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リアクション
4,それぞれの攻防
「遅いな、連絡が来てもいい頃合なのだが………」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は腕時計の時間を確認する。
激しい戦闘を繰り広げている正門とは反対側は、同じ規模の門が設置されてはいるが、内部の構造の関係で裏門として扱われている。ここから出た兵士に回りこまれる危険性や、こちらの人員の規模を隠蔽するために、こちらもある程度戦力を回していた。
「怪我をした兵士の治療はおわりましたわ。ですが、四人ほどこれ以上ここに居させるわけにはいきませんので、麗子様と優子様が戻ってきましたらまた護衛をお願いしようとおもいます」
島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)の報告を受けて、クレーメックはそうか、と答える。
アイアルについてきた兵士達は、戦う前から既にボロボロだった。真っ当な方法で戦いをしたらあっという間に壊滅させられていただろう。今回の奇策は、あれで最後の切り札というのは間違いないようだ。
彼らの戦術と、シャンバラの戦術の違いを考慮し、主力とぶつかるであろう正門ではなく裏門に配置していたのだが、こちらも随分と数が多い。未だ正門が落ちたという報告も無いため、ここに温存されていたモンスターは想像の予知を遥かに超えていたわけだ。
「大丈夫ですよ。ケーニッヒ様なんですから」
険しい顔をしているクレーメックの気持ちを察して、ヴァルナはそう元気付けた。
【ケンドゥーリエ・ハーフェン】として今回の作戦に参加しているメンバーのうち、ケーニッヒ達だけは潜入組に配置されている。内部の情報をこちらに伝えてもらう手はずなのだが、予定の時間を既に二分ほど過ぎてしまっている。
普段の生活で二分の遅刻はそう目くじらを立てるほどのものでもないわけだが、こと作戦となると話が違う。単に忘れているだけでも十分問題だが、もっと問題なのは連絡ができない状態の場合だ。それはつまり、危険な状態を表している。
「気をつかわせてしまったか。すまない………確かに、それも問題だが、もう一つ妙だと思うことがあってな」
「妙ですか?」
「何故あのモンスターは、こちらにまで攻めてこないのだ?」
クレーメックとヴァルナの二人は、戦闘中の兵士たちより少し後方に構えている。丁度、小高い砂の山があったのでそこから全体を俯瞰しているのだが、向こうからもちゃんと見えているはずだ。
サンドワームや、あのタコはともかくとして、奥で隊列を組んでいるゴブリンなどはクレーメックがそれなりの立場の人間であるように映るはずだ。そして、そこまでの道のりはだいぶスカスカになっている。進んでこれない道のりではないだろう。組織を作るゴブリンなら、指導者の存在の重要性ぐらいはわかっているはずだ。
「攻めてこないのには、理由があるのか………それとも、何か理由があって攻めてこないということだろうか」
ふむ、と未だ戦っている兵士達に視線を移す。最初に一番手前に並んでいたコボルドとゴブリンの部隊は既に突破し、その途中、砂地の潜んでいるモンスター達が今は行く手を阻んでいる。一体一体が手ごわいモンスターであるため、アイアルの兵士達は苦戦を強いられている。
「ふむ、実験してみるか」
「実験?」
と、そこへ重傷者を護送していた島本 優子(しまもと・ゆうこ)と三田 麗子(みた・れいこ)の二人が戻ってくる。
「今戻りました。もうフレデリカのところのベッドも満員になってしまていますわ」
「怪我人を出さないように言われたけど、ちょっとそれは難しいわよね」
「いや、できるかもしれない」
クレーメックは意外な言葉を言うと、彼と同じく【ケンドゥーリエ・ハーフェン】として裏門の戦闘に参加しているマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)の元へ向かった。
