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未踏の遺跡探索記

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未踏の遺跡探索記
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第3章 迷子のちびっ子と空白の子 1

 剣線が闇の中で浮かびあがった。
「フ……ッ!」
 気合を込めた呼吸とともに、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)の刀が一閃した。襲い掛かってきていたスケルトンの剣が、鋭い迅さを加えた剣戟で両断される。身体ごと回転すると、アシャンテは白骨を蹴りあげた。
 ついで、流れる動きで、アシャンテの手は腰のホルスターにかかっていた。
 無言のままに引きぬかれた左手の奪魂のカーマイン『黒龍(クーロン)』。さらに、刀をしまった右手には、いつの間にか光条兵器の拳銃『スィメア』が構えられていた。蹴りあげられた白骨は地に落ちていない。この間……シェミーはわずかなまばたきをしただけだった。
 瞬間――拳銃が咆哮する。
 連続して吼えた銃弾によって白骨は瞬く間に粉砕され、その姿は跡形もなくなってしまった。圧倒的な速さに、しばらく誰もが呆けていたが、それを破ったのはシェミーだった。
「やるなぁ、アシャンテとやら……! このあたしでもこれほどの腕を見るのはそうそうないぞ」
「……これぐらい、どうということはない」
 目を見張るシェミーに、アシャンテは表情一つ変えずに答えた。実際、彼女にとってはある意味日常的な運動の一つだったのだろう。何事もなかったかのように、彼女は拳銃を収めた。
「いやいや……これ、すごいことやで。こない粉々になんて、僕できへんもん」
 同じように、アシャンテの戦闘に感嘆した息を漏らすのは大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)だった。粉砕されて床に散っている骨を見下ろしながら、泰輔は素直に驚いている。
「一対一であれば……こちらの行動にも余裕は生まれる。しかし……多人数戦闘では……な」
 どれだけ褒められようと、アシャンテは決してうぬぼれたりはしなかった。むしろ、だからこそ……更に彼女は冷静さを増してゆく。敵は決して一体とは限らない。まして、このような遺跡とあっては、いつどこで出会うかも知れぬ。
「いやあ……真面目なんやね」
 アシャンテの瞳が周囲を警戒しているのを見てとったのか。泰輔は優しげにほほ笑んだ。決して、馬鹿にしているような嫌なほほ笑みではなかった。むしろ、アシャンテという人間を理解し、そして肯定しているかのような笑みだ。
 ……この男、頼りなさげだが案外……。
「おお、これはまたすごいところに出てきたぞ!」
 アシャンテの思考を、興奮した声が遮った。シェミーの声である。どうやら、いつの間にかまた勝手に動き回っているらしい。あれだけ好き勝手に動かれると、護衛の意味もないというものであるが……。
 アシャンテとともに、泰輔はシェミーの声のした方へと向かった。
「うわあ……こりゃ、すごいなぁ」
 そこは、まるで祭壇のような場所であった。幾人もが列をなして入れそうな部屋の大きさに加えて、様々な形に彫られた模様と意味深な柱が建っている。その最奥部にあったのは、どこかの神かと思わしき石像であった。
「これが……この遺跡の“神”なのか?」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は、石像をじっと見つめていた。獣のような獰猛な顔であるにもかかわらず、身体の部位は僧衣を纏った人間のそれである。どのような石像かは知らぬが……少なくとも、良い印象は持てなかった。
 さらに、顕仁の目を見開かせたのはそれ以外にもあった。広間の影に隠れてうずくまっている人影。いや、それは――
「死体……ですか」
 アンデットたちと立ち向かってきたシェミーたちにとって、その死体はある意味で珍しいものであった。
 腐敗して白骨がむき出しになってはいるものの、乾燥した肉がわずかに残っている。剣や鎧――地球的なものがまるで見当たらぬ様子を観察するに、パラミタが地球に姿を現す以前の者だと推測できる。
「ううーん、死体も興味深いが……それよりもこっちが優先だ!」
 またなにやら興味に突き動かされはじめるシェミー。一同はやれやれとばかりに彼女についていこうとするが、そんな彼女をせき止めたのは、透き通るような声だった。
「シェミーさん、ちょっと待って下さい!」
 振り返ったシェミーは、明らかに嫌そうに顔をゆがめた。と、いうのも……
「また勝手に行動するつもりですか? 少しはみんなのことを考えてあげてください。あなた一人で探索に来ているわけじゃないのですよ?」
 リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は、厳めしい表情でシェミーに言い聞かせた。
 この探索が始まって以降、この美しい顔立ちをした優しげな青年は、なにかとあってはシェミーに注意を呼び掛けているのだ。もちろんそれは、意地悪でも何でもなく、皆を心配してのことだった。
「あのなぁ……探索しているあたしを護衛するのがお前たちの役目だろう。あたしがどう動こうが、それはあたしの勝手だろうが」
「あなたが突出することで、周囲が迷惑をこうむる場合もあるのです。自分の興味が必ずしも周囲に良い結果をもたらすとは限りません。天才なのにそんなことも分からないんですか?」
 “天才なのに”……さすがに、その一言を言われては、シェミーとて穏やかではいられないようだった。
