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リアクション
第2章
『踊るシイタケ』の採れる場所からほど近くに池がある。
水面に煌めく太陽の光が美しい。
池の水は澄んでおり、中がよく見えた。
水底に揺らめく水草や灰色のザリガニ、人の手ほどもありそうなメダカ、転がって移動しているタニシ、そして大群で泳いでいるイケイケ秋刀魚の姿を捕える事が出来た。
一番浅いところで3メートルほど、一番深い場所では20メートル以上の水深となっている。
広さは……体育館2つ分くらいだろうか。
それなりに広い。
ここでは、それぞれが思い思いの獲り方を楽しんでいた。
「マスター……私が泳げないの知ってますよね。川や池や海に近づくのも怖いって知ってますよね? どうして、あえて秋刀魚釣りに来てしまうんですか!? どうしてそんな意地悪するんですかっ!?」
和原 樹(なぎはら・いつき)に泣きそうになりながら抗議の声を上げているのはセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)だ。
「あ、ごめんセーフェル。あんま深く考えずに決めたから……」
「そん……な……」
樹の言葉にがくりと膝を落とすセーフェル。
セーフェルに言いながら、樹はカゴに撒き餌用の淡水海老を詰めている。
「いい加減諦めたらどうだ? もうここまで来ているのだしな」
「思いっきり他人事じゃないですか!?」
釣り場にアシッドミストで霧を出しているフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が追い打ちを掛ける。
アシッドミストで出した霧はほとんど無害なレベルのもののようだ。
霧は樹達がいる周辺のみで他の人達の迷惑にならないように配慮されている。
「なぜ霧なんだ?」
霧を出した真意を問うたのはヨルム・モリオン(よるむ・もりおん)だ。
「ああ、この池の秋刀魚の特徴を聞いたらサングラスをしてるというからな。光が苦手なんじゃないかと思って霧で日光を少し遮ってみた」
「なるほど」
フォルクスの説明に納得したようだ。
「出来た!」
樹の手には竿が握られている。
撒き餌を詰めたカゴを吊るし、釣り針にも淡水海老を付けた竿だ。
「はい、セーフェルの分」
「ありがとうございます……」
樹は一緒に作っていたセーフェルの分の竿を渡した。
セーフェルは竿を受け取ると竿が池に届くぎりぎりのところに座り、釣り糸を垂らし始めた。
「そんなところからじゃ、難しいんじゃない?」
「分かってるんです! でも……でも、やっぱり池に近づくのは嫌なんです……!」
セーフェルは樹に精一杯の主張をしたのだった。
「俺は池の上を飛んでくるとしよう。群れを見つけたら誘導出来ないか試してみる」
「うん、ありがとう」
ヨルムは樹にお礼を言われると、照れているのか無表情になってしまった。
その無表情のまま、彼は柄のついた網を持って群れを探しに行った。
それを見て、くすりと笑いながら樹は釣り糸を垂らし始めた。
しばらくそのままゆったりと時間が流れる。
違う場所では競争をしているのか賑やかな声が聞こえてくる。
「……なかなか釣れないものだな」
「うん、そうだね……って、あんたは霧出した以外は何もしてないじゃないか!」
樹の横でまったりと座っていたフォルクスに樹のツッコミが入った。
「何を言っている。霧も立派な仕事じゃないか。それに我には釣りをしている樹を愛でるという重要な役目が――」
「そんな役目はないから!」
相変わらずのいちゃいちゃぶりを発揮していると、池の方から水面を叩く音が聞こえてきた。
ヨルムが持っていた網を池に入れた音だ。
どうやら群れを発見し、ついでに群れの中に網を突っ込んでみたようだ。
網を池から取り出すと、何匹も入っている。
それを持って、樹達の方へと戻ってきた。
戻ってきたヨルムの元へと3人が近寄り、網の中を4人で覗きこむ。
中にはサングラスを付けた秋刀魚が10匹ほど、そして体にピンクのラインが入ったメスが1匹入っていた。
「やった!」
樹が嬉しそうに声を上げる。
それを見て、フォルクスも嬉しそうだ。
「これじゃ、まだ足りないよね……もっと頑張ろう! もしかしたらビギナーズラックで釣れるかもしれないし」
樹の言葉で釣りが再開されたのだった。
しかし、これ以降オスは釣れるもののメスが釣れることはなかった。