マーゼンとアム・ブランド(あむ・ぶらんど)と本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)と早見 涼子(はやみ・りょうこ)の四人の前には、見事に丸焼きになった砂タコの姿があった。
「クレーメック? こんな前に出てきていいんですかな?」
クレーメックに気づいたマーゼンが声をかける。
「少し頼みたい事があるんだ。うまくいけば、負傷者をほとんど出さずに門までの通路を作れるかもしれない」
「そんな都合のいい話、あるわけないわよ」
横で話しを聞いていたアムが口を挟む。
「確かに魅力的な話ですわ。けれども、そのようなことがあるとは思えませんわね」
涼子も否定的な意見を言う。
二人の言う事はもっともだ。城を攻める方法のいくつかには、直接戦闘を行わない兵糧攻めや水攻めなんてものもあるが、こうして敵が迎撃に出ているのに門までの通路を作るなんてできるわけがない。
しかし、後方で味方を援護しながら状況を分析していたクレーメックにはある一つの疑念があった。なぜ、数で圧倒できる相手を奴らは一気に攻め落とそうとしないのだろうか。という疑問が。
そもそも、主戦力を投入した正門と違って裏門は、相手の進軍を想定して作戦を組んでいる。波のように攻めたり引いたりをしつつ、敵の注意を引き付けるというものだ。その為、後退地点のいくつかには誘い込んだ敵に打撃を与えるために地雷を撒いてある。しかし、実際は相手は壁は作るものの攻め込んできたりしてこない。そのため、こちらは前に攻めていくことになり、その結果予定よりも多い負傷者を後方に運んでしまっている。
「思うに、奴らは前に出られない制約か何かがあるんだ。それが、操れるモンスターの効果範囲というのは考えにくい、こいつのように砂から強襲できるモンスターは、地上部隊と同時に運用した方が遥かに効率的だ。となると、別に理由があるはずだ」
丸焼きになった砂ダコを示しながら言う。確かに、単体でも厄介な相手ではあるが、軍として運用するには扱いが雑だと思うところはあった。
「別の理由? 例えばどんなのがあるかな?」
飛鳥は首をかしげる。ぱっと思い浮かぶものではないようだ。
「それを試してもらおうと思っている。大した事ではないが、予想通りならだいぶ負担が減るかもしれない。後ろの補給基地の仕事も減るだろうな」
「それは、確かに魅力的な提案であるな。その方法とやら一度試して損はないかもしれないな」
マーゼンはクレーメックの提案を受け入れ、さっそく方法を尋ねた。クレーメックは内容を伝えると、マーゼンは驚いていた。
「よし、試してこよう」
その言葉を聞いて、クレーメックは再び後方に戻る。先ほどとは別の小山から、マーゼン達の動きを観察した。
マーゼン達は今までと違い、自ら前に進んでいく。そこで、巨大なカニと出くわした。今までと同じく、砂の中に潜んでいたのだ。一番危険な初撃を避けたマーゼンらは、即座に反転し、一目散に後方へと下がっていく。
「すごい、本当に砂の中に戻ってったわ」
驚く優子の言葉通り、マーゼン達がカニから離れていくと、満足したかのように砂の中へと戻っていった。
「全てではないが、これで合点がいったな。ここに居るモンスターは、砦を守っているのではなく、自分の縄張りを守っているんだ。なら、ここでの戦い方は間違っていたことになる。ヴァルナと優子は他の兵に伝達を、作戦変更だ一転突破を行うために人員を全部集めろ。悪いが麗子は今いる負傷者を後方に送ってくれ。恐らく敵は追ってこないだろうが、絶対とは言い切れない。何人か動ける兵を使ってもいい」
「わかった」
「わかりましたわ」
「お任せください」
三人が離れていったのを確認し、クレーメックは威圧感を持つ砦の方を向いた。随分と厄介に見えていたその砦には、よく見ると細かい亀裂や壁が崩れている部分がある。決して鉄壁ではないのだ。
