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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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第10章 5時限目――の移動中の出来事

 2人のフラワシ使いに襲われた静香たちはかなり疲弊していた。全員に明確なダメージは無かったが、精神的に疲れたのは間違いない。
 だが、特に歩は休むわけには行かなかった。すぐ後で彼女は授業を受けなければならないのだ。5時限目が体育のような「体を動かすもの」でないのが救いといえば救いではあったが。
 無駄な体力の消耗にげんなりしていると、そこに別の来訪者がやってきた。
「校長先生、ちょっとよろしいですかぁ?」
 声をかけてきたのはルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)。その傍にはパートナーのアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)がいる。
「えっと、ルーシェリアさんだよね? そろそろ授業が始まっちゃうし、話があるならその後で――」
「すみません、実はちょっと大事な話なのでどうしても今聞いてほしいんですぅ。そこの幽霊さんのことについてなんですぅ」
 静香の言葉をさえぎり、ルーシェリアは食い下がった。この後の学園生活に関する提案をしたい、と言うのである。
「5時間目の先生にはすでに『校長先生と会う』と言ってきているんですぅ。ですから多少は遅刻しても大丈夫なんですぅ」
「ちょっと無理矢理な気はしますが、お話が終わればすぐに教室に戻りますので……。ですから静香校長、せめて提案だけでもさせていただけないものでしょうか」
「…………」
 静香は少々迷ったが、考えた末に彼女たちの話を聞くことにした。担当の教師に許可をもらってやってきたというのを無碍に返すわけにもいかない。
 ひとまず静香は歩を教室に送り出した。すでに「依頼として出席扱い」にしている美咲はともかく、授業に出席することが前提で行動している彼女を遅刻させるのは申し訳なかった。
「それじゃ、お話が終わったらみんな教室に来てくださいね。時間かかりそうなら……、次6時間目は社交ダンスだから、ダンス実習室で待ってます!」
 歩のその言葉は非常にありがたかった。結論から言えば、静香たちはこの後やってくる「もの」の都合のため、5時限目の授業の見学はできなかったからである。
 その場で歩と別れ、静香はルーシェリアの提案を聞くことに専念する。
「では結論から言いますぅ。一時的で構いません、弓子さん、取り憑く対象を校長先生から私に変更してほしいのですぅ」
「へ?」
 今、何かスゴイことを言わなかったかこの人は。目を丸くして、弓子は声を裏返らせた。
「もちろん、何も考えずにこんな提案をしたわけじゃないんですけどぉ……」
「理由を説明する前に、まず私の方から弓子殿に質問させてください」
 アルトリアが1歩進み出て、弓子に正対する。
「弓子殿は、どうして取り憑く対象を静香校長にしたのですか? 純粋に百合園女学院の学園生活を楽しみたいというのであれば、業務の忙しい静香校長よりも、自分を含めた百合園生の方がよかったのではないでしょうか」
 おそらく適性とかそういうものがあるのだろう、とアルトリアは考えていた。仮に特別な理由が存在しないというのであれば、ルーシェリアが言うように憑依対象を別の者に移せばいい。それで何かがあったとしても自分がどうにかすればいいのだから。
 それはルーシェリアも同様だった。静香辺りは「危険だ」と反対するかもしれないが、自分に何かがあればパートナーのアルトリアがどうにかしてくれるだろう。それに静香がこれで解放されるのであれば、おそらくはラズィーヤも精神的に解放されるはず。
「えっとですね……」
 アルトリアに問われ、弓子は静香に取り憑いたその顛末を思い出す……。

「う〜、百合園百合園」
 今、百合園女学院を求めて全力疾走している私は、地球の高校に通うごく一般的な女の子。強いて違うところを挙げるとすれば、今の自分は幽霊ってとこかナー。
 名前は吉村弓子。
 そんなわけでヴァイシャリーにある百合園女学院にやってきたのだ。
 ふと見ると、敷地内にある屋外テーブル、の椅子に1人の若い女の子が座っていた。
 ウホッ! いい女……。

 と、そこまで言ったところで弓子の眼前に槍が突きつけられた。アルトリアの持つ深緑の槍である。
「こんな時にそんなくそみそな冗談言ってる場合ですか!」
「っていうか、何!? 僕はその後でツナギのホックを外すって言うの!? いやその前に僕は『憑かないか』なんて言った覚えは無いよ!?」
「すみません、調子に乗りすぎました」
 笑いながら両手を上げる弓子である。一方で話のダシにされた静香は気が気でなかった。明らかにそれは自分のキャラではない!
