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リアクション
■■■其の弐
0
これは、大奥取締役に立候補がある少しばかり前の話である。
大奥取締役代理の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、青い空を眺めながら、パートナーである伊東 武明(いとう・たけあき)の事を思い出していた。
大奥取締役代理として、大奥全体のとりまとめを行っていた彼女は、代理であるため、いつ代わっても良いように、やる気のある人へ向けて取締役の仕事の手ほどきをしていた。
そんな合間に、流れる雲を見ていたら、不意に思い出したのである。
――武明くんのことは信頼してるので、可能な範囲での口利きなどは行うつもり。
目を伏せ強くマホロバの事を、彼女は想っていた。
――ただ、誰かを紹介する際は、大変なことになったら困るので、出来れば一度会って人間性を確かめてみたい。会う時は身分を隠して、芸者さんみたいな恰好でおもてなしをしてみましょうか。
そんな空想に耽りながら、彼女は静かに目を開いた。
城下の喧噪には囚われず、このようにしてその日も鍵のついた鳥かごじみた大奥の日常は始まっていくのだった。
1
その頃、伊東 武明(いとう・たけあき)は、不逞浪士と名指しされる事も多い攘夷志士達と話しをしていた。
「梅谷の事は、誠に残念じゃ」
猫柄の腕輪をつけた志士の一人がそう告げると、桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が顔を見合わせる。
――梅谷先生の力になりたい。
そうした思いから円は、口火を切った。
「まず注目すべきは首。首を隠す理由は、身元を知られないようにするため。白い腕輪を残したのは、身元を先生だと思わせたいため。矛盾が生じている。恐らく先生自身が自分で死を演出したと思う」
「まさか」
武明が目を瞠る前で、円が首を傾げた。
「理由は何か大きな事をしようとしているため?」
「一理ありますね」
武明が頷いてみせると、円が首を振って返した。
「鞘により疑いをかけられた、近藤を助けようとしない事から……相当な覚悟があっての事だと考えるよ。鞘の件は、これは恐らく、現場を保存できる見回組の誰かが紳撰組の中のスパイと結託したのかな? これは、発見された死体が利用されたとみて良いと思う」
円の声に頷いたオリヴィアが、志士の一人を見据える。
「何か遺品はありませんか?」
「ふむ、大半は扶桑見廻組が持って行ってしまったからなぁ……嗚呼、梅谷の下駄は残っていたな」
差し出されたその品を、オリヴィアは『サイコメトリ』してみた。すると、非常に強い恋情が伝わってくる。
『勇理ちゃんを助けて欲しい』
その想いに、オリヴィアは金色の瞳を揺らして、円と武明を見据えた。そしてそれぞれに説明してみせる。
「結論。先生は生きているとボクは考える。そこで、テレパシーを使おうと思うんだ。場所がわかんなくてもこれなら届くし」
円はそう言うと、梅谷才太郎の顔を思い浮かべた。
自分の考えをテレパシーで述べる。
『この前は、俺の知っちゅう良い事を教えようって言ってくれたよね』
だが、応答はない。それでも、円は続けた。
『先生、ボクに何かできる事とかあるかな?』
そう彼女が問いかけると、それが生者のものなのかは兎も角、強い想いが返ってきた。
『――世の中良い思いにまけてばかりおるわけがやないよ。悪もある。自分が真と、誠とする道を行くと良いよ。その術は、存分に教えた。自慢の弟子じゃ』
「梅谷先生……」
円が思わず瞼の上から指を宛がうと、武明が猫柄の腕輪を付けた志士へと視線を向けた。
「貴方達の攘夷の気持ちは真のものなんですね」
彼は黒いポニーテールを揺らしながら呟いた。
「波風のあらき世なればいかにせん……さて、どうしましょうか」
そんな声が消える頃、オリヴィアが尋ねた。