「オレはあなたを護衛する為に来ています。あなたを害する敵は排除しますが、あなた自身も自衛して下さい」
「いいか……て、ん、さ、い……だから教えておいてやる。物事には適材適所がある。そしてそれは、あたしは歴史考察であって、お前たちは護衛だ。となれば、あたしがあたしの考えで動くことは、まったく、なにも、これっぽっちも問題がないはずだ。……違うか?」
 理論的には合っているような気がしないではない……だが、そこには人間的な優しさや思いやりの姿は垣間見えなかった。さすがにピリピリとし始めているリュースとシェミーの様子に、仲間たちも心配そうな目を向ける。
「……まったく、これじゃあ売り言葉に買い言葉ってもんですなぁ」
 クドは、シェミーが最後の台詞を本心で言ったわけじゃないことを分かっていた。ハンニバルという幼い少女が一緒にいるからというのもあるが、どうにもこのシェミーという少女は少しばかり不器用な性格をしている気がした。
 そしてそれは、こうして一度ねじれたものを更にねじまわすのだ。
「ふん……あたしは自分の好きなものを調べるためにここに来ている。護衛をやめたければ勝手にするがいい」
 シェミーは怒りを隠すように冷静を装って、謎深まる石像に駆け寄った。
「シェミーさん、また勝手に動いたら……」
 鳳明の忠告も虚しく――台座に彫られていたくぼみをシェミーが押した瞬間、何かが外れる音が鳴った。
「わっ……!?」
 突然、床がばっくりと開いて巨大な大穴となったのだ。真下にあるは、一瞬で肉を串刺しにしそうな鋭い針の山。シェミーは、まっさかさまに舞い落ちた。
「うわあああぁぁぁ…………ぐぇ!」
「っと……危なかったね」
 咄嗟に伸ばされた天音の手が、なんとかシェミーの首根っこを捕まえた。ぷらーんと首を引っ張られるままぶら下がるシェミー。どうにか、窮地に一生を得たという気分だ。
 が、そんなぶら下がり人形状態のシェミーに追い打ちをかけるように、それまで静かに鳴っていた軋む音が、徐々に大きくなってきた。
「ね、これって……」
 それは、つい数十分前に聞いた音に、ひじょーによく似ており……ギリ、と、嫌な予感をぬぐえずに泰輔たちは振り返った。
 無論――大当たり、である。
「またかあああぁぁ!」
 護衛者たちの叫びが響き渡った。
 隠し部屋から出てきたのは、たくさんのうじゃうじゃアンデットたち。しかし、アシャンテの銃が容赦なくその頭へ吼えた。
「……予想通りだな」
 やはり、気を抜かぬことが肝要だ。アシャンテは自らに再度言い聞かせて、アンデットたちの頭部を撃ち抜いていった。こう人数が多ければ、刀よりも拳銃の方が機動性がある。
「顕仁、僕らもやらなしゃあない事態やね」
「…………そうだな」
 泰輔の声に答えた顕仁は、わずかに哀しげな色を瞳に湛えていた。
 先に飛び出した泰輔が、聖なる光?バニッシュ?を用いて死者を浄化してゆくのを見て、目が離せなくなる。自分は、英霊ではない。
(愚者は……死んでも愚者なのか)
 顕仁の目には、どうしてもあの蘇ったアンデットたちが他人には思えなかった。むしろ、自分の可能性の一部として見てしまう。ありえたかもしれない未来。それが、いま自分の目の前にある。
 彼らは、何を望み、何を守ろうとしているのか。そして、かつては何者であったのか。それを知る術はもはやない。死とは、そんなものだ。そして、真実の姿は忘れ去られ、幻想と虚像のみが、それを形作る。
 ある意味でその結果が、讃岐院顕仁という存在だった。
(ならばせめて……弔おうぞ……!)
 顕仁は、目の前で味方へと襲いかかってきたゾンビに火術を放った。幻想的な炎が、ゾンビを包みこんで腐敗の身体を屠る。
「未練? ……何に対して、だ?」
 誰ともなく、顕仁は呟いた。
 未練があったのは、ゾンビなのか自分なのか……呟く声を聞く者には、分からぬことだった。もしかすれば、それは顕仁自身にも。
 やがて、シェミーたちはアンデットを無事に葬り去ることができた。なんとか一息つけるというところだった。
 が――パアアァン!
「な、なにをする!」
 小気味良い音とともにシェミーの頬を平手打ちしたのは、リュースだった。彼の顔が、それまでの厳めしいものから、怒りを湛えたものに変化している。
「これがあなたのやり方ですか。これが、あなたの言う適材適所の結果ですか」
「お、おい、リュース、女の子を叩くのはちょっとまずいんじゃないかな〜とか、お兄さん思っちゃうんですが……」
 なんとか二人の間を収めようと入ってきたクドに、リュースがきっとつり上がった目を向けた。
「女の子なら駄目で、男だったら殴っていいんですか? それは違うでしょう」
「い、いや、まあ、そりゃあそうかもしれないですけどもね。なんだかんだでみんな無事だったわけだし、見てて楽しい御仁ってのは案外悪くないかもしれない……」
「…………」
「はは、あはは……」
 さすがに、クドののんびりオーラでもこの場は収まりがつかないようだった。
「ふん……しょせん、おまえたちに頼んだのが間違いだった! 護衛がしたくないやつは帰ればいい。あたしは一人でもこの遺跡の歴史を解き明かして――」
「あ……」
「シェミーさん!」
 憤慨してつかつかと歩き出すシェミー。声を漏らすクドと呼びかけてきた鳳明の声に反応して彼女は振り返った。地を踏み鳴らす彼女の視界が驚き慌てる仲間たちの姿を捉える。……視界が回転したのは次の瞬間だった。
 地がなかった。まるで、闇の底に消えてゆくように、シェミーの身体は宙に放りだされた。
 ――別名、落とし穴ともいう。
「のあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」
 シェミーの声は穴の底へ底へと小さくなってゆき、やがて……かすれるように聞こえなくなった。