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番長皿屋敷

リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「あーらら。なんだか、店の方では派手に始まっちゃったみたいだよ」
 大きな黒い羽根飾りのついたつば広の帽子を被り、顔の上半分を隠す仮面を被ったマサラ・アッサムが、隣を歩くペコ・フラワリーに言った。腰にはレイピアを佩(は)き、背には薄手のマントを羽織っている。
「あちらはリーダーに任せておけばいいでしょう。楽しみは分けてさしあげませんと。こちらはこちらで、ちょっと遊ぶだけですから」
 ミッドナイトブルーのパワードスーツに身を固めたペコ・フラワリーが、紫黒色のマントを軽く靡かせながら答えた。
 食堂番長のことを小耳にはさんだ二人は、そっと番長皿屋敷を抜け出して、裏道を辿って食堂番長の豪快食堂へとむかう途中であった。
 
    ★    ★    ★
 
「許せないですぅ、その食堂番長とかいう人」
 セシリア・ライトの話を聞いて、大型騎狼に乗ったヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)は怒っていた。
「でも、私たちだけで、本当にやっつけられるのですぅ?」
 さすがにヘリシャ・ヴォルテールたち四人ではちょっと心許ない気もする。しかも、ヘリシャ・ヴォルテールはリカーブボウを持っているが、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)たちは野球のバットしか持っていない。これで大丈夫なのであろうか。
「大丈夫ですよ。食堂番長に怒っている人たちは私たちだけではありませんもの」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、心配いらないとヘリシャ・ヴォルテールを元気づけた。
「ほら、あそこにもそれらしい人たちがいるですぅ。一緒にいれば大丈夫ですぅ」
 メイベル・ポーターが、ずっと前の方を歩くリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)たちを見つけて言った。
「本当に大丈夫なのか?」
 キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が、心配そうにアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)に訊ねる。
「大丈夫だって。コミフェスで表モードをクリアした僕だよ。そんな、三流番長たちに負けるわけがないじゃないか」
 自信満々で、アレックス・キャッツアイが答えた。
 コミュニティフェスティバルのイベントで、なんだかすっかり意味のない自信をつけてしまったらしい。おかげで、リカイン・フェルマータたちには一切手を出さなくてもいいと言いはるほどに強気だ。
「とりあえず、どこまでやれるか見守りましょう」
「それしかないわよね」
 リカイン・フェルマータの言葉に、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)も肩をすくめるだけであった。
 さて、肝心の豪快食堂に辿り着くと、何やらもめているらしい。
「何よ、あの激まず料理に、こんな法外な値段ふっかけるつもり。ぼったくりじゃん。誰が払うかよ、ばかばかしい」
 凄い剣幕でまくしたてているのは御弾 知恵子(みたま・ちえこ)だ。たまさか目に入った豪快食堂に入ってしまったのが運の尽き。しっかりと、ぼったくられそうになっているのである。
「お嬢ちゃん。ふざけちゃいけねえなあ。食べた分は払う。常識だろうが」
「何言ってるのよ、あのまずさと値段が非常識だって言ってるんだよ」
「聞き分けないなあ。払えないなら、身ぐるみおいていってもらおうか。ああん」
 豪快食堂の店員が、髯面を御弾知恵子の顔に近づけて凄んだ。
「なんだい、やるってえのかい?」(V)
「まあ、大変だわ。頑張ってアレックスぅ」
 その様子を見て、リカイン・フェルマータが感情のこもらない棒読み台詞でアレックス・キャッツアイをうながした。
「頑張れ、兄貴ー」
「よし、頑張っちゃうぞ!」
 サンドラ・キャッツアイに見送られ、意気揚々とアレックス・キャッツアイが御弾知恵子の許へと駆けつけていく。
「二人共、後でフォローが大変だぞ」
 いいのかと、キュー・ディスティンが軽く頭をかかえた。
「そこまでだ、悪者!!」
 馬鹿正直に正面から現れたアレックス・キャッツアイが、豪快食堂の店員を怒鳴りつけた。
「あーん、なんだ、お前」
 もの凄く迷惑そうに、店員が聞き返した。
「戦士だ!」
 アレックス・キャッツアイが堂々と答える。
「ああ、セイバーシードか。おーい、お客さんだ。ちゃんと刈り取ってさしあげろ」
「へい、兄貴」
 店員の声に、豪快食堂の中からぞろぞろとヤンキー共が現れた。厨房にいたらしく、手に手に刃毀れした包丁を持っている。
「へへっ、カモですかい」
「葱もつけてもらわないとなあ」
