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リアクション
パラミタ内海について、最も詳しい蔵書を持つところ。
言わずもがな、それはイルミンスール魔法学校の図書室である。
あまりの広大さゆえ、慣れないものが立ち入ると、調べる以前に生きて出てこられない。
――今、その中から、うんうんと悩む声が聞こえていた。
「ん〜、これかなぁ……」
難しい顔をしてページをめくるのは神代 明日香(かみしろ・あすか)。
足下にはすでに――「パラミタ鳥類図鑑」「神話に生きる鳥たち」「イルミンスール生物大全」「巨大鳥、その素晴しき世界」「それでも泳げないあなたへ」など、多くの書籍が積み上がっている。図書室の資料検索は彼女の特技だが、調査は難航していた。
調べているのは彼女一人ではない。
和原 樹(なぎはら・いつき)、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)、ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)の3人が一緒だった。
樹とフォルクスも、図書室での資料検索に長けている。
が、羽ばたきで波を起こせるような鳥となると、候補自体を見つけるのが大変だった。
そもそも、「怪鳥」なるものの姿形も分からない。
「すぐ見つかると思ったんだけどな……ああフォルクス、上の本取ってくれ」
「樹、それはもう調べたぞ」
「ええと、じゃあ」
「フォル兄、……この本はどうかしら」
ショコラッテが差し出した古い本には、ようやく読める字で「ガルス・ガルスの系譜」と書かれていた。
「ひょっとして、これじゃないかなと思って」
「何処にあったんだ?」
ショコラッテは皆から少し離れた場所を指さした。そこは動物というより、農耕などの本が多い一画である。
怪訝な表情で、フォルクスは本を受け取り、ぱらぱらとめくった。
そういえば、ガルス・ガルスという名はどこかで聞いたことがある。
指が止まった。
「――! 確かに。そうだ、こいつかもしれん」
樹が一緒になって見る。「見つけたのか?」
「どれですか〜?」
明日香も、後ろからのぞき込んできた。そこに描かれた一羽の鳥は実に馴染み深い――いや、それだからこそ見つからなかったのだが――ものだった。
「まさか……、これ?」
明日香は思わず声を上げて笑ってしまった。
樹も笑う。が、すぐ真顔に戻る。
「なんとかなりそうな気がしてきた。やるね、ショコラちゃん」
喜びと照れで、ショコラッテは赤くなった。
◇
まだ日の高い海上に、2機のヘリファルテが雲を引いている。
最も小型だがもっとも速い飛空艇を駆る2人は、リネン・エルフト(りねん・えるふと)とヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)。
「やっぱり、昼から捜索する人はいないみたいね……ま、無理もないか」
リネンとの通信を開けっ放しにして、ヘイリーが独り言を言う。しかも2人はヒナではなく、親鳥に向っていた。
昼間にこの空域を飛ぶということ、それはすなわち自殺行為と見る向きもあるのだが、リネンとヘイリーには『シャーウッドの森』空賊団として、空を行くもの全てに遅れを取るわけにはいかないという矜持があった。それに、親鳥を引きつけることができるのなら、捜索自体は昼の方が遙かに楽というのも事実である。
ヒナと違い、波の来る方角に向って飛べば良いだけなので、親鳥はすぐに見つかるはず――。
目下の海上に、一際大きな波を発見する。これは沿岸までいけば確実に津波だろう。
「!」
その時、先を行くヘイリーのヘリファルテが、突風でいきなり煽られた。
「ヘイリー、大丈夫!?」
「うん、大したことない――見える? あれ」
水平線の上に霞む怪鳥を見定めたリネンは絶句した。
巨大。あまりにも巨大。
翼の端から端まで、どのくらいだろう。とりあえず、蒼空学園のプールくらいならすっぽり入るのは確かだ。
しかも、羽ばたきが速い。矢継ぎ早に突風が来る。確かに近づいたらひとたまりもないだろう。
さらに驚くべきはその姿。
白い巨体の上に小さく乗る頭には、確かに赤いトサカがついている。みれば、体型もそのもの。
「まさか……、……、にわとり、?」
「一羽か。夫婦と聞いてたけど……リネン、作戦続行よ」
言うが早いか、ヘイリーはスロットルを一杯に踏み込む。まったく動じる気配がない。
この辺りはさすが、『油断のないヘリワード』の面目躍如というところだ。
「了解!」
リネンは海面すれすれに舵を取り、ヒナが流れ着いていそうな小島を探しにかかる。
◇