「ふ〜……この辺りで釣りますか」
御凪 真人(みなぎ・まこと)は今回一緒に来ているトーマ・サイオン(とーま・さいおん)に話しかけた。
「おう! そうだな!」
トーマは元気よく返す。
「今日は晴れてて釣り日和だよね!」
一緒に釣る事になった九条 イチル(くじょう・いちる)が伸びをして、空気をいっぱい吸い込んだ。
体の中に湿気を含んだ爽やかな空気が入って来る。
「はぁ〜……空気が美味しいなぁ」
「そうなのか!?」
イチルの言葉を聞いて、目を輝かせたトーマは深呼吸をする。
何回かして、首を傾げた。
「普通に空気だぞ?」
トーマが言うと、真人、イチル、ファティマ・ツァイセル(ふぁてぃま・つぁいせる)から自然と笑いが漏れた。
そして和やかに釣りが開始された。
「イチル、釣りのやり方はっちゃんと知ってるのかな?」
「えっと……ご教授お願いします」
ファイティマはイチルに丁寧に釣りのやり方を教える。
「平和ですねぇ」
その横ではのんびりと釣り糸を垂らす真人。
一通りやり方を教え終わると、ファティマは持ってきていた淡水海老を釣り針のある辺りに撒いて行く。
隣でやっている真人のところにも行くように配慮までしているようだ。
「釣って釣って釣りまくるぞー! よぉーっし頑張るぞ! ファティマ! どっちがいっぱい釣れるか勝負しよう!」
「おや? 僕と勝負するの? ふむ……たまには釣りもいいかもね。手加減はしないよ?」
「その勝負には俺もまぜて下さい。どうせならその方が楽しそうですから」
イチルの提案にファティマも真人も乗り、のんびりとした勝負が始まった。
「うぉっしゃー! 見つけた!!」
釣り勝負開始と同時に叫んだのはいつの間にか側を離れていたトーマだ。
その手には網が握られている。
池の中を真剣に見つめ、狙いを定める。
瞳が光ったと思ったら、網を水中へと入れた。
そして一気に引き上げる。
網の中で何かがぴちぴちと動いているのが見えた。
「獲れた! 獲れたー!」
嬉しそうに真人のもとへと走ってきた。
真人が中を覗くと、どれもこれもサングラスが掛かっている。
「目当てのメスは……いないようですね」
「残念! でも……気になってた事があったから良いや!」
「気になっていた事?」
真人が聞くとトーマは悪戯っぽく笑って、秋刀魚を一匹網から取り出した。
顔をじーっと見てから、えいやっとサングラスを外した。
すると、秋刀魚は眩しそうな顔をして……イケイケではなくシオシオになってしまった。
その様子はまるで、若者から急に老人になったような変わりよう。
興味深そうに見ていた真人とファティマは、へぇと声を漏らした。
イチルとトーマはその変わりように目を輝かせた。
「あ、そうだ、痛まないように秋刀魚を氷術で凍らせちゃうね!」
イチルがそう申し出たが、真人がオスはいらないからと、逃がしてしまった。
シオシオになってしまった秋刀魚はサングラスを戻し、水の中へと入れると元のように泳ぎだした。
「……よくこんな面白い魚を食べる気になったものですね。一番最初に食べた人はかなりの度胸があったのか……馬鹿か……」
「もしくは、よっぽどお腹が空いていたんじゃないの?」
真人が呟いていると、ファティマが突っ込んだ。
「ああ、その可能性は大きいですね」
こうして、この釣りはほのぼのと進んで行ったが……オスしか釣れなかったようだ。
池の違う場所では四谷 大助(しや・だいすけ)と四谷 七乃(しや・ななの)、グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)とメガエラ・エリーニュエス(めがえら・えりーにゅえす)の組みに別れて秋刀魚を獲っていた。
大助は空鍋を持った七乃を肩車し、軽身功を発動。
水面の上を走り出した。
「マスターすごーい! はやーい!」
「あんまり暴れるなよ!? 落ちる落ちる!」
「はーい!」
肩車をしてもらいながらの猛ダッシュは楽しいらしく、きゃっきゃっと騒いでいたのをたしなめられてしまった。
大助がちらりとグリムゲーテ達の方へと目線をやると、大人しく釣りを……しているわけもなく、メガエラが少し癇癪を起しかけているように見えた。
「これで10匹目! フィーッシュ!!」
グリムゲーテの竿は絶好調のようだ。
それに比べてメガエラの竿は絶不調……まったく掛かっていない。
隣で釣りをしているのにこの差は凄いかもしれない。