「で、実際のところはどうなんですか」
 弓子を睨みつけながら再度アルトリアが問う。
「まあさっきの話はほとんど冗談ですが、流れ自体は同じなんです」
「と言うと?」
「幽霊になった後、無理矢理パラミタに上がって百合園女学院まで行ったら、敷地内にあるカフェテラスって言うのか、屋外の椅子とテーブルで、生徒に囲まれて楽しそうに雑談してる校長先生を見かけたんです」
 あんなにも生徒に信頼されている人がいるなんて。百合園女学院に通う女生徒に囲まれ、幸せそうに笑う静香の姿を見て、弓子はそう思ったのだ。そんな静香に取り憑けば、おそらく生徒は彼女を助けようと頑張るはず。もちろん逆に生徒に取り憑けば、人の良さそうな校長先生のこと、その生徒を助けようと頑張るはず。
「ただどっちがより人が集まりやすそうかな、と考えたら、校長先生の方が良さそうだ、ということになったんです。まあ、ほとんど打算っていうやつですが……」
「…………」
「それに、仮に生徒さんに取り憑くと、その生徒さんの行動に制限がかかりそうだったと思ったんです。実際に私は取り憑いた相手からあまり離れられませんし、もしこれが生徒さんだったら、普段通りに授業を受けるどころではないのではないかと。校長先生にもお仕事があるのは承知していましたが……」
「つまり、どっちかといえば静香校長の方が状況的に『いける』と思った、と」
「……そんなところです」
 それなりに考えた末に静香を選んだ、ということだが、要するに誰でも良かったのである。拘束期間もせいぜい2〜3日と軽く考えていたのも理由の1つだろう。
「ではやはり――」
「話は聞かせてもらった!」
 やはり生徒に取り憑き直す方がいいだろう、とアルトリアが言おうとしたその時、彼女たちの間に割り込むようにして七篠 類(ななしの・たぐい)が滑り込んできた。この男、葦原明倫館の学生であるが、百合園に入り込むためにチャイナドレスを着込んできている。逆に言えば女装の要素はチャイナドレスだけであったが。
 そんな類は弓子の両肩を掴み、自分に向かせて熱弁をふるった。
「弓子さん、君の気持ちはよくわかる。確かに静香校長に取り憑けば、彼女を慕う生徒たちのこと、事件解決に動いてくれるだろう。だがやはり色々と問題がある。そう、校長の仕事だ。さすがにそれを邪魔するのはいただけないと俺は思うぞ」
「は、はぁ……」
「まあそんなことがわからない君じゃないということも俺はわかってるつもりだ。だからこそ1つ提案をさせてもらいたい」
「提案、ですか?」
「そうだ」
 そこで一呼吸をおき、類はルーシェリアと同じことを言った。
「俺に取り憑け」
「は?」
「静香校長ではなく、俺に取り憑けば、校長は解放され君は一般人と共に行動できる、というわけだ」
「は、はあ……。でもあなたは明らかに男――」
「それは大丈夫だ。そのために俺はこんな格好をしてきたんだ。さあ、存分に取り憑けばいい!」
 憑依対象を自分にすれば弓子は「生徒として」学園生活を送ることができる。それは確かではあるが、類はいくらチャイナドレスで女装しているからといっても、明らかに男性だ。しかも彼は他校生である。他校の男子生徒が、いくら数日間だけとはいえ、百合園女学院内にいていいものだろうか。
 そんなことを考える弓子の服の裾を何者かが引っ張った。見るとそこには、類のパートナーであるグェンドリス・リーメンバー(ぐぇんどりす・りーめんばー)――愛称グェンがいた。
