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学生たちの休日7

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学生たちの休日7

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「よいしょっと。みんな気をつけて運んでくださいですぅ」
 一メートル四方以上は確実にある本を四人でなんとか運びながら、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がみんなに注意した。
「どうでもいいけど、なんでこんなに大きい本なの?」
「地図ですから、小さくする気がなかったのでしょう」
「み、皆さん、なんで普通に持って運べるんですかあ」
 しゃべりながらも軽々と本を運ぶセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)たちにむかって、シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)が泣きそうな声で言った。さすがに腕力が十倍近く違うので、シャーロット・スターリングとしては、今にも本に潰されそうである。
「はい、ここでいいですぅ」
 メイベル・ポーターが指示した最大の閲覧テーブルの上に本をおくと、シャーロット・スターリングはそのままへなへなと床の上にしゃがみ込んだ。
「おやおや、大変ですね。大丈夫ですか?」
 通りかかった大神 御嶽(おおがみ・うたき)が、見かねてシャーロット・スターリングに手をさしのべた。
「あ、ありがとうございます」
 引き起こしてもらって、シャーロット・スターリングがお礼を言う。
「よいしょっと」
 メイベル・ポーターが、巨大本をめくって中を開いた。そこに現れたのはパラミタの地図だ。ずいぶんと古い時代の物のようで、見つかった年代順に、いくつかのパターンの写しがある。
「ずいぶん不正確ですね」
 フィリッパ・アヴェーヌが、メイベル・ポーターがめくっていくページに記された地図を見て言った。
「やっぱり、古い物だからといって、新しい発見があるというわけではないようですぅ」
「それはそうでしょう」
 ちょっと落胆するメイベル・ポーターに、大神御嶽が言った。
「五千年前にシャンバラ古王国が滅亡してから、ずっと世界地図は作られてこなかったようですからね。もちろん、エリュシオン帝国にはそれなりの物があったでしょうけれど、地図は国家機密ですから、正確な物は出回ってはいないはずです。カナンは砂漠化が進んだりして近年地形がかなり変わったでしょうし、マホロバはずっと鎖国していましたからねえ」
「ポータラカも、他国と交流を立っていましたから、正確な情報はないようですね。いったいどんな人が住んでいるのかは、ぜひとも知りたかったのですが」
 残念そうにフィリッパ・アヴェーヌが言った。
 昨今ポータラカ人との接触は何度かあるが、結局大規模な交流はまだとてもあるとは言えない。
 コンロンは、シャンバラ古王国の滅亡とともに国としての形を成さなくなったので、まともな地図もないといった状態だ。
 カナンは、最近砂漠化が進んでしまったため、地形が大きく変わってしまっている。
 シボラはほとんど秘境と言える地帯で、これから探検が始まるという有様だ。
 マホロバは鎖国をしていたので、情報の開示はやっと少しずつされているという感じである。
 その先にあるというティル・ナ・ノーグは、まだお話の国の域を出てはいない。
 エリュシオン帝国は、様々ないきさつのおかげで首都までは交流が進んだが、その先は謎のベールにつつまれたままだ。
 ナラカは、はっきり言って異世界に近く、部分は可能でも全体の地図を空間的に作れるのかはまだ疑問だ。
 ザナドゥは、この時点ではまだ位置すら特定できてはいなかった。
 はたして、それ以外の土地がパラミタ大陸に存在するのかは謎である。そして、そのために、学生たちがいると言ってもよいのであった。
「きっと、また見ぬ土地には、また見ぬ人々が暮らしているのでしょうね」
「そこへ行けるようになれば、きっと分かるし、お友達になることもできると思うですぅ」
 フィリッパ・アヴェーヌに、メイベル・ポーターが言った。
「私たちのような、魔道書のような種族もいるのでしょうか」
「そうですね。私たちはパラミタのすべてを知ったというわけではありませんし、変わった少数種族の人たちも出てくるかもしれませんね」
 シャーロット・スターリングの疑問に、大神御嶽が答えた。
「御当地料理の解説本ってないのかなあ。きっと、変な所には、へんてこな料理があるんだろうね」
 想像していると、我慢できなくなって、セシリア・ライトは料理本を探しに書架の方へと走っていった。地図みたいな物はなかったとしても、もしかすると料理はいろいろな地方に伝わっているかもしれない。そのレシピが分かれば、再現できるかもしれない。セシリア・ライトは挑戦する気満々で本を探した。
 
