに入れた。
「まあ、この箱があれば物が冷やせるの?」
 キッチンやお茶会の部屋を行ったり来たりしながら、学生がすることを眺めたり何をしているのか聞いたりしていたサリチェが、興味津々で聞いてくる。
「これだけじゃ無理だけど、こうすれば……」
 涼介はそこに氷術をかけ、クーラーボックス内の温度を下げた。ソフィアがお茶会に到着する頃には、作りたてのふるふるグレープフルーツゼリーが出来上がっていることだろう。
「学生さんが来てくれるようになってから、面白いものをたくさん見ている気がするわ」
 出来た時には自分にも見せてくれるように涼介に頼むと、サリチェは楽しそうにまた別の場所を見物に出て行った。