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決戦、紳撰組!

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決戦、紳撰組!

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■■第二章





 ――翌朝。
「肩の具合はいかがですか?」
 楠都子の元を訪れた橘 舞(たちばな・まい)が、微笑した。
 ――今回は、ブリジットも積極的に賛同してくれたので、治療が目的ですけど、もう一つは都子さんが無理をしないように見守りも兼ねておきましょう。
 舞が綺麗な髪を揺らしながら見つめると、都子が微笑み返した。
「もう大分良いですよ」
「無理をなさってはいけませんわ。私こう見えても、治療とか得意なんですよ」
「そうなんですか。有難う――だけど私よりも怪我の酷い隊士も多いから……」
「存じておりますわ。ですが、都子さんに何かあったら勇理さんも、悲しみますよ。だから、都子さんも、自分をもっと大事にしてくださいね」
 二人のそんな和やかなやりとりを見守りながら、ブリジットは腕を組んでいた。
 桐生 円(きりゅう・まどか)達や伊東 武明(いとう・たけあき)からの連絡で、これまでに知り得たことを整理する。
 ――梅谷才太郎は、革製の白い腕輪をしていた。
 ――現在、梅谷と共に襲われた健本は、『白い腕輪』をして、医術者の元にいる。
 健本は、元々白い腕輪をしていたのだろうか?
 元々彼女達が巻き込まれる契機となった、スリ事件でも、猫柄の腕輪をした者が居た。
 あれも革製だった。
 革製の腕輪をすることで、志士達は、マホロバの改革を誓っている様子である。
「うーん」
 ブリジットが眉間に出来た皺を解しながら唸った。
「腕輪のサイコメトリィがすんでいることは、紳撰組の隊士から聴いているし、梅谷の遺体がつけていた腕輪は、間違いなく本人のものなのよね。別段特異な品というわけではなさそうだけど――……腕輪は複数あった、という可能性はあるのか……仮にそうだとして――そうだとしても、偽装した遺体には、腕輪を日常的につけていた人物を選択しなければならない。日焼けや跡の問題があるし……」


 その頃、本郷 翔(ほんごう・かける)ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が医療行為を行っている長屋に、八神 誠一(やがみ・せいいち)が訪れた。
 ――健本岡三郎に接触し、暗殺時の状況を聞こう。
 そう考えていた彼は、翔に肩を掴まれた。
「面会謝絶です」
「そんなに具合が悪いのか……」
 驚いている彼の隣で、同様に面会に訪れたユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)、そして山田 朝右衛門(やまだ・あさえもん)も翔の手で面会を拒まれた。
 素直に引き返していく者達を見守りながら、何処か腑に落ちない思いで誠一が黒い髪を揺らす。そうして彼が見守っていた時、丁度中から諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)が出てきたのだった。
「今、どこからでてきたんだ?」
 呆気にとられて思わず誠一が問うと、孔明が首を傾げた。
「健本殿の居室からですが……」
「我らは毎日のように、健本殿と今後のマホロバについて話し合っておるのじゃ」
 灯姫のその声に、眉を顰めて誠一が、翔へと振り返った。
「……嗚呼、孔明さん達にはいつものように、あちらでソールがお茶を用意しています」
 少々ばつが悪い様子で、二人を促してから翔は嘆息した。
 首を捻りつつも灯姫達は診療所の奥へと消えていく。
「――面会謝絶何じゃなかったのか?」
 誠一の問いに、翔が溜息をついた。
「此処は中立の医療現場。刃傷沙汰を起こされては困るんです」
「俺にはそんなつもりはない」
「では黙秘の誓いを」
「黙秘?」
「健本殿を名乗っている方は、どうにも顔を知られたくない方が沢山いらっしゃるようなんです」
 その言葉に息を飲んでから、誠一は頷いた。
 すると微苦笑した翔に促されて、正面の襖が開く。
「……っ――梅谷――!」
 思わず叫び声を上げそうになった誠一は、努めて声を飲み込んだ。
 その背後で、翔が襖を閉める。
「久しぶりじゃのおし。見舞いに来てくれたんじゃろうか」
 そこには顔色は悪い上、包帯を随所に巻いているものの、明るく笑う梅谷才太郎の姿があったのだった。
「――生きているとは知らなかった」
「俺が生きていて不満じゃろうか」
「そんな事はない。ただ、どうして……」
「幕府にも瑞穂にも暁津にも葦原にも人々にも色々あるように、俺にも色々あったがやか」
「紳撰組の局長が、梅谷の暗殺犯として疑われていたよ」
「勇理ちゃんが、か……悲しいことじゃのおし。――今、都はどうなっておるか?」
「朱辺虎衆とやらが暗躍しているらしい。僕もこれから池田屋で、朱辺虎衆の首領との面会を求めようと思っていたんだよねぇ」
「そうじゃろうか。じゃー、これを持って行っておおせ」
 誠一の言葉に、微笑して見せた梅谷が、朱い御守りと鍵を取り出した。
「これは?」
「これを女将に見せれば、通してくれるはずやか――そして全てが終わったらここに行ってくれんか」
「――やっぱり、梅谷は朱辺虎衆に関わりがあるのか?」
「首領に聴くと良いやか」
 そう告げ笑うと、梅谷が布団から起き上がった。
「今生の別れになるかも知れんし、違うかも知れやーせんけんど、話しができて良かったやか」


