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春のお花見in葦原明倫館♪

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第6章 花見at校庭西側


「『お花見をしているので』って、わざわざ教えてくれたんだよ」

 中庭の桜を眺め終わると、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は校庭を目指す。
 葦原明倫館に通っている知り合いから、お花見に誘われているのだ。

「桜、綺麗だね〜」
「ロレッタは子供じゃないんだぞ」

 ミレイユは無邪気に、パートナーであるロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)の手を握り締める。
 不服そうな声をあげるも、本気では嫌がってなさそう。
 素直じゃないロレッタの様子に、ミレイユは思わず笑みをもらす。

「あっちかな〜? こっちかな〜? あれ……迷っちゃったかも」
「なっ……あ、あれを見ればわかるぞ」

 慣れない足取りで、廊下を歩いていたミレイユ。
 分かれ道にいたっては行ったり来たり……どうも、迷ってしまったらしい。
 きょろきょろと焦っていたロレッタが、階段の踊り場を指した。
 掲示されているのは、隠密科棟の案内板のようだ。

「ロレッタが一緒で助かっちゃった」
「やはり側にいないとダメだな」

 微笑むミレイユに、ロレッタはちょっと得意気な表情。
 現在地と校庭への出口を確認すると、仲良く腕を振って歩き始める。
 だんだんと、賑やかな声が聞こえてきた。

「桜綺麗だなー教室の窓から見えるのも綺麗だけど、近くで見ると余計に綺麗だなー」

 葦原明倫館で最大の桜樹が、隠密科棟出入り口の脇に咲いている。
 花吹雪をあびながらぼんやりしていた鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)だが、背後から声をかけられたことに気が付いた。

「よかった〜やっと氷雨さん見つけた〜」
「あ、ミレちゃんだ〜」
「……」
「ごめんね、人見知りなの」

 振り向くと、手を振りながらとことこ駆けてくるミレイユの姿。
 と、その後ろに隠れるロレッタがおそるおそる顔を覗かせる。

「……お近附きの印だぞ」

 取り出した『ペロペロキャンディ』は、いつも持ち歩いている予備のもの。
 ロレッタはぶっきらぼうに、キャンディを氷雨へと手渡した。

「たくさん作っちゃったんだ、一緒に食べよう!」

 ミレイユも、『抹茶のマカロン』と『桜のマカロン』が入ったバスケットを差し出す。
 そのまま氷雨に案内されて、葦原明倫館生の輪の中へと溶け込んだ2人。
 『紅茶』を淹れてもらい、氷雨手作りの『クッキー』や『カップケーキ』をいただこうかと……したのだが。

「皆で食べようねーボクがんばって作ったんだよー」

 薄紫色のクッキーと、ピンク色のケーキ。
 見た目とっても鮮やかすぎる甘味には、皆さんなかなか手を付けにくく。
 意を決して口へ運んだミレイユとロレッタが『美味しい』と言い、誰もが心底よかったと思った。
 だが氷雨本人は、皆の心配や不安にまったく気付いていないのであった。


「まずは一杯どうぞ、『上善如水』はあっさりしてて飲みやすいそうですよ」

 お酌をする相手は、総奉行ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、見学会のお礼を兼ねて今回の花見へ参加していた。
 葦原明倫館との交流を深めるため、持参したお酒を振る舞う。

「やはり桜はよいですね……そういえばお花見は本来、八重桜でするものらしいですよ」
「ほう、それは知らなんだのぅ」

 ざっと見たところ、葦原明倫館に咲いているのは染井吉野と山桜。
 日本の風習を伝えると、ハイナは祥子を褒め称えた。

「ハイナ様の刺青、素敵ですね。
 ひょっとして美術の授業で刺青とかあったりしますか?」
「無いでありんす」
「『願わくば花の下にて春死なんその如月の望月の頃』……なんていう和歌がありますけど、ハイナ様はどう受け止められます?」
「わっちはいまを生きることに忙しいので、死ぬときのことは考えないでありんす。
 祥子はどう思うでありんすか?」
「私は『どう生きて、どう死ぬか?』と考えさせられます……パラミタの状況が状況だけに」
「ふむ……難しいことを考えるのじゃな」
「ハイナ様、桜もいいですけど、紅葉はいかがですか?
 秋の風景には欠かせない存在ですし、秋の催しに備えて今から近くの山などに移植してみるとか」
「うむ、それもなかなかよさそうでありんすね」

