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ノスタルジア・ランプ

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ノスタルジア・ランプ

リアクション

「あー…、落ち着く…。蛍見たのも久しぶりだ…」
 和原 樹(なぎはら・いつき)は、腹のそこからゆっくりと息を吐きながらつぶやいた。はー、と脱力が気持ちいい。
「日本の田舎の風景って不思議な感じですね。そこに元々ある自然と、人の整えたものが調和して…まるで始めからそういうものだったように、ひとつの世界を成していて…」
 セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)が、昼間のぎらつく太陽の下で、なお沈むことも浮くこともなく共存する建物を思い起こす。
 山間に建つ旅館は、人工物のはずなのに、ひっそりと静かにたたずみ、初めて見るもののはずなのに懐かしさを感じた。
「でしょ。やっぱり…日本はいいなぁ…」
 日本に帰っているからには旅館の手伝いもしたかったけれど、帰省帰りで疲れていたのか、畳の香りとふとんの誘惑には抗えなかった。何度も長距離移動していたからか、故郷で姉や兄に会えて癒されてはきたものの、疲れは疲れである。
 しかもパラミタへ帰るために、また苦手な新幹線を乗り継ぐことになる。一時的に郷愁が強くなって、懐かしむ声に真実味がこもる。
 その声を聞きとめて、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は樹に尋ねた。
「…樹。日本に帰りたいか? 我は構わんぞ。契約したときも、お前にパラミタへ行く気がないならあのまま地球に住むつもりだった」
「んー…帰りたいって思うことはあるよ。シャンバラは大変な状況だし、家族はこっちにいるからたまにしか会えないのが寂しかったりもするし。…でも、俺は自分でシャンバラに行くって決めたんだ」
「なるほど。お前にとって、シャンバラは地球の他国とそう変わりないか」
「行けば現地の事情に巻き込まれるのは分かりきってたことだし、そういうのも一応は考えて決めたことだから」
「不安定でも、ひとまず国という形に纏まりはしたからな」
「もちろん、いつかは帰るつもりでいるよ。…なんていうか…青年海外協力隊みたいな気持ちなんだよな。
 実際はまだ、そうなれるように勉強中ってとこなんだけどさ」
 ふむ、と息をはき、樹の思いに触れてフォルクスの頬にかすかな笑みがのぼる。
「問題は山積みだが、僅かずつでも改善していけばいずれは地球の助けがなくとも国家として機能するようになるだろう。…そう願いたいものだ」
 セーフェルが二人の会話を聞き、続きの言葉をつないだ。
「危険もありますけど、それでも…マスターがパラミタに来てくれてよかったです」
「そう? そう言われたら、やっぱり嬉しいな」
「だって、マスターがずっと地球に居たら私は出会えなかったですから。
 フォルクスは、マスターを独り占めできる方がよかったかもしれませんけどね?」
 くすくすとからかうようにフォルクスを見れば、当のフォルクスは少し居心地が悪そうな苦笑に変わっていた。
「まぁ否定はせんが…皆がいるのも悪くはない」
「日本も確かにいいよ。でも俺も皆といる今が何よりも楽しいんだよ」
 蛍をずっと眺めていた樹が、二人に振り向いた。