「ま、負けねーぜ……これくらいじゃ引き下がれないぜ!」
涙目でメガエラは竿を握る。
「マスター、マスター!」
「ん?」
そっちの方へと意識を集中させていたのを七乃に戻された。
「足元にいっぱいいますよ!」
「おお! 本当だ! んじゃ、行きますか!」
「はーい!」
大助は秋刀魚の群れの中へと手を突っ込み、熊よろしく魚を掬い取っていく。
うまい具合に上へと上げ、それを七乃が空鍋でキャッチしていくのだ。
「うりゃーーっ!」
「マスター、さすがー!」
大助は群れの奥の方で少し見えたピンクのライン目がけて手を入れる。
そして、水上へと踊り出た秋刀魚は……メスだ。
少し横へとずれてしまったが、七乃が体を乗りだしキャッチ。
「やったけど――落ちるー!」
傾いた体が元に戻ることはなく、そのまま池の中へとダイブしてしまった。
「ぷはっ! 大丈夫か!?」
「七乃だいじょーぶです! お魚さんも無事ですよ!」
お鍋の中にちょっとだけ池の水が入っただけで、魚は1匹も逃げていない。
「よくやった!」
「はい!」
大助は七乃を褒め、頭をくしゃりと撫でた。
「それじゃ、上がんないとな……行くぜ?」
大助は七乃を再び肩車すると、軽身功で池の上は走り、なんとか岸まで辿り着く事が出来たのだった。
慌てて2人に寄ってきたのはグリムゲーテとメガエラだ。
「大丈夫!?」
グリムゲーテは自分が持ってきたものやスキルでなんとか出来ないかと考えたが……良い案は出てこなかったようだ。
「なんで……なんで……あんなアクシデントがあったのにあたしより獲れてるんだぁー! ま、負けられねー!!」
メガエラは心配していたはずなのだが……自分の負けず嫌い魂に火が付いてしまったらしく、釣りを再開してしまった。
「もう良いんだぞ? けっこう獲れてるから十分だ」
「私もかなり釣れたから、もういいとは思うけど……」
大助の言葉にグリムゲーテが賛同をするのだが――
「うるせー!」
メガエラは全く聞く耳を持たない。
「へっくち!」
「大変!」
七乃が女の子らしいくしゃみをすると、グリムゲーテは濡れていたことを思い出した。
「あ、そうよ! ちょっと待っててね、なのちゃん!」
そう言うと、グリムゲーテは木々の中へと入って行き、すぐに戻ってきた。
その手には乾いた枝が幾つかある。
枝を地面にまとめて置き、七乃に火術を使うように言う。
すぐに火術を発動させ、小さな焚火が出来た。
大助と七乃は脱げるところまで脱ぎ、焚火に当たりながら、メガエラの気が済むのを待ったのだった。
「くそー! なんであたしだけ獲れないんだーーっ!」
池の周りをうろうろと歩いているのは坂上 来栖(さかがみ・くるす)だ。
「暇つぶしに来てみましたけれど……けっこう秋刀魚を狙って人はいるのですね。……おや? あれは……衿栖さんですね」
来栖は知った顔を見つけるとそっちの方へと歩き出した――が、すぐに様子が変わる。
「衿栖おねぇちゃ〜んっ!」
駆けだして、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の胸へと飛び込んだ。
まるっきりさっきとは雰囲気が違う。
「ああ、今日はくるすさんの方でしたか」
どうやら人格が変わるのはそう珍しい事ではないらしい。
「一緒に頑張ろうね! リーズ、ブリストル、くるすさんにご挨拶なさい」
衿栖がそう言うと、2体の人形がぺこりとお辞儀をした。
「よろしく〜」
くるすは左手でブリストルと、右手でリーズと握手をした。
「オレもいるんだぜっ!」
ずいっと前に出てきたのはルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)だ。
くるすの肩をぐいっと抱き寄せた。
「わわっ! ルーおねぇちゃんだぁ!」
くるすは顔がほころんだ。
「くるすもね、おさかなつりにきたんだよ〜いっぱいつるんだ〜!」
「そうかそうか! 頑張ろうな!」
挨拶が終わると、3人は腰を落ち着けた。
「あっちは騒がしいなぁ……こっちの秋刀魚が逃げちゃうよ〜」
3人の様子を横目に少しだけ離れたところで1人、釣りをすでに始めていたのは茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)だ。
釣り針のある辺りに時折、撒き餌を投げている。
3人+2体はわいわいがやがやと釣りを始めた。
