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鏖殺寺院の砦

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鏖殺寺院の砦

リアクション


07:宣撫
 街の人々が地上に出てくると、日吉 のどか(ひよし・のどか)がイコンから食料を投擲し、パラミタ大陸への移民と留学を促すビラをばらまいた。
 鏖殺寺院の教義ではパラミタ大陸の地球人は敵であり、そのビラは教義を破ることになる。薬物洗脳にも等しい状態で教化されている街の人々にとってそのビラは侮辱であり神経を逆なでする行為であった。
 また、のどかの行為は明らかに命令違反であり、帰還後に営巣入りとなった。
 だが、その一方で食料は貧しい生活をしていた街の人々にとって貴重なものだった。自衛隊の加水加温式の戦闘食料II型が大量に入っており、街の人々を説得するために組まれたグループ【コンバージョン】はそれを利用することに決めた。
 クレアはハンスとエイミー、パティに命じて戦闘食料II型の取り扱い方法を町の住民に説明させると、まず住民の飢えを満たした。
 特にパティは<至れり尽くせり>で街の人々を気遣い、警戒心を和らげることに成功した。
 まだ上空ではイコン同士の戦闘がつづいているが街の人々はそれすら気に止めず食事にがっついた。
 その間にエイミーは<カモフラージュ>で姿を隠し<ブラックコート>で気配を消し、<殺気看破>を使いながら街の人々の様子を観察していた。
 クレアが警戒する街の住民の中にいる煽動者の目星はつかないが、もしいたら捕えて人質にする予定だった。
 矢野 佑一(やの・ゆういち)は迷彩塗装のイーグリットで街に入ると<情報撹乱>で街と寺院との連絡を絶つ。
 そしてパートナーのミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)は街の人々の中で疲労の激しいものや衰弱したものに<ヒール>をかけて回復させると、子供たちを相手に遊ぶことにした。
「ぼくもー」
「わたしもー」
「だっこしてー」
 ミシェルは子供たちに大人気だった。
 茉莉はさらに後発してやってきた輸送機から下ろされた物資や人員を見て安堵する。それは、彼女がコリマ校長に懇願していた赤十字と国境なき医師団たちだった。
 彼らはすぐさま物資を開梱しテントを広げると健康に対して不安を持っている人々へのカウンセリングを開始した。
 ことに妊婦への対応は手厚く、かつて日本の支援活動の中で命のパスポートと呼ばれた母子手帳を作成する。これがあれば妊婦と胎児、そして乳児はどこの医療機関でも安心して医療を受けられる。新生児死亡率を大幅に下げる切り札であった。
 茉莉とパートナーのレオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)は保有する知識の中で最大限のことを説明し街の人々を安心させる。
 イコン戦においても帰還した山葉 涼司から投降が呼びかけられ、この街出身のパイロットたちが投降していった。
 その一方で寺院砦の制圧戦に置いては
「はあああああああああああああ!」
 <七枝刀>を振るうルカルカ・ルー(るかるか・るー)
「これでっ!」
 二丁の<魔道銃>で一気に制圧するダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)
「いくぞ!」
 同じく二丁の<魔道銃>のカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)
「凍てつけ! ついでに火事も消えろ!」
 <ブリザード>で圧倒的な魔力を示す、火事にトラウマのある夏侯 淵(かこう・えん)等が
 絶対的な力を見せつけることによって敵の戦意をくじき、多くの敵兵を投降させることに成功していた。彼女たちは戦場において無敵であった。
 戦車やイコンですら敵ではない。無論攻撃を受ければ危ういがその攻撃を回避するだけの技量もあった。
 ダリルは投降してきたイコンから情報を抜き出し、篭手型HCに転送する。イコンの設計図、振動剣の扱い方等のデータを入手できた。
 イコンの持ち帰りについては今の所環菜の方針を受け継いだ涼司の方針で持ち帰ることはできなかったが、判明したデータ等に関してはすべての学校で共有することができるようになった。
 あとは現在行われているイコンプラント奪取戦の結果を見守るしかないが、イコンの量産が可能になれば各学校共に自由にイコンに乗れるようになるはずであった。
 ルカルカ達は燃え上がり崩れ落ちる鏖殺寺院の拠点を背にしながら、投降した兵士たちに武装を解除してから街に行くように命じた。
「さあ、降伏しなさい!」
 ゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)
「よくもまあ戦ったよ」
 ロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)
「ふふふふふふ……」
 ザミエリア・グリンウォーター(ざみえりあ・ぐりんうぉーたー)等も同様に武装解除となおも抵抗する兵士の排除を行う。
 だがザミエリアは
「我がマスター、倒すのです。あなたの殺意とその銃で。それが闘争の礼儀ではありませんこと!?」
 とパートナーを煽る。
 そして抵抗する兵士の排除を積極的に行う。

