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リアクション
第5章 バァル
「さあさあ。行きましょう、イナンナ様っ」
バァルから首尾よく奥庭に面した礼拝堂の使用許可をとった可憐は、イナンナの手を引っ張りながら廊下をたったか歩いて行く。
「あの……でも」
「そして洗礼の儀が終わったら、一緒にエリヤくんのお墓に行きましょう。そのあとは、反乱軍の人たちの石碑のある共同墓地へ。東カナンの未来を想って亡くなられた全ての人々に、祈りを捧げに行きましょう」
「――本気なのね?」
ぴたりと足を止めたイナンナを振り返り、可憐は頷いた。
「もちろんです」
真剣なその目に、表情に、イナンナも心を決める。
「分かったわ。行きましょう」
「やった」
自ら歩き出したイナンナの後ろで、アリスがぱちんと音をたてて両手を合わせた。
「2人とも、誓いを破ったら針千本ですからね? ね?」
「はいはい」
アリスってば、もうっ。
余計なことを、とか思いながらも、可憐もうれしさを隠しきれない。
満面の笑顔で歩く彼女たちとすれ違った七刀 切(しちとう・きり)は、あれ? と振り返った。
「どうかしたんですの?」
そのまま立ち止まった切に、隣を歩いていたリゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)も足を止める。
「んー……いや、なーんか見覚えのある美少女だなー? と思ってねぇ」
だれだったかなぁ? うーん、と一生懸命頭をひねるが、思い出せそうで思い出せない。
「そんなことをしてていいんですの? もうじき出発されるんでしょう? バァル様」
謎の美少女の後ろ姿をじーーーーっと見続ける切に呆れてリゼッタは腰に手をあてる。
「あ、そーだった。
って、おまえいいの? こんなとこにいて。銃の売込みするとか言ってなかった?」
「ガツガツするのはやめましたわ。すぐにはできなさそうですもの。どうせもうじき大戦になりますから、バァル様や他のカナンを治める領主様たちも、コントラクターたちの銃器を目にする機会はこれからたびたびあるでしょう。そのときにここぞとばかりにささやいた方が、きっとバァル様の出された条件を満たすより早道ですわ。
ですから今日は、東カナンのお偉い方々に顔を覚えていただくだけにしておきます」
まずはバァルにあいさつし、それから騎士たち、将軍たちにあいさつに行く。ようは下地作りの営業だ。
(たとえネルガルとの戦いが終わった後でも、ネルガルの後ろには帝国がいるわけですから、まだまだカナンは販売先として十分優良ですしね。ゆっくりあせらず交渉していくこととしましょう)
そう、リゼッタとしては考えていたのだが。
次の瞬間、彼女の目が点になることを切はやらかした。
「よおっ! バァル! 久しぶりぃ!」
バーーーーンとノックもせずに一国の領主の部屋の扉を勢いよく開け放ったのだ。
部屋の中では、手袋をつけていたバァルがそのポーズのまま、目を見開いて硬直していた。――そりゃするって。
「……切、か?」
「ワイたち一緒に戦火をくぐった友達だろ? だから名前を呼び合う仲でもいいと思って! いいよねぇ?」
「あ、ああ…」
バァルとしては、今日初めて1人になれたと気を抜いた矢先のことだったものだから、うまく対応することができない。何が何やら……とにかく、切を迎えようとそちらに正面向いた途端、プフーッと切が吹き出した。
「なに? その服装! すっげー派手ーっ」
似合わねー!! バンバンバン!(←壁を叩いている)
地味な黒服ばかり着用していたバァルしか知らないのだから無理もないが、遠慮もない。今にも腹を抱えて床を転がりそうだ。
「……結婚の申込みに行くんだから、仕方ないだろう。そのあと町主催の歓迎パーティーにも出ないといけないし」
