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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

リアクション


●13.手入れ/捜査開始3日目の夜−4日目未明


“手入れ”をする事になったわ」
 セレンフィリティは、携帯電話でガートルードに話した。
“ザラメ”“アズキ”を製造・密売している“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”全員と、それを裏から仕切っている『巌郷会』の古座余助、幌向将佐に逮捕状が出たわ」
「そうですか。そうすると、私達の出番はなさそうですね」
「いえ、そっちにしかできない事がある」
「……それは?」
「古座余助を引っ張り出せないかしら?」
 ガートルードは少し考え込んだ。
「保証はできかねますね。
 そちらと話した後、ディスコに戻って“ザラメ”“アズキ”を仕切っている社長と会いたい、とコナをかけてはおきましたが」
「もし本人を引っ張り出せたら、連絡をもらえるかしら? それを合図に“手入れ”が始まるから。
 古座余助と幌向将佐を捕まえない限り、『パラミタ大陸のコドモを好きに操って地球のオトナが悪さをする』ってノウハウが生き残っちゃう。
 ただでさえ“環七”“ワルい子”だけで大変なのに、“ワルいオトナ”までが本格的に乗り込んできたら収拾がつかなくなるわ」
「同感ですわね。大人気ないオトナの皆さんには、退散願いましょう」
 通話を切った後、ガートルードは深呼吸した。

 「Deck☆“O”」店内。
 その日の夜、またやって来たガートルードとシルヴェスターは、今度はVIP席へと通された。
「こんばんは。いい夜ですねぇ」
 柄の悪そうな顔の男が、慣れない営業用スマイルを浮かべながらふたりの前に現れた。真新しいビジネススーツが、服に着られたという風情を強くしている。
 事前にメールで送られた「古座余助」「幌向将佐」の顔とは違う。
「……あなたは?」
 ガートルードの問いに、男は一礼した。
「シゴロー・ザライデンと申します。“環七(このあたり)”“ザラメ”“アズキ”の仕入れと管理を仕切っております」
 ガートルードとシルヴェスターは、VIP席に座ったままジゴローを迎える形となっている。
 ──シゴロー・ザライデン。確か、“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”“頭(ヘッド)”の名前がそれだった。
 数秒ほど間を置いてからふたりは席を立つと、
「時間を取らせてすまんかったのぅ?」
「どうやらご縁がなかったようですわ。それでは」
と言って席から離れようとした。
「……ちょっと待った」
 シゴローが険悪な表情でふたりを呼び止めた。
“人”を呼びつけておいて、顔合わせるなりいきなりその態度ってのは、“失礼”ってもんじゃないかい?」
「シゴローさん、とおっしゃいましたね? 私達は“社長さん”とお会いしたい、と申し上げたつもりですよ?」
「だから俺が……」
「失礼ですが、色々調べさせていただきました。
 この“環七”での“ザラメ”“アズキ”“流通”は、確かにシゴローさんが担当されてるお仕事です。その年齢でこんな責任ある仕事を任されているのは、よほどの実力と信頼、そして実績があるのだろうと、大変感服いたします。
 ですが、“ザラメ”“アズキ”の事業全体を仕切っているのは、別の方だと思いましたが?」
「わしらはのぅ、もっと“グローバル”な話をしたいんじゃ。“環七”なんかにとどまらん、空京、シャンバラ、いずれはパラミタや地球を巻き込んだ規模で、のう?」
「もしも“小麦”のルートに“ザラメ”“アズキ”を乗せるとしたらどうなるか──私達はその辺りまで視野に入れて、お話をしたいと考えてます。
 話の規模も大きいですし、それについてきちんと意思を伝えられなかったのはこちらの落ち度でした。無礼はお詫びいたしましょう」
 ガートルードとシルヴェスターは、VIP席に腰を下ろした。
「話を詰めるのはまた後日という事にして、今夜はただの客として、楽しませていただきましょうか。
 ……一杯奢りますわ、シゴローさん。お好きな飲み物は?」
「一本取られたなぁ、シゴロー」
 声がした。
 シゴローの後ろから、背の低い、坊主頭の男が取り巻きを引き連れて姿を現した。
(……この人が……)
「最近のパラ実生の気合の入り方はハンパないな。将来が楽しみだぜ。
 オレが古座余助だ。“ザラメ”“アズキ”の全体の“仕切り”をやらせてもらっている──っと、“調べ”がついてるんなら、言うまでもないかな?」
 ガートルードとシルヴェスターは再び席を立つ。
「お会いできて光栄です、“先輩”
「……こそばゆいねぇ。“中退”した身には、“後輩”からそう呼ばれるのが少し照れるぜ。
 あんたらを試すような真似をして済まなかったな。ただ、こういうのは相手に舐められないようにするのが肝でな。“オトナのやり方”ってんで、分かってくれや」
「重々わきまえておりますわ。シゴローさんへの失礼、どうかご容赦下さい。侮れない相手と思ったからこその、ギリギリの駆け引きとご理解下さい」
「おぅ、いずれは俺の“片腕”にしたいって思うほどの“タマ”よ。
 ──“当て馬”みたいにして悪かったなぁ、シゴロー?」
「いえ、別に気にしちゃいません。理由あってのことなら仕方ないです」
「格下には色々と“理不尽”なのが“オトナのやり方”ってヤツだ。分かってくれぃ。
 さて……“話”をしようか、後輩?」
 ――正念場、ですね。
 ――そう、じゃな。
 ガートルードとシルヴェスターはアイコンタクトを交わした。