 街中では大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が説得を行っていた。
「その日の小銭もなくて、連中に従がっとったんやろうけど、自分の足で歩む自由を、その手に掴むんや!」
 その上で泰輔は説く。
 かつて第二次世界大戦で敗戦国としてどん底まで落ちた日本。
 その国は奇跡の復活を果たし今や世界の中でも上位に入る大国だ。
「僕たち日本人にできたことが君たちにもできないはずがない。復興の支援は自衛隊がする。かつて君たちと同じ中東の国々を復興させてきた実績とノウハウがあるんや。それを信じたってんか」
「私たちはあなたがたに死をもたらすためにやってきた者ではありません!」
 レイチェルの言葉に反発する住民がいる。うちの息子はパイロットだった。あんたらに殺されたんだ。と。
「戦場に立つ以上は死ぬ覚悟、殺す覚悟ができていなければならない。貴方のご子息も覚悟は出来ていたはずだ」
 小次郎が説く。
 フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)。かつての天才音楽家が語る。
 武器を手に取っているけど、民衆にトリガーは引きたくない。と。
 そして加夜が物資の中から面白いものを見つける。キーボードだ。
「シューベルトさん、これ……」
 加夜が耳打ちする。
 シューベルトは頷いてキーボードをセッティングして音楽を奏で始めた。

 童(わらべ)はみたり 野なかの薔薇(ばら)
 清らに咲ける その色愛(め)でつ
 飽かずながむ
 紅(くれない)におう 野なかの薔薇
 手折(たお)りて往(ゆ)かん 野なかの薔薇
 手折らば手折れ 思出ぐさに
 君を刺さん
 紅におう 野なかの薔薇
 童は折りぬ 野なかの薔薇
 折られてあわれ 清らの色香(いろか)
 永久(とわ)にあせぬ
 紅におう 野なかの薔薇

