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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

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●8.“ザラメ”“アズキ”の分析/捜査開始2日目の夕方−夜

 環七中央警察署。
「あぁ、いや、無理は分かってるんですけれど、そこを何とか協力お願いできませんか?」
 席についているルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、電話に向かってアタマを下げていた。普段の彼女を知る者には意外な姿であろう。
 彼女が電話を入れている先は、空京でコインロッカーの市場をほぼ寡占状態にしているセキュリティ関連会社だ。
 現在“環七”界隈を騒がしているドラッグ騒ぎについて、コインロッカーが密売のフローにおいて重要な役割を担っているのは間違いない。
 ならば、コインロッカーを何らかの形で警察の管理・制御下に置ければ、事態の優位を確保できるか、と思ったのだが――
 受話口から、年配の男性の声が聞こえてきた。
「そうは仰いますが……私どもと致しましても、鍵の管理はセキュリティの根幹に関わります。警察に協力するのは市民の義務とは心得ていますが、“環七”にあるコインロッカー全てに対応するグランドマスターキーを貸して欲しい、というのは……」
 口調からも、難しそうな顔をしているのがよく分かった。
「えぇ、破格のお願いだとは重々承知しております」
「……上司に相談してみます、折り返しますので、そちらの連絡先を教えて下さいませんか……」
 ルカルカは直通の電話番号を伝えると、「よろしくお願いします」とまた頭を下げてから通話を切った。
(……「根回し」にも限界があるかぁ)
 ――とにかく、コインロッカー方面で現状打てる手は打った。
 机の上のノートパソコンを操作し、メーラーを立ち上げる。
「件名:“環七”コインロッカー確保の件
 宛先:ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)
 本文:
 こちらルカルカ
 コインロッカーの件、先方からの返事待ち
 グラマスキー貸し出しはさすがに簡単にはいかない模様
 そっちの調子は?」
 送信。
 1分も経たずに返信が来た。
「件名:RE:“環七”コインロッカー確保の件
 宛先:ルカルカ・ルー
 本文:
 表題の件ご苦労さん
 現在現物の解析を実施中 解析機材の作業結果出力待ち
 今回の依頼は実にやりがいと歯ごたえがある
 『契約者』にも影響を与える薬剤の正体、未だ見えない相手の規模、
 相手にとって不足はない
 …ってのは冗談で仕事はきちんとやらないとな」
 文面を見て、ルカルカはキーボードの指を走らせた。
「件名:RE2:“環七”コインロッカー確保の件
 宛先:ダリル・ガイザック
 本文:
 >『契約者』にも影響を与える薬剤の正体、未だ見えない相手の規模、相手にとって不足はない
 こら、悪への義憤はw?」
 送信。
 返信。
「件名:RE3:“環七”コインロッカー確保の件
 宛先:ダリル・ガイザック
 本文:
 >>『契約者』にも影響を与える薬剤の正体、未だ見えない相手の規模、相手にとって不足はない
 >こら、悪への義憤はw?

 義憤で謎が解けるならいくらでも」
 メール越しで軽口を叩き合うと、ルカルカは考え込んだ。
(さて、次の一手は?)
 その時、龍ヶ崎灯からメールが来た。
「件名:現物「メトリ」映像解析依頼
 宛先:ダリル・ガイザック、ルカルカ・ルー、グレアム・ギャラガー、天貴彩羽
 本文:
 狐樹廊さんが「ソートグラフィ」したドラッグ現物の「メトリ映像」をサーバーに起きました。
 お手空きであれば解析作業に着手していただけますでしょうか」
(わお、大金星。やったね狐樹廊さん)
 ルカルカは「了解」の旨の返事を送ると、作業に着手した。
 ――1時間もしないうちに、「暗転→明転後に見下ろしてくる男達」が、以前に警察に厄介になった事のある面々で、“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”のメンバーであることが判明した。