「さぁリーズ! ブリストル! いきますよ!」
衿栖はそう言うと、指や腕を動かし、2体の人形を操った。
リーズとブリストルの持った釣り竿が綺麗に放物線を描く。
当の本人はアウトドアチェアで寛いでいた。
「つれるかなぁ〜、つれるかなぁ〜♪」
にこにこしながら、その横で釣り糸を垂らしたのはくるすだ。
「こいやーっ!」
ルーフェリアは叫びながら釣り竿を振った。
それからしばらく経つと……。
「ハッハァァァァーー!!!」
釣りあげる度に叫ぶルーフェリア。
今頃シイタケの方では、この声が少しだけ妨害してしまっていることだろう。
「きたきたきた〜! フィーッシュ!」
衿栖が指を動かし、リーズの釣り竿を上げると、そこには立派なサングラス付き秋刀魚がいた。
この2人はそれなりに釣りあげているのだが……その横でほっぺたを膨らませている者がいた。
くるすだ。
「あきたぁ〜、おさかな全然つれないよぅ」
2人の間で釣っているのだから秋刀魚がいないわけはないのだが、どうにも釣れない。
「まったく、あなたは飽きっぽすぎるんですよ。釣りっていうのは忍耐の勝負なんですよ、もう後は私がやりますから寝てなさい」
ここで人格が入れ換わったようだ。
今までの幼いくるすは釣りに飽きて交代してしまった。
――が。
「…………なんですかもうっ、メスならまだしもオスですら釣れないてどういうことですか! サングラスなんかつけてエサ見えてないんじゃないですか!?」
結局、釣れていない。
「ハッハァァァァーー!!!」
「フィーッシュ!」
他の2人は順調に釣りあげているというのに、全くかからない。
「おやぁ〜? 来栖さん、まったく釣れてませんねぇ」
「うっ……な、何言ってるんですか!? 私の本気はこれからですよ! これから! 本気だしたらしたらここのサンマ釣り尽くしちゃいますからねっ!」
衿栖の言葉に焦る来栖だが、焦ってもまったく当たりがない。
「ハッハァァァァーー!!! これで30……と、これがメスか」
「なっ!! べ、別に釣れてる人が羨ましいとかは……まったくもって! 全然! 思ってませんから!」
ルーフェリアのメスが釣れた報告がかなり悔しかったらしい。
ちょっと手が震えてる。
「やは〜、良い感じで釣れてるみたいだねルーさん。それに〜、来栖さんと衿栖さんと……朱里さ〜ん」
朱里だけ少し離れているので少し叫んだ。
何やら強烈な匂いをさせてやってきたのは月谷 要(つきたに・かなめ)だ。
匂いの元は抱えている茶色い紙袋からだ。
「要? 何処行ってたんだよ」
ルーフェリアが聞くと茶色い紙袋を開いて、見せた。
中にはほくほくの銀杏が入っていた。
湯気が出ていて、今温めてきたのはよくわかった。
「やー、あっちの方で銀杏が一杯あってね。お土産用に拾ってきたんだよぃ。ちょっと一口〜……」
要は6粒ほどを手に取り、口の中へと放り込んだ。
美味しそうに頬張っていたのだが――
「オウフ!」
「カナメェェーーー!!」
鼻血を大量に吹きだしてぶっ倒れた。
「何事ですかー!?」
来栖と衿栖が同時に叫ぶ。
1粒でも確実に鼻血が出る銀杏をそんなに欲張って食べたのだから当然の末路と言えよう。
「まったく……本当に騒がしいなぁ……あ、秋刀魚の群れ発見」
朱里は五月蠅いので移動する為に立ったのだが、それが功を奏したようだ。
煌めく秋刀魚の群れを見つけることができたのだから。
よく狙って、投げ込む。
こうして、真面目に釣っていた朱里が一番多く釣ったのだった。
「まだ……まだ……いけるよ……ぃ……オウフ」
「カナメェェーーー!!」
要は無謀にもこの後10粒以上食べ、貧血で倒れ、ルーフェリアがおぶって帰ったのは言うまでもない。
「う〜ん……オスばっかりが釣れちゃったね」
「ああ、だが、自分で頑張ることに意味がある。さ、次に行こう」
「うん!」
ホイップと黎は次の食材を求めて歩きだそうとした。
「良かった、ホイップ……ここにおったか」
走って近寄って来たのはジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)だ。
「何かあったの?」
「ああ、少しやっかいな事態だ。一緒に来てもらえるか?」
「うん!」
ジュレールに導かれ、ホイップと黎は黒いイチョウが生えている場所へと移動していったのだった。
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