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未踏の遺跡探索記

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第3章 迷子のちびっ子と空白の子 3

 エレクトリック・オーヴァーナイト(えれくとりっく・おーばーないと)にとって、謎と神秘は己の欲求を満たす最高の蜜であった。いわゆるそれは……好奇心と探究心と言う言葉でも言いあらわすことができる。
 まるで花に誘われる蜂のように、エレクトリックは謎へと己が身を捧げる。絶えずにこやかに笑みを浮かべる顔は、妖艶な女王蜂を彷彿とさせた。
「さて……私を満足させられるものはあるのかしらね?」
「あ、ねぇねぇトリックちゃん! ここ明らかに人の手が入ってる! 魔道書を持った子が通ってた場所かも!」
 エレクトリックを呼ぶのは、彼女のパートナーである別名象牙の書 エイボンの書(べつめいぞうげのしょ・えいぼんのしょ)だった。エインという愛称で呼ばれる彼女は、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように先へ行きながら、エレクトリックを手招く。
 とても無邪気で、愛らしい少女だった。だが――エレクトリックはそれが、彼女の真の姿を隠す虚像だということを知っている。
「ねぇねぇ、なんかこう……感じない!? トリックちゃん!」
 歩みを進めるにつれて、エインは興奮したように目を見開いた。同じ魔道書であるためだろうか。エインの心は、どうやら魔道書の力を感じとっているようだった。
 この先に……魔道書はあるのだろうか。
 エレクトリックとエインは先を急いだ。魔道書が自分の好奇心を満たしてくれる“面白いもの”であることを、期待して。



 流水にように靡く黒髪があった。はかなげで、それでいて美麗たる姿。恐らくはきっと、この遺跡に住まう精霊的かつ超次元的な神々しい何か――なわけはなく、師王 アスカ(しおう・あすか)は楽しげに神殿の内装を眺めた。
「すご〜い! まさに遺跡って感じねぇ。ここに魔道書を持った神秘的少女がいるのね! 遺跡に彷徨う少女……うう〜ん! 創作意欲が沸いてくるわぁ」
「獣人すら近寄らない遺跡か……リーズ、元気にしてるかな……怒りっぽい子だったから無茶してなければいいがな……」
「あら〜ん、ルーツちゃんったら何? 誰よ、リーズってぇ〜。ふふっ、恋わずらい?」
「なっ……ベル! からかわないでくれ!」
「あーらら、照れちゃって、可愛い〜」
「あのなぁ…………てめえらっ、少しは緊張感持ちやがれ! 特に女悪魔! 俺はパーティの件、まだ許してねぇからな!」
 探索中のアスカはまだ冷静だから良いとして、パートナーたるルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は、何やらリーズなる娘の話について盛り上がっていた。そんな彼らに、蒼灯 鴉(そうひ・からす)の喝が入ったのは、まあ仕方のないことだろう。
 だが……気まぐれかつ気楽なベルが、そんな真面目なことを聞く耳など、持つはずなく。
「何よ〜、バカラスのくせに! このキス魔!」
「キス魔? 鴉はキス魔なのか?」
「誤解を招く言い方すんな!」
 鴉が注意すると、ベルはぶーぶーと文句を口にし、ルーツはわけもわからず首をひねる。もう、しっちゃかめっちゃかである。とはいえ、そんな中でも、それが日常茶飯事なのか、アスカは探索を続けていた。
「魔道書の娘を見つけたら、新作の絵を描く為に是非絵のモデルになってもらわなくちゃっ」
 気合を入れるアスカ。
 それを尻目に、ベルと鴉はいまだに言い争っている。それなりに……彼女たちは今のところ平和であった。



