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ノスタルジア・ランプ

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ノスタルジア・ランプ

リアクション

 藍澤 黎(あいざわ・れい)は、出先などではどうしても眠りが浅い。
 それを予想して早めに床についたものの、遠くの鶏の鳴き声にぱっちりと目が覚めてしまった。
「…まだ、太陽も出ておらんではないか…」
 しかしすぐ窓から見える山の端が光りはじめ、夜明けはどのみちすぐそばにあった。散歩をしようと身支度をし、朝の冷気に備えて長袖の白いシャツを出す。
 フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)もあくびをかみ殺しつつ散歩に付き合った。
「しょうがあらへん、行ったるわ…」
 旅館から一歩踏み出せば、もう空気の触れ方が変わる。肺に流れ込む空気の透明度まで変わったような気持ちがする。
 ひんやりとした風がどこかから梢の揺れる音を運ぶ、山が目覚めようとしているのだろうか。
 姿を現したばかりの太陽が、彼らの影を長く引き伸ばし、それらと連れ立って森の中へ進み、川沿いをそぞろ歩く。
「木々の葉ずれが、…波音のように聞こえないだろうか…?」
「…せやな、なんでやろな」
 虫をとる小鳥達が活発に鳴き、次第に吹く風のなかに、昼間に繋がる熱気の気配が感じられるようになってきた。
 ピィ・ピィヒョロロロという甲高い笛のような音がして、フィルラントは空を見上げた。どうも遠くの音のようだ、空が高く感じる。
「誰か、笛吹いとるんかな?」
「あれはトンビの鳴きき声だな」
「油揚げが好きやったり、鷹のおかあさんな鳥か!」
「…違う」
 黎は頭をかかえて、思い込みの訂正をせねばと思った。さわやかな朝にすべきことではないので、後回しではあるが。
「これは…綺麗だな」
 黎の見つめる先には、本来夜明けにはしぼむカラスウリの花が咲いていた。繊細なレースのような花弁は、朝露を纏って朝日にきらめいている。
 道々、黎はこのような花の艶姿のほか、明けゆく空のグラデーションや、せせらぎの音をいかにすれば写真に収められるものか苦心していた。
 踏み込んでみた川の流れの冷たさ、それに負けないキンとした水の香り、はっきりと川底を透かす透明な水は、魚の背中を光らせて瑞々しく生命の息吹を発し、ばしゃりと魚のはねる音が空間の静謐な緊張を心地よく破壊する。
 この光景を、彼らに教えたいものだ、そう思って彼はメールを作成した、しかし。
 フィルラントは、携帯を見つめて少し困った顔をした黎を見とがめた。
「どないしたんや」
「…メールを、送ろうかとな」
 黎は少し落胆していた。恋人や、あの知りたがりのAI少女に教えたいことがあったのに。見上げた空の青さを、その向こうにいる誰かに伝えたかったのに。
 しかしメールは奇妙なダイアログを出してリターンしてくる。残念ながら電波が通じなかったわけではないのだ。
 は?という顔でフィルラントはあきれた。
「誰にや。パラミタに通話なんかできひんし、メールも大分かかるで、忘れとったんか?」
 ダイアログは確かに、『おかけになったお客様は現在パラミタにおられるため、通話はお繋ぎできず、メールは約一週間後に届きます』という概要である。
「そうか、そうだったな…」
「それよか、地球におるんやからさ、…すぐに通じる相手はおるやろ」
「………」
 いきなりだんまりになった黎に、フィルラントは胸のうちでつぶやく。世話の焼けるやっちゃ。
―ようよう地球に里帰りする気になったか思えば、ほとんど実家に居つかんと足掛けみたいにしてこの旅行に参加するわ、わざわざ通じひんところに連絡をとろうとするわ、何をあてつけたいんやろうなあ…。
 互いに最後の肉親であるくせに、あの矍鑠としたお祖母さんと、まともなコミュニケーションなどとらず、生存確認さえすれば用は果たしたといわんばかりの帰省を思い返した。
 お互い、もう少し何かを言えればよかろうものを、お前が喋らぬならこちらも口を開くものか、といった居心地の悪くなるぎしぎし感ばかりが二人の間に積みあがっていくようだった。
「…もう散歩飽きたから戻るわ、お先ー」
 とっとと黎を置き去りにしてフィルラントは宿に戻る。
 自分がいたら、なんだかんだ理由をつけて何もアクションを起こさないだろうと思えたからだ。