「ギルさん、浴衣似合ってますよ」
「少し窮屈だがな」
 微笑みながら浴衣を褒める東雲 いちる(しののめ・いちる)に、ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)はなるべく不機嫌に聞こえないよう返事をした。
 この姿ではいつもより動きが制限される。座ろうとしたイスの光る先客を追い立てて、同じく浴衣に慣れないいちるを座らせる。
 浴衣はそのシルエットを調えるために、見えない場所でかなりの調整を施すものだ。
「いちるも、とても似合っている」
「初めて着せてもらって、着慣れないものだから、あとで疲れるかもしれませんけれどね」
 いちるは日本の血は混じっているが、こんな風に自然のある場所や日本の夏を過ごした経験はないのだった。
 崩れちゃったら、直せるかなと呟くいちるに、構わん、俺しか見ておらんとギルベルトが返す。
「それに、こうやって二人で過ごすのはいつ以来か。気が付いたら大所帯になっていたからな…」
「あ…、皆大切な人ですし、家族になりたいと思ったから…ごめんなさい」
「…そ、それが嫌だとは言わないが」
 しょんぼりしたいちるに、ギルベルトは内心あわてる。
「でも蛍は、『ひと夏の恋の輝き』なのだと聞きました。そんな蛍を…今2人で見れるのは、すごく嬉しいです」
「…たったひと夏だけか?」
 今だけか?というニュアンスをこめてギルベルトはささやく、いちるの髪をさらりと掬い上げてもてあそぶ。
 その髪に蛍がとまった、彼女の髪を留めるリボンの飾りのような位置で、淡く彼女の頬を幻想的に浮かび上がらせる。
「あ、髪に蛍が…」
「蛍に、先を越されたな…」
 少しすねたように呟くギルベルトを、いちるは不思議そうに見上げる。
 その無防備なくちびるに、彼はかすめるように口付けた。

 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)の手をひいて、納涼床へと向かう。
「ミア、大丈夫? 歩きにくくない?」
 本人には内緒だが、ミアの浴衣は子供用だ。レキは白地に朝顔で、ミアは白地に花火柄。実年齢はミアの方がはるかに大人なのだが、外見がどうしても子供用のものにならざるをえない。でも、子供用のほうがかわいい浴衣は多いので、着物は無理だが、浴衣なら着られるレキが、喜んでミアに着せていた。
「…大丈夫じゃ(しかしやっぱり、歩き難いのう…)」
 はたはたとうちわで仰いでいると、ぱたりと蛍がうちわに止まる。そこでゆっくりと点滅をはじめ、二人はじっくりと近くで蛍が見られた。
「これが蛍か、光術のようにもっと明るくて眩しいものを想像しておった」
「蛍の光って、小さくてそんなに明るいわけじゃないけど。暗い場所でほのかに光る様が幻想的で綺麗だよね」
「うむ、これはこれで悪くない」
「ボクは幼稚園の頃におばあちゃん家に遊びに行ったときに見たきりだけどさ、なんだか懐かしいなあ」
 うちわの蛍に指を近づけると、蛍はそろそろと指先に移動する。その点滅に惹かれてか、もう一匹ホタルが近くを漂い、好奇心で指を伸ばしたミアの指にもとまる。
「わらわも気に入ったぞ。来年も、またその次もわらわを連れてここに来るのじゃ」
 はしゃぐミアの子供らしい頬にが生き生きと輝く。
「…蛍は、短い間しか生きられないんだよね…」
―魔女のミアにとって、ボクはこの蛍みたいなもの。
―短い間しか生きられないけれど、それでも一緒にいる間は、ミアの目に留まっていたい…。
 しかしミアは、そう思っている間も、レキに次をねだる。
「その次もその次も、ずっとな。先の事なんて判らぬが、約束をしていれば希望が持てるというものじゃ」
 ほかの誰でもなく、今共に蛍を指にとまらせ、手をつないで先をいそぐレキに、未来をねだる。
「ありがとう、納涼床までもうちょっとだから、早く行こう。で、来年も、その次もね」
「ああ、しおらしいお前を見るのも偶にはいいが、元気な方がわらわは好きじゃ!」

