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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第10章 野生馬捕獲でヒャッハーしよう・2日目(3)

「んもう。なんですのお〜?」
 おそらくはピカピカ光る陣のメガネが注意を引いたのだろう。
 師王 アスカ(しおう・あすか)はチラチラと視界に入って邪魔をする光に腹を立て、すっくと立ち上がった。
「せっかく馬たちを描いていましたのに〜、邪魔になって、デッサンができませんわぁ」
 手の中で、ボキリと木炭が折れる。
「どうしたアスカ」
 少し離れた斜面の草地で仰向けになっていた蒼灯 鴉(そうひ・からす)が身を起こした。
 アスカがにらんでいる方を見て、ああと納得する。
「何かあっちで光ってるみたいだな」
「さっきから光ってて、気になって集中できないんですの〜」
 イライラと爪を歯ではじくアスカを見て、ふむ、と考えた。
 こんなとき、あの女悪魔がいたら箒でひとっ走り飛んで見に行かせられるから便利なのだが、なぜか西カナンで暴れる巨人を見てから寝込んでしまっていた。
「あんなのアエーシェマ様じゃない…」
 ってぶつぶつと……わけ分からん。
(さすがにあの状態でここに召喚するのは酷か)
「わぁーった。俺が見てくる」
 ぱんぱん。ズボンについた土埃を払って、そちらに歩き出そうとしたときだった。
「ちょっと待って、鴉。あれは、もしかして…………グラニ?」
 アスカが、ぐいっと鴉を押しやって前に出た。
「うわっ……って、マジか!? アスカ!」
 斜面から転がり落ちそうになったものの、どうにか体勢を戻して訊いた鴉に、アスカはこくんと頷いた。
「絵描きは目が命ですもの〜、あれは真っ黒な馬よ、間違いありませんわぁ」
「黒馬は非常に稀有な存在で、完全に黒いのはグラニしかいないらしい。もしそうなら、これはすごいことだぞ、アスカ。この広い山の中でただ1頭の馬にお目にかかれるのだからな」
 ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)がめずらしく、やや興奮気味に力説した。
「伝説の馬グラニ……描いてみたいわぁ」
 たとえそれが本当に伝説の馬でなくても。やっぱり同じぐらい賢いとされる馬で、東カナン領主の馬となる馬なら、描いてみたい。
 ふらふらと吸い寄せられるようにそちらへ向かって斜面を登り始めて――
「……うにゃっ」
 何かを踏んづけた。
「きゃあっ!! 何ですの〜!! 子犬っ!? それとも子猫っ!?」
 とにかく何か小動物を思いきり踏んづけた声がしたッッ!!
「アスカ!? どうした!」
「何なんですのぉ〜?」
 大惨事が怖くて下を向くことができない。
 顔を覆ってしまったアスカの足元に、2人がしゃがみ込んだ。
「大丈夫だ、アスカ。目を開けてもよいぞ」
「……ルーツ…」
 ルーツに促され、顔を覆っていた手をどける。そっと下に視線を下げていくと…。
「まぁ、かわいい」
 緑の中に赤い花が、円環状に咲いていた。
「とうとう東カナンにも砂が降り出して、あちこちで積もりかけてるけど、まだまだこうやって懸命に咲こうとしている花があるのねぇ〜。緑って、へこたれないというか、強い生き物なんだわぁ」
「――アスカ、現実逃避したいのは分かるが…」
 鴉が、はーっと息を吐き出しながら立ち上がった。
「さっき鳴いたのはこれだぞ」
「え? あれは聞き間違い――って、なんで風もないのに花がちょこちょこ動いてるのーっ!?」
 パッと飛びのいたアスカの前、花がむくっと起き上がった。
 プルプルプルッと頭についた草を振り飛ばし、ちょこんと座る。それは、小さな、歳のころ多分3〜4歳の男の子…。
「大変! 私、この子の頭踏んずけちゃったのね〜!!」
 目じりに涙をいっぱい溜めて、顔を赤くして泣くのを我慢している男の子を見て、あわててアスカは駆け寄った。
「ごめんなさい! 大丈夫!? 痛い??」
「……うーっ…」
「――あれ、人間じゃないよな?」
 2人の様子を伺いながら、横に立つルーツに訊いた。
「バカの証明みたいに頭に輪っかの花咲いてるし」
「こら。バカの証明とは何だ。あんな年端もいかない子どもに対して」