「うう……すっかり女の子同士のお出かけ状態ではないか」
「えー、嫌ですか? ……三成さん、こんなにかわいいのになー」
「あ、こら、頭を撫でるのはやめろ」
 遺跡を歩む一団――その中において、黒髪のセミロングをくせなく垂らす少女は、自分の頭を撫でてくる手を振り払った。
 が、その撫で撫でしてきた娘、東雲 いちる(しののめ・いちる)が哀しい顔をすると、真面目な性格が災いしてか、なぜか不条理な罪悪感に苛まれる。
 私か、私が悪いのかっ!?
「うう……左近、どうしたらいい?」
 誰かも知らぬ名を呼んで助けを請う石田 三成(いしだ・みつなり)。が、いつも抱いているきつねのぬいぐるみを見つめていたせいか、足もとがお留守になっているようだった。
「ああ……三成、ぼうっとしてたら階段に転んでしまうわ」
「うわっ……っと、あ、ああ……助かった。ありがとう、メアリー」
 事実上、転びかけたわけだが、メアリー・グレイ(めありー・ぐれい)が手を差し出したおかげで、なんとか三成は難を逃れた。普段は厳しく謹厳なメアリーも、さすがに幼き少女――の見た目になってしまった不本意な戦国武将――三成には少なからず甘いといったところだろうか。
 そんな、三成にとってなんとも気の進まない一団……その目的は、いまもどこかで探索を続けているであろうシェミーと同じく、噂の魔道書を持った少女であった。
「魔道書の娘か……なんか、前に似たような娘を見た気もするんだよな……」
 ポニーテールを揺らすさばさばとした女――シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は呟いた。その容姿は、かの24時間マラソンを走りきった女王候補ミルザム・ツァンダと瓜二つであり、見る者の目をまず疑わせることが当たり前の日常となっている。
 とはいえ……そんな見る者の認識を途端に覆させるのは、その性格にあった。いくらミルザムと容姿が似ていようと、その性格までは似ているわけではないらしい。むしろ、その男性的かつ直線的とでもいうべき性格は、ミルザムとは似ても似つかないといったところだ。
 初めはその見た目に驚いた者も、ああ、なるほど別人なのね、とすぐに納得するのはそれ故である。――なぜか微妙にがっかりされるのは、本人的にはいかがなものかといったところだが。
 いずれにしても、誤解が解ければなんということはない。彼女はシリウス・バイナリスタ。それ以下でもそれ以上でもないというわけだ。
「似たような……娘ですか?」
 シリウスに返事を返したのは、東雲 いちる(しののめ・いちる)であった。彼女はきょとんとした顔をしており、言葉の意味を計りかねているようだった。
「いや……そいつもさ、確か遺跡に縛られたんだよな……。もし噂の娘がそうなら、何とか解決して自由にしてやりてぇなって思ってさ」
「……優しいんですね、シリウスさん」
「ばっ……恥ずかしいこと言うなよ」
 いちるの素直な感想に、顔を赤くするシリウス。こうしていると、男っぽい彼女も、女性らしい部分が十分にあると分かる。その可愛らしい様子に、いちるは少しだけくすっと笑みをこぼした。
「ふふ……シリウスがそんなに赤くなるのも、珍しいですわね」
「リーブラ……お前まで笑うなよ。余計恥ずかしくなるじゃねぇか」
 シリウスのパートナーであり、かの彼女とは対照的にかのティセラ・リーブラと瓜二つのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)は、いちるとともに、くすくすとシリウスにほほ笑んだ。
 シリウスとは違って、リーブラの話し方は、ティセラとそっくりであった。物腰が柔らかく、落ち着き払った気風あるお嬢さまのような接し方を除けば、確かにそこにいるのはティセラだった。
 だが――その僅かな一つ一つの動作には、確かに、彼女がオルタナティヴとしての証が刻まれていた。彼女がオルタナティヴとして生きていたことは、確かにティセラとは違った別個人としての印象を与えてくれる。
 それに……彼女の柔らかい笑みは、どれだけ顔が似ようと、彼女だけにしかできぬ笑みであった。
「でも、本当に……その少女が何かに囚われているのなら……助けてあげたいですわね」
「ほんと……。それに、どうしてそんなところにいるのかってのも、気になるしねっ! 気になったらとにかく聞いてみるのが一番! これ、重要、ね」
 篠宮 真奈(しのみや・まな)は、まさに彼女自身を表すかのような台詞をリーブラに返した。破竹の勢いとでも言うべきその単純さは、とにかく「気になったから」、もしくは「やってみたいから」に尽きる。
 おとなしくしていれば可愛い、あるいは美人の部類に入るものの、猪突猛進なそのさまを見ては、そんな印象も薄れるというものだ。
 だが――そんな彼女だからこそ、慕う者が数多くいるのもまた事実。
(思えば……私と真奈が出会ったのも、真奈の「気になった」がきっかけだったわね)
 著者不明 エリン来寇の書(ちょしゃふめい・えりんらいこうのしょ)は、同じ魔道書かもしれない、噂の少女のことを思った。
 もし魔道書であるなら――自分と同じように、これが外の世界や様々な友人と出会える機会になれば良い。希望的観測ながらも……エリンはそんなことを願った。
「……お、なんか変な音が聞こえてきたな」
「もしかしたら、噂の女の子が近いのかもしれませんね」
 シリウスたちは、通路の奥から聞こえてくる残響のようなものに耳を傾けて、歩み足を急がせた。



 遺跡となれば、人の手がそう届かぬのは至極当然のことだ。そして、そうなればやはりこれも当然のごとく、そこに息づく魔物たちとは出会わねばならないだろう。無論――シャンバラで遺跡に入るということは、そんなことは覚悟の上であるが、それがこんな得体の知れないものだと、話はまた別だった。
「はぁ……なんでこんなとこいるんだろうなぁ、わし」
 紅秋 如(くあき・しく)は深いため息をついた。
 先ほどまで戦っていた魔物――アンデットの亡骸を見下ろす。その不気味な姿と、何より実体を持たないくせに動くという、理屈もへったくれもなさそうな存在性に、如の背中に悪寒が走った。
 とかく、そう怖いものがあるわけでもない如だったが、幽霊的な類のものだけはどうにも苦手だった。恐怖というよりは、なぜ、こいつ動くの!? という風に頭がパンクを起こしそうになるのである。
 もちろん、そんなことを表に出すことはまずないが……どうやらこいつはそれを承知の上のようだ。
「如、何をしてるんだ? 早く行くぞ」
「……ちと休憩ぐらいさせてくれよ」
 すでに先へと歩み始めていた木月 楓(こずき・ふう)が、振り返って如を焦らせた。
 そもそも、遺跡にやってきたのは、この美しい金髪を靡かせる、戦い大好き金狐獣人のせいだった。考えるということをまずしないこの獣人は、魔道書らしきものを持った少女の噂を聞くと、さも当然のように遺跡へと向かった。
 ――如を引っ張ってゆくというおまけ付きで。
「いつまでも座っててもしょうがないだろ? それに、噂の女の子が他の人に見つかってしまうかもしれないし……出来れば、一番に見つけたいしな」
「……はいよ。んじゃ、行くか」
 楽しげに喋る楓の希望を、そうそう無下にできないのは、自分がお人よしだからだろうか。
 如は立ち上がって楓のもとまで向かった。
 しかし、これほどまでに楓に興味を抱かせる少女がいったい何者なのか。少しばかり、興味が湧いてこないではない、如だった。