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リアクション
第二章 調整と交渉と
「ほぅ? 何をどうすればいい?」
「現在空京大学で研究されている女王器で、他人の夢の中に飛び込めたり、覗けたりするようなものがあったはずだ。確か『夢門の鍵杖(ゆめとのかぎづえ)』と『遊夢酔鏡盤(ゆうむすいきょうばん)』とか言ったよ。応用すれば、誰かの心の中に飛び込める、って事にならないかな?」
室内の全員が、正悟に向かって身を乗り出した。
「詳細を聞こうか?」
正面の峯景も身を乗り出す。体重のかかった講師用の机が、ずり、とずれた。
「詳細も何も……そういうのが今大学にある、って事しか知らないよ。あとはせいぜい、使用の際には夢の中に人を送り込んだ状態や、夢を映した状態を維持する為に常時人がついていなきゃいけないとか、そんなもんさ」
「兄さん、それ早よぅ言ぃや」
アインが顔をしかめた。
「なら、それ持ってくれば話早いやんか。誰か車動かせるのおらへん?」
「ちょっと待て、落ち着け」
渋井 誠治(しぶい・せいじ)が、アインに向かって「抑えて、抑えて」と手を向ける。
「女王器持ち出したり使ったりには、誰かに許可取った方が良くないか?」
「例の女王器は、ツァンダ家から蒼学に寄贈されて、研究の為に空京大学預かりになってたと思うよ。ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)か御神楽 環菜(みかぐら・かんな)のどっちかに話を通しておいた方が無難だろうね」
「ミルザムの説得には私が当たるわ」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が手を挙げた。
「環菜校長の説得にはイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が適任だと思う。アイツって確か【カンナ様親衛隊】だったから、普通の学生よりはまだ口聞きやすいはず」
「おれは閃崎 静麻(せんざき・しずま)と影野 陽太(かげの・ようた)を推したいね。とりわけ影野は、環菜が関わる事には物凄い力を発揮すると思う」
正悟が付け加える。
――誰かが何か言うたびに、アテナ・グラウコーピスがホワイトボードにペンを走らせる。いつの間にか、ホワイトボードは各員の発言内容で埋め尽くされていた。
「……他に、何かあるヤツはいるか?」
峯景は改めて全員を見渡した。しばらく待つ。誰が何かを言う気配はない。
一通り発言が出そろった。そう判断すると、彼は腹に力を入れ、口を開いた。
「各員、必要な方面への連絡と調整を頼む。
まずは被害者の台帳を作りたいので、手空きの人間は被害状況の確認と、異変が起きた人員の身元の確認を頼む。各種調査をしたい人員も、ひとまずは被害者確認の方に回って欲しい。
で、被害者の関係者が色々と言ってくると思うから、手に負えなくなったら俺を呼んでくれ――アテナ、俺の携帯番号赤ペンで書いておいてくれ。
以後、この会議室は『ビュルーレ絵画事件対策本部』とする。では解散――」
「ちょっと待った」
切縞 怜史(きりしま・れいし)が手を挙げた。
「何でお前が仕切るんだ?」
峯景は内心で顔をしかめた。その話は、最初に終わったと思ってたんだが。
「館長に最初に話をしに行ったのは自分だ。窓口として状況や話をまとめ、館長へリアクションを返すのは俺の方が先方にも都合がいいだろう。
不愉快だったなら改めて詫びる。すまない」
再び頭を下げる峯景。が、今回はそれだけでは話がおさまらなかった。
「調査とかするのはいいけど、報酬はどうなる?」
「白紙だ。何も決まってない」
怜史は「フン」と鼻を鳴らした。
「やってられねぇ、イチ抜けた」
怜史は立ち上がると、さっさと退室した。パートナーのラヴィン・エイジス(らうぃん・えいじす)やミユ・シュネルフォイヤー(みゆ・しゅねるふぉいやー)もその後を追う。
――室内には白けた空気が漂った。
が、誰かが「パン!」と手を叩いた。ルカルカだ。
「さぁ、作業を始めましょう。仕切りの人だけじゃなくて、みんなの連絡先も交換しといた方が良くないかな?」
その一声で、座っていた者が全員ルカルカのもとに集まった。
「アテナ、後で俺にみんなの連絡先を教えてくれ」
「了解した」
「俺はまた館長室に行って、電話とFAXとパソコンを引っ張ってくる。そいつらの準備できたら、電話番とか頼みたいんだが、いいか?」
「正直ひとりでは荷が重いかも知れんな。できれば補助が欲しい」
「そうか……なぁ、そこの人」
