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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第1章「戦いの始まり、日常の始まり」
 
 
 シャンバラ大荒野で起きたトラックの襲撃事件――
 
 その救助に参加する為にツァンダにある花屋から走り始めた篁 透矢(たかむら・とうや)篁 大樹(たかむら・だいき)の前に、無限 大吾(むげん・だいご)グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)が現れた。
「やぁ、透矢君に大樹君。休みなのにこの時間からツァンダにいるなんて珍しいね」
「な、何なのよ。せっかく早くに出て来たのに何でこんなに知り合いに会う訳!?」
 透矢達の姿を見つけ、二人がそれぞれの反応を返す。特にグリムゲーテは出来るだけ他人に見られないようにと開店直後のこの時間を狙ってやって来ただけに、予想外の事態に内心冷や汗を掻いていた。
「今ここにいるという事は、大樹達も花屋に用があったのですか?」
「やっぱり目的はシルフィスの花? ボクも予約してた分を取りに来たんだ」
 二人の後ろにはセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)水鏡 和葉(みかがみ・かずは)がいる。どうやらここにいる者達は皆同じ目的で来ているようだった。
「それが大変なんだ! 花を運んでるトラックが襲われたんだってよ!」
『襲われた!?』
 大樹の発言に驚く四人。丁度同じタイミングで、彼らと同じ声が花屋の方から聞こえていた。
 
「そ、そんな〜!? せっかく明日のお食事会の為にメーデルワードが半年も前から予約してたのに!」
「朱里なんて今日がパーティーなのよ! ……盗賊団、今日という今日はゆるさーん!!」
 花屋の前では、四人の男女が店員から話を聞いていた。その中のラサーシャ・ローゼンフェルト(らさーしゃ・ろーぜんふぇると)が教えられた事実にショックを受け、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)がこの場にはいない犯人に憤慨している。
「皆が楽しみにしている贈り物を奪うとは、酷い人達ですね。そういった相手にはお仕置きが必要だと思いませんか?」
「セラータが最初から戦闘態勢なのは珍しいね……とは言え、私も今回の事には腹を立てている。盗賊達には二度とこんな真似が出来ないように――ん?」
 大切な相手への贈り物を邪魔されて静かな怒りを燃やすセラータ・エルシディオン(せらーた・えるしでぃおん)メーデルワード・レインフォルス(めーでるわーど・れいんふぉるす)の二人が、近づいてきた透矢達の存在に気付く。先ほどの叫び声で同じ目的だと読んでいた透矢が彼らへと声をかけた。
「君達も盗賊達の討伐に向かうつもりなら、一緒に行かないか? 今――」
 彼らだけでなく、大吾達にも現在の状況を伝える。
 トラックごと盗賊達に奪われた事、その場所がシャンバラ大荒野である事、そしてつい先ほど各学校から正式に契約者達に対する救助依頼が出され、大荒野のある地点が集合場所に指定された事、など――
 
 聞き終わった時、この場にいる者達の考えは一つに纏まっていた。それは当然、盗賊達を倒して積荷と運転手を奪還する事である。
「どこの賊かは知らないけど、この私の前で悪事を働いたのが運の尽きね。黒印の前に跪かせてあげるわ!」
「朱里もやるわ! ぼっこぼこにして花を取り返すんだから!」
 意気盛んな者、冷静な者など様々。その全員に向け、透矢がこれからの事を話しておく。
「よし、それじゃあ各自で準備をしてから大荒野の集合場所に向かおう。来てくれそうな人がいるなら呼び掛けておいた方が良いと思う」
「オッケー! ルアークも来てるから呼んでから行くね。それじゃあ皆、また後で!」
 ツァンダにいるパートナーと合流すべく走り出す和葉。それを皮切りに、全員が救出作戦の為に動き出すのだった――
 
 
 同じ頃、ツァンダ南東の小さな村、シンクへと続く道をバイクで走り続ける者がいた。
 彼の名はダリオ・ギボンズ(だりお・ぎぼんず)。地球で長い間海兵隊として活動し、今は一人のエンジニアとしてのんびりと暮らそうとしている男である。
「思ったよりも小さな村みたいだな。仕事が終わったら少しゆっくりしていくのも悪くはなさそうか」
 戦いではなく本業を行える事を嬉しく思うダリオ。そのままバイクはスピードを落としながら、シンクへと入って行った。
 