「最近、姿が見えない志士はいないかしら? そういえば岡本、いえいえ健本岡三郎さんはどうしてるのかしら?」
「そう言えば、姿が見えないな」
「仮に梅谷先生が存命しているならば、近藤さんの様子を見るために、梅谷さんが近くによこしてるかも?」
『サイコメトリ』と同時にスキルである『ディテクトエビル』も発動したオリヴィアは、紳撰組の中に悪意とまでは言えないまでも、強い負の思いを抱いている何者かの存在を感じ取っていた。そうした動きがある以上、必ずしも紳撰組の中にいる近藤 勇理(こんどう・ゆうり)は安全とは言いきれない。
「見えないと言えば、眞田藤庵先生の姿も見えないな」
そう口にした志士は、窓の外へと視線を向けた。
その頃、眞田藤庵を名乗っている久坂 玄瑞(くさか・げんずい)は、目を覚ました様子のオルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)の顔を見ていた。
「気がついたか」
安堵と怒りの混じった様子のパートナーの声に、オルレアーヌが、手の甲で額を拭う。そこには濡れた布が鎮座していた。
「逃げられたんですね……ここは?」
「まずはゆっくり休むと良い」
いささか怒っている様子の玄瑞の声に、オルレアーヌは横たわったまま微笑を返した。
その隣室では。
暁津藩家老の一人である継井河之助が、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)と高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)、そしてメフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)と向き合っていた。
「よく連れてきてくれたな、甚さん」
元来、世話焼きであるせいか好感触を得ている甚九郎は、暁津藩の下人としてアルバイトをしているのだが――実の所、連絡用人として、パトラッシュを連れて住み込みで働いていたのである。
パトラッシュは、大型のコリー犬であり軍用伝令犬である……が、現在は暁津藩上屋敷のアイドルと化している。そのパトラッシュも現在は、室内でお行儀よく座っていた。
「主家の御威光を示すことが我らの役目、天変地変のマホロバの明日を切り開くは暁津の御殿様しか居られぬゆえ、微力ながら我ら甲賀衆は精魂を賭して助力いたします」
暁津藩家老の前で、三郎は頭を垂れた。暁津藩の過激派浪士の依頼を受けて暗殺行脚を今も継続中の彼は、赤い瞳を瞬かせる。彼は、甲賀一族の忍びであり、修験を祖とする自然信仰をする集団の末裔である。――それが、甲賀衆だ。
「時に貴藩は『朱辺虎』と名乗る輩をご存知か?」
「藩意ではないが、個人的には知っておる」
応えた河之助は、隣室へと続くふすまへと視線を投げかけたが、すぐに瞳を三郎へと向け直した。
「朱辺虎衆の目的が『混乱』だとした場合、恐らく周知を騒がす暗殺者としての甲賀衆に接近してくるは必定かと存じておりました。あちらが、貴藩に協力しているのであれば、同様に暁津藩に協力している我ら甲賀衆もまた朱辺虎とも共同戦線を張れるものと思われます」
「それはわしにも分からぬ」
継井河之助は老中とはいえ、まだ年若い子供である。それ故の素直さが滲むのか、素直に返した後、彼は煙管へと手を伸ばした。中には煙草の葉の代わりに、刻まれたお香が入っている。口調ばかり老成した様子の河之助は、甚九郎と、メフィスをまじまじと見据えた。
なお日中は、三郎は『八木庄左衛門』と名乗り、メフィスは『明里』という名を名乗っている。八木庄左衛門が営む水波羅遊郭の畔で小間物屋は、偽装の類と思いきや得意客が水波羅の花魁なので景気は上々、主家・暁津藩への借用金返済も順調である。明里を名乗るメフィスの店は、得意客に扶桑見廻組がある為、彼らに接近しつつ情報を仕入れている。基本縫い物の仕事なのでついぞ雑談にはいるという流れが日常的に行われていた。