「けど、どう見てもバカっぽいぜ? 軽くこづくだけで死にそうというか」
「……ううっ…」
 2人の会話――というか、鴉の暴言――を聞きつけて、またもや男の子の目に涙が盛り上がった。
「鴉!! お黙りなさいっ」
 ハンカチを握り締めたアスカが叱責する。
「えっ? 俺っ?」
 何か間違ったこと言ったか? と本気でルーツを見た。ルーツは、最近まともになってきたと思っていたのだがまだまだだったか、と言わんばかりのげっそりした顔でそっぽを向いてしまっている。
 わけが分からない。
 本気で困惑している鴉の頭の上に、ぽん、と何かが乗っかった。
「大丈夫よぉ〜、このおにいちゃん、全然怖くないんだからぁ」
 小さな手が、ペタっと額に貼りついてくる。
「うわぁ!? アスカ、何乗せてんだよ!」
 つか、ちっさ! 軽ッ! 何も乗せてないんじゃないかってくらい軽いのに、なぜか貼りついてる手足の感触がカエルみたいで気持ち悪い…。
 ひっくひっくと頭の上でしゃくり上げ続ける声も、うっとうしい。
(うわぁ……なんかムカつく奴だな、こいつ。この湧き上がる感覚は一体何だ…)
 イライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライラ…。
「だーっ!! いつまでも泣いてんじゃねえっ!! この泣き虫!!」
「……ぴゃっ…」
 鴉の大声に驚いて、そっくり返ってそのまま転がり落ちてしまう。
「鴉! もう、乱暴なんだから〜」
 あわてて抱き起こしたアスカが甲斐甲斐しく体についた砂や草をぱんぱん叩いて取ってあげているのを見て、鴉はムーーっと目を細めた。
「――気にくわねぇ。
 おい泣き虫。おまえ、何か芸でもないのか? 何ができんだ?」
「……げい…?」
 小首を傾げて鴉を見上げる。
「芸だよ芸! 小っちゃくったって何かできんだろ! 火吹くとか、物を凍らせるとかッ!!」
「は、はい…! 見ててぇ!!」
 ん〜〜〜〜〜、と気合溜めみたいなことをして、男の子が前に両手を突き出した。
  ・種モミ覚醒!(無意味に防御力低下!)
  ・種モミ発見!(めっさ疲れる! HP低下!)
  ・略奪!(突然どこからともなく略奪者がやってきたぞ!)
  ・今日より明日!(何の脈絡もなく現れた略奪者たちの略奪欲上昇!!)
「……な、なんだ、この疲れるやつは…」
 怒涛のような一連の不幸が通りすぎたあと、龍骨の剣を手に、ぜいぜい肩で息をしながら鴉はつぶやいた。
「鴉、この子は花妖精でクラスは種モミ剣士だ。無茶を言うな」
「は、花妖精…? ――って」
 スキル確認。
「うわ! や、役にたたねぇ…! ここまで本気で役立たずな生き物は初めて見た!
 アスカ、契約なんて考えるなよ! こんなやつ仲間に引き入れたら、確実に全員の死亡率が半端なく跳ね上がるぞ!!」
「でも……かわいいのよねぇ〜」
 この愛くるしさがどうにもツボなのよぉ。
「ねぇあなた。お名前はぁ?」
「…………りーすふらわー…」
「うーん。それ、お名前じゃないと思うんだけど〜」
 しかし男の子は小首を傾げるだけで、意味も分かっていないみたいだ。アスカが困った顔をするたび、首の角度がどんどん傾いていく。
「どうやら名前はないようだな」
「で、どうするよ? これ。このままここに放置でいいか? つーか、放置だろ、これ。どう考えても」
「え? でも――」
「早くしないとグラニ行っちまうぜ」
 くい、と後ろを指す。もうかなり距離が広がってしまっていて、ワイルドペガサスを使っても追いつけるかどうか微妙なところだ。
「そうねぇ…」
 そのとき、キュッと男の子の小さな手がアスカの袖端を握り締めた。
「お、置いて行かないで…? ぼく、馬さん探し手伝うから? 1人は、イヤ…。
 しょ、植物さん達に、馬さんの走る場所のお話、聞いてみようか…?」
 男の子は男の子なりに一生懸命、役に立とうとアピールしているのだとは思うが。
「おまえ、いいかげんにしろよ…」
 その卑屈な態度が、さらに鴉の被虐心をあおった。
「……い、いじめる? いじめる?」
 ゆらりと背後に立った鴉の不穏な気配を感じて、男の子がピピピと汗を飛ばしながら小首を傾げる。
「おお、いじめてやるぜ!」
 げしげしげしっ。
「鴉!! こんな小さな子に何をするんですのぉ!! おとなげないでしょ!! バカ!! キライ!!」
   がーーーーーーん!