「これでお洗濯はお終い、と。う〜ん……お買い物にはまだ早いですね」
 シンクにある一軒家、篁家の庭に洗濯物を干し終えた篁 花梨(たかむら・かりん)が玄関口の掃除に回る。そこに丁度やって来たダリオが声を掛けた。
「嬢ちゃん、ちょっと尋ねたいんだが、村長の家はどこにあるか分かるかい?」
「あ、はい。村長さんの家でしたら向こうの奥にある、あの家ですよ」
「……あれか。すまない、助かった」
 礼を言い、そのままバイクを走らせようとするダリオ。そんな彼に、ポシェットの中に入っていた魔道書が苦言を呈す。
「こらこらダリオ君。せっかく道を教えてくれたお嬢さんにそれだけというのは感心しないな」
「ワンツー? いつの間に入り込んでたんだ?」
「細かい事は気にしないでおきたまえ……さてお嬢さん、自己紹介が遅れたね。私はエルティ・オリ(えるてぃ・おり)という者だ」
「エルティ・オリさん……だから『ワンツー』なんですね?」
 ちなみにエルティはグルジア語で1を、オリは同じく2を意味する。
「おや、良くご存知だ。どうだろう? ダリオ君が世話になったお礼に私とお茶でも――むぎゅ」
「……来ちまったものはしょうがねぇが、他人様に迷惑を掛けるなよ」
 悪い癖が出たパートナーをダリオが押さえ込む。その下で何やらジタバタしているが、見なかった事にした。
「すまない、悪い奴じゃないんだが少し女好きな所があってな……っと、ワンツーだけに名乗らせるのもあれだな。俺はダリオ・ギボンズ。エンジニアだ」
「篁 花梨です。こちらにはお仕事で?」
「あぁ、ここの村長に頼まれてな。もし機械関係で何か困った事があったら呼んでくれ。家の設備くらいなら一通り直せる」
「有り難うございます。今度、お台所周りでお世話になるかもしれません」
「その辺なら任せてくれ。それじゃ、俺はこれで」
 連絡先の書かれたカードを花梨に渡し、再びバイクを走らせる。そして村長の家に着いたダリオは自分の技能を発揮して村を走り回るのだった。
 
 
「ご、ごめんナナ! 待った?」
 ヒラニプラ、教導団施設前。ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)と待ち合わせをしていたレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)が小型飛空艇を着陸させる。
 今は待ち合わせ時刻を十分ほど過ぎた所。完全な遅刻なのだが、その理由を良く知っているナナは想定内とばかりに優しい笑みを浮かべて彼を迎え入れた。
「大丈夫? レイちゃん。そんなに慌てなくても平気ですよ」
「う、うん……ここまでなら迷わないと思ったんだけどなぁ」
 レイディスは自分でも認める方向音痴だった。その為普段から早めの行動を心掛けてはいるのだが、それでも目的の時間を過ぎてしまう事は珍しくなかった。ナナが落ち着いて待っていたのもその辺りが理由である。
 ちなみにこの二人、仲は非常に良いが恋人同士という訳では無い。事実、ナナには別に婚約者である男性がいる。
 二人の関係を示すなら、『親子』と言うのが相応しいだろうか。そのくらいレイディスはナナを母として慕い、ナナもまた、レイディスに子としての愛情を注いでいた。
「さて、今日はどこに連れて行ってくれるのですか?」
「それは行ってからのお楽しみ。さぁナナ、乗って」
 促され、ナナが小型飛空艇に乗り込む。そして高度を上げた飛空艇はレイディスお勧めの場所へ――
「……ごめん、ナナ。空京ってどっち?」
「あっちですよ、レイちゃん」
 ――お勧めの場所へ飛び立って行った。一体どこへ向かうのか、それは到着してのお楽しみである
 
 
「ちょっちハイキングに行ってくるね♪」
 ヒラニプラ郊外にある洋館。そこに住むダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がそんな言葉を残して出掛けて行くのを見送っていた。
(ふむ……)
 そのまま自室に戻り、教導団から告知されている依頼や任務の記録を参照する。
 ルカルカはよく、自身が任務に向かう事をピクニックやキャンプと言った言葉で表現する事があった。その場合ハイキングとは、弁当無しの日帰りで任務に当たる事を指す。
(……これか)
 いくつかの任務の中から、近郊であるシャンバラ大荒野にて発生したトラックの襲撃事件を見つける。
 賊の規模は判明していないが、襲撃が成功している以上それなりの捕り物劇になる事は間違いないだろう。
 そう思ったダリルが事前に警察と教導団へ話を通しておこうと携帯電話を取り出した。
「……こちらは教導団のダリル・ガイザックだ。大荒野での襲撃事件で……ああ、その件だ。本日中に解決するだろうから逮捕の手続きを――」
 
 
 事件の直接解決に乗り出す者、間接的に支援する者、そして一切知らずに日常を送る者。
 それぞれの一日が今、幕を開けた――