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ノスタルジア・ランプ

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ノスタルジア・ランプ

リアクション

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に質問攻めにされていた。
 彼女は唯斗の生まれ育った国の文化に興味があったのだ。とにかく着物だってなんだって、彼のために正しい作法を身につけておきたい。
「ところで唯斗、納涼床とはなんなのだ?」
「うーん、ええとオープンテラス風座敷…?」
 座敷と言われて、エクスの脳内には『和室、座るために敷物を敷いたところ、寝るところ』といった単語が踊る。自分達の泊まった部屋のことなのではないだろうか。それにオープンテラスなどとつけられては、さらに混乱するばかりだ。
「まあ、見ればわかるから」
「うーむ、後の楽しみにとっておくか。ではわらわは女将のところへ行って来る」
「行ってらっしゃい、睡蓮、これからどうする?」
 畳の感触を気に入ってころころ転がっていた紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は、ぱっと起き上がって元気よく答えた
「唯斗兄さん! 私、川に行きたいです!」
「了解、じゃあ行こう」
 川辺は太陽が照り付けて、川面の光が反射し、水の中には時折生き物の気配、うろこか何かがキラキラと光っては、遥か上空から鳥がまっすぐ川面に突き刺さって獲物をとらえる。
「ふわぁ…すごい…!」
 鳥がひとしきり獲物を捕らえて飛び去り、その羽根がきらりと光った。
「ありゃあ、かわせみだ」
「きれいな青い羽ですね! おなかが赤かったです」
「翡翠っていう石の名前は、あのカワセミからきてるんだと」
 またカワセミが飛んでこないか、睡蓮は期待していたが、残念ながら腹を満たしたようで戻ってはこなかった。
 睡蓮は、自分も魚をさわってみようと川に足を踏み入れる。
「睡蓮、気を付けて遊ぶよーに」
「冷たくて、気持ちいいですー!」
 ぱしゃぱしゃと水を跳ねて遊ぶ睡蓮に声をかけ、唯斗は木陰に座って彼女を見守っている。
 木にもたれかかって本を取り出し、のんびりと読み始める。
 しばらくして、睡蓮が唯斗のところに走ってきた。
「これ、見てください」
 睡蓮の手の中には、色とりどりの石が握られていた。
 川の流れに磨かれた黒曜石はそれでも所々が欠けて、鋭く光を反射する破断面を晒している。赤っぽい石も堆積岩の一種で、ここまで鮮やかなものはあまりない。睡蓮はもう一つ、ぼんやりと緑っぽい石を差し出した。
「これも、さっきのかわせみみたいな色…ですよね」
「うーん、俺には青っぽく見えるなあ」
 翡翠だったらもっと鮮やかな色をしていたのかもしれないが、残念ながらここでは産出しないようだ。
「青ですかあ」
「そう、もっと濃かったら、睡蓮の目の色だったなあ」
「はい! この黒いのは唯斗兄さんで、赤いのはエクス姉さんです!」
「きっと喜んでもらえるぞ、そろそろ戻ろうか」

 エクスは女将にくっついて、日本文化のさまざまなことを学び取ろうとしていた。
「お料理は、隠し味も大事だけれど、しっかりお出汁をとって基礎から積み上げることも大事よ」
「お花一つ生けるのにも、時間と空間を意識して。それがワビ・サビです。少し早いけれど散紅葉が分かりやすいかしら」
 庭に出て、庭池に形よく植わった水草の間に、そろそろ色が変わりめた紅葉が散らばっている。その部分を指で区切り、説明していく。
「生け花での散紅葉といったら、かえでの枝はそのまま使わないのです。こんなふうに葉だけが遠くから流れ着いて、いまここにあるという演出なの」
 池や、川の上流のどこかに紅葉がある、そこから散り落ち、漂い流れてこの風景にたどりついたのだ、という想像の余地、時間と空間の広がりを感じさせること、それが生け花なのだという。
「…素晴らしいな、来て良かった。女将、感謝する」
 頬を染めて、エクスはもうそれだけしか言うことができない。
 なんか日本文化にはしゃぐガイジンさんにも見えなくもないが、エクスは真剣に女将に師事している。
「では、さっき言っていた浴衣の着方もやりましょうか」
 ちょうど旅館に戻ってきた睡蓮が、エクスを探していたところに行き逢い、二人とも浴衣の着方を教わることにした。
「これが浴衣っていうんですか?」
 エクスも睡蓮も小柄なのでおはしょりが多い、胸紐や腰紐でしっかりと留めていく。
「ええ、ちょっと難しいかもしれないけど、きちんと覚えたら素敵なレディになれるわよ」
「なに、女将ほんとうか?!」
 食いつくように浴衣の着方を見つめるエクスだ。
 エクスは少し見られることを意識して、裏地の色が違う帯で片蝶結びにし、睡蓮は普通の文庫結びにオーガンジーの薄い兵児帯を重ねて妖精の羽根のようにする。どちらも動くたびに裏地がちらりと揺れて見え、またふわふわと羽根のように揺れる。
「コレ、かわいいですね! 女将さん、ありがとうございます!」
「こ、これは唯斗に…ほめてもらえるだろうか…?」
「それでは、今度は浴衣を着たときのしぐさを教えますよ、いいですか?」
 俄然真剣なまなざしのエクス、睡蓮もそれにならって耳を傾け始めた。

