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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

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空京薬禍灼身図(【DD】番外編)

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●9.別働隊・1/捜査開始2日目の夜

 裏道の密売スポットの監視モニターに、動きが出た。
 人影が売人の前に立つ。
 ややあって、売人が人影に近づいた。
 集音マイクが声を拾った。
(……“アズキ”か?)
“ザラメ”はないのか?)
“アズキ”の3倍)
(……分かった。“アズキ”だ)
「……歯がゆいですね」
 睡蓮が画面を睨んだまま言った。
「犯罪が現在進行中だというのに、手が出せない、なんて」
「今は仕方あるまい。裏の組織が見えてきたとは言え、まだ“手がかり”の段階だからのぅ? “証拠”が無ければ“手は届かない(Untouchable)”じゃ」
“路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”が密売に手を染めているのは確定しているんですよね? そいつらを取り敢えず捕まえて、“巌郷会”についての自白を引き出せば……」
「それも危ういさ」
 唯斗が首を横に振る。
「巌郷会の“コザヨスケ”からの“締め付け”が強ければ、ヌルい取り調べ程度じゃ何も喋らん」
“ペイント娘”さんの尋問術は侮れませんよ?」
「だったら予め喉でもかっ切っておくさ」
 唯斗は親指を立てて、首の前を横に切った。
「最悪のケースは、常に立てておかないとな。今度の敵は“ワル”じゃない……“悪”だ」
 裏道の売人から鍵を受け取った“客”は、走り去っていった。

(?)
 天貴彩羽は、監視用ツールに妙な記録を見つけた。
 ――不正アクセス……ハッキング?
 その口元が微かに吊り上がる。
(どちら様ですか? 逃がしはしませんよ――)
 トレーシング開始――端末特定完了――ロケーション特定。
 携帯電話を手に取った。
「こちら“ツン☆デレ”。何か動きが?」
「こちら捜査本部、天貴。
 紫月さん、もし手空きの方がいたら、お使いを頼めませんか? 何人かでチームを組んだ方が良さそうなんですが」
「……全員こっちから離れるわけにはいかんしな……朝倉とかの“特捜空京最前線”組から応援を頼むか」

「――予想はしていたが、また“北”のヤツらが“調子”こいているようだな」
 猫井 又吉(ねこい・またきち)が呟いた。
 “環七”中央繁華街にある某ネットカフェのペア席用ブース。又吉がPCを操作する横では、国頭 武尊(くにがみ・たける)がフリードリンクのスポーツ飲料をすすりながらぐったりしている。
 “ブツ”というのは、武尊がついさっき、裏道で手に入れた“アズキ”の事だ。購入時には、念のため“見張り役”くさいヤツに又吉が因縁をふっかけ、注意を逸らさせていた。
“北”? “路王奴無頼蛇亜(ロードブライダー)”か?」
「だな。ちょっくら“警察(マッポ)”ン所に忍び込んで、“前科(マエ)”持ってるヤツらのツラと、お前が“ブツ”“メト”った時の雁首並べてるのを照合してみた。間違いない」
 武尊の問いに、又吉は頷いた。
 武尊が身を起こした。
「ヤツらの関係者って、パラ実にいたのかね?」
「そいつは分からねぇ……なぜだ?」
“ブツ”“メトっ”た時、“大荒野”の匂いがした」
「……そいつは意外だな。“ウチ”“ご近所”じゃねぇか?」
「その通りだ。“ちょっと”広いがな……で、又吉。今すぐトイレ行って来い」
「何だそりゃ?」
 武尊は又吉に顔を寄せ、小声で囁いた。
“警察(マッポ)”が来てやがる)
 又吉が緊張した。
(……マジか?)
(「殺気看破」に反応してやがる……お前今、“小麦粉”持ってるだろ? 今すぐ流して来い!)
 又吉は返事もせずに立ち上がると、ブースを飛び出し、“決壊寸前”を装いながら男子用便所に飛び込んだ。
 ――1分もしないうちに、ブースのドアがノックされた。
「……注文頼んだ覚えはないぞ?」
「奇遇だな。こっちも受けた覚えはない」
 ドアが細めに開けられて、「委任証」が差し出された。
「……月並みな台詞だが、君は今包囲されている。大人しくしていれば、手荒な真似はしない」
「……オッケー。ちょっと待ってろ」
 武尊がブースのドアを開くと、紫月唯斗や朝倉千歳、イルマ・レストらが立っていた。委任証を出したのは千歳だ。
「こっちもそっちにゃあ用があったんだ。ゆっくり話がしたい。署でも何でもさっさと連れてってくれや」
「ペア席って事は仲間がいたはずだな?」
 千歳のツッコミに、武尊は内心舌打ちをした。
 同時に、男子用便所から又吉が戻ってきた。
 ――間一髪、だったな。
 それで良し、とすべきだろう。

 環七中央警察署、尋問室。
 机を挟み、武尊と師王アスカが向かい合っていた。
 机の上には、武尊が購入した開封済みの“アズキ”のパッケージがある。
「どうして警察をハッキングしたのかしら?」
「このクスリを“メト”った時に出て来たツラを調べたかったのよ」
「何故この件に首を突っ込むの?」
「胡散臭いドラッグが流行るのは見過ごせなくてね」
「どうして? S級四天王が実は“正義の味方”だったなんて、知らなかったわ」
(ヘンなものに流行られると、ウチの「自称小麦粉」が売れなくなるんだよ)
と言いかけたのを武尊は黙り、
「……人様の縄張りで、調子こいてんじゃねぇ、って所かね?」
「空京はいつからあなたの縄張りになったのかしら」
“環七”北の暴走族は俺たちが潰したからなぁ)
と言いかけて武尊は黙った。薮蛇になる。
「……『お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの』よ。いずれはここの“ワル”も全部俺たちが“制覇(シメ)”てやろうか、なんてなぁ」