「…あーあ、ほんま世話焼けるで。鳶の孫はトンビやで、なあお祖母さん?」
 ちなみにそのたとえは一種のけなしであることを、まだ彼は知らない。

 黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)を伴って川辺に来ている。
 一日目は、旅館の中を見回ったり、部屋に釣られた蚊帳に興味を示し、有名な短歌をそらんじていた。
 露天風呂の周りには蛍が飛び、鈴虫の声がちりちりと響き、直接自然に触れる風情を感じていた。
 いずれも都会ではなかなか味わえないダイナミックさと、古くから息づく人の知恵を目の当たりにするのだ。
 今日は自ら自然に立ち向かい、探求をしようと思っていた。その形が今彼が手にしている釣竿である。
「イワナやヤマメ、ウグイは確実にいるようだし、アユを狙う価値はあるね」
 里帰りついでにいそいそと秋葉原で釣竿と毛針、友釣りの支度をととのえて、この旅館にやってきた。
 パラミタという世界が浸透しても、実際にその住人を目にする機会は地球上ではほとんどない。自分の容姿が畏怖や驚愕を与えるものだと理解しているブルーズは、それでもフードの下で地球の都会をきょろきょろと見回していたものだ。
 しかしここでは山ごと貸切状態のようなものだと理解して、フードを脱いで自由にしていた。なおいっそうすがすがしく、彼もこの自然や、田舎のいなからしさを楽しんでいる。
「今水中で何か動いた、あのポイントにしよう」
 目指した場所に友釣り用のルアーを投げ込み、鮎がひっかかってくれるのを待つ。
 しかし最初に釣れたものは、鮎ではなくボウズハゼと呼ばれる魚である。藻食の鮎の生態とかぶるために、鮎とは競争しあう魚だ。なんとなく名前的には釣れて欲しくない魚である。
「ボウズ…か。やるからにはボウズは嫌だねえ」
 天音のとなりで『かんたん釣りガイド』なる冊子を借りてめくりながら、この川にいるだろう魚を探すブルーズは、今天音が狙っている魚についての箇所を読み込んでいる。
「ふむ。鮎という魚は『友釣り』という釣り方が主流なのか…。……友…釣り…」
 その横で彼は、何かを思い出してしまったようである。
 そろりと釣り糸を垂れる天音から離れ、川原を散策していると、小さなサワガニを見つけた。
「ふむ、小さいものだな。…威嚇しているのか?」
 興味本位で手を伸ばしたブルーズのつめに、かちかちとハサミをぶつけるカニと軽くチャンバラをしてみた。
 ちなみに、パラミタ基準からすれば小さい部類かもしれないが、そのサワガニはでかく育っているほうである。

「ブルーズ、どこにいるんだい」
 もうすぐ昼という時間になって、天音は釣りに見切りをつけた。近くの茂みから、散策に行っていたブルーズがすぐに姿を現す。
「…釣りはもういいのか」
「釣れなかったから、今度は君をエサにして…、…なんてことはないから安心してよ」
 一瞬後ずさったブルーズにあははと笑いながら、傍らのバケツを掲げてみせた。
「なんと、アユが釣れたのさ」
「それはよかったな」
 ボウズハゼが釣れ、このポイント付近にはアユがいないと判断した天音は、アユ以外の何かを吊り上げるたびに次々とキャストする方向を変えた。今回はそれが効を奏したのだ。
「そういえば、鬼院が昼食を一緒に取ろうと言ってたな。ちゃんとキャンプが出来ているかも心配だけど」
「なら、魚を手土産に訪問するのもよかろう」
 小さいものをリリースしても、後輩とそのパートナー分の魚はある。自分達には十分すぎる釣果だ。