「結果を見る限り、“バースト発現者”“ザラメ”“アズキ”の使用者……しかも頻度の高い“常用者”と言っていいな」
 ダリルは印字された資料を見比べ、そう判断した。
「やはりそう思いますか」
 九条 ジェライザ・ローズも、そう言いながら手元の資料のグラフや表を見比べる。
 比較されているのは、ダリルが警察署の設備を借りて解析した“ザラメ”“アズキ”の結果と、ジェライザ・ローズが警察病院で調査しイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)がまとめた“発現者”の血液検査の結果だった。
 資料の展開やつきあわせは警察内のイントラネット上や各個人のPC内部ででも可能だが、人同士が対面し直接話し合う事で見えてくるものもある。
 今回は、警察署にいるダリルの所に、数百メートルも離れていない警察病院に詰めているジェライザ・ローズが話をしに来た。
 比較の結果、“ザラメ”“アズキ”はほぼ同じもの、という事が分かった。
 「“ザラメ”の方が“アズキ”よりも上質」という証言があったが、調べてみると確かに“ザラメ”に様々な不純物を足していくと“アズキ”になる。赤い色も、くっついてくる不純物によるものだ。
 また、血液検査に用いたサンプルは、先刻に捕まえたジョージ・ガルバックや蟹崎行秀だけのものではない。先刻のふたりは“ザラメ”“アズキ”の常用者である事が予め分かっていたが、それ以外にも依頼以前に警察が捕まえて採取していた“バースト発現者”の血液のサンプルが保管されていたのである。サンプルの数は多く、精度の高さは十分に信頼できた。
 そうして得られたデータを見比べると、“ザラメ”“アズキ”“発現者”の血液には共通して検出された成分が多く、「“バースト”“ザラメ”“アズキ”使用者」と考えるのは妥当であった。
「台頭する“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”、流行するドラッグ、“バースト”……明確な証拠でもって、三つの事象はつながりましたね」
 そうだな、とダリルは頷いた。
「このクスリは覚醒剤に似ている。
 成分がドーパミンの過剰分泌を促進して、それが気分の高揚や対能力の向上をもたらす。
 もちろんそれは一時的なモノだから、効き目が切れれば反動が来て、そのストレスから逃れようと再びクスリに手を出したくなる。
 使い続けていくと被害妄想、言っている事の辻褄が合わなくなる、論理的な思考や判断ができなくなる、知能の低下、などの症状が出る。
 あと、高い確率で発症するのが、『体内に無数の虫が這いずっている』という幻覚――」
 ダリルは、フン、と鼻を鳴らした。
“バースト”の正体は、体内の虫を焼き殺そうとする行為だ。
 攻撃魔法系スキルは色々あるが、小さい虫の群れを撃滅したいのなら、氷結や電撃属性なんかよりも、炎熱系を使いたくなるのが自然ではある」
「……だから『ファイアーストーム』や『爆炎破』が出てくるわけですか」
「炎系のスキルがなくとも、“バースト”は起こせるがな……さっき報告があったんだが、巡回担当の赤羽美央が対応したケースで、セルフ式ガソリンスタンドで燃料を頭からかぶり、ライターで火をつけようとしたヤツを止めた、というのがあったそうだ」
 ジェライザ・ローズは言葉を失った。
「今まで起きている“バースト”は、クスリ常用者の内で炎系スキルが使える者だけに限定されていた、と言って良かった。そうでない者は、体内に虫が這いずるのを耐えるしかなかったわけだからな。
 が、その限定も最早意味がない。自分で自分を焼くにはスキルはいらない、という話が広まれば、“バースト”“常用者”にとってそれだけ身近になる。
 早く騒ぎを収束させないと、これまで以上に“バースト”が頻発するぞ」
 自分で自分の身を灼く炎が、あちらこちらで立ち上る街――想像して、ジェライザ・ローズは背筋が冷たくなった。
 もたらされた薬禍は人の身を灼き、そして地獄の光景を作り出す――
 知らず。
 ジェライザ・ローズは資料を持つ手に力をこめていた。
「止めなければなりませんね。何としてでも」
「同感だ」
「ですが――次は何を、どうすればいいでしょう?」
 ダリルは腕組みをした。
「流通ルートを遡れば、生産拠点に行き着く。それを突き止めて押さえれば、市場である“環七”に、これ以上のクスリが入るのは止められるだろう」
「精製プラントの特定、ですか」
「……これが既存の麻薬の類なら、成分解析から原産地ぐらい分かるんだがな。新種のドラッグとなると、そういう過去の蓄積も存在しない」
 ジェライザ・ローズは手元の資料を凝視した。
(ここで行き止まりなのか?)
 ――いや、そんなはずはない。