 いろいろと訊ねたり、訊ねられたり。
 おおむね、祥子の『飲みニケーション』は上手くいっているようだ。

「このどんぶりで3杯飲んでいただけたら、返して10杯飲んでみせましょう」
「言うたな、祥子……わっちは飲むでありんすよ?」

 白米を食し終わり、空になったどんぶりを拾い上げる祥子。
 ハイナへ差し出すとともに、挑戦状を叩き付けた。
 祥子の注ぐ酒を3杯、ゆっくりと飲み干して。

「祥子、次はお主の番でありんす!」
「それでは、いただきましょう」

 渡されたどんぶりを、くるりと上下逆にする。
 祥子は高台(こうだい)へと酒を注ぎ、あっという間に10杯飲んでみせた。
 問題ありだが……嘘は付いていない、実に巧妙な禅問答。

「こりゃ1本とられたでありんす! ほれ、祥子に酒を持ってこい!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」

 額を押さえて大笑いするハイナ、周囲の者へと酒を要求する。
 丁寧にお辞儀をして祥子は、祝杯を受けとった。

(いつ終わるか分からない、それどころか世界が滅びるかもしれない。
 だからこそ、こういう楽しいひとときの想い出を形にして残しておきたいものですわ)

 祝う輪の外側から、同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)がデジカメのシャッターを切る。
 特技の『写真』を活かして撮影をするも、その意図は哀しきもの。
 皆の生存と世界の繁栄を願いつつも、不確実な未来に安心はできない。
 調理風景や中庭での花見も含めて、終わりまでにたくさんの想い出を収めようと思う静かな秘め事であった。


「ハイナ様ったらあんなにはしゃがれて……校長先生という立場とはいえ、まだうら若い娘さんなのですよね」

 大酒を飲むハイナを眺めて微笑むのは、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)
 ハイナ達のグループの隣には、葦原房姫(あしはらの・ふさひめ)を囲んでしっとりと料理を楽しむ輪ができている。

「房姫様、これは私が作りました正統派の和食弁当です」
「まぁ、これは綺麗なこと……美味しそうですね」

 鈴鹿の手が包みを開くと、大きな重箱が現れた。
 三段あるそれの中身は、『手まり寿司』とさまざまなおかず。
 なかでも、豆乳から作った湯葉でエンドウやニンジンを巻いて出汁で炊いた『湯葉巻き』は、鈴鹿の自信作だ。

「出汁は薄味ですが、上品な味付けで素材の味を楽しんでいただけると思います。
 濃い味がお好きな方は、柚子を絞ったお醤油をどうぞ」

 食堂のメニューが不思議な『和食』であることが気になり、今回の料理を準備してきた鈴鹿。
 まずは房姫へ、そしてともに弁当を囲む生徒達へ、寿司とおかずを取り分ける。
 房姫のそばで給仕をしていると、『身の回りのお世話をする』という夢が叶ったようで嬉しさがこみ上げてきた。

(桜か……パラミタの桜はどうにも故郷のものとは趣が違う気もするが、儚く散る姿は変わらぬのう。
 時が過ぎても、どこへ行っても人の心は変わらぬ……清き者がいれば、邪な者もいる……わらわの家族達も、とうの昔についえた)

