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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

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●12.キー・パーソン/捜査開始3日目の朝−夜

 蒼空学園。校舎内。
 水無月零と、神代 聖夜は、ひとりの女子生徒の前に立った。
「? 何ですか?」
「ディール・ローデットさんだな?」
 聖夜の問いに、「そうですけど?」と答えるディール。怪訝そうな表情に露骨に、警戒の色も混じる。
「……警察の者です」
 水無月零が委任証を提示した。
「お聞きしたい事があります。恐れ入りますが、一緒に来ていただけませんか?」
 言われた事がよく分からず、ディールはきょとんとしていたが、やがて表情に嫌悪の色が浮かんできた。
「……ジョルが、何かやったんですか?」
「さあ? 詳細は署の方で詳しく話します」
「私もう、あの地球人とは関係ありません。縁も切ったつもりです」
「『契約』は解いた、とでも?」
「そうは言いませんけど……ここしぱらくは連絡も取っていません。どこで何していようと勝手にしてればいいです。
 すみません、急ぎますんで……」
「ちょっと待って下さい」
 立ち去ろうとするディールの手を零はつかまえ、その手に何か握り込ませた。
「……離して下さい。『警察』っていったって“依頼”で雇われているだけなんでしょう? 乱暴するなら、こっちにだって考えが――」
「……気付いてない? あなた、監視されてる」
 零はディールに囁いた。
「『禁猟区』が反応してる。今のままだと学園内でも危険よ」
 聖夜もさりげなく、ディールを庇うような位置に立つ。
 調査の中で、“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”のメンバーのうちの何人かが、蒼学生だった事が確認されている。傘下にしている“暴走族(チーム)”のメンバーにも、そういう人員はいるだろう。
「……何よ。あいつ、一体何やったっていうの?」
“ここ”ではとても言えないような事よ」
 また零が小声で囁くと、ディールの顔は強張った。
「ただ、それから足を洗いたがっている気配はある。
 あなたとジョルの間に何があったかは知らないけど、それは信じてもいいと思うわ」

 夜。
 “環七”北部のバー「戒」のドアを神崎優はくぐった。
 カウンター席について、水の入ったグラスを時折口に運び、フォークでサラダをつついているやせぎすの男の姿があった。
(運が良かった)
 優は思った。ジョル・ジレッタは今夜も居てくれた。
 さて、これからどうするか――
 店内の気配をそれとなくうかがう。カウンター席やボックス席にも、柄のあまりよくなさそうな風体の人間が、ちらほらと見られる。
 ――蒼学にいるパートナーが監視されていたという事は、現在本人もこの店の中で監視されている恐れがある。そう考えると、この前の接触も、相当危ない橋だったのだろう。
 どうやってジョルを連れ出すか? 普通に連れ出そうとしても、恐らく妨害が入る。妨害の規模は、ジョルの殺害、というレベルまで考えておいた方がいい。
 気配。優の後ろで店のドアが開いて、閉じる。多分聖夜だろう。「隠行の術」と「隠れ身」で気配を殺し、店内隅のボックス席について身を潜めているはずだ。援軍もゼロではない、が――。
 仮に、店内の客全員が監視役だったとして、それら全員を無力化する方法は――
(俺は「ファイアストーム」を使えるな――)
 いや、これは規模がでかすぎる。対象を絞った所で、間違いなく店は火事になる。それに、客全員が監視役、と決まったわけでもない。
“あれ”が一番無難か――)
 ――時間にして十秒足らず。悩んだ末、優はずっと考えていた方法を取る事にした。
 多少の“痛い目”は仕方ない。その後の身内からの小言の方が、正直言うと気が重いが――
 優は、カウンター席に近づくと、ジョルの横を通り過ぎ様、できる限りの悪人っぽい口調で、
  「ディールちゃんはこっちの家で遊んでるよ。
   ザラメとアズキをふんだんに使ったスイーツをいっぱい食べてる」
と囁いた。
 直後。
 優の顔面に拳が叩き込まれ、体は地面に叩きつけられた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
 獣のような雄叫びを上げながら、ジョルはさらに倒れた優に馬乗りになった。膝で肩を押さえて腕が動かないようにすると、剥き出しの顔面に容赦なく拳の雨を降らせた。
「ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す!」
「……おい、バカ! 何してやがる!?」
 “雨”が束の間止んだ。
 誰かがジョルを止めようとしたらしい。が、それは失敗したようだ。
 “雨”が再び降り出した。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
 薄れゆく意識の中、荒々しくドアが開き、仲間達の声が聞こえてきた。
(警察の者だ! 傷害の現行犯――いや、殺人未遂で逮捕する!)
 そう言ったのは聖夜だったか。
 暗転――

 ――意識を取り戻した時、最初に眼に入ってきたのは今まで見た事がないくらいに怒った表情の零、聖夜、刹那の顔だった。
「どういう事か説明して貰いましょうか」
 地に響くような声で、そう言ったのは零だった。丁寧な口調になっている分だけ、怒りの深さと凄まじさを物語っている。
(敵を欺くには味方から――って言ったら、みんなもっと怒るんだろうなぁ)
 ――なお、優がジョルに囁いた事は嘘ではない。
 ディールは環七中央署の一室で、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が作ったぜんざい等の和風スイーツを食べていた。
 それらはもちろん、普通のザラメやあずきをふんだんに使ったものだ。