弁解が、ちょっと拗ねたような物言いになってしまったのは、バァル自身そう思っていたからだった。
こういうゴテゴテした形ばかりの格好は、実を言うと甲冑よりも苦手だった。一撃受けただけで折れそうな剣を腰に佩くというのもかなり落ち着かない。この礼服も、何の役にも立ちそうにない無意味な装飾がいたるところについており、どちらかというといざというときに動きを阻害されそうだ。
なぜ、よりによってこんな派手派手しい服を用意したのか。侍従長に文句を言いたがったが、こればかりは無駄だ。結婚の申込みに普段着で訪ねたりなどすれば侮辱行為になると切り返されるにきまっている。
(帰ったらすぐ脱いで、もう二度と着るものか)
涙流してヒーヒー言っている切を見て、落ち込みながら固く誓う。
「リゼッタ! 見てみろよ、あれ! 面白いから! ――って、あれ?」
リゼッタはとうに部屋の前から姿をくらましていた。
それはそうだろう。
「こんな所で油を売ってていいのか?」
ベッドの上に乗り上がってあぐらを組んでいる切に、バァルはそう切り出した。
「ん? なんで?」
「セテカの書状で来たんだろう? そろそろ出発する時刻じゃないのか?」
「いや。ワイはバァルが結婚するって知ったから来たんよ。やー、これでバァルもリア充の仲間入りだなぁ」
「リアジュウ?」
聞きなれない言葉だと、きょとんとしている。
「リアルが充実――って、ああそうか。こっちの言葉じゃないもんねぇ」
そりゃ通じるわけないか。
「セテカに聞いたんだけど、相手の女性、親が決めた人だって?」
「ああ」
「会ったのは2回で、口をきいたのは子どものころの1回だけ?」
「そうだ。セテカに聞いているんだろう?」
なぜもう1回聞こうとするのか。バァルは分からないと、首を傾げている。
いや、セテカの言葉には前科があるから。とはさすがにバァルには言えない。
(いいかげん、騙されすぎなんじゃないんかなぁ? こいつ。全然サプライズにも気づいてなさそうだし。こうなると、セテカだけの問題じゃないよねぇ)
腹をさすりさすり、そう思った。笑いはなんとか止めることができたが、まだ腹筋がヒクついている。ちょっとしたきっかけでまた再燃しそうだ。このことについてはこれ以上考えない方がいいかもしれない。いいかもしれないけど、でも――――どうしても、我慢できなかった。
「ほんとに政略結婚なんだ〜? m9(^Д^)www」
予想通り、殴られた。
「おまえというやつは…!」
「うわっ、ちょっ、待った待った! じょーだん、冗談っ」
仰向けになった切の顔の上で握りこぶしを震わせているバァルに、あわてて降参とてのひらを示す。
「まったく…」
「で、バァルはそれでいいんかい?」
その言葉に、先のイナンナの言葉が思い出された。
「? なに?」
「いや、なんでもない。
いいも悪いもないだろう。結婚は遅かれ早かれだれもがすることだ」
「それはそうだけど……セテカはなんて?」
「? なぜここにセテカが出てくる? わたしの結婚で、あいつのじゃない。
逆に、なぜ彼女では駄目なんだ?」
うーん…。
本当に分かっていない様子のバァルに、切は頭を掻いた。
きっとバァルは領主の息子として自覚したときからこういうことは割り切ってるんだろう。友達として側近として公私ともに支えるセテカも、バァルが納得しているなら口を出したりはしないんだろうなぁ。
だけどワイは、シャンバラから来たバァルの友達。それだけだから。言いたいことを言わせてもらおう。
「アナトさんだっけ? その人が悪いとは言わんよ。もしかしたらいい人で、バァルにお似合いで、好きになるかも知れんしな。けど、ワイはバァルに何も知らないまま、ただ納得してるからって結婚したりはしてほしくない」
「…………」
いつになく真面目な切を見て、バァルは、ふむ、と思った。テーブルに浅く腰かけ、考えを巡らせる。