「先生が何処かに隠れているなら」
 桐生 円(きりゅう・まどか)が呟きながら、捕まえた朱辺虎衆の一人を見おろしていた。
「それを聴かないと」
 波がかかった緑色の髪が揺れている。
 赤い瞳は、牛面の一人を見据えていた。
「それも気になることだけど」
 オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が続けた。
 空飛ぶ魔法――そして『逮捕術』と『歴戦の魔術』で朱辺虎衆の一人を捕まえたオリヴィアは、腕を組んだ。
「紳撰組内部にスパイがいることは前回のエビルで解ったわよね。ただ、スパイが居るのに討ち入りが絶えず成功。どの志士も逃げ出さずにそこに居た……これはどういうことかしら?」
 オリヴィアは、『嘘感知』と『吸精幻夜』を駆使しようとした。
「朱辺虎衆は知らなかったか。もしくは知っていて死ぬつもりだっか。正直なところ朱辺虎衆の目的が一切見えないわね」
「するどいねぇ」
 だが、そこに新にかかった一声で、オリヴィアは体を硬直させた。それは円も同じである。
「逃がしてやってもらえやーせんか」
 その言葉にオリヴィアの手が緩んだ瞬間、朱辺虎衆の一人は逃走を図った。
 逃げていく相手を一瞥しながら、円もオリヴィアも振り返ることを躊躇う。
「流石は俺の弟子やか」
 けれどその声音で、唾液を嚥下してから円は振り返った。
「梅谷先生……」
「どうしてここに?」
 そして何故生きているのか、そう問うようにオリヴィアが金色の瞳を向ける。
 八神 誠一(やがみ・せいいち)との邂逅の後、すぐに外に出た梅谷才太郎は、頬を持ち上げた。
「前に言おったね、『良いこと』を教えると。――悪ぃことは俺が背負っていく。マホロバの未来を、きみに任せても良いじゃろうか」
「どういう事、先生?」
「綺麗なことばかりで終われば良かったがじゃけんど」
 唐突に現れた梅谷の姿に、二人は狼狽えていた。
「『知っていて、死ぬつもりだった』――こりゃあ正解じゃ。本人の自覚は兎も角」
「どういう意味?」
 オリヴィアの問いに、梅谷は嘆息する。
「朱辺虎衆の上方は『死』を知っていた。だが、下方は知らなかった。個人的には人には上下など無いと思うぜよ。ばあんど、それでも」
「先生は朱辺虎衆に与した人間が死ぬことを知っていたんですか?」
 率直な円の問いに、困ったように梅谷は眉を下げる。
「言うたじゃろう、良い面を教えると。勿論、人々の思いにゃ悪しきこともある。国を思ってといえど、自分を思っちょるからにしろ、どちらにしろ悪はある。――このさびれた扶桑の都で、反乱が起きたらどうなる? 一揆が起きたらどうなる? どっかに、はけ口が必要じゃった。違うじゃろうか」
「では、朱辺虎衆とは、民衆の反乱を制止する為の組織だったの?」
 円の問いに、包帯を解きながら、梅谷が頷いた。
「正確に言うならば、はけ口じゃ」
 傷の塞がった様子のこめかみを見据えながら、オリヴィアが腕を組んだ。
「ならばどうして攘夷志士を煽る必要があったの」
「攘夷も佐幕も同じ事。誠に偽を唱えているのは、誰であろうとも己なのじゃ。双方とも己の黒い感情を、他方に押しつけているに過ぎぬ」
「国を良いものに変えたかったんじゃないの?」
 円の問いに、深々と梅谷は頷く。
「そのために……そしてその根本にいるのは誰じゃろうか」
「それは……」
「暮らす民じゃろう――俺はもう行く」
「先生、待って」
 円が引き留めるも、梅谷は笑ったままだった。
「道は分かれても、一番弟子に代わりはない。信じる道から、追ってこい」
 そう告げて、梅谷は、暗い扶桑の都の街へと姿を消したのだった。