 名曲、野ばらである。
 その楽の音は人々のすさんだ心を癒す。
 人々はキーボードの調べに耳を傾けた。

 その上でクレアは語る。
 教義だけが全てではない。新しい世界を用意している。と。
 それは涼司とコリマに<根回し>して用意してもらった洗脳を解くための専門施設だった。
 衣食住すべてが保証されている。
 未来に怯える必要がない世界がある、と。
 そこに、反発するものが現れた。
「だまされるな。寺院の教えは絶対だ。帝国主義者の犬の言葉なんか信じるな!」
(分かりやすい煽動者だねえ……)
 エイミーは煽動者を気絶させると猿轡を噛ませる。
「こいつは街のお偉いさんかい?」
 顔役だ。
 と誰かが答える。
「こいつは寺院の人間だね。あんたら街の人間を監視するために残されたんだ。寺院の連中は自分たちで火をつけて砦から逃げ出したくせに、ね」
 エイミーがそう言うと街の者たちはざわついた。
 確かに寺院は自分たちを見捨てて逃げた。鮮血副隊長以外は。
 そして鮮血副隊長は彼らが自分たちの生活を保証してくれるといった。
 その言葉を信じるしかないんじゃないのか? と。
 それは波紋となって広がった。
 鮮血副隊長の言葉を信じよう。
 そうだそうだ。
 そんな意見が広まっていく。
 あくまで寺院の人間として、寺院の偉い人が言ったから、見捨てた人間ではなく守ってくれた人間の言葉だから。
 それでも、と反対する人間がいる。そんな彼らの前に、一人の人物が現れた。
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)だ。
「わかった。我々の言葉を信じられないのも仕方がない。だから、誠意を示そう。この右目に免じて……」
 陽一は右目を抉り出そうとする。
「わかった。アンタらの誠意は分かった。だからそんなことはやめてくれ!」
 が、そう言って街の住人達に取り押さえられる。
「陽一くん、目ん玉抉り出すとは思い切った事するなー。いやー、止めてくれてよかったわー」
 ソラ・ウィンディリア(そら・うぃんでぃりあ)がそう言って街の住人に礼を言う。
 この一件が決定的な引き金となった。
 彼らのことを信じよう。
 とにかく明日の飯を口にするためにも信じるしかない。と。
 街の人々の中にそんな機運が広がった。
 そして、自衛隊の輸送機がやってきた。
 野外炊飯車両や野外洗濯車両、業務用ミシン、様々な生活必需品。そういった物資を満載した輸送機の到着に、人々は興味を示した。
 そして鮮血副隊長の言葉が嘘ではない、と確信した。
 トライブの、鏖殺寺院の立場を利用して街の人々を救うという考えはこうして成功にいたったのである。
 彼は仮面を外して鹵獲したと言ってシュヴァルツ・フリーゲを提供すると、すんなりとその場に参加していた。そして事の成り行きを見守っていた。
 自衛隊の輸送機の中から、一人の少女が降りてきた。オリガである。
 自衛隊が夕食用にと野外炊飯車両で調理を開始する中、オリガは街の婦人たちと共に料理を手伝った。
「戦争が終わって、寺院がなくなってもあたしの子供たちは帰ってこないんだねえ……」
 一人の夫人がそう言った。
「お子さんは、パイロットですか?」
 オリガが恐る恐るそう聞いた。
「ああ。オトとエル。っていうんだ。戦死したって聞かされてねえ……」
 それを聞いてオリガの調理の手が止まる。
「ふむ……オト・バング・ラフター。これだな。パートナーがエル・バング・ラフター。兄と妹のようだ……」
 教官の言葉が、脳裏に蘇る。
「バング・ラフターさん?」
「そうだよ。どうして知っているんだい?」
「いえ……その……」
(私が貴方の大切な人を殺しましたと言って何になるでしょうか。私は虐げる者でした。自らの悪はどうすれば裁けるのでしょう……)
 オリガは心のなかでそう懺悔する。
「俺が蒼空学園の校長、山葉 涼司だ。俺が今回の戦争を考えた張本人だ。そして俺はイコンであんたらの家族を殺した。戦争だから仕方が無いという言葉では許されないことは分かっている。どうしたら俺は許される?」
「許されることはない。一生罪を背負って行きていくしかない」
 涼司の言葉に、トライブがそう言った。
「人間ってのは罪深い生き物だ。そういうもんだ……」
 トライブの言葉に、街の住人の一人がこう言った。
「あんたらのなかにだって戦死した人間はいるんだろ? だったら同じさ。俺達だって寺院に従って人殺しをした。人殺しをさせた。そして戦死させた。みんなおんなじさ」
「そうか……」
 涼司はそう呟いた。
「こういう作戦は、テロリストを製造するわ。あたしが小さい時もそうだった。だから、寺院との戦いは仕方が無いけど、街の人を巻き込むのはなくてよかった。そう思ってる。山葉校長、あとで米軍にきつく文句言っておいてね」
 茉莉がそう言う。
「ああ、わかった」
 そう答えた涼司のところに、自衛隊の幹部がやってきた。
「山葉校長、工藤一等陸佐であります。この街は下水道は整備されていますが上水道は整備されていないようです。浄化水槽の設置は行ないますが、上水道の整備は公共事業として行なったほうがいいでしょう」
「そうか。蒼空学園が出資して、街の人に職を与える。自衛隊は生活必需品と食料の配給を頼む。いずれ、食料も自給できるようにならないといけないだろうがな」
「はっ。それは長いスパンで行う必要があるでしょう。我が国としても農業指導などで人材を派遣する用意はあります」
「わかった。そこら辺は総理大臣と会談したときに考えよう。祖国のことを信じさせてくれ、陸佐」
「はっ。お任せください。取り敢えずは、洗脳の解除が先決でしょうが……」
「そうだな。では、下がっていい」
「失礼いたします」
 敬礼をして工藤一等陸佐は下がっていった。
 それから涼司は加夜を探した。
 シューベルトと一緒に歌を歌っていた。
「ただいま、加夜」
 笑顔で。ただいまという。
「おかえりなさい、涼司君」
 加夜も、笑顔で。
 そして、作戦は最終段階を迎えた。
 


 追記:忍の料理が小隊のメンバーに振舞われた。非常に美味だったそうで、他の部隊の分も作る羽目になった忍だった。