 アレックス・キャッツアイを見て、ヤンキー共がせせら笑う。
「何よ、さっきの鴨南蛮に葱なんか入ってなかったし、肉だって鳥の脂身だったじゃない」
 御弾知恵子が怒りを新たにする。
「うるせえ。てめえはさっさと身ぐるみおいていきやがれ」
 ブチ。
 御弾知恵子がキレた。即座に、そばにいたヤンキーを殴り倒す。
「ああ、僕の獲物を。ええい、悪は倒す!」
 出遅れたとばかりに、アレックス・キャッツアイが突っ込んでいった。
「あいつから片づけろ!」
 店員の命令で、ヤンキーたちが先にアレックス・キャッツアイに目標を定めて一斉に襲いかかってきた。
「うおおお、さすがにこの数は。ああ、ここにあの救世主がいてくれたら……」
 あっと言う間に劣勢となったアレックス・キャッツアイが呻いた。
「きゃあ、アレックス」
「だから、言わんこっちゃ……」
「しかたない、助けに行きますか」
 リカイン・フェルマータたちが重い腰をあげようとしたとき、アレックス・キャッツアイを袋叩きにしていたヤンキー共が、突然吹っ飛ばされた。もんどり打ったヤンキーが、御弾知恵子と戦っていたヤンキーにぶつかって地面に倒れ込む。
「二人共、大丈夫かい」
 突如現れた救世主が、御弾知恵子とアレックス・キャッツアイに手をさしのべた。
「君はまだ、ここで死ぬ定めではない。さあ、行け」
 逆光でよく顔の分からない救世主が、アレックス・キャッツアイたちをリカイン・フェルマータたちの方へと押し出した。
「後は頼んだ。――さあ、お前たち。か弱き者たちに手を挙げた罪、その身で払ってもらおうか」
 言うなり、救世主は豪快食堂の中へと飛び込んでいった。たちまち、激しい殴り合いの音が聞こえてくる。
「早くこちらへ」
 逃げてくるアレックス・キャッツアイたちを追いかけてくるヤンキーたちにむかって矢を放ちながら、ヘリシャ・ヴォルテールが叫んだ。
「メイベルさんたちも援護を……あれ? いない……」
 あらためて周囲を見回したヘリシャ・ヴォルテールが、いつの間にかメイベル・ポーターたちの姿が消えているのに気づいて焦った。
「うちの兄貴に何をするのよ!」
 アレックス・キャッツアイたちの方は、駆けつけたサンドラ・キャッツアイとキュー・ディスティンがヤンキーたちを蹴散らして守った。
「頑張れー」
「リカも戦ってくれよ!」
 応援するだけのリカイン・フェルマータに、キュー・ディスティンが言った。
「だって、本気出すと超感覚でちゃうし……。とにかく、頑張れ」
 まだまだ自分が加勢しなくても大丈夫だと、観客を決め込むリカイン・フェルマータであった。
 だが、一人取り残されていたヘリシャ・ヴォルテールにもヤンキーたちの手がのびる。接近戦となったら、弓は不利だ。
「おら、おとなしくしろやあ」
 ナイフを振り上げて襲いかかってきたヤンキーにむかって、騎狼が唸った。しっかりと毛をつかんでつかまったヘリシャ・ヴォルテールを乗せたまま、あっけなくヤンキーを踏みつぶす。
「もらったぜい」
 だが、その隙を突いて、別のヤンキーが真横からヘリシャ・ヴォルテールにむかって来た。そのとき、ひらりと翻ったマントが、ヤンキーの視界を奪った。
「大丈夫かい。危ないから下がっていな」
 すっと、ヤンキーの身体に突き立てたレイピアを音もなく抜き去りながら、仮面をつけたマサラ・アッサムが言った。その背後で、ばったりとヤンキーが倒れる。
「は、はい……」
 言われた通りに下がりながら、ヘリシャ・ヴォルテールは誰なんだろうと思い悩んだ。
「傷はたいしたことない。しばらく、そのままおねんねしてるんだね」
 レイピアのヒルト部分に仕組まれた痺れ薬の蓋を開けると、マサラ・アッサムはレイピアにわざわざ作られたフラーに薬を流し込んで補充した。
「この店、潰させてもらう!」
 背中に背負っていたフランベルジュを、ペコ・フラワリーがブンと抜き放った。大剣をつつんでいた布が解けて宙に舞う。剣を一振りして剣圧で周囲のヤンキーたちを下がらせ、ペコ・フラワリーが前に進む。
 そのままつかつかと豪快食堂に歩み寄っていくと、ペコ・フラワリーが気合いと共に壁に大剣を突き立てた。
「うおおおおぉぉ!!」
 そのまま、パワードスーツの力任せに大剣で食堂の安ぼったい土壁を真横に切り裂いていく。
「ちょ、ちょっと、待て……ああっ」
 サンドラ・キャッツアイたちと戦っていたヤンキーたちが悲鳴をあげた。
 建物の半分を派手に破壊されて、あっけなく豪快食堂が倒壊する。立ち寄った場所のほとんどを破壊に至らしめてきたゴチメイ隊の面目躍如というところであろうか。
「派手だねえ」
 呆れたように、マサラ・アッサムが羽根飾りのついた帽子を目深に被りなおすような仕種を見せた。
「てめえら、よくも……」
 その左右から、怒り狂ったヤンキーたちが襲いかかってくる。だが、さっと両手を左右に広げたマサラ・アッサムの放ったナイフが、ヤンキーたちの手に刺さって剣を落とさせた。間髪入れず、翻るレイピアが、ヤンキーたちを倒した。
「こんなものかな。そろそろ帰るかい?」
「ええ。後は、あの人たちでもなんとかなるでしょう」
 マサラ・アッサムが剣先で拾いあげた布を受け取ると、ペコ・フラワリーがそれで大剣をつつんだ。