|
|
リアクション
第12章 部活動
「はーっ、つ、疲れました……。これはマジにきついです……」
「あ、あはは、お疲れ様、弓子さん」
6時限目の社交ダンスの授業が終わり、静香たちは放課後を迎えた。
校長室に残っている宇都宮祥子を迎えに行く必要があるラズィーヤ、そのラズィーヤと共に写真の編集作業を行おうと考えたエレン及びそのパートナーであるプロクル、エレア、アトラ、いい加減校長室に茶菓子を持っていきたい藤井つばめ、ひとまず目的は果たした小鳥遊美羽、ベアトリーチェ・アイブリンガーと別れ、6時限目の時点で再合流した七瀬歩を加え、一行は今、元からいるテスラ・マグメルと橘美咲を合わせて5人になっていた。
「えー、放課後になりました。この時間からは、部活動や生徒会活動が行われます。というわけで、まずは部活動を見に行ってみましょう。右手をご覧ください〜、あちらに見えますのは、運動部で使われております、屋外グラウンドでございます〜」
美咲の案内を受け、静香たちは部活動の見学を行うべく、グラウンドへと出ようとしていた。
百合園女学院ではそのイメージ通り、文化部はかなり盛況である。中でもパラミタで人気があるのが華道部・茶道部・箏曲部等の「日本の伝統に基づいた」ものである。だがその一方で、運動部もそれなりに人気があり、実は柔道部の強豪校であったりするのだ――どちらかといえば昨今の大掛かりな事件の陰に隠れてしまい、その辺りの事情が表に出ることは少なかったりするのだが。
「ありゃ、校長先生?」
グラウンドに出た静香たちの目の前に現れたのは、スポーツ好きが高じてどの運動部にも助っ人として現れるミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)であった。
「あれ、ミルディアさん」
「先生、こんなとこまで来ちゃって、どうしたの?」
「うん、実はね――」
まだこの幽霊騒動を知らなかったらしいミルディアに、静香は事の顛末を説明する。
「へぇ〜、学校の見学ねぇ」
話を聞いたミルディアの目が当の幽霊である弓子を捉え、その視線に気がついた弓子が一礼する。
「ふ〜ん、面白そうな幽霊さんだね。もしかして、今から部活の見学だったりするの?」
「はい、もう授業は見学し終わったので、次は部活かな、と思いまして」
「なるほど〜」
納得したらしいミルディアが1つの部活の紹介を始める。
「それじゃあ、あたしが今日呼ばれた部活でも案内しようかな。サッカー部にご案内〜」
今回ミルディアが誘われたのは【百合園女学院サッカー&フットサル部】。百合園生だけでなく、他校生の参加も歓迎している部活であり、その構成員は名前の通り女子で固められている――一説には女装した男子や男の娘もいるという噂があるが、真偽の程は定かではない。
「サッカー、ですか?」
「百合園の雰囲気に合ってるかどうかは微妙なところだけどね。でもまあみんな楽しそうにやってるみたいよ?」
「やってるみたい、って、ミルディアさんは特定の部活には入ってないんですか?」
「うん、あたしはどっちかって言えば、頼まれたところへの助っ人専門、って感じかな。もちろん、どの部活に顔を出そうが、頼まれるからには常に全速全開! 無様な姿だけは見せないようにしてるよ」
その話を聞いて美咲と歩は思い出す。
「そういえば剣道部にも顔を出してたこともありましたっけ」
「野球部にも来てなかった?」
「あ〜、どうだったかなぁ。色んなとこに顔出すから、もうどの部活に参加したのか覚えてないや」
美咲は剣道部所属、歩は野球部でマネージャーのようなものをやっているという。
「あたしは半分マネージャーみたいな感じだけど、野球部に所属してるんですよー。キャプテンの子が結構凄くて、この前プロのトライアルでも凄く活躍してたんですよー」
