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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

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第3章


 別室の大部屋。
 正面にメルカトル図法の世界地図が映る巨大モニターと、周りに小さなモニターが据え付けられている。
 手前には液晶画面や各種スイッチ、キーボードが並ぶ操作盤。それらの席に着いているのは青 野武(せい・やぶ)シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)、天貴彩羽、クド・ストレイフ、風羽斐、翠門静玖ら、「地上管制」担当の面々。
 彼らの口からは、
「『OvAz』飛行順調、現在速度毎時300キロ」「全天の迎撃衛星、いずれも動作認めず」「『OvAz』各系統異常なし」「搭乗者に変化なし」「天候晴天のまま変化なし」「探査船〈迷子ちゃん〉よりのビーコン、感度良好。現在位置測定」「先は長いんだ、のーんびり行こうぜぇ」
等の言葉が飛び交っている
 管制室だ。
 その作りは、操縦室と同じく手の込んだものとなっている。
「わぁ」
 ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)が、操縦室に入った九条イチルと同じような声を上げた。
「飛んだねぇ。あそことかそっちのテレビに何か映ってる。加夜、加夜、あれって何?」
 ノアが、隣に座っている火村 加夜(ひむら・かや)の袖をつまむ。
「うーん。私にも分かりませんねぇ」
「前の方に座ってる人達は、ちゃんと分かってるのかなぁ?」
「多分そうでしょうね」
「へー、すごいねぇ?」
「ええ。とってもすごいですねぇ」
 ノアと加夜は、管制室後ろに据えられたひな壇の一画に座っていた。彼らだけでなく、手空きの参加者が全員座って、今は第1フライトの経過を見ている。
「本当に飛んでますね」
 そう呟くのは、第2フライトに搭乗予定の赤羽 美央(あかばね・みお)。隣に座る四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が微笑んで、
「仮想現実だから、『本当に』飛んでるわけじゃないけど……宇宙船が滑走路から飛び立つなんてのも、現実じゃ絶対見られないわね」
と言いながらモニター群に見入る。
 そのうちのひとつには、全身をピンク色の光に包んだ「OvAz」の三面図が表示されていた。
 「OvAz」の姿は、いわゆるスペースシャトルの形だ。ズン胴ボディで、主翼が後ろに大きく広がっているデルタ型飛行機。鼻先は丸く突き出ており、犬のようだ。
 だが、最大の違いは尾部にある。
 本来なら大小何口かのノズルが生えているはずのその箇所は、半球状となっていた。
 理由は明白だ。
(必要ないから)
 『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)は、胸を高鳴らせながらその三面図を見つめた。
(必要ないから……「OvAz」は、全身に噴射口をまとっているようなものだからな)
 〈魔力増幅素子〉――単に〈素子〉と通称されるそれは、魔力や超能力を増幅させるという。それらは機体全体を覆い、現在は搭乗者の「サイコキネシス」を増幅させ、推力としている。現在は機体背面と、後ろ半分から推力を吐き出しているという形になるのだろうか。
 ある意味凄まじく馬鹿げていて、そして何て贅沢な設計なのか。
 推力発生箇所を自在にコントロールできれば、不可能な機動は存在しない。現在は旅客機程度の速さの飛行に留まっているが、大気圏を突破して宇宙に行くというのならその潜在能力は莫大なものとなる。〈素子〉から発生させられる魔力や超能力――いわゆる「スキル」全般は「サイコキネシス」だけじゃないから、やりようによっては大気圏突入時に熱を受けない事も可能ではなかろうか? 「ファイアプロテクト」や「フォースフィールド」を重ね掛け? いや、推力すなわち「燃料」が搭乗員のSPに依るというなら、タブレットなどの回復手段を確保してあれば、そもそも「大気ブレーキ」なんて手段を取る必要そのものが……
「……あ」
 アンノーンは横から肘でつつかれて、我に帰った。
「らしくありませんね、アンノーン。口を閉じなさい、みっともない」
「……あぁ、失礼。つい見とれてしまった」
 ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)に言われて、アンノーンは慌てて口を閉じる。
「『OvAz』は凄い。仮想存在というのが本当に残念だ」
「そもそも実現できるのでしょうか? あの〈素子〉というのも相当胡散臭いんですが?」
「ゼレンという男の頭の中では、理論は出来ているのかも知れない。活性化の要件が細かくて、効率性に欠ける――ただのホラなら、もう少し扱いやすい設定にするだろう」
「理論は完璧なだけ、なのかも知れません。そうでなければ小規模な実験ぐらいやっているはずです」
「あるいはプローモーションをやって、研究開発のスポンサーを募るつもりか……もし自分が小金を持っていたら、是非とも投資したい所だ」
「あなたはハンコの類は持たない方がいいかも知れませんね、アンノーン。うまい話には気をつけて下さい」

 「OvAz」がパラミタ大陸のトワイライトベルトを抜けて数分後、ルカルカ・ルーがマイクに向かって告げた。
「進路回頭、上昇フェイズへ」
と指示を出した。
 正面の世界地図で、パラミタ大陸を出て西方、東南アジア地域近辺を西に向かって進んでいた光点が、その方向を180度変える。
 正面地図、オセアニア近辺に新たなウィンドウが開き、「OvAz」の進路を横から見た模式図が表示された。
 機首が仰角を取り、上昇する。
 ――わざわざパラミタ大陸を出て、地球洋上から大気圏突破を目指すのは、ザンスカールから直接上昇すると「パラミタの宇宙」に出てしまうからだ。前人未踏のその領域は、さすがに設定はされていない。
 高度40キロメートルを超えた辺りで再び加速。
「お父さん、お父さん」
 ひな壇に座る青 ノニ・十八号(せい・のにじゅうはちごう)が管制席の野武に声をかけた。
「その高度だと空気が薄いから翼はもう要りませんね。翼部を切り離しましょうよ」
「それは短絡というものですよ」
 そう答えたのは野武ではなく、シラノだった。
「空力飛行は大気圏再突入後にも入るフェイズです。それに、主翼尾翼にも〈素子〉コーティング面がありますのでパージの意味はありませんよ」
「あぁ、そうでした。全身がエンジンなんでしたっけねぇ?」
 高度80キロメートルでエースが「防御系スキル使用」と指示を出した。
 ほどなくして、三面図が映っている画面の端に文字列が並んだ。
   「フォーティテュード」
   「オートガード」
   「ディフェンスシフト」
   「ファランクス」
   「アイスプロテクト」
   「ファイアプロテクト」
 いずれも防御系スキルだ。
 贅沢な防御態勢だ、とひな壇の七尾 蒼也(ななお・そうや)は思った。
(どんだけガチガチなんだよ?)
 高度100キロメートルに到達した時点で青野武が宣言した。
「『OvAz』第一宇宙速度に到達、大気圏突破を確認。宇宙飛行達成です」
 管制室内に「おぉ」とどよめきが広がった。