「……彼女のことをどれだけ知っているかと問われれば、知っているとも言えるし知らないとも言える。彼女は領主の妻としてふさわしい経歴の持ち主だ。由緒正しい騎士の家柄であり、たしかな教育も受け、成績も優秀。過去に汚点は一切なく、周囲からの評判もいい。だがおまえの言いたいのはそういうことではないんだろう?」
切は頷く。
「しかしこれ以上知っている女性を、わたしは知らないんだ。
これまで口をきいてきた女性たちがいなかったわけじゃない。友人と呼べる存在も何人かいる。だが、彼女たちに特に関心を払ってきたわけではないから上面しか知らない。それは、本当に彼女たちを知っているとは言わないんじゃないかな。
これは――」と、バァルはテーブルの上の書類を持ち上げる。「彼女を知ったことにはならないと思う者もいるかもしれない。だがこれを見て、彼女が相当忍耐強く、努力家であることが分かる。女性の身でありながら成績全てで優等をとるのは大変なことだ。その上、剣術も馬術も優等。きっと相当負けん気が強いのだろうな。
騎士の家に女として生まれ、プレッシャーもかなりあったことは想像がつく。領主の婚約者として求められる水準は決して低くはない。それに応えようとする気概があり、そして周囲から自らの評判を守る抜け目なさ、社交を重んじていることが分かる。
何年もそう努力し、成った。たとえ会ったことがなくても、彼女は尊敬に値する、すばらしい女性だと思うよ」
「――そっか。まぁ、バァルが納得してんならいーか」
見合い結婚して、うまくいってる例はいくらもあるし。エリヤのことや、ネルガルを倒すためだとか、そういうことが理由でなけりゃ、ワイはべつに――――って、おっと。あったか。
「1つだけ。これだけは訊いておかないと」
きらりん。切の目が変な光を弾いたのだが、バァルはそれを見逃した。
「なんだ?」
「それ、身上調査のデータなんだろ? アナトさんの絵姿ついてないの? ついてるんだよね? 当然。どんな人? 見せろよホラ、隠さずにさ。
結局さぁー、すっげー美人なんだよねぇ? 会わなくても結婚決めるぐらいなんだから。ちくしょー! やっぱリア充じゃないかっ。羨まs――」
殴られた。
「まったく、あいつはどこまで本気でどこから冗談なんだか…!」
ひとが真面目に答えたというのに。
ぶつぶつ、ぶつぶつ。
顔面が埋没するくらいの一発をくらって、きゅうっとベッドで伸びている切を残し、バァルは手を振り振り廊下を足早に歩いた。
もうかなり遅れている。余裕は設けていたが、外門が閉まる前にリドに到着できるか微妙なところだ。
回廊を渡り、棟から棟へ移っていく。そんな彼を柱の影から呼び止める者がいた。
「バァルさん、手前のことを覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「きみは……たしか、セテカと同乗していた…?」
「リカインのパートナーの空京稲荷 狐樹廊です。お見知りおきを」
狐樹廊は、開いた扇で口元を隠しながら近寄った。なにしろ人気のない静かな廊下なので、立ち話はおろか落とした針の音すら端から端まで聞こえかねない。
「それで、わたしに何の用が?」
「はい。実は――」
と、狐樹廊は、北カナン行きから始まった事の顛末を話して聞かせた。
「セテカが主役の物語を上演したい?」
こぶしをあててごまかしたものの、思わず笑いが口をついて出てしまう。
セテカのことだ、それは相当嫌がっただろうということは想像に難くなかった。
「彼のと言いますか、此度の東カナンの出来事でございます。手前どもの目から見たことですので、どうしても反乱軍がメインとなりますから、セテカ様が主役の扱いとはなりますが」
「そしてそれをのらくらとかわしているあいつが断れないよう口添えをしてほしいと?」
「左様でございます」
殊勝に頭を下げる狐樹廊を前に、バァルは考え――そして首を振った。