 朝の雫が、露草を染める。
 紳撰組の屯所の庭では、脱皮した蜻蛉が飛び立とうとしていた。
「はじめまして! こちらで治安維持の為の戦力を募集しているとの事で、是非お仲間に加え――」
 入団希望者の前で、面接をしていたスウェル・アルト(すうぇる・あると)ヴィオラ・コード(びおら・こーど)が息を飲む。入隊を希望していたティアン・メイ(てぃあん・めい)の声を、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)が止めたからだった。
「僕達は部外者ですので、客分としてお力添えができれば結構です」
 育ちの良さをうかがわせる美少年の玄秀は、スウェル達に作り笑いをして見せた。
 紳撰組に入る気満々だったティアンは、少々不満げに眉を顰める。
 後ろで束ねた薄茶色の髪が揺れていた。
「どうして――」
 反論しようとしたティアンの正面で、ヴィオラが頷いた。
 彼は『パートナー』が心配だ、あるいは『助けになりたい』と誰よりも強く願っていたから、玄秀の制止を己のことのように感じたのかも知れない。誰だって、傍にいて欲しい相手にいなくなられては嫌だろう。
「客分としても、外部協力者としても、いくらでもお役立ち頂ける」
 いつになく慮っている調子のヴィオラを、驚くようにスウェルが見上げる。
 それに安堵した玄秀の横で、納得するようにティアンが顔を上げた。
「客分でも民の為に戦えるなら良い」
 そう思い直した彼女は、その後積極的に紳撰組と関わるようになったのだった。
 ティアンと玄秀を面接した直後、スウェル達のもとに、近藤 勇理(こんどう・ゆうり)が顔を出した。
「総長、お疲れ様だ」
「勇理――……もう少し休んだら?」
 総長が前将軍を思って、この扶桑の都に安寧をもたらそうとしていることを知っている勇理は肩をすくめた。
「気遣いは有難い。けれど私も、貴方と同様、このマホロバを想っているんだ」
「もしかしたら――私の行いは貞継のためにならないかもしれない。何の役にも立たないかも知れない」
「だが私なら、そうまでして想ってくれる友人が居ることを幸いに思う」
「それは本心? ならば私は貴方の『友人』として、この都を守る」
「本心だ、有難う――まだ面接の続きがあるんだろう?」
「ええ」
 簡潔に応えたスウェルの前に次の面接者がやってきた。
 永倉 八重(ながくら・やえ)ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)である。
「きっかけは名前でした。でも、扶桑の都のために頑張ってる紳撰組に協力したいって想いは本物です!」
 威勢の良い八重の声に、笑みを押し殺しながら勇理が腕を組む。
 自分と同じだ、名前とは。
 そんな思いと共に、彼女の出自を聴いて思案する。八重は、嘗ての新撰組2番組組長・永倉新八の子孫だと言うことだった。また、それ以上に特筆すべき事がある。
「私の父、永倉陣八の仇、三道 六黒(みどう・むくろ)に一矢報いたいんです」
 青龍から龍の名を継いだ黒龍――それが三道六黒である事は、紳撰組も掴んでいた。
 彼女を仲間に銜えるべきだと思った勇理が視線を向けると、既にスウェルは冷静に判断を下している様子だった。
「此処はマホロバ。貴方の願いは叶わないかも知れない。けれど、味方になって欲しい」
 個人的な執着を見越し、更に平安を願うようなスウェルの声が辺りに響く。
「――分かりました。紳撰組に味方する者として、敵を滅しましょう」
 八重が思案した後告げると、スウェルはそのあまり変わらぬ表情に安堵の色乗せた。
「念のため、腕試しをさせて貰っても良い?」
 スウェルが告げると、ヴィオラが二つの木刀を携えてやってきた。
 その内の一つを手に取り、神道無念流師範代を務める程の腕前である八重は静かに微笑んだ。同機入隊となるだろうティアンがもう一方の木刀を手にする。
 こうして静かなる手合わせが始まったのだった。