「さて、問題は奥のゴブリンとコボルト、それにオークの部隊だな。恐らく、奴らが攻めてこなかったのは砂に隠れているモンスターに襲われるからだろう………正面からやりあうには、こちらの戦力では少し難しいものはあるな」
「もう、私のことは放っておいてください………ごほっ」
「諦めてはいけません。そんなに深い怪我ではありませんから」
「自分の体のことです。自分が一番わかります」
「自分のことほど、自分ではわからないものです」
クロス・クロノス(くろす・くろのす)が出くわしたレジスタンスの小隊はその時点で壊滅しており、なんとか一人息があるという状態だった。そんな彼も、ヒールの効果がうまく働かない。
「私なんかをつれては邪魔になります。置いていってください。我々も、今までそうしてきたのですから」
先ほどから、この兵士は同じ事を繰り返していた。
「たとえ今までがそうだったとしても、私はあなたを見捨てたりなどしません」
「しかし………」
兵士の視線がある方向に向けられる。そこには砂の小山があり、その先では剣戟の音が響いていた。すぐ近くで、戦闘が行われているのだ。
「こんな場所では危険です、早く私を置いて―――」
兵士が言い切らないうちに、音が止み足音が近づいてくる。小山から現れた人影は、小隊を襲ったモンスターではなく、朝霧 垂(あさぎり・しづり)だった。
「とりあえず、ぶっ飛ばしてきたぜ」
垂はにっと笑ってみせた。
遅れて、空から夜霧 朔(よぎり・さく)が降りてくる。
「こちらに向かっている部隊は今のところありません。外側に配置していた人型のモンスターは正門の援護に向かった模様です」
「向こうは派手にやってるからな。心配だが、なんとかしてくれるさ。信じよう」
垂達は裏門寄りの地点で、遊撃部隊として動いていた。壊滅した小隊も同じく遊撃部隊のうちの一つだったのだろう。少数で側面の敵をかき回し、戦力を分散させるのが目的だ。もっとも、あまりにも正門の攻撃が激しすぎてだいぶそちらに戦力は回ってしまっているようだが。
「それで、こっちの兄さんは大丈夫そうか?」
「もう少しすれば傷口は塞がります。ただ、左足を折ってしまっていて」
足を折ってしまっているとなると、移動には少し手間がかかるだろう。手元にあるもので簡易ギブスを作ってつけるとしても、歩かせるのは酷だ。
「私の事は置いていって構いません。それより、仲間をっ」
「悪いがそれは却下だ。オレにとっては、あんたも仲間だからな。朔、周囲に友軍の姿は無いか確認できるか?」
「少々お待ちください」
朔が空にあがっていき、周囲を見回してすぐに戻ってきた。
「この一番近くて、正門側に一キロほどいったところで戦っている人たちが居ます。味方の方が優勢です」
「大丈夫そうか?」
「断言はできませんが、恐らく大丈夫かと思われます」
「そうか、なら兄さんは俺達で後方まで連れていくか。あの城壁をぴょーんって飛び越えてみたかったけど、ま、そこまで早く落ちたりしないだろ。クロノス、さん、だっけか。も一旦戻ろう。この辺りはだいぶ静かになったし、砦から距離は取ってあるっても一人で居るには危険だしな」
「わかりました。補給基地までですね」
「ああ、ところで折れてる足にギブスを作ってやるべきなんだけど、できるか?」
「はい、お任せください」
「よし、じゃあルートの安全確認をしてくる。砂から何か出てこないとも言えないしな。朔はついてやっててくれ」
「了解しました」
「………どうすればいいのかな、これ?」
正門の部隊があらかた初期配置の敵を駆逐し、もう砦に取り付かんとしていた。一方、裏門側は何かを掴んだらしく、部隊を再編成しているらしい。
散らばっていた敵部隊は、正門の援護に回るために移動を行っており、遊撃部隊にまわっていた部隊は、正門か裏門の近いほうの援護に回るように、との事だった。
源 鉄心(みなもと・てっしん)も、正門の援護にまわるために他の部隊と合流しながら正門に向かって進んでいた。その途中、こちらに向かっているコボルドとゴブリンの混成部隊を発見してしまったのだ。