 分析した成分から、何か手がかりを見いだせないか? こういう時こそ、普段から勉強していた「薬学」の知識がものを言わなければならないのに――。
 と、ジェライザ・ローズの眼が資料の一点に止まった。
(……鉄分?)
 よく読むと、“アズキ”の赤みがかった色の理由は、含まれている鉄分によるものらしい。
(赤い色素が鉄分――血?)
 血――生物――動物。
 形のない、もやもやしたものが、ジェライザの脳裏に浮かび上がる。
 その時、机の上にあるダリルのパソコンが「You gotta mail」とボイスを鳴らした。
「あぁ、狐樹廊の得た『ソートグラフィ』の映像がサーバーに置かれたのか」
 キーボードが操作され、モニタに映像のサムネイルがずらりと並ぶ。
「……屠殺?」
 ジェライザ・ローズがサムネイルの一枚に見入った。
 ダリルがクリックし、拡大すると、逆さに吊され、血抜きをされているグリフォンの姿があった。
 次の瞬間、「ちょっといいですか」と、ジェライザ・ローズがダリルのパソコンに手を伸ばした。
「? どうした?」
「以前、聞いた事があるんです。どこかに昔『神獣』としてあがめられたグリフォンがいる、って」
 キーボードの上を指が踊り、画面に新たな窓が開く。直後、空京大学の校章が表示された。
「その血と肉は、人に神の力を与える──そう言い伝えられているグリフォンについての論文を、どこかで見た気がするのですが……」
「分かった。こっちでも調べてみよう」
 ダリルがデスクの上にあった別なノートパソコンを操作し、空京大学のサイトに入った。
 ――いくつもの検索ワードをとっかえひっかえした結果、シャンバラ大荒野の山岳地帯に生息する「シャンバラハイグリフォン」の生態を調べた論文がヒットした。
 何でもこの生物は、体液に強いドラッグ成分を含み、その血を飲んだり肉を摂ったりする事で一時的な身体能力向上が認められる事から、古くは近隣に住む蛮族から「神獣」として崇敬の対象になったという。知能もかなり高いらしい。
 分泌する体液で、一番ドラッグ成分の密度が濃いのは「涙」。
 もちろん血液にもドラッグ成分が多く含まれている。
 涙や血液の成分組成についてもかなり詳細に書かれてあり、それらと“ザラメ”“アズキ”の成分をマッチングさせると、それぞれの構成は酷似。
 どうやら“ザラメ”の原料はこのグリフォンの涙、“アズキ”の原料は血液と考えて良さそうだった。粉末ドラッグへの精製は、学校の理科室程度の設備があれば可能なようだ。
 念の為、空京大学にある他の論文を浚ったり、生物図鑑みたいなサイトも調べてみた。ドラッグ成分が抽出できる動植物は他にもいるが、この種のドラッグは「シャンバラハイグリフォン」からしか取り出せないらしい。
「事件の規模がいきなりワールドワイドになりましたね……」
 ジェライザ・ローズは渇いた唾を飲み込んだ。
 地球でも、ヘロインやらコカインは南米や「黄金の三角地帯」から、海や大陸を渡って世界中に広がっているらしいが――
「それだけじゃない。かなり前から周到に準備をして、相手は事を進めているようだな」
 ダリルは、自分のノートパソコンの画面を見せた。
「『裏依頼サイト』……?」
「『シャンバラハイグリフォン』をキーワードにして調べているうちに、ここに行き当たってな。表に出せないような『契約者』宛ての依頼の仲介をしているらしい」
 「最新依頼」には、最近の日付で「殺人」「強盗」「襲撃」等の物騒な言葉が並んでいる。
 ダリルがマウスを操作すると、画面が切り替わった。
  「依頼案件:
   シャンバラハイグリフォンの幼体求む。生け捕りなら報酬は3倍出す」
  「依頼案件:
   シャンバラハイグリフォンの成体求む。傷少なければボーナス出す」
 日付はそれぞれ、3ヶ月前と1ヶ月前。
「……流通ルートの“上流”、でしょうか」
「その手がかり、だろうな」

 打ち合わせの時に、狩生乱世は言っていた。
(……ヤクザなら、てめえの下部組織みたいな感じで、暴走族を飼い慣らすって事はあるだろうな)
 その発想は、彼女の過去から来るものか、それとも彼女の所属する「search party」での学習・訓練によるものか。
(見事な洞察力だよ、乱世)
 グレアムは、モニターに映し出された調査結果を見てそう思った。
 狐樹廊が「サイコメトリー」で得た情報にある会話で、「コザヨスケ」という人名があった。
 そうありふれている名前でもない。調べてみると、「古座余助」という地球人の氏名が浮かび上がった。
 元・波羅蜜多実業高校生。卒業ではなく中退している。
 中退後の進路は、地球だ。地球・日本・東京の――
「巌郷会、か」
 それは、暴力団の名前だった。
 どうやら、本丸が見えてきた。
「さて……こいつが後ろにいる会社で、空京に営業所や事務所があるのは……」