 そんなやりとりを見守ってから近藤 勇理(こんどう・ゆうり)は、一人屯所の外へと出た。
 するとレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)が、呼び止める。
「やはり、俺は何処かの組織に与することは出来ない」
 率直に彼がそう告げたのは、これまでの間に、勇理達の事をよく知ったからだった。
 勇理はといえば、とても残念そうな眼差しで頷く。
「……まさか紳撰組がこれ程しっかりした組織だったとは……短期間であそこまで完成されているとは……それでも俺は、俺達は行かなければならない」
 それはあるいは気を取り直させる為の甘言だったのかもしれないが、勇理はそうはとらなかなった。それは勇理もまたレギオンの志に触れていたからである。
「少しでも時を共に出来たことが嬉しいよ」
 勇理のその言葉にレギオンが、何かを考える風に苦笑した。
「あれじゃあ肩が凝る……」
「出て行くというのなら、宴の一つでも催そう」
「いい……屯所を出るのに挨拶無しだが……まあいいだろう……」
「きっと、貴方は自身が思うよりも、まわりに思われるたちなのだろうな」
 勇理のそんな声に振り返るでもなく、レギオン達は歩き出した。






 その頃、扶桑見廻組の屯所には。
 七篠 類(ななしの・たぐい)尾長 黒羽(おなが・くろは)、そして隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)の姿があった。
 銀澄は、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の事を思い出しながら、刀の柄に触れていた。
 パートナーのことを思っているのは大奥・大台所である白姫もまた同じだった。

 現将軍の生母で大奥暮らしをしている彼女は、その時、大奥で久方ぶりに雲一つ無く晴れ渡った空を見上げていた。
 ――銀澄は扶桑の都で扶桑見廻組に入っているようですね。
 ――道は違えどマホロバを想う心は一緒と信じているのでございます。
 ――それにしてもマホロバを支えて来た天子様、扶桑様、将軍様方々への敬意を忘れて、マホロバを変えようとする人たちは何故こんなに多いのでございましょうか……。
 乳白金の長い髪の下、憂うように儚げな瞳を彼女は空へ向けた。
 元々は、芦原藩の偉い官僚の家の箱入りお嬢様だった白姫は、少しばかり世間知らずで、家や芦原藩の為に将来役に立ちたいとマホロバ大奥入り、前将軍・貞継の側室――御花実様となった過去がある。現在では、縁あって息子白継が将軍となったので、大奥で生母として見守っている。

 場所は違えども、マホロバを想う気持ちは銀澄もまた同じだった。
 白姫は、銀澄の事を――銀澄はマホロバの為に頑張る同志と思っている。
 二人は共に同じ空を見上げていたのだけれど、その事は知らない。

「マホロバはマホロバの民で守るべき」
 銀澄は、舌に強い信念の元、その言葉を載せた。
 故に彼女は、自身が契約者であることは、周囲に隠している。
 銀澄はマホロバ芦原藩の名門武家の娘として生を受けた、マホロバの為に忠義を尽くす侍として研鑽を積んできた鬼武者である。
 高い空に向かって彼女が口笛を吹くと、飼い鷹の波丸が腕に止まった。敵の追跡の為に放っていた愛鳥だ。波丸の瞳も振る舞いも凛々しかったが、いかんせん飼い主の銀澄が可愛らしい女の子である為、その光景は何処か、迫力に欠ける。