「わー! 雷號だめだって!」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)呀 雷號(が・らいごう)を制止する。
 ざばーん!と大きな音を立てて、白い大きな獣が川に飛び込んだ。ものすごい水しぶき、否水柱があがる。
 川釣りというものをやったことがなく、うまくいかないことに焦れ、雷號はとうとう獣化して雪豹の姿になり、魚を狙うことにした。そのつめに次々と魚がかかり、あっというまに積み上がる。
「やはり…こちらが良いな…」
 釣果に満足して元の姿に戻り、自分の獲物をとっくりと眺める。いや釣ってはいないのだから、戦果というべきだろうか?
 人に見られるかもしれない、と尋人は怒ったが、それでも気兼ねせず獣の姿になれるということは、ずいぶんと雷號の機嫌をよくしていた。
「…野蛮ですねえ…」
 西条 霧神(さいじょう・きりがみ)があきれている、火を熾そうとしていたのに、こちらまで水をかぶったではないかと不満顔だ。
「まあまあ、またあとでお風呂入ろうよ」
「…それなら、いいですけどね」
 川辺に温泉が湧くポイントを教わり、自分で掘った湯船につかる気持ちよさを思い出して、霧神は機嫌を直す。
「こんなに気持ちがいいなら、もっとキャンプを経験しておけばよかったかもね」
 都会育ちの尋人は、山で見ることやることはなんだって面白いのだった。
「いや、やっぱり旅館があるなら旅館に泊まりましょうよ? 浴衣で卓球しましょうよ?」
「卓球は、帰ってもできるじゃないか」
 いや、旅館で温泉のあとにやる卓球でないと意味はないのだが、霧神のその理屈はどうしても理解されず、多数決の結果は残酷である。単純な数字には情緒は通用しなかった。
「牛乳も、飲みたかったんですけどね…」
 そう、なんというか霧神の考えていることは俗物なのであった。多分腰に手を当てて仁王立ちに違いない。
「さて、そろそろご飯の用意をしようか」
「火は熾しましたし、飯盒の用意もできてますよ」
「…」
 朝方山にはいった雷號が、その鼻で判別した山菜やきのこを差し出してきた。
「あなたの鼻で判別したからといって、本当に大丈夫なのですか?」
 霧神はちくりとやるが、当の雷號は涼しい顔だ。なんでも、
「…山の獣たちが、教えてくれた」
 のだそうである。木イチゴまで葉にくるまれていて、一瞬雷號におびえた動物たちが、手に手に食べ物を持ってご挨拶に来ていたのではないかと想像した。多くを語らないので、もっと平和的であったことを祈っておきたい。
「さてがんばってご飯を作るぞ、黒崎先輩に来てくださいって言っちゃったから、まともなものを作らないとな」
 昨日は場所づくりと温泉を掘っただけで、食事はレトルトだったから、ちゃんとご飯を作るのは実は今回が初めてだ。まだレトルトはあるけれど、先輩にそれを出すのはなんとしても避けねばならない。