 鈴鹿の後ろで、織部 イル(おりべ・いる)はちびちびと酒を飲んでいる。
 心の中で感傷にひたるも、表には決して出さないようにして。

(それよりも……今日は華やかな宴の日じゃ。
 鈴鹿もがんばっているようだし、久々に舞を披露してしんぜようかのう)
「ひとつ、余興に舞などいかがかの?」

 扇を手に立ち上がったイルは、輪の外へ出て舞い始めた。
 音楽などなくとも、舞い落ちる桜の花弁に引き立てられる。

(わらわの舞は、古い日本の神楽が元になったもの。
 静々と韻を踏み、優雅に踊ろうぞ)

 ハイナや房姫はもちろん、他の生徒の注目をも一身に集めながら、舞い踊るイル。
 動きを止めた途端、拍手喝采をあびるのだった。


「桜を眺めながらお弁当を食べれるなんて、サイコーだと思うの」
「朝早く起きてお弁当を用意しちゃいました。
 『おにぎり』はもちろん『サンドイッチ』に『出汁巻き卵』に『ハンバーグ』、葵ちゃんの好きなものいっぱい重箱につめちゃいました。
 でも5段重ねは、やりすぎたかしら?」

 秋月 葵(あきづき・あおい)のお向かいに座り、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)がお弁当を拡げている。
 照れるエレンディラに、葵も微笑んだ。

「葦原明倫館に桜がいっぱいあるし、満開ならお花見しないわけにはいかないよね〜」

 お箸を伸ばし、ハンバーグを切る葵。
 桜を見上げ、どんどんと食べ進めていく。

「大好きなエレンとこうやって桜を眺めてると…幸せって感じ☆」

 残さず食べると、葵もエレンディラも重箱にふたをして、お箸を収めた。
 エレンディラの膝に頭を載せて寝転ぶと、葵は眼を閉じる。

「もう、葵ちゃんったら寝ちゃうんだから……まぁよいですけどね。
 こうやって無防備で可愛い寝顔を見ることができるのも、私だけの特権ですし」

 フリースブランケットをかけると、葵の髪を優しく触ってみた。
 エレンディラにとっては、陽射し以上に葵の寝顔の方が暖かかった。


「さぁて、女の子達は料理作ってるみたいだし、俺とアヤメは場所取りしちゃっておくか。
 ま、がんばって作ってくれてるんだろうし、こっちもがんばっていい場所見付けないとな」
「どういう場所がいいかわからないが紗月の手伝いくらいはしよう。
 それにしても、桜自体は初めてじゃないが、花見は生まれて初めてだ」
「……本当は料理のお手伝いがしたかったのでありますが、カリンお姉さまの命令で場所取りであります。
 でも、スカサハはがんばって役目を果たすのであります!」
「……場所取りって、案外暇だよな。
 ああ……写真が撮りたい、向こうの可愛い子ちゃんとか、可愛い子ちゃんとか……仕方ないから、ここで撮ろう」

 さかのぼること、数時間。
 椎堂 紗月(しどう・さつき)は、お花見のための場所を取るために校庭を訪れていた。
 他にも、椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)尼崎 里也(あまがさき・りや)の3人も一緒だ。

「スカサハ、場所取りも楽しいのであります!」
「……まだ暇だしな……皆、焼き餅でも食うか? ほれ」
「葦原明倫館か……ずっと気になってたんだ、軽くでも見られて楽しかった」
「それにしても紗月……妙に楽しそうだな、やはり葦原の学校を気にしてたからか?
 まぁ、俺もここは悪くはないと思うが……俺は紗月が行くならどこへでもついていくが、な」

 絶好のポジションを確保したあとはスカサハと里也に任せて、葦原明倫館の見学にも参加した紗月とアヤメ。
 パートナーが料理をがんばってくれているのだからと思えばこそ、4人とも気合いを入れて【お花見でありんす】の席を守っていた。

