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 第1章 ズッキーニと平和なお茶会……と、「ピー」

 カップから紅茶が溢れ、受け皿からも溢れ、実験台※の上に広がっていく。液体の発生元は、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の手元だった。ティーポットの蓋に手を添えたそのままの姿勢で、あさっての方を向いている。
「ルミーナさん?」
 携帯の撮影画面越しにそれを見ていた御凪 真人(みなぎ・まこと)が顔を上げた。環菜がお茶を淹れる姿など珍しい。そう思って、こっそりと写真を撮っていたのだ。
 彼女の視線を追い、結果、目に入ってきたのは――
 黒くて大きくて柔らかくて。
 まあ要するに。

 ぶらぶらぶら〜!

 巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)の股間である。
 体長18m。化学実験室のある3階と熊の股間の位置はどんぴしゃだ。あまりのもろ見えっぷりに、準備をしていた生徒達の時間はぴたりと止まった。じっくりと股間を凝視するのみだ。
「パワー!!」
 イオマンテは叫ぶと、校庭をダッシュし始めた。
 ドッ、ドッ、ドッ……!!
 地面が揺れる。校舎も揺れる。紅茶もこぼれる。
「スピード!!」
 軽やかにジャブを繰り出しながら走り回り、元の位置に戻って両手を広げる。
「テクニック!!」
 はっ! はっ! はっ! と息を荒げ、校舎に向かって左右に腰振るイオマンテ。
 股間で揺れる黒くて大きくて柔らかいモノ。
「あの動き、変熊さんですよね……」
 地上からそれを見上げ、紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)に言った。
「ヨウエン達と同じように、いつも通りみたいですね」
「やっぱり原因は、先日の果実のようですね。変熊さんも食べてましたし……」
「わ〜、ホントにこの実で入れ替わるんだぁ〜!」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は食べかけの果実を改めて見て、面白そうに言った。それを聞いて、同じく果実を食べていた和泉 真奈(いずみ・まな)の動きが止まる。
「…………」
 果実とイオマンテを見比べて――
「ちょ!!? ミルディ! そんなもの食べさせたの!?」
 慌てる真奈に、ミルディアは言う。
「だって、面白そうでしょ? 魔法ってのは信用してないけど、聞いちゃったからには食べなきゃね!」
 お祭りなら踊る。それがミルディア・ディスティンである。
「へーきへーき! 元に戻る薬も作るみたいだし!」
「……では、それに協力しましょう……」
 脱力しながら真奈は言う。自分達に可能な事は文献を調べる程度だけれど、入れ替わってしまったらミルディアが何をしでかすかわかったものではない。
(何か悪知恵が湧いた様なミルディの顔が気になりましたが……そんな悪い事はしないでしょう、と従った私が悪ぅございました……)
 とりあえず、イオマンテのような事態は避けたいものだ。
「……こ、この体なら世界を獲れる!」
 鳥羽 寛太(とば・かんた)とイラストの打ち合わせもあるし、と蒼空学園に残っていた変熊 仮面(へんくま・かめん)は、すっかりイオマンテと入れ替わっていた。手をじっと見つめて、感極まった声を出す。
「うむ、イオマンテよ。今一度お前のすばらしさ認識させてもらったぞ!」
 漲る力。この体なら封印した必殺技も使えそうだ。
「必殺! 七色ズッキーニ!!」
 元気になったズッキーニと共に、一人くねくねと変な踊りに興じるイオマンテ。どの辺が七色なのか、どの辺が必殺なのかは不明だが、とりあえずその動きだけで公然猥褻であるのは間違いない。
「…………」
 ズッキーニを揃って眺めながら、遥遠は提案する。
「他の人も入れ替ってるかもしれませんね……見に行きませんか? ヨウエン?」
「そうですね、他がどうなってるのかには興味があります。ヨウエン達は、頑張れば他にばれずに過ごすことも出来るでしょうし……1日このままでも大丈夫ですしね」
「すぐに戻らなくても、実生活に支障は無いかな……ん?」
 1つだけ問題があるような……
「……それに、別に『遙遠』にならいくらでも見られても問題ないですし」
 遙遠はそう言うと、ふふっ、と笑った。
「い、いくらでもって……」
「では、行きましょうか」
 遙遠の隣を歩きながら、遥遠はふと気が付いたように言った。
「そういえば、イオマンテさんは変熊さんの身体で何をしているのでしょうね?」

「……ちょ!」
 目覚めたイオマンテは、全裸に薔薇学マント、羽マスクの変熊ボディに驚いた。
「寒いやんけ!!」
 そっちかよ……
「そっちでござるか……」
 周囲の生徒達の心の声と、忍者っぽい口調の突っ込みが密かにハモる。椿 薫(つばき・かおる)は昨日から、知り合いに逢いにかつての学び舎である蒼空学園にやってきていた。にも関わらず……
 のぞきを楽しんでいて果実を食べそこなっていた。
『なになに入れ替わりでござるか、パートナーと身体が入れ替わる!!』
 と乗り気になってみるも後の祭り。仕方なく、入れ替わり祭りをのぞくことにしたのである。
(もしも入れ替わっていたら、あんなとこや、こんなとこのぞき放題でござったのに……!)
「……あの、蒼学初めてですか?」
 さっさと制服を着た変熊は、煩わしい羽マスクを外している最中に声を掛けられた。乙女モードな瞳をした女子生徒だ。
「よかったら、私が案内しましょうか?」
「いえ、ぜひ私と……!」
 別の女子生徒が、やはり少女漫画みたいにキラキラした瞳で駆け寄ってくる。
(これは……!)
 女の子からモテモテである。
 それもそのはず、誰も知らない変熊の素顔は薔薇学でもトップクラスの美貌なのだ!
(春じゃ! わしに春が来たんじゃ!)
 変熊は早速、知り合いの美少年を演じてみた。
「君達、なかなか興味深いね。僕と食堂でハニーパイでもどう?」
「キャーーーーーーー!」
 他の女子達も目をハートにして嬌声を上げる。
『イオマンテ』は確信した。
「……こ、この体なら世界を獲れる!」
 変熊の顔を鏡で見つめ、叫ぶ。
「兄者のすばらしさ、再認識じゃ!」
「地が出てるでござるよ……?」