「弓子さん、こんなのでいいなら、いくらでも取り憑いていいと思うよ? まあこれでいいのかは疑問なんだけど……」
 類の出した答えが「自分に憑依させる」というものであれば、パートナーの自分が止める理由は無い。たとえそれが、明らかに犯罪紛いのものであったとしても。チャイナドレスで女装して乙女の園に侵入している時点でほとんど犯罪ではあったが。
(うん、あえて……、あえて止めないよ。それが類さんの出した答えなら、ね……。類さんが『そっち』に足を突っ込んだとしても、私は類さんの友人でいるから……、頑張って、気をしっかり持ってね……)
 グェンドリスのそんな心の声は誰にも届かない。いや、もう届ける気が無いのか、彼女は静観に撤することにした。
 さて数人から憑依対象を変更させることを提案された弓子だったが、彼女の出した答えは、全員の予想を少々外すものだった。
「……そうしたいのはやまやまなんですが……。無理そうです」
「はい?」
 ルーシェリアと類の声が重なった。「はい」か「いいえ」――どちらかといえば前者の答えを期待していたのだが、まさかどちらでもなく「無理」と返ってくるとは思わなかった。
「私もできることなら、お2人に……、どちらかといえばルーシェリアさんの方に取り憑き直すのもいいかな、と思ったんですが……」
 そこで言いにくそうに弓子が目をそらす。
「……一度憑依対象を校長先生にしてしまったために、もうそこから離れるのは無理のようなんです。何と言うかこう、ガッチリと何かで繋がれてしまったかのように」
 これも1つの「絆」と言うべきなのだろうか。今の弓子は、静香との間に張られた見えないロープで固定されている状態なのだ。それを切り離す方法が見つからない以上、他の誰かに取り憑くのは不可能だった。
 弓子を自分が引き受けるのに失敗したルーシェリアと類は、色々と諦めざるを得なかった。特に類にいたっては愕然とし、その場で真っ白になっているように見えたほどである。
「では、そういうことでぇ――」
「いい加減ここから出て行っていただきましょうか」
 そんな類の右腕をルーシェリアが、左腕をアルトリアががっちりと掴む。
「へ、あ、あの……?」
「ああ、すみません、そこの方。ちょっとそこの扉と、奥の窓を開けていただけますか?」
「あ、はい。わかりました」
「うん、了解!」
 アルトリアの指示に従ったベアトリーチェと美羽が、それぞれ教室のドアと窓を開け放つ。
 そして類の両腕を掴んだルーシェリアとアルトリアは、その状態から助走をつけ、2人で類を窓の外に放り出した。
「せーの、さっさとお家に帰りなさいー!」
「のわあああああ!?」
 廊下から窓まで、距離にしておよそ7メートル。その距離を走り、助走時の勢いを利用して投げ飛ばされた類は、そのまま30メートルほどをぶっ飛んだ。
「なぜだ! 百合園は男の娘は入学してもよいと聞いた。なら性同一性障害の場合は、あなた方は差別するのか! 現に男にしか見えない奴がこうやって女性ものの服を着て入学したいとした場合、あなた方は入学させないのか! それは差別では――……!」
 類のその主張は、校舎から離れるに従って途中から聞こえなくなっていった。声が完全に聞こえなくなる頃には、彼の体はヴァイシャリーの町に脳天から突き刺さっているだろう。
「……類さん、回収に行ってくるね」
 グェンドリスが呆れ気味に、その場を後にする。
 そしてそれに続いて、ルーシェリアとアルトリアも、自分たちの教室へと戻っていった……。