 尋問室の、鏡の壁を隔てた所では、ルーツ・アトマイスが眉間に皺を寄せていた。
「……嘘は言っていないが、本当の事も全部吐き出してはいないな」
 さすがはS級四天王、と言った所か。場数も踏んでいるだけあって、多少の揺さぶりではどうにかなるような相手ではない。
 ドアが開き、武神牙竜が入ってきた。
「我らが“ペイント娘”の調子はどうだ?」
「こいつは手強いぞ、“田中太郎”。えらくガードが堅い。しかも言ってる事が嘘じゃないからつつきようがない」
「……別な切り口で行った方が良さそうだな」
 牙竜はマイクに口を寄せた。

 その声が耳につけたインカムから聞こえた時、アスカは少し驚いた。
“ペイント娘”。こちら“田中太郎”
 ルーツの指示が来る事に慣れていたから、少し表情が固まってしまう。
 ――こんな所まで出張ってどうしたのかしら?
“古座余助”っていうパラ実OBについて訊いてくれ)
 耳につけたインカムから、牙竜の指示が来た。
(なるほど、そういう事ね――)
 切り崩すのではなく、情報を手繰る方向で行く、という事か。
「ところで、あなたはパラ実の先輩方については詳しいかしら?」
「? 知ってるヤツもいるし、知らないヤツもいる」
「古座余助、という人の名前は聞いた事ある?」
「あぁ。多少はな」
「どんな人?」
「珍しいパラ実中退者、って聞いてるぜ。
 パラ実入学して2年もしないうちにパラミタから地球に戻って、地球の何とか言うヤーさんとこに“就職”したって」
「他には?」
「他には、って?」
「そうねぇ……例えばヤクザ屋さんに就職するんなら、パラ実中退よりは卒業の方が有利そうな気がするんだけど……」
「何だか憧れの先輩を追いかけて、って聞いたな。確か……」
 そこまで話してから、武尊は壁一面に張られた鏡に顔を向けた。
「なあ、お互いまわりくどい事は止めにしようじゃねぇか?」
 ぱん、と手を鳴らし、芝居がかった様子で腕を広げる。
「あんたらもオレも、“環七”の騒ぎをどうにかしたい。目的は同じだろう?
 もともとこっちは、色々調べたら情報全部そっちに明け渡すつもりでいたんだ。
 時間をかけても仕方ない。ちゃっちゃと情報交換して、コトを先に進めようじゃねぇか?」
 しばらくすると、尋問室のドアが開いた。
「なるほど、そっちの言う通りだ」
 そう言って入って来たのは牙竜だ。
「だが、目的が同じだっていうのなら最初っからそっちもコソコソするな、と言いたくなる」
「完全に警察屋さんと手を組むのも、何かこっちの性に合わなくてね」
「で、話の続きをしようか……古座余助の憧れの先輩ってのは?」
「幌向将佐(ほろむき・しょうすけ)。パラ実卒業後は……そうそう、“巌郷会”って所に入ったはずだぜ――」
 その後、武神牙竜やアスカから質問されて武尊が答えた情報は、以下のように要約される。

  ・古座余助が卒業を待たずに中退し、「巌郷会」という暴力団に入ったのも幌向将佐がそこにいるから。
  ・古座余助は機転とか頭の回転については少し鈍い所があり、正直物事を仕切るような器ではない、と聞いている。
  ・幌向将佐は、パラ実在学時にはかなり気合の入った“ワル”として知られていた。
  ・頭の回転も速く、堅気や弱者には手を出さない、情や仁義にも篤い“漢の中の漢”
  ・現在は「巌郷会」に属し、若手のエースとして頭角を現しているらしい。
  ・グリフォンの血抜きは、シャンバラ大荒野で行われている。

 古座余助。
 幌向将佐。
(どうやらこいつらのどっちかが、あるいはどっちもが、今回の騒ぎのボスっぽいな)
 その“証拠”を掴めれば、逮捕の為に動けるのだが――
(まずは“アズキ”の生産プラントを押さえるか)
 武神牙竜は武尊に訊ねた。
「なぁ、グリフォンの“処理”をしていた所ってのは、すぐつきとめられそうか?」
「多少手間はかかるがな。件のグリフォンの生息域が限られてるってんなら、“血抜き”してるのはその近場だろうさ。時間さえかければ見つけられるさ」
「こっちから人を出して調査に当たりたいんだが、現地でのガイドを頼む」
(つまり、さっさと“環七”から出て行けって事か――)
 違法ドラッグ購入や所持、警察のイントラへの不正アクセス――ヤバい事は色々やらかしてるし、変にツッコまれないうちに退散できるなら、それに越した事はない。
「いいぜ。引き受ける」
 その答えを聞くと、牙竜は武尊と又吉を両方とも尋問室に集め、書類を差し出した。
「これにサインしろ。今回の空京警察からの『依頼』に馳せ参じたってコトになるから、ドラッグの違法購入・違法所持が罪に問われるような事はない」
「……どういうつもりだ?」
 又吉が訊ねる。
「情報提供の礼だ。“アズキ”の生産プラントが大荒野にある、というのはこっちにとっては収穫だ。“古座余助”の上にもさらに黒幕がいるかも知れない、ってのも大きい」
(お上にお目こぼししていただけるんですかい? へぇへぇ、ありがたいこって)
 色々と感じるものがないわけではなかったが、結局又吉は武尊とともにペンを取った。