リネンとヘイリーが怪鳥の「雄」を相手にしていた頃、クラーク 波音(くらーく・はのん)、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)、ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)の3人は、怪鳥の雌を見つけていた。夜の捜索に備えてのホームセンター帰りに、海岸の見える小高い丘を歩いている最中だった。
「うわぁーー! でっかい鳥さんだぁ!」
波音とララが叫ぶ。さすがに大きさに目が行ってしまう。
怪鳥は白い翼をかなりの速度で羽ばたかせ、焦っているように細かく場所を変えている。
「遠くてよく見えないけど……あの辺に何かあるのかしら?」
興奮する2人を尻目に、アンナが呟く。
とりあえず、夫婦で別行動を取っているのは間違いなさそうだ。
それに見ていると、どうも、飛ぶこと自体があまり得意ではないようである。
――しばらくすると怪鳥は再び水平線の彼方に消え、あとには波が残された。
最初は怪鳥の大きさに興奮していた波音とララも、必死で羽ばたく雌の姿を見ると肩を落とした。
「うーん……、可哀想だよね……でも、なんとか見つけてあげるよ!」
波音はそう言って、明るい表情を取り戻す。
「そうだよ〜! ララだって、ヒナをあっためるために、毛布を、いっぱい……ふにゃぁ」
「あれ、ララ!?」
ララは服のなかに毛布を5枚仕込んでいたのだが、この炎天下でついに目を回した。
アンナがヒールをかけながら、微笑んで言う。
「夜まで時間があるわ。少し休んでいきましょう」
ララが息を吹き返して、毛布の収納場所に苦慮している頃。
アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、サンタのトナカイに乗り、怪鳥の雌を追いかけていた。
といっても、戦うのではなく、怪鳥を何とか落ち着かせようという考えだ。
昼は気が立っていてさすがに近づけないが、羽を休める瞬間は必ず来るはず。
その瞬間まで、辛抱強く待とう。
アリアはトナカイの手綱を握り直すと、突風の影響を受けず、しかも見失わない距離を慎重に保ち続ける。
「それにしても、……なんて大きいニワトリさんかしら」
◇
「んん〜……さすがに、広すぎましたかなぁ」
のんびりとした口調とは裏腹に、恐ろしいスピードで島から島へ潜水を繰り返すのは海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)。マスクにマント、蒼空学園の制服という出で立ちのまま、海豹さながらの動きで海面を移動する。彼はおそらく、たぶん、いちおう、いや確かに人間なのだが、マントを体に巻き付けることにより、独自の『海豹泳法』を身につけているのだ。
それでも、さすがにパラミタ内海の島を全て巡るのは無理である。
「何か手がかりのようなものがあれば……お?」
一度陸に戻ろうか……、そう考え始めた時。ゴーグルの役目も果たすマスクから、偶然、海底に何かを見つける。昼間でないと分からなかったかもしれない。
潜って底にたどり着き、手を伸ばすと、それはほのかな黄色を帯びた巨大な羽毛だった。
「これは……」
マスクの奥の目の光が強さを増した。
――そろそろ夕暮れが近づいている。夜から捜索を始める者達が、浜辺に集まっているかもしれない。
海豹仮面は振り返ると、そのまま息を深く吸い込み、全速力で浜辺へ向った。
その向う先では、源 鉄心(みなもと・てっしん)とティー・ティー(てぃー・てぃー)が、浜辺に手作りの灯台を作製中だった。灯台、といっても光源はかがり火である。
ティーが空飛ぶ箒に乗り、鉄心の言う通りに、レンガを高く積み上げていく。
夏の残光の中、はかなげで美しい娘が、白いブラウスに麦わら帽子をかぶり、ふわふわと箒に乗る姿――。
浜辺にいる幾人かは思った。おお、こういうものこそ、芸術と呼ぶべきである、と。
鉄心はその指示をしつつも、ずっと海図と首っ引きだった。
「昼間に見た感じだと、高波が出ているのがここだから……」
言いながら線を引く。
「うーん、もう一つ決め手に欠けるな」
「……鉄心、何か、近づいて来ます」
ティーがその方向を指さした時には、海豹仮面はざんぶと水から跳ね飛び、マントの水を振り払いつつ、灯台の前に着地した。
強烈な登場だが、ティーは彼に悪意のないのを肌で感じていたため、警戒はしなかった。
「ヒナの捜索に携わる方……ですかな」
「あ、ああ」
滅多なことでは動揺しない鉄心であるが、さすがに目の前の事態をすぐに把握するのは難しい。
「ここから南に7キロほどの場所で、これを見つけました。お役に立てますかな」
「!!」
差し出された羽毛を見て、鉄心の顔色が変わる。
「感謝します、ええと――」
「海豹仮面と申します。旅行観光、冠婚葬祭、神社仏閣、酒池肉林。楽しい行事は、ぜひ海豹村で……」
疲労の極みに達していた海豹仮面は、そのまま倒れて寝息を立て始めた。
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