「ねえ、どうしてせっかくの『蛍狩り』なのに、だれも狩っていませんよね。
 こんなに綺麗なんですから、だれか一人くらいは持って帰ろうとする人がいてもおかしくないのでは?」
 ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は大真面目にそう思っていたのに、シュリュズベリィ著『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)に一笑される。
「綺麗だとは言え、それが続くのは一時の事。所詮時が過ぎれば消え行く存在じゃ」
 一見、二人の間には微笑ましく教え諭すやりとりがあるのだと思いきや、物理的な、なんか細くうねうねするものが漂っていた。
「なるほど! 手記が言うと説得力がありますねえ! …ちなみに手記。先程から貴方の触手が物凄い勢いで蛍を食べてるんですが…」
 蛍が、彼らの周りからぽつ、ぽつと消えていく。
「ん、意外と美味での」
「……全部食べるのは止めて下さいね?」
「善処しよう」
 結局、手記だって最初は捕まえて食するものだと思っていたのである。
「あー!! 師匠、蛍食べっ……むぐ」
 ラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)のうるさい口をふさぎ、手記は異様に重々しいオーラを発し、諭し畳み掛けた。
「……良いか? 蛍狩りとは、ただ蛍を見て楽しむだけが蛍狩りではない(嘘)。
 見て愛で、食べて楽しむ……それが蛍狩りじゃ(大嘘)。
 そういう訳で、我の行為は決して間違ってはおらんのじゃよ(超嘘)。分かったか? ラヴィニア」
 畳み掛けられる大嘘コンボに、ラヴィニアは力強くうなずいた。
「うん、ぜんぜん分からない!」
 その間にも、手記の触手が蛍を捕まえては、ローブの下に消えていく…
 手記のローブの下には、冒涜的神秘が詰まっているのだという…その下を覗き込んだものは、深遠を見、そして見返されることになるだろう。多分。
「…そういや、こっちではイナゴを食べたりするけど、蛍はさすがにないんじゃないかなあ…」
 でも師匠の言うことだ、一匹だけでも試してみようと捕まえたが…
「…うわぁ…ゴ(自主規制)みたい…」
―逃げ出そうとして、賢明にお尻を光らせているキミには悪いけど…っ!
「………おげぇ【検閲済・非常に汚らしい表現が含まれています。良い子の皆様は絶対に真似しないで下さい】!!!」
 蛍が光るのは、敵をおどかしたり、自分は食べるとまずいぞという警告だ、という説があるんだ!
 みんな、一つ賢くなったかなー?
「…な゙っ…た…」
 えずくラヴィニアの背をさすって、ラムズが水を差し出す。
「ラヴィニア、大丈夫ですか? ほら、お冷ですよ」
「……ありがと、ラムズ。…こんなときだけ、あんたが救世主に思えるよ…」
 ちなみに蛍はいろんな所で姿を消し始めてるんだから、自然を綺麗に大事にして、ましてや食べちゃダメなんだぞっ!?