「すまないが、それはできない」
「なぜです? セテカ様にひと泡吹かせたいとはお思いになられないので?」
バァルはあの件でセテカに騙され、操られた経緯がある。それを思えば、今表面上どうあれ、多少復讐したい気持ちがあるのではないかと思っての根回しだったのだが。
「それで、その舞台にわたしが出てこない保証は?」
「……うっ」
反乱軍は当初、正規軍を敵としていた。当然正規軍と反乱軍がぶつかり合うザムグでの決戦は舞台に欠かせない。そしてセテカを勇気ある反逆者として見せるにせよ、親友の腕の中で命を落とす悲劇の存在とするにせよ、敵役としてバァルの演出は不可欠だ。
「セテカの許可をとるための協力をわたしから得ることで、同時にわたしの許可をとろうとしたのだろう?」
「……まったく、バァル様は鋭いお方です」
まいりましたね、と肩をすくめて見せる。
そのとき、かつんかつんと靴音を響かせて歩み寄って来る者がいた。
笹野 朔夜(ささの・さくや)だ。
「きみは…」
バァルは彼を覚えていた。あのザムグでの逃亡の夜、彼を止めようとした者の1人だ。
「お話し中、申し訳ありません。お邪魔でしたでしょうか」
固い声音で朔夜は告げる。声と同じく、張り詰めた表情。だがそれは、東カナン領主を前にしたための緊張とは違う、別物のように見えた。
「いや、こちらの話は終わったところだ」
「はい」
狐樹廊が不承不承同意するのを見て、朔夜も頷く。
「では、よろしかったら少しお時間をいただけないでしょうか。僕のパートナーが、ぜひあなたと話したいと申しておりまして」
朔夜が半歩ずれて、廊下の先がバァルにも見えるようにする。
そこには、笹野 冬月(ささの・ふゆつき)が立っていた。
「ねぇねぇ。本当にいいんですか? 冬ちゃんのそばにいなくて」
話し合う2人の声が聞こえないくらい離れた廊下の端で、腕組みをして壁にもたれている朔夜の頭の中で、そんな声がした。笹野 桜(ささの・さくら)――奈落人だ。
「いいんです。僕には聞かれたくないんでしょうから」
ふてくされた、いかにもな声に、ふうと桜がこれみよがしなため息をつく。
「なんです?」
「いいえ。なんでもありません。ただ、何か悩んでいるなら、相談に乗りますけど?」
多分、朔夜は今の自分を自覚していないだろうから。こう言ったところできっと、朔夜が全力で否定するのは分かりきっているけれど。
「悩んでなどいません」
ほら、そういうとこ。普段の朔夜さんだったら「でも、心配してくれてありがとうございます」とかつけ足すのに。
「……余裕が全然ないんですよねぇ、冬ちゃんのことになるといっぱいいっぱいで」
「何を……僕は、ただ、今さら会ったところで何をどうすることにもならないと――」
「でも冬ちゃんは、それが必要だと思ったんですよね。それが理解できないのが朔夜さんは嫌で、いらついちゃっているんですよね」
(どこまで冬ちゃんラブなんでしょう? ああ、かわいいったらないわ)
「――そんなことはありません」
ぷい、とそっぽを向く、むくれたような動作がまた桜の母性本能をつんつん突つく。
「冬ちゃんは、けじめをつけたかったんですよ。きちんと納得して、終わらせるために。そうしないと心残りで、前へ進めないと思ったのでしょう。冬ちゃんはそういう、ちょっと不器用なところがありますものね」
「……真面目なんです、冬月さんは。どんなつらいことにも正面から向き合って、逃げようとしない」
「あなたもですわ。本当は気に入らないのに、冬ちゃんが望んでいることだからとこうして場をセッティングしてあげているんですから。
ああ、もう、抱きしめてあげたいっ♪」
「なっ――桜!?」
なぜそうなる? とあわてる朔夜のすぐ後ろで突然声がした。
「――朔夜、おまえ、傍から見ているとただの挙動不審なやつだぞ」
独り言をぶつぶつつぶやいて、やたらとそわついているようにしか見えない。兵士が飛んできてもおかしくない不審者っぷりだ。