「落ち着かない様子ですわね」

 尾長 黒羽(おなが・くろは)がそう声をかけると、我に返ったように銀澄が顔を上げた。
「早いですね、黒羽殿」
「今日は朝から来客があるんだ」
 応えた七篠 類(ななしの・たぐい)は、鷹を一瞥しながら腕を組む。
「何か新しい情報が?」
「――……拙者が思うに、先日の逢海屋への紳撰組による討ち入り以降、朱辺虎衆という者達の動きが目立つようになってきている。それで少しばかり――所で、来客とは?」
「幕府の上層部が外交で忙しいらしくて……その前に、扶桑守護職の今後の安否を懸念されて、マホロバ幕府陸軍奉行並がいらっしゃるんだ」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の姿を思い出しながら、類がそう告げた時、開門の気配がした。
 八咫烏武神 雅(たけがみ・みやび)重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)、そして龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)に前後を守られるようにして牙竜が歩いてくる。
「いらっしゃったようですわね」
 黒羽の声に、頷きながら類が軽く腕でのびをした。類は今でこそ扶桑見廻組の雑事に注力しているが、元をたどればマホロバ幕府・軍艦奉行並という大任を仰せつかってもいるのである。ぼさぼさの黒い髪を撫でながら、類は思案していた。造船には骨が折れる。だからこそ彼は、船が空を飛ぶその前に、改めて地に足を着き、動乱の扶桑の都の真の姿を知っておきたいという思いがあったのかも知れない。端から、権力に全く興味がないがない類は、本人の意思はどうあれ、周囲からは尊敬の念を送られている。
 ――ただ一つ合致する箇所があるのだとすれば、それは、『マホロバ』をより良い道へと導くことだ。
「行きましょう」
 黒羽の麗しい声に、頷きながら類が眼鏡をかけ直した。
「拙者も、お供しても良いですか」
 そこへ銀澄が、思いがけないことを言った。
「構いませんが」
 黒羽が赤い瞳を揺らしながら応えると、銀澄は静かに微笑んで、鷹を空へとはなったのだった。


 扶桑見廻組の客室に用意された朝餉を囲み、面々は顔を見合わせていた。
 塩を振った川魚が、メインだ。切り干し大根とひじきの小鉢が横にあり、魚の傍にはだし巻き卵が二きれある。味噌汁と白米が運ばれてくる。
「美味いな」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)のその一言に、銀澄が箸を握る指に力を込めた。
 ――一体どれだけ多くのマホロバの民が、不作に喘ぎ苦しみ献上した米なのか。
 ――美味しくて当然だ。
「流石は陸軍奉行並。舌が肥えていらっしゃる」
 扶桑見廻組の一人が、敬愛するように視線を向けた。
「マホロバの重鎮だけあって、箸使いも手だれていらっしゃる。気品に溢れていますな」
 そんなことを言った二人の同僚を、無意識に銀澄は睨め付けていた。
「マホロバの重役だと? っ、――貴殿はシャンバラとマホロバ、どちらかしか救えない時、どちらを選ぶ?」
 気がつけば、牙竜に対して、銀澄は強い眼差しを向けていた。
 唐突な問いに言葉を探した様子の牙竜を見据え、銀澄は唇を噛む。
「……。マホロバを救うと即答しない貴殿は所詮外国人、信頼出来るわけがないのです」
 銀澄の赤い瞳には、その時確かに憤怒が宿っていた。
「黒羽、少し外へ出してあげてくれ」
 見守っていた七篠 類(ななしの・たぐい)が、パートナーへそう指示を出す。頷いた黒羽に強く手を引かれ、銀澄は食事の場から外へと連れ出された。
「誠にご無礼仕りました」
 頭を垂れた類に対し、我に返った様子で牙竜が顔を上げるように促す。
「――所で先程までのお話です」
「嗚呼。こちらで、八咫烏の助力を得て堅守殿は守ることにしよう」
「扶桑も僅かとはいえ、力をとりもどした。だから俺達も、扶桑の警護以外にも出来ることを成そうと思います」
 類が応えると、牙竜が大きく頷いた。
「紳撰組からもおって依頼があるだろう。『扶桑』を、そしてこの都を頼む」
 中間管理職の上下からの軋轢に苦難するような表情を一時浮かべた牙竜は、気を取り直すように頭を振り、それから晴れ渡った空を見上げたのだった。