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リアクション
――夜になっても未だ羽ばたきを止めない巨大な影が、海面を暗く染めている。
捜索海域からわずかに離れたこの場所で、雄の怪鳥は尋常ならざる気配を発している。
日中、リネンとヘイリーがここまで引っ張ってくれなかったら、捜索は不可能だったかもしれない。
そう思わせるに十分な偉容だった。
その後ろを、影がいくつかついてくる。
彼らは捜索部がヒナを発見するまでの間、親鳥を足止めするのが目的だ。
最も危険な役割と言えるが、これだけ距離が開いていれば、動く必要はないように見えた。
「んー、暇だねぇ」
月谷 要(つきたに・かなめ)が、アルバトロスのコクピットで呟く。
「あら、いいじゃありませんの〜」
同乗している師王 アスカ(しおう・あすか)が答える。「捜索隊がヒナを見つけるまでこのままなら、それに超したことはないですものねぇ」
「ヒナを見つけるまで?」
アスカのパートナー、蒼灯 鴉(そうひ・からす)が口を開いた。
「お前、何も分かっちゃいねぇな……見つけたあとが本番だろうよ」
「?」
「まあいい」
「や〜、それにしても……見事なニワトリさんだねぃ」
要が口を挟む。「あれなら一週間分てとこだなぁ」
「……ふん」
鴉が口の端を上げて笑った。
「??」
――アスカが置いてけぼりにされている頃、下の方では、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)とテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)を乗せたボートが進んでいる。
「いや、月がきれいだ……良い夜ですな、トマス坊ちゃん」
魯粛が、近くを箒に乗って飛んでいるトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)に声をかける。
「うん……ヒナのほうは無事だろうか……」
「あららら」
だいぶ見当違いの答えが返ってきた。
テノーリオが笑う。「トマス、ボートに乗れよ。ずっと飛んでたら疲れるぜ?」
ボートには魯粛の持ち込んだビーチパラソルがかかっており、確かに、多少落ち着ける空気になっている。
「ありがとう、テノーリオ」
トマスは怪鳥から視線を外そうとはしない。
「でも、捜索隊のほうも、何か掴んでるはずだ。油断はできないよ」
「ふむ……」
テノーリオと魯粛は、黙ってトマスを見つめる。
「そろそろ何か、起きそうな気がするんだ」
と、その時。
それまで月に向って飛んでいた雄鳥が、突然振り向いた。
まるで電流が走ったかのように、捜索隊のいる方へ羽ばたき始める。
真っ先に反応したのは鴉。
「見つけたか」
「え!?」
「やは〜〜! 来たねぇ!」
要がアルバトロスの舵を目一杯に切る。雄鳥の目の前に出るように。
凄まじい突風がアルバトロスを襲うが、揉まれながらも、なんとかバランスを保っている。
真っ先に飛び出すアスカ。
「……!!」
アルバトロスの上に立ち、初めて雄鳥の目を間近に見て、アスカは心臓を鷲づかみにされたような気分になった。
子を失った親の目。
「っ、……くっ」
涙が溢れる。
咄嗟に言葉が出てこない。
「さぁて、どうやって話つけようかねぃ……って、こりゃ無理っぽいかなぁ」
要が飄々と言う。
鴉がアスカの肩を掴む。
「いいか、お前がやろうとしてんのは、ただのワガママなんだよ」
「でも! 思いが伝われば、きっと分かってくれると……」
「それがワガママだって言ってんだ! てめえの勝手な想像で他人を縛んじゃねぇ」
鴉の舌鋒は容赦がない。
「……人の気持ちを想像するのが、優しさじゃないの? じゃあ、私たち、どうやって「人に優しく」すればいいの?……」
「そいつを、今から見せてやるよ」
――みるみるうちに、鴉の額に4本の角が現れる。
鬼神化により、鴉の身長は倍ほどにもなった。
「ううぅ……おおお!! 来い!」
「鴉! あなた、戦う気?」
「そうだ」
「どういうこと!?」
「こいつは言葉を持たない。なら、怒りも憎しみも受け止めてやるしかない。安心しろ、俺は死んでも手は出さん」