呼びかけられたオルフェリアは「はい?」と自分を指さした。
「あの、オルフェに何か御用ですか?」
「すまんが、俺の相棒を手伝ってもらえると助かる。頼めないか?」
「えと……オルフェに出来る事でしたら、喜んで」
「電話で受け答えするだけの簡単なお仕事だ。心配はいらん」
アテナが、少し意地悪な笑みを浮かべた。
「何かあれば、話は俺に回してくれればいい。俺がつかまらなかったら『後ほど担当から折り返します』でイナフだ」
「は、はぁ」
内心、オルフェリアは戸惑った。
生きている絵、もしくは呪いの絵の起こした怪事件。その解決に協力しようと思ったら、、コールセンターのバイトみたいな仕事をするハメになるなんて。
――十数分後、持ち込まれたパソコンを使って峯景は空京大学の共同掲示板にアクセスし、「ビュルーレ絵画事件スレッド@空京美術館」というスレッドを立てた。
オルフェリアは、このスレッドの管理や対応も任されることになった。
「……というわけなんだ」
正悟は電話口の向こうの閃崎静麻に、状況を伝えた。受話口から、溜息が聞こえた。
〈……大ごとだな、色々な意味で〉
「で、環菜やミルザムに話通しておいた方がいい、ってなってさ。出し抜けで悪いけど、説得、頼めないかな?」
〈環菜への説得なら俺より影野ってヤツの方が適任だな〉
「そう思うかい?」
〈面識はないが、環菜が関わると物凄い力を発揮すると聞いている。彼には俺から話しておこう。俺はミルザムの方に当たる……本人に会えれば即決で話は済むだろうが、な〉
「了解。じゃあ、アシと人の手配はこっちで社長に頼んでおくよ。俺は今から空京大学に行って、現地で調整やっとくよ」
〈頼んだ。それじゃあ、また後で〉
電話を切ると、すかさず次の連絡先に発信する。今度の相手は橘 恭司(たちばな・きょうじ)だ。
呼び出し音三回で〈はい、人から人へ真心届ける、特殊配送行ゆるネコパラミタ、橘でございます〉と繋がった。
「どうも、正悟です。電話応対さすがですね」
〈なんだ、君か……どうしたんだい?〉
「えーと、空京美術館って知ってるでしょ? あそこで……ん?」
隣にいた誠治が正悟の肩を叩き、自分の携帯電話の液晶を見せた。液晶画面には、空京大学の公共掲示板サービス画面が開かれている。
キーが操作され、画面が切り替わる。「ビュルーレ絵画事件スレッド@空京美術館」が開かれた。
最初の書き込みの題名は、「空京美術館に非常事態発生、知恵と応援支援請う」というもので、現状についての概要がまとめられてあった。
〈……もしもし? どうした?〉
「ごめん、今ウェブに入れる? 空京大学のサイトに行って、サイト検索で『ビュルーレ絵画事件』で検索してみて」
〈ちょっと待ってくれ……うわ、こりゃ大ごとだ〉
「で、事態解決に空京大学の女王器が必要っぽくてね。そいつの輸送をウチらでやろうと思うんだけど、どう?」
〈是非ともやらせて欲しいね。久しぶりの大仕事だ〉
「じゃあ、空京大学に来るよう手空きの人間に声かけておいてよ。あと、自動車もお願い。モノが相当でかかったはずだから、大型のトラック引っ張ってきて」
〈何ならトレーラーだって持って行けるぜ?〉
「美術館の駐車場には入らないと思うよ。じゃあ、こっちは大学に行ってるね」
〈持ち出しの許可は取ってあるのか?〉
「そっちは今調整中。いざとなったら持ち出しを先にしちゃってもいいんじゃない?」
〈……ま、事が事だしな。とにかく分かった、準備整ったら、こっちも空京大学に向かおう〉
「じゃあ、向こうで会おう」
正悟は通話を切ると、溜息をついた。何だかこれだけで仕事をしたような気になった。
「携帯の画面どうも、渋井さん。おかげで話が早かったよ」
「顔が広いな、さすがだ」
誠治が感心した。
「使える者は親でも使わないとね。恭司も言ったけど、事が事だから」
「頼もしい限りだな。こりゃ俺の出番なんて無いかも知れん」
「いやいや、渋井さんにもバッチリ仕事はありますから。モノの警護と、梱包の手伝い。よろしくお願いします」
「……警護はともかく、梱包とかだとバイト代くらい欲しいな。力仕事は不得手じゃないが、専門外だ」
「その件は、橘社長と相談して」
「別に法外にふっかけるつもりはない……力仕事なら、あいつの出番なんだがな」
「あいつ」とはラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)の事だった。今日あたり、「美術館に遊びに行く」という話を誠治は聞いていたのだが、少なくとも先ほどの会議室では姿は見なかった。
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