 飯盒にといだ米、分量の塩、醤油、だしを入れ、山菜を刻んで炊き込みご飯にする。
 魚は串焼きにするものと、ホイルに包んで蒸し焼きにするものを作ろうとしたが、うっかり忘れて全部串に刺してしまった。
 串刺しにかぶりつくのは少し野蛮だ、と考えているらしい霧神はちょっと悲しそうだ。
「…これもキャンプの楽しみ、なんですよね、仕方がない…」
「…?」
 雷號は、なにが駄目なのかがどうも理解できないようだった。
 そこに、尋人がかねてより招待していた黒崎天音先輩がやってきた。
「やあ鬼院、ここにいたね、お邪魔するよ」
「お邪魔させてもらう」
「先輩! 来て下さったんですね! もうすぐ御飯が炊けますんでちょうど良かったです!」
 尋人は喜んで客人を出迎えた。天音はその手にバケツを渡す。
「お土産のアユだよ、こいつも焼いてもらえるかな?」
 嬉しそうに霧神がそれを引き取り、調理の準備を始める。
「こちらはホイル焼きにしましょうか!」
「そうだね、お願いできるかな」
「………?」
 やっぱり雷號は、何故こっちならいいのか、どうも理解できないようだった。
「…もう、炊き上がったと思うが」
 様子を伺っていた雷號が、調べてきたメモどおり飯盒をひっくり返して蒸らす。
「ちょ、ちょっと焦げちゃいましたけど、先輩のところは大丈夫ですから!」
 出来は悪くなかった、しかし焦げた部分がちょっと多かっただけだ。
 焦げているところは全部自分に寄せて、あとは先輩方とパートナーたちに配る。
 串焼きもホイル焼きもうまくできたので、それぞれ好きなほうをとって食事を始める。
 その前に、天音が尋人の焦げたばかりのところを分けてくれないかと聞いた。
「お釜や飯盒で炊いたご飯の醍醐味は、ぱりぱりのおこげと聞くからね」
「えっ…そうなんですか?」
 おこげと焦げ付きは、別のものなのだ。尋人はあまり区別がついていなかった。
 醤油などが焼け付いた香ばしいおこげも分けられて、青々とした山の風景、せせらぐ水の音、高い空の下、涼しく吹き抜ける風の中で、出来立ての食事に箸をつける。
 雷號は豪快に串焼きの魚にかじりつき、霧神はていねいにホイルで焼いた魚の骨をとる、尋人は御飯の出来に自分のがんばりが報われたようで満足する。
「すごいね、全部一からやったんだろう? おいしいよ」
「ありがとうございます!」
 先輩からも褒めてもらって、キャンプは本当に楽しいものだと思うのだった。
 魚と炊き込みご飯にかぶりつき、ブルーズがふと呟きをもらす。
「こうして景色の良い場所で食べる昼食は美味いな」
 かすかに笑いながら天音がブルーズのかわいらしい粗相を指摘する。
「…ブルーズ、口元に米粒がついてるよ」
「む、別に浮かれてなどいないぞ」
 誰もそんなことは聞いていないのだが、その答えが彼の浮かれ方を証明していた。
「ふふ。はいはい」
 皆が笑顔でいられるなら、それは素敵な思い出なのだ。

