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怪鳥が巻き起こすビッグウェーブ!

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怪鳥が巻き起こすビッグウェーブ!

リアクション

「……はぁ、はぁ」
 息が荒い。
 怪鳥の雄を相手にしてから、すでに4時間。
 急旋回、錐揉み急降下、バレルロール――
 ヘイリーはありとあらゆる空戦技術を駆使して、雄の注意を引き続けた。
 操縦桿は汗まみれ、ペダルに乗せた足の震えが止まらない。
 今では軽い旋回のGにすらも、意識が飛びそうなほど疲弊している。
 それでもなお、致命的な機動は取っていない。凄まじい集中力である。
 リネンからの通信が入る。
「ヘイリー……ダメだわ。見つからない。そっちの燃料、もう限界でしょう?」
「ん、……振り切って逃げるだけの分しか残ってないわ。潮時ね」
「……」
「リネン、いないのが分かったってだけでも、重要な情報よ」

 ◇

 太陽が沈むと、浜辺の喧噪が嘘のように静まった。
 波も穏やかになり、これが本来のパラミタ内海、ということを感じさせる。
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)と、影野陽太は、情報調査組とのホットラインを構築し、夜までに連絡体制と情報の共有化に努めていた。ふたりの周到な根回しにより、捜索組はかなり高い精度で目的地を絞れるようになっている。
 寄せられた情報の中でも、樹、フォルクス、ショコラッテが発見した資料は強烈だった。
 明日香が記憶術を駆使して、砂浜を黒板代わりに説明する。
「ガルス・ガルスっていうのはー、ええ、にわとりさんです」
 箒の柄で図を描いていく。
 驚きの声を上げたのは七尾 蒼也(ななお・そうや)
「ガルス・ガルスだって!? 大昔の話じゃないか」
「そうです。正確にはにわとりさんの祖先なんですけど、内海でひっそり生き残っていたみたいですね〜」
「人を襲うのかな?」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が険しい表情で尋ねた。
 それには蒼也が答える。
「襲わないよ。彼らは猛禽ではないし――でも、なぜヒナが海に落ちるんだろう」
「ふむ。確か校長が、乱気流に飲み込まれたようだ、と言っていたが」
 リリが事も無げに言う。
「ううう……可哀想です……」
 ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が、パートナーの言葉に目を伏せた。
「! そうか。ヒナは巣の中にいたはずだ。だとしたら」
 蒼也が気付いた。
「巣を作りそうな、崖の近くに落ちた可能性があるな」

 その一言で、陽太と鉄心が動いた。
 陽太は銃型HCのキーを素早く叩き、鉄心は数枚の海図に対して同時に線を書き込んでいく。
 対照的な2人だが、出た結果は殆ど同じものだった。
「パラミタ内海の小島、海流、さらに崖から落ちたと考えて、可能性のあるポイントは3カ所ですね」
「そう。その内の一つは、こいつのあった場所のすぐ近くだ」
 鉄心が例の黄色い羽毛を見せる。
 ざわめく一同。
(ひ、ひ、)
 それは詩穂の感情に強烈な火を着けた。
(ひよこさんだ〜〜♪)
 ひよこ党として参加した今回の捜索だったが、まさか本当にひよこだったとは思わなかった。
 脳内を駆け巡る巨大ひよこのイメージに悶えかけるも、すぐに冷静さを取り戻す。
「……でも、これで一刻を争うことがはっきりしましたね」
 陽太が答えた。
「うん、でも、ポイントはひとつに絞れました。後はみんなで探せばきっと見つかる、はず」

 ◇

 指示されたポイントへ、ヒナ救助班は夜の海へと繰り出した。
 その辺りは海底の構造が複雑で、潮の干満で随分風景が変わる地帯だった。
 今夜は満月が出ており、海面は幻想的に輝いている。
 しかし、月の光も届かないような岩礁も数多いのだった。

 ――そこへ、ぼん、ぼんと音がして、明かりが灯る。ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)の炎術だった。
「ふむ……せっかくの良い夜に炎術など無粋であるが、致し方ない」
 空飛ぶ箒にまたがって、エリアの遙か上から海面と岩礁を眺める。
「ミハエル、左前の岩陰にもお願いできますか……わぷっ」
 朱宮 満夜(あけみや・まよ)が、照らされた海面すれすれを箒で飛び、周囲を細かく見て回っている。が、あまりに低空飛行のため、岩礁に打ち寄せる波の飛沫をばしゃばしゃ浴びる。
「満夜、もう少し高く飛んだらどうだ」
「いえ、このくらい寄らないと、よく見えませんし……はぷっ」
 ミハエルは、すでに全身ずぶ濡れの満夜の近くへ降りてきた。
 炎術を小さめにして、細かく満夜の周囲に配置する。さながら、全方位に懐中電灯があるような状態だ。これなら、低空での探索も格段に楽になる。
「これで良かろう」
「あ、ありがとう、ミハエル」
「……どちらかというと、乾燥機だ。濡れ鼠を従えて飛ぶ趣味はないのでな。ははは」
 ミハエルは笑いながら、再び夜の空に戻ろうとした……その時。
「あ、あれ!」
 満夜が指し示した海面に、先ほど鉄心に見せてもらった羽毛が、いくつも浮いているのが見えた。