    ★    ★    ★
 
「うーん、やっぱり、テレポートについて書かれた本はないですねぇ」
 ぽっとんと床に落ちてしまった紙ドラゴンを見て、神代 明日香(かみしろ・あすか)が残念そうに言った。
 紙に検索キーワードを書いて紙ドラゴンに探してもらうのが、この大図書室の一番確実な本の探し方なのだが、該当する本が見つからないと紙ドラゴンは一ミリたりとも動かない。もちろん、検索制限がかかっていても同様だ。
困ったですぅ〜。こうなったら、自分の足で探すしかないよね」
 なんとも無謀なことを口にして、神代明日香は歩きだした。無限書架とも呼ばれるこの大図書室で、資料もなしに本を探そうというのは無謀なことだ。
 だいたいにして、テレポートは使える術者が極端に限られている。
 現在分かっているのは、地上と空京を繋ぐ新幹線に使われているということぐらいである。これも、術者の素性は最高機密として明かされてはいないし、噂では亜空間なり並行世界なり、とにかく別の世界の空間を通って、異なる場所を繋いでいるらしい。なんとも、壮大なことだ。それに、この魔法は、一人の術者で行えるという保証もない。
 テレポートの術者としては、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)を始めとして何人かの存在が知られているが、それぞれの術は規模も方法もまちまちなので、同じ魔法であるという保証すらない。
 いずれは、その秘密も明かされるときが来るのだろうか。
 少なくとも、今の学生レベルでは、調べることも難しいことのようであった。
「いっけないですぅ。そろそろノルンちゃんたちと合流してお昼に行かなくちゃですぅ」
 残念だけれどタイムリミットだと、神代明日香は大図書室の入り口にむかって戻っていった。
 
 そのころ、一緒に図書館に来ていたノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)は迷子になっていた。
「おかしいなあ。なんで、魔道書の書庫が見つからないの?」
 大図書室の最深部にあるという禁書の書架だが、ほとんどの魔道書はそこ出身である。なのに、ノルニル『運命の書』はその場所を見つけられないでいた。まあ、彼女らしいことではある。
 ノルニル『運命の書』としては、今以上に自分と契約者の絆を高めて、さらなる魔道書の力の解放をしたいと思っていた。だが、その意味するところのものに、ノルニル『運命の書』はまだ気づいてはいなかった。
 いったい、人と人の絆、魔道書とその所持者との絆とは、なんなのであろうか。そして、それは果てがない物なのだろうか。もしかしたら、いずれノルニル『運命の書』自身がそれを書物に記するときが来るのかもしれないが、今はまだ未知数であった。
 
「えっと、飽きましたわ」
 神代明日香やノルニル『運命の書』と別れて静かに読書をしていた――はずのエイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)であったが、三分であっけなく飽きてしまった。
「やっぱり読書よりも探検よね。イルミンスール魔法学校最大の迷宮大図書室。冒険心をそそられますわ。そういえば、司書さんはいるのかしら?」
 エイム・ブラッドベリーがカウンターの方をのぞき込んでみたが、ちょうど今は図書委員の学生が数名いるだけであった。大量の本を台車に乗せて貸し出し手続きをしている学生がいる。
 なんでも司書長は謎の大魔女らしいのだが、一度じっくり観察してみたいものだ。
 とりあえず、その司書長の捜索もかねて、大図書室の奥へ奥へと進んでみる。
 天井まで届く巨大な書架の壁によって複雑に区切られたスペースは、本当に幾何学的な迷路のようだ。所々の書架の隙間から、別の書架の間に出ることができるようだが、それがまた方向感覚を狂わす元にもなっている。まして、奥へと進むほどにだんだんと書架の間は狭くなり、全体的に古びた物になっていく。ときには、ロフトふうのフロアもあり、ますます立体迷路じみていた。
「あーん、ここはどこー」
「やっほーですわー」
 路頭に迷って半べそ状態のノルニル『運命の書』を見つけて、エイム・ブラッドベリーはポンポンと彼女の肩を叩いた。
「あーん、エイムさん、よかったー。助かったー」
「お腹が空きましたわ」
 すでに探索自体に飽きていたエイム・ブラッドベリーが、ノルニル『運命の書』に言った。
「うんうん、早く出口に戻って、明日香さんにお昼奢ってもらおう」
「じゃ、出ましょうか」
 ノルニル『運命の書』にせっつかれて、エイム・ブラッドベリーが元来た道を戻っていった。というか、はっきり言って道など覚えていなかったので、迷子のノルニル『運命の書』がこっちだと思う方向の逆を進んで行っただけであった。そのうち、見覚えがある場所に出たので、その後はさっさと出口を目指して歩いただけである。
明日香さん、来ましたよ
「ああ、やっと来たですぅ。どうしたの、迷ったですかぁ」
「そ、そんなことないよ。さあ、早くお昼食べに行こうよ。頑張った御褒美にアイスがほしいです
 心配そうと言うよりは、ちょっと疑わしそうな目で見る神代明日香に、ノルニル『運命の書』はそう答えて彼女の背中を押した。