 山の天気は変わりやすいと言うが、ここ数日、この地方の天気予報は、完璧に晴れ続きだ。
 鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)竹中 姫華(たけなか・ひめか)を連れて、午前の暑いとき、それでも午後のさらに暑い時間にならないように散歩にでかけていた。
「わぁー、山の中は涼しいねー」
「…眠い…午前中は寝てる時間なのに…」
 はしゃぐパートナーとは正反対に、思いっきりダメ発言をして、姫華はずるずると氷雨のあとを着いていく。
 山は涼しいとはいえ、流石に直射日光を浴びればその限りではない。散歩道が森に取り囲まれるようになってようやく、二人は涼しい思いができた。木々の間を渡る風は涼しく、生き返る心地がする。
 姫華は、道すがら暑い、だるい、ねむいで氷雨に置いて行かれないようにその背中ばかり見ていたが、ふと傍らの藪の陰に山菜を発見した。正しく山の宝である。
「アレは…」
 目を輝かせて道をそれ、姫華は山の中に入った。もちろん山菜を採るためである。もはや眠そうな気配は微塵もなかった。

 涼しい風を楽しみながら、森の光景を眺める氷雨の足取りは次第にさらに軽くなる。
「姫ちゃん涼しいねーって、姫ちゃん?」
 氷雨は後ろを振り向いて、姫華に話しかけるが、その姿は忽然と消えていた。
「ま、迷子になっちゃったのかな…姫ちゃんどこー?」
 どちらが迷子になってしまったのだかわからず、とりあえずその場から動かないように、姫華を呼ばわり始めた。
 何度か彼女を呼んでいると、近くの茂みががさりと音を立てた。
「な、何かいるの…? もしかして…」
 山の中なのだ、奥には危険な動物がいるかもしれなかったのだ!
「た、食べないで…デローン丼あげるから…!」
「で、デローンはいらないわよ!」
 さらにがさがさと大きな音がして、姫華が姿を現した。
「あ! よかった…もう、姫ちゃん離れちゃダメだって…何持ってるの?」
「これは、おつまみ?」
「って、雑草が…?」
 氷雨は、山菜には詳しくなく、昨日の料理に出た山菜はてんぷらにされ、味噌で香ばしく焼かれていたものしか見ていないので、姫華が抱えている雑草らしきものが山菜であるとは結びつかなかった。
「それにしても、沢山採ったね…ってこんな昼間から飲むの?」
 しかもおつまみと言っていた。料理しておいしく食べるのだろう。
「あ、まだまだ生えてる」
 そんな氷雨をスルーして、さらに山菜を摘んでいる。楽しそうだからいいかと山菜を見よう見まねで摘むのを手伝う。きのこも見つけ、これも食べられるかなと摘んでみる。
「そのお酒、ボクがお金出すんだよね」
「当たり前でしょ!」
 そういうところだけ、スルーしないのはやめてほしい。
 氷雨は自分が採った分を姫華に見せるが、似ているが食べられないものが混じっていたらしく、さっさと抜き出されて捨てられる。さっぱり区別がつかないので涙目だ。
「ちなみに、今手に持ってるきのこも、毒があるわよ」
「う、うわあん」
 思わずぽいと放り捨てて、泣きそうになってしまう氷雨であった。

 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は山菜用のリュックを背負って山に分け入った。夕食の材料を得る手伝いをするつもりなのだ。
「キノコとかも見つかるといいですねぇ」
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)も、日本に来ること自体がはじめてで、いきなり日本の地方を凝縮したような、完全無欠の田舎風景に心躍らせており、よろこんでそれについてきた。
「イノシシや熊を狩りたかったのですが、禁漁期間ですからねぇ」
「魚も、今は大丈夫だそうですが、もう少しすると禁猟期間に入ってしまうそうね」
 どんどん自然が侵食され、そのために保護期間を設けてあるのだ。
「レティ、これは、大丈夫でしょうか?」
「これに似てるから、大丈夫でしょう」
 それならば、とリュックにつめ、キノコを見つけてはあやしそうな色ではないからと集めていく。
 ミスティは田舎が初めてだし、レティシアもそれほど専門知識はない。多分狩猟ならば役に立てたろうと思う。
「これだけあれば、大丈夫でしょう」
 実は収穫の中には、けっこうな割合で食べられないものが含まれているのは、彼女らの知らないことである。
 ちなみに、採って帰った山菜やキノコは、たまたま通りかかった女将の目が光り、容赦なく仕分けられたために、皆の胃袋は無事守られた。
「あ、あれもダメだったのねぇ…」
「危なかったのね…」
 キノコは区別が難しいのでしようがないかもしれない、しかし花が咲いていれば分かったものもあったかもしれない。
 女将はやさしく説明してくれたが、よく考えればこういう風に山菜やキノコの採取事故が起こるのだろう。旅館などの客商売ではそれは致命的なスキャンダルだ、自然とスキルが磨かれていくのかもしれない。
「自然、あなどりがたしですわ…」
 戦場を駆け抜けるよりも、自然の中を生き抜くことは難しいのかもしれない、とレティシアもミスティも思ってしまった。
「これと、これは食べられますよ、しかも珍しいものです」
 そう微笑む女将の褒め言葉に、二人はずいぶんと救われた。

 天海 護(あまみ・まもる)は、天海 北斗(あまみ・ほくと)に山に行こうと誘った。
 しかし北斗は、一緒に来たかった人が予定があわず、いろいろと考えていた計画ややりたかったことがおじゃんになってちょっと拗ねていた。
 そういうわけで、彼の身体は防水仕様ではないというのに、あえて川辺にやってきたのだ。
「どの道、どっち行っても身体に悪いんだから、ヤケになっているのかな…」
 虫やほこり、水なんてもってのほかの北斗の身体は、明らかにメカなのだから。
「ああ、彼と来たかったな…」
 ぼそりとぼやく北斗を護はなだめる。
「しょうがないよ、今度またそんな機会があるって。だからやけになって飛び込むんじゃないぞ」
「…どうせ兄貴が直してくれるだろ?」
「一番しんどいのは北斗なんだから、だめ」
 返事だけはお行儀よく、北斗は景色を眺め始めた。