「山にも川にも、遊べる所は沢山あるもんですねえ…」
 ぼっへぇぇぇ〜…と川辺でゆるみきっているのは神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)である。
「ほんとに川辺は涼しいですよ」
「うわ〜広い川! 水も綺麗、…お魚いる!」
 榊 花梨(さかき・かりん)柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)がそれぞれはしゃいでいる。
「二人とも〜、あんまりハシャギすぎると転びますよ」
「わー、そっち深そうだよ」
「平気だもんー!」
 聞いていないのか大丈夫だと思っているのか、二人とも夢中で川遊びして魚を追いかけている。
「あーあ、こけちゃいますよ…」
 そうこうして見守っているうちに、美鈴がこけでこけ…、…いや転んだ。
「わー! 大丈夫!?」
「あっははは! 大丈夫平気だってば!」
 ずぶぬれになっても気にせずに遊び続けているから、翡翠はそのあたりはもういいかと笑いながら諦める。
 どの道あとで蛍狩りのときは浴衣に着替えるのだから、今の内に存分に遊んだっていいでしょう。
 飛んできた虫を払おうとしたら、ホタルがぱたりとその手に止まる。明るい中でも、かすかにホタルが光っていることが分かる。
「おや、またお邪魔しますから、その時よろしくお願いしますね」
 そう呟いて、そっとホタルを空に放った。
「ホタルブクロは植わっているでしょうか、探してみますかねえ」
 しばらくぼんやりと、パートナー達の楽しげな声と、虫や鳥の声、景色などを楽しむのだった。

 ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)は、一人で仕事をしていた。
 機械式の掃除機は、自分が言うのもなんだがこの古びた旅館にはどうにも似合わないと思う。
 大きな箒で畳の目にそって掃き、固くしっかり絞った雑巾で同じく目に沿って拭く。
「結局、喋りこんじゃって女将さんに怒られちゃったんだもん、仕方ないなあ」
 掃除をすると言って手伝いを始めたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は先ほどまで、聡とイコンについて話し込み、ロートラウトもそれに混ざりこんで、すっかり掃除そっちのけでマニアックな話しに花を咲かせていた。
「だから、あのアニメのロボは史実のモデルがあるんだから、あそこでああいう行動するのは当たり前だろう」
「そうか、それで納得できたよ、思ったより深い意味があったんだな…!」
「ボクは、そこで助けた相手もシビれるね、もともと敵だったんじゃないか(うんぬん)」
「そう、そこで史実のモデルの方がやった戦略が(かんぬん)」
「なるほど! 敵もあれでこーして(以下略ちんぷんかんぷん)」
 というように、どんどん熱気のボリュームが上がり、女将がその様子を聞きつけるのはすぐだった。
 3人を、2人は一応客人ということも構わず叱り飛ばした。やると言い出した以上、仕事をしないことはまかりならぬのだ。
 女将はあからさまにロボな外見にもかかわらず、ロートラウトは女の子なのだから、日に焼けぬようにとこちらでの掃除を命じ、男二人はぽいと外に放り出して、納涼床の掃除をする涼司の手伝いをしろと追い出したのである。
「さとちゃんもしょうがないわね、そういえば戦時中の戦艦や戦闘機の話を聞いては目を輝かせていたわねえ…」
 どうも小さい頃から、ロボメカ系の話しには食いつきがいいらしい。
「女将さん、ボクは日焼けとか別に気にしなくてもいいんですけど…」
「それにしても、その鎧は重くないかしら? 大丈夫? 疲れたらちゃんと休んでいいのよ」
「は…はぁい…」
 さすがに女将も時代の人である、聡たちと違ってロボメカには疎いようだった。