「ただ甲賀衆には期待しておる」
それだけ告げると、継井河之助は立ち上がったのだった。
2
「また辻斬りが……」
近藤 勇理(こんどう・ゆうり)が呟く前で、髷を落とされた隊士達が二人、他の隊士の手で運ばれていく。
「ここまで用意周到な辻斬りが居るとはなぁ」
呟いた棗 絃弥(なつめ・げんや)は、罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)へと視線を向けた。もっともフォリスは全く別の事を考えていた。
――しかし気になるのは局長殿の刀の鞘が落ちていた事だ、考えたくないがやはり紳撰組の内部に犯人に通じている者が居るのでは……いやそんなことは考えるべきではないな。だがいったい何の目的で罪を局長に着せたのだろうか。
「フォリス?」
絃弥の問いで彼は我に返る。
――ま、考えたところで今はどうしようもない、棗も正式に副長となってさらに忙しくなるだろう。私に出来る事はあいつの分も隊士達を鍛えるぐらいだな。
「犯人が捕まらないとは……困ったものですね」
土方 伊織(ひじかた・いおり)の隣で、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が呟いた。彼女はサティナ・ウインドリィに顔を向けている。その様子に対して、フォリスは考える。
――そういえばベディヴィエールの奴ずいぶんと変わったな、私もずいぶん変わり果てたものだと思っていたがまさか性別から変わってしまうとは。
「私は帰る。後の事は頼んだ」
急な辻斬り事件だった為、普段身に纏っている和装のまま出てきた勇理は、着替えなければと思い直し、一同にそう声をかけた。
久しぶりに和装で外へと出たせいか、男装にも慣れたつもりで居たというのに袴が歩きづらく感じる。
勇理はそんな事を考えながら、扶桑の都の茶店街を通りかかった。
「誰か案内とかしてくれねーかなぁ」
そこへ鈴木 周(すずき・しゅう)のそんな声が響いて生きた。勿論彼の内心――どうせだったら女の子がいいよなぁ、は、胸にしまわれたままである。
「紳撰組ってとこにでも行ってみるか」
その声に勇理が足を止めて、周を見た。すると彼は視線に気づいて声をかける。
「おおっ、かわいい子発見! お嬢さん、俺に町を案内してそのまま二人で宿に入らないかっ!? って、あれ、男装してっけど、女の子……だよな? 名前は?」
ガシ、と、勇理の胸を掴んだ周は、満面の笑みを浮かべていた。
反射的に勇理は回し蹴りをしていた。
「おおっと、悪い」
「……――いや、こちらこそ。ん、私が謝る必要はあるのか? お縄にすべきか?」
「お縄? それが名前?」
「違う。私は、紳撰組の局長、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)だ。そちらこそ何者だ。ここで何をしている?」
「今までマホロバの和風美人をナンパしたことなくてさー。これじゃいかん、という訳で初めてマホロバに来てみた訳だぜ! ふーん、勇理か。俺は鈴木周、よろしくな!」
「……今は雑事に囚われている場合ではないか……見逃そう」
「んー、お前さ、何か困ってねぇ?」
「っ、何故分かる? まさか、不逞浪士共の――」
勇理が僅かばかり焦るように息を飲む。
「いや、カンだけどよ。何となく――これじゃ町の案内とか頼めねぇよなぁ……ま、いっか。またな」
その声に暫し逡巡した様子を見せた後、勇理は頷いて歩き始めた。
後ろ姿を見送りながら、周が腕を組む。
「何か気になんだよなー。ちっと後でもつけてみっかな?」
その頃紳撰組の屯所には、紫煙 葛葉(しえん・くずは)が訪れていた。彼は、紫苑と名乗っている。とは言っても彼の声は出ないのだったが。
――俺は紳撰組の情報を集める、そう決意していた彼はひっそりと目を細めていた。
――急いでいたとしても普通暗殺現場に刀の鞘を置いて去るか?