「俺は、桜と話しているからだと分かっているからいいが」
「あ、冬月さん…」
いつの間にこちらへ近づいていたのか。振り返ると冬月が立っていた。
「もういいんですか?」
「ああ。ひと言言いたかっただけだから」
なんとはなしに振り返り、バァルを見る。
バァルは足早に――というより、もう人並みに走っている――廊下の端から消えるところだった。遠ざかる足音も、やがては消える。
(あれが東カナン領主バァル・ハダドか…)
バァルは冬月を覚えていた。名前までは知らなかったが。
『笹野 冬月と、いいます。ザムグの館での無礼をどうか、お許しいただきたい。……それから、私のパートナーを殺さないでいてくれたこと、感謝します。ありがとうございました』
こういうことには慣れていないのだろう。言葉はたどたどしかったが、真剣に頭を下げる冬月に、バァルは首を振った。
『謝る必要はない。きみは無礼なことは何もしていない。わたしは脱走者で、きみやきみのパートナーは正しく対応しただけだ。むしろきみたちは勇気があった。武器を持っていたわたしを殺そうとせず、あえて諭そうとしてくれた。きみたちコントラクターには、しようとすればできるだけの力があったはずだとセテカから聞いている。
なのに、その意気に応じることができないことを説明すらせず、傷ついたきみたちを放置してしまったわたしの方こそ無礼と責められるべきだ。許してほしい』
頭を下げるバァルに、冬月はとまどった。一国の領主がこんなに軽々しく他人に頭を下げるなど、あってはならないはずだ。
『あの――』
『ところできみたちは、これから何か予定があるのかな?』
先ほどの話はこれで終まいだというように言葉をふさぎ、バァルはほほ笑んだ。
『……いえ、特には』
『では、ひとつお願いしてもいいだろうか』
「冬月さん? どうかしたんですか?」
いつまでもバァルの消えた廊下の先を見続ける冬月を不審に思って、朔夜の眉が寄った。
「いや、なんでもない」
彼は、3カ月前に見た彼とは全く違っていた。目も、表情も、穏やかで曇りがない。だが今の彼が真実の彼かどうかまでは分からない。そこまでの知り合いではないし、そうなりたい気持ちがあるかどうかもまだ分からない。
だが…。
『あそこで今、ちょっとした会が催されている。よかったら、きみたちも加わってもらえないか? わたしはこれから所用で留守にしなければいけないので加われないが、大勢の人に囲まれて、楽しくしてもらえれば、あの子もきっと喜ぶと思う』
本当は、人の大勢集まる騒がしい場は苦手なたちなのだが、バァルが浮かべた静かな笑みが、なんだか胸にきて。
『分かりました』
気づいたときにはもう、言葉がすべり出ていた。
約束は約束だ。
「行こう、朔夜」
「って、どこへですか?」
「奥庭。そこに、エリヤの墓があるそうだ」
と、教えられた奥庭へと続く廊下を突き進んでいく。
「待ってください、冬月さんっ。お墓参りなら花か何か必要じゃないですか?」
朔夜はわけが分からないなりにも、冬月のあとを追って歩き出した。
一方、階段を駆け下り、広間を抜けてエントランスから外の前階段にようやく出ることができたバァルは。
そこで、階段のど真ん中にいるセテカとその脇についたリカインの姿を見つけた。
「狐樹廊に言って、治させましょうか?」
濡らしてきたハンカチを傷にあてる。
「いや。これはそういうふうに治していい傷じゃないから」
――治していい傷も、中にはかなり含まれていると思うが。
「……そんな所に座りこんで、何をへらへらしているんだ、おまえは」
暴徒にでもあったのか、ズタボロのセテカを見下ろして言う。
セテカは答えず、頬のはれた顔でただ笑って見せるだけだった。
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