「へぇ、美央ちゃんも朔もせーかも、料理なんてできたんだな……」
「私は午前中に鬼崎さん達と『おにぎり』を作りました。
 具は塩鮭とショコラティエのチョコです……形が悪いので、見たらすぐに分かりますか?」
「自分は料理が得意ってわけでもありませんが、皆が喜んで食べてくれるように心を込めて作りました。
 カリンも手伝ってくれたことですし、自分達が作ったのならきっと美味しいに決まってます」
「まったく、朔ッチたら!
 おにぎりを作るのは結構だけど、それだけじゃ栄養バランスが崩れちゃうでしょ!
 しょうがないから、ボクは『肉じゃか』とか皆でつつけるおかずを作ったんだよ」

 紗月の問いかけに、笑って答える赤羽 美央(あかばね・みお)
 何やら怪しい中身だが、大丈夫だろうか。
 美央と一緒におにぎりを作っていた鬼崎 朔(きざき・さく)も、自信満々に返事をした。
 間髪いれず、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)が突っ込みを入れる。
 しかし本気で怒っているわけではなく、朔のがんばりを認めたうえでの軽い注意なのだ。

「紗月達とならこうしてゆっくりと過ごすのも悪くはないか……」
(ふふ、パートナー達はもちろんだけど、紗月や赤羽さん達と一緒にお花見できるなんて。
 自分にこんな穏やかで幸せな時間が来るとはな……ああ、嬉しいな♪)

 アヤメと朔は、どちらもいまの状況をとっても楽しんでいる。
 相手はそれぞれだが、一緒にいることで幸せを感じられる者がいるというのは素敵なことだ。

「お花見はやっぱり、大人数でワイワイ楽しむのがいいよねぇ」
「ふふふ、いや〜よきかな、お花見。
 風流だし、大騒ぎもできるし、これぞ日本! という感じで。
 いやはや、故郷や江戸の桜並木を想い出しますな〜宴会だ!
 ほれ、日本酒を持ってきたぞ!」
「って、里也! 何でそんな『日本酒』なんてもの持ってきてるの!」
「飲みたい奴は飲め。今日は無礼講だからな、わははは」
「……日本酒? 美味しいのでありますか? スカサハも欲しいのであります!」

 周囲の雰囲気も手伝って、思い切り弾けるカリン。
 負けず劣らずノリノリな里也も、どどんと一升瓶を取り出した。
 素早く反応したスカサハも、勢いよく杯を突き出す。
 そしてしばらく。

「……じゃあ、ちょっともらうね〜と……う〜朔ッチはさぁ〜最近ボクをないがしろにしてるよ……」
「よしよし〜」
(……ふふふ、酔ってる者たちも含め、写真に残してやろう)

 ちびちびと、しかし結構な量を飲み干していたカリンは、何と泣き上戸だった!
 自前のカメラでもって、膝へと載ってきたカリンをぱしゃり。

「……アヤメ様〜! なでなでしてほしいのでありま〜す?」
「え、あ……こうか?」

 スカサハは、わんこっぽい甘え上戸であることが判明した。
 アヤメに抱き付くと、頭を撫でてもらって大満足。
 ちなみにスカサハとアヤメのじゃれあいも、ばっちりカメラに収められていた。

「桜の樹の毛虫も見てみたいです、けむし! 毛虫ってふさふさしてて可愛いです」
「触るなよ、刺されると痛いからな」

 紗月と一緒にジュースを飲んでいた美央だが、樹の幹にうにょっていた毛虫を見付けて大はしゃぎ。
 伸ばしかけた手は、紗月に言われて引っ込めた。

「お兄ちゃん、ひざまくら!」
「はいはい」

 見えなくなるまで毛虫を見送ると、次なる要求を発する美央。
 紗月の膝の上で丸まり、ぬくぬく……静かな寝息が聞こえてきた。

(……できれば、この幸せが長く続くことを……桜に祈ろう)

 美央を見ていると、何だか紗月との間に子供ができたよう。
 ぽかぽか暖かな気持ちを、朔は抱くのだった。