「こちらはミハエル・ローゼンブルグ。ヒナの羽毛を発見した。応援があると有り難いが」
「了解! 頼んでみます」
 携帯でその連絡を受けた陽太は、すぐに近くの捜索者を検索し、何人かに白羽の矢を立てる。
 近くの島付近を、小型飛空艇アルバトロスで飛んでいた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、まず向った。
 美羽はボリュームを全開にして、パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)へ無線を飛ばす。
「発見情報きたよーー! コハク、聞こえる? はやくおいで! はやく!はやくはやく!」
「ひ、ひほへへうぉー(聞こえてるよー)」
 同じく小型飛空艇オイレで海面を探していたコハクは、折悪しく夜食のドーナツを口に放り込んだ瞬間だった。
「ちょっと何食べてんの! ……その感じはドーナツね! あとで没収するからね! はやくね!」
 そう言うと、一方的に無線は切れた。
 耳がキンキンする。あと、どの感じがドーナツなのか。
 ……いや、そんなことよりも。
「はやふみふふぇ、んぐ、早く見つけてあげないと」
 コハクはドーナツを急いで飲み込むと、オイレの操縦桿を握り直す。

 ほぼ同時刻。
 さらに2機の小型飛空艇――こちらはジェットスキーのような形式のもの――が、
 RIB(モーターボートとゴムボートを掛け合わせたような作業艇)を2機で懸吊しつつ、連絡を受けた地点へ向っていた。操縦するのはネージュ・グラソン・クリスタリア(ねーじゅぐらそん・くりすたりあ)エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)
 エリシュカの後ろには、全身をウェットスーツとダイバー装備で包んだローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が乗っている。
「エリー、下の様子はどう? 見える?」
「うゅ……ごつごつ、してる」
 背後からの問いかけに答えつつ、エリシュカは機体の速度をゆるめる。
 そこは、かなり込み入った岩礁地帯だった。
「ローザ、この辺で降りてみたらいいんじゃない?」
 もう一つの飛空艇の上から、ネージュが提案する。
 日が沈んでからの海は至って静かだった。怪鳥の気配もない。
「そうね……よし! 降ろしてちょうだい」
 ローザマリアはエリシュカの飛空艇を離れ、RIBに乗り込む。
 そのままゆっくりと着水し、飛空艇からワイヤーを切り離す。
 全長5メートル弱のRIBは小型な方だが、最大積載量は1トンを超え、軽く時速100キロ以上は出る代物である。さらに、岩礁に当たってもびくともしない強靱さ。この海域にはまさにうってつけだった。
 しかもこれは、つい前日に、空京のショッピングセンターで買ったばかりのものなのだ。
「うーん、ほんとはあれで遊びたかったんだけどなぁ……夏の海、砂浜……」
「でも、エリー、買い物……楽しかった、よ?」
 ショッピングセンターでこれを見て「かわいぃ」を連発したのはエリーだった。
 ローザマリアも「ゾディアックの新作か……レジャー兼軍用として、一艇あっても良いわね……」などと不穏な理由で乗り気だったりし、購入に至ったという次第。
「うん、そうねぇ。でも役に立つみたいで良かったし、強襲艇ごっこはまた今度にしておくね」
 ネージュが不穏なレジャーを口にする。
 その下で、ローザマリアを乗せたRIBが海面を滑り出した。
「はゎ、ローザ、がんばれぇ〜」
 その航跡を見届けると、ネージュとエリシュカは機首を上げ、上空からの偵察に回った。

 さらに別のエリアで捜索に当たるのは、杵島 一哉(きしま・かずや)アリヤ・ユースト(ありや・ゆーすと)空白の書 『リアン』(くうはくのしょ・りあん)の3人。
 周囲に目を配りつつヒナを探すが、なにしろ岩礁地帯で舟が安定しない。
「……いや、すごい難所ですね……ボート、穴空いたりしないかな」
 一哉が不安そうにボートを眺める。
 リアンがそれに答える。
「一哉、こんな話を知っているか。昔、ウサギとタヌキがいてな。途中は割愛するが、タヌキは泥船に乗って川に沈んで死んでしまうのだ」
「ああ、はい」
「その教訓はだな。本気で男を陥れようとする女ほど怖いものはない、ということなのだよ」
「なるほど……気を付けます」
「リアンさん……あの、さすがに割愛しすぎでは」
 アリヤが口を挟んだ。
「一哉さんも、あまりに簡単に納得しすぎです」
「そ、そうかな」
「何をいう、アリヤ。これは紛う事なき真実であるぞ。あの寓話の本当の意味とは――」
 ごん、とボートが岩礁のふちにかかる。
「おっとっと! 大丈夫ですか」
 一哉が慌てて舵を取った。
「……」
 振り返り、ボートの上の女性2人をまじまじと眺める。
「どうした?」
「どうしました?」
「いえ、その、なんか急に、舟の上が怖くなっちゃいまして……」
「……」
「……」
 一哉は舟以前に、無言で襲いかかってくる2人の攻撃をどう凌ぐかに頭を使わねばならなくなった。