◇
「……まずい状況になりましたな」
突風に煽られるボートを操りながら、魯粛が見上げて言う。「あの男、死んでしまいますぞ」
トマスは逡巡していた。
果たして怪鳥を捕まえておくことが、今すべき選択なのかどうか、計りかねていたのだ。
「……怪鳥を捕獲する」
トマスは覚悟を決めた目で言った。
「もはや説得しようとは思わないし、恐らく出来ないだろう。しかし、足止めしておく価値はまだある。
それは……僕らの考えとして、優先する」
(ほう)
魯粛が感心したようにトマスを見た。
(男子三日会わざれば、……とは言いますが、坊ちゃんは三時間でもいいですな)
「分かったぜ、トマス!」
テノーリオが、ロープと石で作っておいた特製ボーラを準備する。
ボーラとは、両端に石をくくりつけたロープだ。
投げて鳥の足に絡まれば、そのまま落ちるという道具だ。
「そらよ!」
トマスの魔法の箒にそれを結びつける。
「よし、……行くぞ」
トマスがボーラを投擲しようとした瞬間。
アルバトロスの後ろからものすごい速度で現れた飛空艇が一機。
「このボケどもがぁ……もう我慢できねぇんだよ!」
白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の操縦するヘリファルテが、はるか上空から怪鳥に突撃してきた。
「本当はヒナ鳥を毟ってから来るつもりだったのによ……遠すぎんだおめぇら!」
その場にいる全員が虚を突かれた。
「あいつ、怪鳥とやる気か!?」
トマスが叫ぶ。
「だったらどうした! 邪魔してんじゃねぇぞオラァ!」
ほとんど狂人じみた殺気に、もはや雄鳥の目は竜造にしか向いていない。
羽ばたきを一閃する。錐揉みのように、気流に巻かれるヘリファルテ。
「ようし……存分に殺し合おうじゃねぇかよ!」
竜造は体勢を立て直すと、赤黒い刃の長ドスをくわえ、ヘリファルテのコクピットに立ち上がった。
そしてそのまま、怪鳥の胸目がけて全速力を出す。
「イィィィハァァァァアア!!」
竜造を乗せたヘリファルテは、アルバトロスのすぐ脇を猛スピードで駆け抜け、怪鳥に激突……そのまま四散した。
飛び出した竜造は長ドスを構え、心臓目がけて刃を走らせる。
「死ねぇええ!」
ぞぶ。
嫌な音が辺りに響いた。
刃は怪鳥に……わずかに届かず、その代わりに竜造の右肩に赤黒い穴がぽっかりと開いていた。
怪鳥の巨大な嘴が、一瞬早く竜造をとらえたのだ。
次の瞬間、竜造は思いきり吐血すると、怪鳥の胸元からずるりとこぼれ落ちる。
「くくく……ははは……あーーっはっはっはっ!」
高笑いをしながら、竜造は海面に吸い込まれていく。
光条兵器のスプレッドカーネイジが、要の手の中でほのかに硝煙をあげていた。
「あいつにやられたんじゃ……俺の口には入らないからねぇ……」
竜造戦の直後。
大きく隙を見せた怪鳥に、トマスはボーラを投擲する。
それは見事に怪鳥の足を捉えると、怪鳥は海へ落下した。
怪鳥は竜造の攻撃で、もはや手の付けられない状態になっていた。
が、海の上でもがき続けるのは相当に苦しい。しばらくすると、さすがに精魂使い果たし、ぐったりとなった。
「ひとまず、成功でしょうかな」
「うん……」
トマスの心情は複雑極まりない。
「元気出せよ、トマス」
テノーリオがトマスの肩を叩く。
「今日のお前は、完璧だ」
◇
鬼神化の解けた鴉は、起き上がるのも辛そうに、アルバトロスの座席に横になっていた。
アスカは隣で、うつむいたままじっとしている。
波の音以外、何も聞こえない。
しかしやがて、覚悟、と口にした。
「……あん?」
鴉が聞き返す。
「優しくするのも、危害を加えるのも、なにかを期待したり、失望したり……ぜんぶ、同じ事なのかもしれないわねぇ」
「……」
「でも、覚悟があれば、いいってことでしょ? 優しいことだからって、無責任ではいけないって」
鴉は黙っている。アスカは右手を差し出した。
「ありがとね、鴉。これからもよろしく」
「ふん……」
少しの間をおいて、鴉は気怠そうにその手を握った。
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