「それは凄いですね……」
トライアル、とは、いわゆるプロ野球の入団テストのことである。シャンバラに地球の野球チームが選手発掘のためにトライアルを開いたのは記憶に新しい。
「私は剣道部やってます。心身ともに鍛えられてオススメですよ〜。弓子さんは実体があるようなものですし、一辺体験してみてはいかがですか? あ、そうだ、運動不足が懸念されている静香校長に気合を入れさせていただくのもいいかもしれませんね。お2人とも、どうでしょう?」
「あ、あはは……、遠慮させていただきます」
静香と弓子、2人して笑って逃げるしかなかった。いくらなんでもこの美咲にしごかれたら、どうなることやら……。
そうこうしている内に、サッカー部の練習場にたどり着いた。そこでは芦原 郁乃(あはら・いくの)、そのパートナーの荀 灌(じゅん・かん)をはじめ、何人もの部員が練習を行っていた。
「お待たせ〜。助っ人に来たよ〜」
そうミルディアが部員たちに呼びかけると、全員の目が一斉に彼女と近くにいた静香たちに注がれる。
「うわ、ホントに桜井静香さんだ……」
静香の姿を認めた郁乃が目を丸くした。
郁乃はそもそも蒼空学園生だが、百合園女学院のサッカー部に籍を置く人間だ。
そんな彼女がいつも通りに練習のため小型飛空艇で百合園女学院に来ると、数人の生徒の噂話が聞こえてきた。
「知ってる? 今日の校長先生」
「幽霊に取り憑かれたって話でしょ? もう有名よ」
「それで授業を見学されたとか」
「その幽霊さんの希望なんですってね」
「部活も見に来るのかな?」
「あり得るわね。その幽霊さん『普段の百合園女学院の学園生活が見たい』って言ってたから、授業だけじゃなくて部活とか生徒会も見学するんじゃないかしら」
「そして当然のように校長先生も来る、と」
「1〜2メートルまでしか離れられない、っていうから、多分そうかもね」
なんとも珍しいこともあるものだ。そう思った彼女は話には加わらずに部室へと向かった。
部室ではサッカー部のキャプテンがチームのフォーメーションを考えているところだった。だがなかなか思うように進まない。それもそのはず、百合園サッカー部は重大な欠点を抱えていた。
人数が集まらないのである。
サッカーは1チーム11人。百合園サッカー部は他校生の参加を奨励していることもあって一応の面子は保たれるのだが、その反面、他校からの参加が難しくもある。何しろ練習はヴァイシャリーで行われるのだ。郁乃のように遠いツァンダからやってくる者もいて、何かしら都合が入ってしまえばすぐに活動不可能となってしまう。
百合園サッカー部の看板に【&フットサル部】と銘打ってあるのは、実はこれが原因である。なかなか11人分集まってくれないのであれば、室内でもできる少人数制サッカー「フットサル」もできるようにすればいい、ということだ。
「……足りない分は、助っ人でも呼ぼうかな」
キャプテンがミルディアに連絡を入れたのはそのすぐ後だった。
そして時は今に戻る。
「あの、校長先生ですか?」
真っ先に静香に駆け寄ったのは郁乃だった。
「うん、そうだけど?」
「うわあ、本物だぁ! あ、私は芦原郁乃って言います」
「あ、どうも、桜井静香です」
「あの、校長先生。良かったら一緒にサッカーなんてどうですか?」
郁乃のその言葉に、他のサッカー部員からどよめきが湧き起こる。
「ち、ちょっと、あの子、校長先生をスカウトしにいった……!?」
「うわ〜、私も考えてたけど実際に行動に移すのは始めて見たわ」
「大胆ね〜、あの子」
郁乃としては、これは願ってもないチャンスであった。普段から校長としての仕事が忙しい静香をサッカーに誘えるなど、ほぼ100%あり得ない。せっかく「幽霊が取り憑いた」という事件があったのだ。この際それを利用させてもらい、静香を誘うしかない!
