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七不思議 恐怖、撲殺する森

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七不思議 恐怖、撲殺する森

リアクション

「異議あり!!」
 大声をあげて、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が割り込んできた。
「これを見てください、これはそこに落ちていた……あれ、あれ? ちょっと待ってよね」
 そう言うと、騎沙良詩穂はいきなり浅葱翡翠のポケットを勝手に探り始めた。
「あった、あった。これが現場に落ちていた学生証で……」
 手に持った浅葱翡翠の学生証をいんすますぽに夫に突きつけて騎沙良詩穂が言った。
「新たな証拠の登場です。カメラアップにして!」
 ガートルード・ハーレックに言われて、シルヴェスター・ウィッカーが学生証をドアップにする。
「落ちていたって、さっき、勝手に懐をまさぐっていましたよね」
「うんうん、そうだぜ」
 フォン・アーカムの言葉に、七那禰子がうなずく。
「まあ、まさぐるだなんて……」
 七那夏菜がちょっと顔を赤らめる。
「これを見てください。これは、ななな、なんと、蒼空学園の学生証です。つまり、真実は、百合園女学院のメイベルさんたちが、東シャンバラを六輪ピックで勝利させるべく、蒼空学園の有力選手を撲殺……あっ、あれえ?」
 突然自分の言っていることの意味に気づいて、騎沙良詩穂が舌を出してわざとらしく頭をかかえて見せた。
「キミたち、メイベルさんたちを疑う前に、実行犯を疑うべきです」
 フォン・アーカムが、カメラで一同の姿をパチパチと撮りながら言った。
「実行犯? 誰でしょうそれは」
 マイクを持ったガートルード・ハーレックが、フォン・アーカムに詰め寄った。
「それは当然、人を殴った野球のバットその物……あわわわわ、カメラが……」
 言いかけたフォン・アーカムが、突きつけられたマイクにカメラを弾き飛ばされる。あわてふためくと、フォン・アーカムは木の陰に逃げ隠れて人見知りするように半身だけのぞかせてガートルード・ハーレックを見た。
「新たな証拠が、この流れ落ちる水のように湧き出でました!」
 頭から水を被って水分を補給したいんすますぽに夫が叫んだ。
「野球のバットです。なぜ、メイベルさんたちは、野球のバットを新調したのでしょうか。これこそ、証拠隠滅の意志に間違いありません。僕はそう決めました!」
 いんすますぽに夫が自信満々に断言した。
「あのー、いったい、私たちの何が話題になってるんですぅ?」
 困り果てたように、メイベル・ポーターがいんすますぽに夫に訊ねた。
 いつの間にか、今現在倒れている浅葱翡翠撲殺事件の話と、過去に起こった蒼空学園撲殺事件と、イルミンスール魔法学校撲殺事件の話がぐちゃぐちゃに混じり合って収拾がつかなくなっている。
「とにかく逮捕です。はい、午後一時、メイベル・ポーター逮捕……」
 問答無用で詰め寄ると、いんすますぽに夫はメイベル・ポーターの手を握りしめて時間を確認した。
「まあ、いきなり、恥ずかしいですぅ」
「ぎょぎょっ、いたた、はう……がくり」(V)
 恥ずかしがったメイベル・ポーターの野球のバットが、ブンと唸った。直後に吹っ飛ばされたいんすますぽに夫が、木に叩きつけられて半ば潰れる。
「そこまでだ、メイベルさん。イルミンスールの食堂での仇、今ここでとらせてもらう」
 水神 樹(みなかみ・いつき)メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)を連れた志位 大地(しい・だいち)が現れて叫んだ。
「はてぇ、食堂?」
 すっかりそんなことは忘れてしまっているメイベル・ポーターが小首をかしげた。
「確か、暴れている人たちがいたから、静かにしてくださいと説得して回ったときのことだよ。たぶん」
 セシリア・ライトが、ほらほらとメイベル・ポーターをつつきながら言った。
「そうよ。あのときの痛みは忘れないんだから」
 メーテルリンク著『青い鳥』が、両手に魔道銃を構えて叫んだ。
「そうは言われますが、結果的には、みなさん静かになってくれましたよ」
 何がいけなかったのかと、フィリッパ・アヴェーヌが訊ね返した。
「大変です。何か、風雲急を告げて参りました。バトルです。バトルが始まろうとしています!」
 ガートルード・ハーレックが興奮して叫んだ。
「みんな待ってください。まずは話し合いましょう」
 水神樹が志位大地たちを押さえて前に進み出た。
「メイベルさんたちは争いを止めるために撲殺という行動をとっているようですが、それが新しい争いの種となっています。どうかそれを分かってください。ですから、このようにイルミンスールの森で日々人を襲って七不思議の伝説を拡大しなくても、他に方法はあるはずです。今ならまだ間にあいます。自分たちが撲殺犯だと自首すれば、七不思議のままにされないはずです。それとも、このまま七不思議の一つになりたいのですか?」