―どうしよう…
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は困り果てていた。がちがちに緊張して、ほとんど口も開かない。
 ここに座れといわれて、呼ばれて来た涼司も、尻の座りが悪くてついついわけの分からないことをいう。
「そ、そういえば蛍の俳句とか、『恋しこいしと鳴く蝉よりも…』」
「『鳴かぬ蛍が身を焦がす』? 全くもって、それは俳句ではありませんわよ」
 イルマ・レスト(いるま・れすと)がちくりと、どころではなく、ざくりと突っ込みを入れる。
「…胃腸が超痛ぇ…あ、オヤジギャグじゃねえぞ…」
 イルマの放つ排他的で威圧的なオーラと、朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)のべったりと、そんな二人に挟まれる…のはいつものことだが、なんだか…どうしてか…。
―オヤジギャグのヤマバが、なんだか輝いて見えるぞ…
 もはや千歳は泣きそうである、オヤジギャグのくせに、おかしい…居心地が悪い…。
 しかし浴衣はおかしくはないはず、この前空京デパートで買った、白地に赤い梅模様の浴衣に紫の帯のやつだ。イルマが選んでくれたのだから間違いはない。いや、ヤマバは色違いのイルマの浴衣を見ているのだろうか、イルマのは黒地なだけだけど。やっぱ服がおかしいのだろうか、髪形も…。ええい、こんなにそわそわしてしまうのは、これまで同年代の男子と旅行に来たことがないからだ! …でも他にも同行者も沢山いるし、気にする必要はないはずなんだ…! 旅行先のさいたまで偶然ヤマバと出くわして、旅館に誘われたのが実は運命なのか? とか、そんな事は思ってもいない!
「夏の夜の帳の中に瞬く蛍の光…とってもロマンチックな雰囲気なのですね…」
 ぐるぐると悩み続ける千歳とヤマバとの間にリッチェンスが割りいってうっとりとつぶやいている。
 …割り入る直前、千歳に見えないように涼司をにらみつけることは忘れない。
 イルマがどうぞとスイカのデザートを差し出して好感度アップをはかる。あ、それ俺が持ってきたやつなのにという涼司の呟きは無視された。そもそも彼は、皆にデザートを配って回っている最中だったのだ。
「ええと、無理矢理誘っちまったのかな、悪かった。浴衣も似合ってるからな! んじゃ、皆蛍を楽しんでいってくれよ!」
 蛍の光が乱舞する中を、まだ仕事があると岡持ちを抱えて去っていく涼司を見て、不意に千歳は納得した。
「ああ、そうか。蛍の光でヤマバが普段と違って見えたからだな、輝いて見えるだなんてそんな…」
 しまった、カノンのことを聞けばよかっただろうか。
 ヤマバを追い出して満足そうなイルマと、
「この時間が永遠に続けばいいのに…ダーリンとずっとこうしていたいです…」
 などという、どこぞの恋愛小説だかゲームだかドラマだかの台詞まんまなことを言って、自分に酔っているリツに囲まれて、千歳が思うのはやはりヤマバのことである。
「まあ、なんだかんだと楽しんでいるとは思いたいな。ヤマバもせっかく田舎に来たのだから」

 涼司たちの今の仕事は、皆にデザートの器を配ってまわることだ。
 板長が作ったスイカとメロンのごろごろゼリー、モモのプリン、寒天で少し固めたぜんざいまで、あのじいさん奮発したもんだな、と思う。アイスはどうしたって溶けるし、暗い中で食べようと思ったら、こういうののほうが食べやすいのだろう。
「何、甘いものが苦手だと? トマトを丸齧れそして泣いて自然に感謝しろ!」
 さすがに疲れがきているのか、なんとなく言動がトンガってきている。もちろんトマトも準備してある。
「どうどう、とりあえず十分メガネはがんばったさかい、後は俺らにまかせろや」
「お、おう…んじゃあっちの方はまだだから、頼むぜ」
 日下部社が器を配る残りを引き受け、蛍でも見て来いと送り出す。
 その背中を見送り、携帯電話を取り出して指令(?)を飛ばしている。
「…そう、今ターゲットはフリーんなったわ、今やで!」
 携帯を切り、満足そうなニヤリ笑いがランタンの明かりに浮かぶ。
「ふふ、オリバー頑張れや〜♪」
 なにやらコードネームのようなものを呟き、社はどこかにエールを送る。
 後を引き継いで器を配る間、パートナー達を見つけて声をかけた。
「ちー! お仕事お疲れさん! 寺美もいろいろ大変やったみたいやな」
「ボクたち頑張りましたよぅ」
「ちーちゃんも頑張ったんだよ」
「疲れたか? でもまぁ、こういう夏の過ごし方もええもんやな」
「あのね、旅行ってどこ行ったかよりも誰と何したかって方が大事な気がするよ!
 だから、ちーちゃんはまたやー兄とラミちゃんと一緒に来たいな♪」
「そうですねえ、是非来たいですねぇ」
「また来年もこうして遊びに来れたら…いや必ず来ような♪」
「うんっ!」
 さあどれ食う? と差し出した器に、千尋たちは目を輝かせた。思い出を、もっともっとだ。