だがそんな郁乃の申し出に対し、静香の反応はイマイチというものだった。
「う〜ん、せっかくだけど……」
「え、サッカー駄目ですか? みんなと一緒にプレーしたらきっと面白いですよ。ほらほら、早く」
郁乃はそんな静香の腕を取り、部員たちの前に引っ張り出そうとする。
静香を少し引っ張ったその時、別の場所で悲鳴があがった。
「はうっ!?」
声の主は、静かに取り憑いている弓子だった。弓子の方に注目していた者ならきっとわかっただろう。静香から1〜2メートル離れた瞬間に、見えないロープのようなものに引っ張られたかのように彼女が悶絶したのである。
「ん? あれ、幽霊さん、どうしたの?」
「いや、どうしたもこうしたも――あぎっ!」
その様子に気がついていないのか、郁乃はまだ静香を引っ張っていく。
「あ、もしかして幽霊さんもプレーしたいとか?」
「いや、そういう、ことっ!? じゃなく、て!? いや、だか、らあっ!?」
「い、郁乃さん、ちょっと待って! ストップストップ!」
その後数回ほど引っ張られた弓子を見かねて、静香が大声を出した。
「え、校長先生、どうしたんですか?」
「いや、多分サッカーは無理だと思うんだ」
「ど、どうして……?」
「実はね……」
そこで静香はようやく「弓子から物理的に離れられない」話をすることができた。
話を聞いた郁乃は納得するが、そこで別の提案を持ち出した。
「それじゃ、弓子さんも一緒に参加したらどうかな、と思うんですけど」
「多分無理です」
次に否定したのは弓子の方だった。
「えっと、もしかして運動神経が悪い、とか……?」
「それに近いです」
静香から離れないように弓子もサッカーをすればいい、という郁乃の考えは間違いではなかった。どうせ体験なのだからわざわざ離れる必要は無い。
だがそれとは別に弓子には問題があった。
その場にいる全員と比べて、弓子は明らかに身体能力が劣っているのだ。その理由はただ1つ。「弓子が契約者ではない」ことに尽きる。
地球人・パラミタ人間でパートナー契約を結んだ者は、そうでない者よりも圧倒的な身体能力を手に入れることができる。それはラズィーヤと契約した静香も同様である。契約者たちの間では非力で「ひ弱」というイメージが定着している静香だが、非契約者と比べれば多大なる運動能力を有しているのも確かなのだ。
先だってフラワシ使い――桐生円と戦うに際して静香と並走した弓子だが、それはどちらかといえば弓子が先導して走り、静香はそれについていっただけであって、同じ速さで走っていたわけではない。
したがって、契約者ばかりで構成されたサッカー&フットサル部に混ざってサッカーを体験したとしても、生前から非契約者である弓子がついていける道理は無い。静香だけならば、もしかしたら話は変わっていたかもしれないが……。
「そんなわけで、多分皆さんのご迷惑にしかならないと思いますので、こればかりは辞退させていただきます」
「あははは……、ゴメンね」
「そ、そんなぁ……」
静香と一緒にサッカーをする光景を楽しみにしていたのに……。郁乃はその場で崩れ落ちた。
その後すぐさま立ち直った彼女は、静香たちの見学の視線を受け、ミルディアらと共にサッカーに励むこととなった……。
そんな様子を見ていた荀灌は、郁乃の様子に感心しているようだった。
(郁乃お姉ちゃんって凄いです。百合園の校長先生が相手でも物怖じせずに誘おうとするなんて、しかも返事を待たずにグラウンドに引っ張っていくなんて、普通の人にはできないです。……結局、校長先生を誘うのには失敗しましたけど)
郁乃という人物は、その小柄で童顔という外見から、サッカー部のみならず知り合いのほとんどから、小動物的な意味でマスコットキャラと認定されている。だが、いや、だからこそなのだろうか、その人懐こさに周囲の人間は惹かれていくのだ。
(引っ張られた校長先生や幽霊さんが、悪い顔をしていないのがその証拠です)
以前から友人であったかのように話しかけ、親しい友人のように接するのは、郁乃のいいところであると荀灌は思っている。いきなり練習に巻き込もうとするのはどうかとは思うけれど……。