 古座余助から語られた話は、今後の“ザラメ”“アズキ”をどう“事業拡大”させていくかということになった。
 現在は“環七”界隈に留まっているが、しばらくしたら空京、そして地球の方にも“市場”を広げるつもりだという。
「……パラミタの、他の地域の市場を“開拓”はされないのですか?」
 ガートルードの問いに、古座余助は首を振った。
「『契約者』より、『未契約』を客として囲い込んだ方がコストがかからない。
 何せ、『契約者』ってのは頑丈だ。“落とす”には一定量の多寡が必要になる。が、その多寡を希釈して『未契約』の、たとえばただの地球人に打ったらどうなるかねぇ?」
 ニヤリ、と古座余助は笑った。
「『契約者』をもぶっとばす“ザラメ”“アズキ”“ただの人”にそのまま打ったら即死だろうが、もうちょっと強さを“マイルド”にできるんなら──」
「同じ分のクスリの多寡で、より多くの客を確保できるのぅ?」
「そういう事だ。単純だが、とても重要な事だ。
 今後は『契約者』相手の供給をもうちょっと絞って、『未契約』相手の市場を開拓したい。“環七”界隈に済んでいる地球人をテストケースにして希釈の度合いを見極めて、大体の閾値が見えて来たら、本格的に空京、そして地球──手始めに東京あたりに進出しようと思っている」
「……夢のある話ですね」
「その時には、“小麦”の販路も使えると非常に助かる。現役パラ実からのオファーはこっちに取っちゃ渡りに船。お互いしっかり儲けたい所だな?」
「先輩。ひとつ申し上げたい事があるのですが」
「何だ、後輩?」
“夢”は寝てから見てください」
 ──「ヒプノシス」。
 直後、VIP席周辺にいた者達は、その場に昏倒した。
 ガートルードは携帯電話を取り出すと、セレンフィリティに連絡を入れた。
「古座余助、確保。後はそちらでやって下さい」
「了解、感謝するわ」
「これでひとつ、貸しですね?」
 通話を切ると、ガートルードとシルヴェスターは店を出た。
 入れ違いで、セレンフィリティ、ミアキス、マイト・レストレイド、朝倉千歳、イルマ・レスト一斉に飛び込んだ。
「警察だ! 全員動くな!」
 千歳が「警告」スキルで怒鳴りつけた。
 ――その後、店内にいた客全員に対して千歳は「嘘感知」を用い、“ザラメ”“アズキ”を持った事のある人間、摂取した事のある人間を片っ端から拘束した。
 古座余助、“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”らが問答無用で拘束されたのは言うまでもない。

 裏道の密売スポットでは、紫月唯斗、エクス・シュペルティア、紫月睡蓮、プラチナム・アイゼンシルトらが売人及び見張り役を拘束した。売人が持っていたコインロッカーの鍵を取り上げ、近場のコインロッカーに保管してあったクスリの在庫を応酬した。