「ですから、私たちは今日、久しぶりにイルミンスールの森にきたんですぅ。撲殺犯だなんて、恐ろしいですぅ。ぶるぶるぶる。私たちのバットは、天使のバットなんですぅ。悪いことをしていなければ、恐れることはないはずですぅ」
 メイベル・ポーターが、ヒュンヒュンとバットで風を切りながら言った。いつの間にか、三人とも臨戦態勢だ。
「私たちがいつ悪いことしたのよ!!」
 我慢できなくなったメーテルリンク著『青い鳥』が、両手の魔道銃を発射した。空中で魔弾が氷の花状に開いてセシリア・ライトに襲いかかる。
「何するんだよ! えーい」(V)
 セシリア・ライトが、ホームラン一発、飛んできた魔弾を野球のバットの一撃で遙か彼方へとかっ飛ばした。多少バットが凍りついたが、護国の聖域の中では必殺の攻撃も本来の力を発しない。
「もはや、問答無用です!」
 志位大地が、両手に剣を持ってフィリッパ・アヴェーヌに突っ込んでいった。
「大変です。ついに、戦いが始まってしまいました。しかし、志位大地チーム、これは無謀です。ホラーの皮をかぶったコメディ設定のシナリオで、コメディ修正全開の相手に対してガチ戦闘を挑んでしまいました。あまりにも場の空気が悪すぎます。はたして、生きのびることができるのでしょうか」
 思わず身を乗り出しながら、ガートルード・ハーレックが叫んだ。他の者たちも、固唾をのんで事態を見守っている。
「そんな物をいきなり撃ってきたら、危ないんだよ!」
 セシリア・ライトが、ブンと野球のバットを振り下ろしてきて叫んだ。
「私に接近戦を挑むなんて……」
 メーテルリンク著『青い鳥』が、独特の構えをとった。振り下ろされてくる野球のバットを右の魔道銃のグリップで受けとめ、敵の動きが止まった一瞬に0距離で左の魔道銃を撃とうとする。だが、そういった戦い方ができるのは特定の状況下だ。もともと打撃武器というのは、装甲などで止められた場合それを透過して内部に衝撃を伝えてダメージを与えるものだ。スウェーで受け流すのであればまだましだが、まともに受けとめてしまったのではもろにダメージを受けてしまう。さらに、先の攻撃で凍りついたバットは、その威力を増していた。
 当然、その勢いを殺すこともできずに、メーテルリンク著『青い鳥』が吹っ飛ばされた。コメディ設定でなければ死んでいたところである。
「メーテルさん! よくも……」
 志位大地が、叫んだ。楽しそうに幸せの歌を口ずさむフィリッパ・アヴェーヌに斬りつけるが、あまりに殺気走っていたために攻撃を読まれてしまう。
「落ち着け。一撃必殺の用意は調っている。落ち着いて敵をよく見さえすれば……」
 大きく息を吐き出すと、志位大地は体勢を立てなおして、上段と下段に構えた二刀をフィリッパ・アヴェーヌにむけて敵を見据えた。
 だが、そのフィリッパ・アヴェーヌの姿が突然ぐにゃりと歪んで見えた。そのまま陽炎のようにゆらいで大きくなり、熾火のような真っ赤な目を持った黒い巨人の影となる。
『はははは、物言わぬ塊となって静かにおなり!!』
 そう低く風が唸るような声で、巨大な影が手に持った野球のバットをものすごい速さで振り下ろしていった。その一振りごとに、黒い影の周りに真紅の血潮が噴き出して弾け飛ぶ。空が、大地が、人が、みるみる真紅に染まっていった。
「うあぁぁぁぁ!!」
「だめですよ、静かにしなくっちゃ。えいっ」
 その身をつつむ妄執に囚われて叫ぶ志位大地の頭を、フィリッパ・アヴェーヌがポカリと野球のバットで叩いて黙らせた。
「二人とも……。私は、簡単にはやられるません。水神の技、お見せしましょう!!」(V)
 水神樹が、ミラージュでメイベル・ポーターを翻弄しながら攻撃をしていった。
 繰り出される転経杖を、メイベル・ポーターがかろうじて魔法のバットで躱していく。
「あなたにも、少しは殴打される者の気持ちを分かってほしいの!」
 あくまでも、自分も打撃にこだわりながら水神樹は叫んだ。だが、決定打に欠けると判断すると、躊躇なくメイベル・ポーターにその身をつつむ妄執を仕掛けた。いくらメイベル・ポーターでも、自分たちが無垢な人々を殴り殺しているシーンを目の当たりに見れば躊躇するだろう。志位大地のように動きが止まったところを確実に仕留めればいい。
「まあ、嫌な光景が……。こんな光景は粉砕してあげますぅ。ええーい」(V)
 言うなり、メイベル・ポーターが、何事もなかったかのように水神樹の頭をこっつんとした。バタンキューと水神樹が気絶する。
「まだまだ、みなさん騒いでいるですぅ。なんとかしなくちゃだめなんですぅ。いきますっ!」(V)
 まだ幻影からさめやらないメイベル・ポーターが、混乱してバットを振り回した。
「親分、逃げるのじゃ!」
 叫んだシルヴェスター・ウィッカーがカメラごと吹っ飛んだ。
 後に発見されたこのときのカメラなどから、現場の状況が不完全ながらも解明されるのではあるが、そのあまりにもショッキングな映像が公開されることはついになかった。