応対に出てきたのは、紳撰組総長のスウェル・アルト(すうぇる・あると)と、その補佐をしているヴィオラ・コード(びおら・こーど)だった。
『局長の疑惑を晴らす協力をしたい――』筆談でそう告げた葛葉に対し、スウェルが頷いて見せた。
「私も、局長への疑いは晴らしたい」
『その為にも、事件当日の行動や今後の予定の情報を教えて欲しい』
「当日、局長はいつも通り屯所にいたんだ」
代わりにヴィオラが応える。銀色の短い髪が揺れていた。同色の瞳が、真実だと物語っている。
そこへ外に出ていた近藤 勇理(こんどう・ゆうり)達が戻ってきた。
すると諸士取調役兼監察方の一人である斉藤が、勇理に歩み寄った。
「どうやら逢海屋でも、不逞浪士達が会合をしているらしいですぜ」
今、仲間が潜入調査をしている、そう告げた斉藤に対し、勇理が息を飲んだ。副長の絃弥と、なにやら二日酔いじみた様子の如月 正悟(きさらぎ・しょうご)へと視線を向ける。
「逢海屋――……どうやら私とは因縁深き場所のようだな」
勇理が言うと、歩み寄ってきたレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)とミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が大きく頷いた。
「紳撰組で、逢海屋の不逞浪士を取締まる!」
高々と宣言した勇理の声を海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)や黒野 奨護(くろの・しょうご)、そして柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)や徳川 家康(とくがわ・いえやす)と皇 玉藻(すめらぎ・たまも)、そしてレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)とカノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)も聴いていた。
だが、以下に続いた勇理の声を聴く者は誰もいなかった。
「……その際に梅谷の件の調査もさせてもらうとしよう」
こうして紳撰組の隊士達は、逢海屋へと討ち入りをする事になったのである。
決行は明晩だ。
その頃、風祭 隼人(かざまつり・はやと)と風祭 天斗(かざまつり・てんと)は、梅谷才太郎の遺品である、白い革の腕輪に向かっていた。隼人は、亡き友の想いに応えるように活動したいと意図していて、梅谷の志、即ち革命への意志を潰えさせない事を目的としていた。友人として梅谷の想いに応えてやりたいと思った事が大きい。
「彼の友人として俺がやるべき事は、遺品の白い革の腕輪から『サイコメトリ』で梅谷のマホロバへの想いや革命への意志を読み取り、彼の志を継ぐ者に伝え託す事だ」
遺品から本当に梅谷の亡骸なのかをも確認するように、隼人はサイコメトリを行った。すると溢れてきたのは、扶桑を思う熱い志だった。
「腕輪は本物のようだな……」
少しばかり残念そうな様子で、隼人が天斗に対して呟いた。
「……絶対により良いマホロバを築こうとしていた彼の志を、この都から失わせたりはしないぜ」
そう口にした彼は、梅谷の志を伝える為に紳撰組の近藤 勇理(こんどう・ゆうり)のもとを訪れる決意をした。
「ただ気になるのは、朱い牛面の集団が視えた事だな。暗殺に関わっているらしい――とすると、気になるのは先日紹介を受けた健本さんだ」
健本とは、彼らが梅谷才太郎から紹介を受けた健本岡三郎の事である。
「優斗に報告しておくか」
そんなやりとりをしながら、二人は紳撰組の屯所へと向かったのだった。
時同じくして、桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)も、梅谷才太郎が生きていると踏んで、扶桑の都を彷徨っていた。円は、光学迷彩を使い、尾行などに注意しながら道を進んでいた。
「合流を目指す弟子って事広がってはいないと思うけど念の為にね」
そうした呟きにオリヴィアが笑って返す。
その頃、八神 誠一(やがみ・せいいち)もまた、身を潜めて行動していた。
彼は詩歌から聞き出した隠れ家へと向かいながら、ブラックコートと隠れ身、そして殺気看破で周囲を警戒していた。まずは――梅谷を確認し、本人だと確認出来たら護衛に付こうと考えていたのである。とはいえ、まだ生存の確固たる証拠はない為、死亡時に備え彼は、梅谷生存の情報を志士仲間に流してもらい、犯人をおびき寄せ、仇を討つ用意もしていた。
「死体から首を持ち去る理由は、大抵二つ」
ひっそりと誠一は呟いた。
一つは、その首に何らかの意味がある時、もう一つは、その死体が誰か認識させない為である。
「梅谷さんの首に持ち去る程の意味は無いだろうし、そう考えると、別人の死体を誤認させたって考える方が妥当な気はするねぇ。――生きてても狙われてるのは確実な様だし、護衛にでも付きますかねぇ」
そう口にして彼は腕を組んだ。
――この推測が外れてて、本当に死んでいたなら……。
「仇討ちはしてやらないと、流石に浮ばれんだろう」
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