 繁華街の中にあるバー「ダイヤモンド」の近くには、“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”のバイクがズラリと並んでいた。
 乗り手であるメンバーが入店した後、張り込み地点に待機していた狩生乱世、アストライト、天貴彩羽、ティー・ティーらが全ての出口を押さえた上で店内に突入。
 ティーとアストライトの「警告」と、それでも刃向かってくる者達への彩羽の「ヒプノシス」で無力化を図った後は、ティーによる「嘘感知」で“クロ”い者達は「Deck☆“O”」同様片っ端から拘束した。

 巡回担当人員のうち、樹月刀真と漆髪月夜らが“環七”北部にある運輸会社の事務所に突入した。
 運輸会社は今年に入ってから空京内に事務所を構え、かなりの無理をしてトレーラーを持ち込んでいた。
 突入当時、トレーラーは“納品”の為に“環七”を走っていたが、事務所にあるPCから現在位置が割り出され、他の巡回要員に指示が飛び、しばらくのカーチェイスの後、秋月葵の「シューティングスター☆彡」がタイヤを撃ち抜き、トレーラーは止められた。
 運転席の人員はすかさず拘束され、後ろのコンテナ部の鉄扉が開かれ――
「……うぷっ!」
 眼にしたものを見て、ミリィ・アラメアは吐き気をこらえた。
 長机が並べられ、その上には理科の実験器具のようなものが並べられていた。
 その一番奥に、それはあった。
 台の上にグリフォンの雛が“並べられていた”
 “並んでいた”のではない、“並べられていた”のだ。
 逃げ出さないように翼を削ぎ落とされ、身動きできないように四肢の腱を切られ、鳴き声を上げないように喉を切られ、死なないように様々な点滴をスパゲティよろしく打ち込まれ、台の上にワイヤーで縫いつけられていた。
 その眼は、環七警察署の依頼を受けて駆けつけた警察協力者の姿を見ても、何の反応も示さない。
 このグリフォンは――シャンバラハイグリフォンは、知能が高いという。
 だから、雛でも理解できる。「絶望」というものが。
 セルマが、机の上にあったノートを手に取り、開いてみた。
 「シナリオ」が載っていた。
   「グリフォンの父と母とが、“主人公”(グリフォンの雛)を愛情を注いで育てた後、突然豹変。
    ひたすらいたぶりに来て、抵抗も出来ないまま、信じていた相手に虐待されて殺される・
    この生涯を10回1セットで3セット以上繰り返す」
   「グリフォンの兄弟、親に死なれた後は力を合わせて狩りをして生きていく。
    ある年、エサが全く取れず、ついに共食いが起きる。
    それまで互いに愛し合い、信頼し合っていたグリフォンの兄弟、文字通り食うか食われるかの死闘。
    “主人公”、最後の勝利者となった後、自分のした事に絶望して崖から身を投げ、翼を羽ばたかせることなく転落死。
    この生涯を10回1セットで3セット以上繰り返す」
   「“主人公”、成長してつがいとなり、子供もたくさん生まれる。
    が、子供が生まれた年は、エサが全く取れず、“主人公”は死力を尽くしてエサを探す。
    ――苦労の末、久し振りに大物を仕留めた。これでしばらくは生き延びられる。
    巣に戻った時は共食いの後。
    残された“主人公”、家族の死骸の中に身を横たえ、自分で飢え死にする。
    この生涯を10回1セットで3セット以上繰り返す」
   「“主人公”、人間に捕らえられ、生きながら腹を割かれ、眼を抉られ、四肢を潰され云々。
    とにかく時間をかけてなぶり殺しにされる。
    この生涯を10回1セットで3セット以上繰り返す」
 ――こういう状況じゃなければ、ベタネタの一種として渇いた笑いを上げて流す事もできただろう。
 だが、こんな目に何度も何度も遭った命があるのだ。「悪夢を見せられる」という形で。
 セルマはノートを投げ捨てると、さっきまでコンテナ内で“作業”をしていたであろうものの襟首を掴み、体を壁に押しつけた。
「……お前ら! お前ら本当に人間かッ! 貴様等の血は何色だッ!」
(人間ですよ、彼らは間違いなく、ね)
 激昂するセルマに向けて、魔鎧『サイレントスノー』は心中で語りかけた。
(人間はですね、不要でなければいくらだって残酷になれるんです)