 日が落ちるまでは時間があり、追い出された二人は、納涼床で先に掃除を始めている涼司にも怒られながら、組まれた座敷の掃除をしている。
「おばちゃん、容赦ねえ…」
「女将に怒られたんだろ? ちゃんとしろって」
「う、うむ、反省する…」
 にしても惜しい、せっかく部屋に置いてあるアタッシュケースに、あの時使っていたパワードスーツを入れて持って来てあるのに!
「戻ったらとか、今度会う機会があれば存分に語り明かそうぜ!」
「おう、何かオススメのものを選別しておく!」
 がっしりと目を輝かせながら手を組み合う二人を、横合いから怒鳴り声が割り込む。
「だから、それより先に掃除終わらせろってー!」
 落ち葉ぶっかけんぞコラ、と炎天下掃除を続けていた涼司はキレかけている。
 うっかり趣味が合うやつらをひとつところに置いておくと、延々わけのわからない話をはじめるのだから、涼司はエヴァルトに座敷に水を撒かせ、自分と聡は延々座敷をデッキブラシでこすって綺麗にする。
「こんだけやれば、あとは自然に濡れた所も乾くな」
 さすがに、三人でやればかなり早く終わりそうである。
 あとはイスやテーブル、ござなどを出して、並べるだけだ。
「手すりとかの点検もして、修理もできればしておくか」
 それこそ分担すれば、すぐに終わる仕事である。それでもいつの間にか日は傾き、ホタルがちらほらと納涼床に流れてくる。

「はーい、浴衣が着たい方はこちらへおいで下さいねー」
 先ほどエクスが美しい着こなしの手ほどきを女将に尋ねたことで、女将は即席ながら浴衣着こなし講座を思いついたのだった。
「こ、こちらに置いておきますからっ!」
 影野 陽太(かげの・ようた)が、そろそろと浴衣や帯の詰まった籠を部屋に持ってきた。
 中は衝立があるからすぐに着替えている人が見えるわけではないが、大慌てで外に出る。
 徹底的に隅々まで掃除をしたものだから、女将の目に留まったらしいのはいいのだけれど、気に入られたからか、さっきから細かい言いつけでくるくると文字通りこまねずみのような働きぶりだ。
 今も女将の私室から浴衣や帯をもってこいと命じられたのである。
「にしても、いろんなサイズの浴衣がありますね」
「そうですよ、私が集めるのが好きというのもありますけど、こんなときに皆に着てもらって楽しんでもらえるほうがずっといいのよ」
 旅館でのレンタルもあるが、数が足りるかわからないし、バリエーションも増やしたいのだ。私物と旅館のものを区別しないあたり、おそらく女将も浮かれているのかもしれない。
 衝立の向こうで、着物の心得のあるものが一通りの説明をしている。自分で持って来ているものは自分の浴衣で、持って来ていないけれど、興味があるものはレンタルするのだ。
 浴衣のマナーや着た際のしぐさ、崩れたときの対処の仕方などを集まった皆に教えている。
 出してきた浴衣を改めている女将が、ふと呟きを漏らした。
「あらこの着物、昔カンナちゃんも着たやつねえ、カノンちゃんもしばらく会っていないわね…元気かしら…」
 さすが女将、涼司の幼馴染もしっかり把握している。しかもここに一緒に遊びに来たことがあるのだ!
「か…カンナちゃんって、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)さんのことですか!?」
「あら、貴方もカンナちゃんの知り合い?」
「え、えと…憧れの…方なんです」
 もじもじと告白する陽太に、じゃあちょっと待っててと女将は私室に戻る。
 すぐに戻ってきた女将は、一枚のアルバムを手にしていた。
「あ、これは聡さんのほうかな、山葉先輩と、この光景はあの廊下だな…こ、これは!?」
「そうそうその廊下、この後涼ちゃんたちに落書きされちゃったのよねえ…、そしてこの写真よ」
 その写真には、木の下で虫籠を抱えて笑う小さな涼司と、木の後ろからちらりと顔をのぞかせる小さな環菜が写っていた。
 ちらりと見える浴衣の模様が、先ほど女将が取り出した子供用の浴衣と一致する。
「この写真はネガがないから…じゃあ、このカンナちゃんの部分だけ、こっそり写真を撮りなさいな」
 絶対に内緒よ? と二人の間で約束が交わされ、小さな秘密は陽太の心の中にしまいこまれた。

 完全に日が落ちる前、少し早めの夕食が供されることになった。
 今日もまた皆からの食料提供や手伝いをうけて、板長は存分に腕をふるう。
 浴衣に着替えたものが多いので、バイキング形式になって好きな量を好きなだけとってもらえるように、かつ食べやすいようになっている。
 裏手で引っこ抜いたごぼうともらったうなぎで柳川風の卵とじや、山菜の和え物、近所の農家からいただいた新鮮な豚のサイコロステーキ、さつまいもが多目な甘いポテトサラダ、えんどう豆の緑あざやかなご飯やすだちの香る一口サイズの押し寿司などなど、他にもなるべく汁が垂れないような工夫がされて、女の子達もしっかりと山の幸川の幸を堪能する。
 すっかり日が落ちてから、皆ぞろぞろと納涼床へと向かった。
「納涼床へのルートはこちらー、足元に気をつけてくれー」
 涼司が声をかけて皆を誘導する。既にあたりはホタルの光りにかこまれて、あちこちでため息がもれていた。