「俺らで引き受けるには、少し無理がありそうだな」
マルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)が淡々と言う。数は二百前後といったところだろうか、対してこちらは五人となんて数えればいいのかわからないのが少し。個々の技量は劣っているとは思わないが、それでも厳しいだろう。
「あちらはこちらにはまだ気づいていないみたいです。やり過ごしますか?」
「それが妥当ですね。こんな中途半端な場所で、何かあったら取り返しがつきませんし」
ティー・ティー(てぃー・てぃー)の問いに、雨宮 七日(あめみや・なのか)が答える。
彼らは孤立している状態だ。何かあったとしても援護や救援は望めないだろう。
「いや、俺達でなんとかしよう。今正門の方は大事な時だろ。あの援軍を入れるのは不味い。足止めでいいから、やれる事をやるべきじゃね」
日比谷 皐月(ひびや・さつき)が言う。
「それ、本気?」
鉄心が恐る恐る尋ねてみた。常識的に考えて、五人+αで二百人を相手にするのはありえない。
「本気だ。当然だろ」
「ですよね。まぁ、目を見た時からわかってたけど………」
「しかし、あの数ですよ。どうします?」
「どーするって言われても、なんとかするしかねーだろ」
「つまり、何も考えていないというわけなのだな?」
「う、それは………でもさ、あれを放置しちゃまずいだろ、どー考えてもさ」
「あー、つまり皐月は私達に死ねと言っているんですね」
七日が冷ややかな目で皐月を見ながら言う。
「違う!」
「大を生かすために少数を切り捨てる。立派です。大事な事です。ここに来る前に随分と甘ったるい事を言っていたので少し心配でしたが、ちゃんとわかってるじゃないですか。安心しました」
「違うって言ってるだろ!」
「私に感謝してくださいよ。もし、ここに居るのが他の人だったら、あなたもろともみんな大のために死んでいたでしょう。あなたの手前、あまりえぐい戦い方は避けていましたが、ここからネクロマンサーというものの戦い方を見せてあげます」
「………え?」
「あまり得策とは言えないが、ここで下がるわけにはいかないだろうな」
と、マルクス。
「発煙手榴弾はまだ残ってるし、これもうまく使えるかもな。SP温存してたけど、ここで使い切るしかないか。シャンバラ軍人が敵に背を見せたなんて知れ渡ったら、あとが怖すぎる………でも、絶対無理だと判断したら逃げるからな」
「わたしも、お手伝いします!」
「みんな………」
「感動してるところ悪いのだが、あまり時間がない。動くぞ、なにも正面から相手をしてやる必要など全くないのだからな」
「あ、ああ。わかった」
マルクスに促されて、移動を行う。
その最中に、簡単な作戦を組んだ。なるべく多くの敵を巻き込める魔法を用いて、隊列の横腹に一撃を叩き込むというものだ。その後は、うまくやれ、となっている。皐月にも不安に思える作戦だったが。
「大丈夫です」
七日がはっきりと言うので了解したと答えた。皐月の役割は、味方の盾になることだ。
間もなく敵の隊列は、潜む彼らの横を通り過ぎようとする。そこで、前に出たのはティーと鉄心の二人だ。それぞれ、則天去私とサンダーブラストを敵に叩き込む。
不意の一撃にゴブリン達は対応できなかった。しかし、あまりにも数が多いために敵を壊滅させることなどできず、ほんの一部を噛み千切った程度でしかない。当然、残りの敵はこちらに敵意を向けてくる。
「初手としては、十分です」
そう言って、前に出た七日が手を差し出す。すると、先ほどの一撃で倒れたはずのゴブリン達がのっそりと立ち上がった。そして、仲間であるはずのゴブリン達に向かって乱暴に武器を振り回す。
「ふふ、ついさっきまで味方だった相手に襲われる怖さ、耐えられますか?」
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