 鴉、精神ダメージ500%!! ハートに壊滅的打撃を受けたあーーーーっ!!
「――たしかにこの子をこのまま1人にするのは危険だろうな」
 よろめき、ガックリ四肢をついた鴉を不憫なと見守りながら、ルーツが進言する。
「先ほどのような略奪者がまた現れないとも限らない。とりあえず今は同行して、あとでセテカに事情を話してこちらで誰か面倒を見てくれる人を探した方が――」
 いいかもしれない、とルーツが言い終わるのを待たずに。
 アスカと花妖精との間の契約は、完了してしまっていた。
「あ、アスカ!?」
「まさか……うそ〜ん」
 自分の頬にキスして離れていった男の子をまじまじと見る。
 アスカ自身、驚きの契約だった。
 いや、たしかにギュッと抱き締めたいくらいかわいくて、そばに置いときたいなぁ、とは考えたけどッ。
「…………名前はどうするよ?」
 ハァー、と重いため息をついて、地面にぺったりあぐらを組んだ鴉が彼らに向き直った。どうやら少しハートのHPが回復したらしい。
「名前……そうねぇ〜? 何か、呼ばれたい名前、ある?」
 アスカの質問に、男の子はやっぱり小首を傾げて汗をピピピと飛ばすだけだ。意味もよく分かってないみたいに見える。
「ラルム(涙)でどうだ? おまえにぴったりだと思うが」
「ラルム! いいわね、音の響きが!」
 ぱん、とアスカが両手を打ち合わせた。きっと意味は分かっていない。
「らるむ…?」
「そう。あなた、今日からラルム・リースフラワーよぉ。私たちの新しい仲間! よろしくね、ラルム!」
 アスカの笑顔に応えるように、ラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)はにっこり愛らしい笑みを浮かべた。


*          *          *


 一方、そのころ同山のとあるクレバスでは。
 コトノハと夜魅が、洞窟の入り口の出っ張りで肩を寄せ合って座っていた。
「あっ、あれを見て! ママ!」
 上を見続けていた夜魅が、パッと指を指す。
 クレバスをこちら側からあちら側へ、飛び移る影が1つ。
 逆光のためよく見えないが、それは馬の形をしていた。
「あれ、黒くない? ママ! グラニだよ!」
「そうねぇ…」
 逆光だと、何でも黒く見えるから。そうと知っているコトノハは、今ひとつ頷けない。
「絶対グラニだよ! だってグラニは遭難した人を助けてくれる、いいお馬さんなんでしょ!? あたしたちを助けに来てくれたんだよ!」
 力説する夜魅。その間にも、次々とクレバスを馬の影が飛び越えていく。すごい数の群れだ。まさに圧巻の光景に、言葉もなく目を奪われている2人の耳に、ひゅるるるるる〜〜〜〜〜〜〜〜と、何かが振ってくる音がした。
 丸い着ぐるみ肉じゅばんの塊が2つ、2人の前をまっさかさまに落ちていく。
 飛び越せなかった陣とユピリアである。
 コトノハと夜魅は気づいたが、きゅうっと目を回した2人は気づかず、下の雪解け水が流れる川にばしゃん! と落ち、そのままあっぷあっぷと流されて行ってしまった。
 救援ならず。
「今のって……ゆる族? やっぱりグラニってゆる族なのかなぁ?」
 夜魅がぽつりとつぶやいた。


 2日目終了。
 クレバスの斜面ではコトノハと夜魅が、いまだこない助けを待っていた。