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第1章 見習い魔女はビクッと震えて 1

 人は他人の嫌がることをなぜかやりたくなるもので。
 それはつまり、その人がとる反応や言動といったものが、他人の感性を楽しませてくれるものだからに他ならない。そしてそれを人はいじめっ子というわけであって――ゆえに、というべきか。
 モーラ・クレノアの背後では、気配を消してそーっと彼女に近づく影があった。息がギリギリかからない距離まで近づくと、すぅ〜っと息を吸う。そしてピタッと止まったのもつかの間。
「わーーーーーーーーーーーー!!」
「きゃああああああぁぁぁ!!」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が張り上げた大声に反応して、モーラが盛大な悲鳴をあげた。涙目になって逃げ回るそのあまりのビビりっぷりに、ケラケラと笑うアキラ。
「なにやっとるんじゃ貴様はぁぁぁぁ!!」
 その後頭部を、ズパコーン! と、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)がハリセンで引っ叩いた。
「やー、あまりの驚きっぷりについ……あ、モーラ、足元に毒ヘビが」
「きゃあああぁぁぁっ!」
「あ、後ろに怨霊が」
「いやあああぁぁぁっ!」
「あ、上に吸血コーモリが」
「キャアアアァァァッ!」
「あ、正面にルーシェが」
「き・さ・ま・はぁぁぁ……! 護衛に来たのか邪魔しに来たのかどっちなのじゃぁぁぁ!!」
 何か口にするたびに、悲鳴とともにバタバタと騒ぎまくるモーラをからかうアキラの両ほっぺをつまんで、まるで引きちぎろうかというように引っ張るルシェイメア。
「ひゃっへひゅいおもひろふへ……へはひひゃいひひゃいひひゃい」
 ぐぎぎぎぎと頬を引っ張られている口では、もはや何を言っているのか皆目見当がつかないが、翻訳するならば『だってつい面白くて……痛い痛い痛い』だろうか。
 そんな、半ばじゃれ合っているようにも見える二人を見守りながら、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)がクスクスと笑っていた。
 アキラたちから距離をとっていたモーラが、そんな彼女に恐る恐るといったふうに聞く。
「あ、あのお二人は、いつもあんな感じなんですか? と、止めなくていいんですか?」
「いつものことですから、大丈夫です。だから、モーラさんがお気になさる必要はありませんよ。お二人とも、楽しんでいるだけですから」
「は、はあ……」
 言うなれば姉と弟といったところだろうか。そしてそれを見守るセレスティアは母親か?
 モーラはそんな彼らの関係を少しだけ羨ましく思った。同じくアキラのパートナーであるヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)はそれに気づいたのか、彼女に声をかける。
「モーラさんは……誰かと契約をしてみたりはしないんですか?」
「契約……ですか?」
 考えたこともなかった。
 そうか。アキラと彼女たちがいつでも一緒にいるのは、契約をしているからなのか。
「わ、私も……モーラさんと一緒で自分に自信が持てなかったです。でも、アキラさんと契約して一緒にいるようになってから、少しだけでも自信が持てるようになった気がします」
 そう言うヨンの顔は、とても幸せそうで穏やかだった。そしてそれを守る、セレスティアも。
 そんな彼女たちを見ていると、そこには自分にはない世界が広がっている気がした。アキラに小言を言うルシェイメアも、心なしか幸せそうな気がした。
「でも……アキラさんはだめですよ?」
 ヨンから釘を刺されて、モーラは、はい、とほほ笑んで答えた。もとより、彼女たちのそれを邪魔するつもりはないが、それにしてもアキラという存在が彼女たちに愛されているのだということがモーラにはよく分かった。
 悪戯も彼の良さなのだろうか?
 そんなことを思いながら、少なくともセレスティアの近くにいればアキラからの悪戯を受けずに済みそうだと、こそこそっとモーラは彼女の隣に並んだ。
 あの性悪そうな七枷陣とかいう男は、いまはどの辺にいるだろうか?
 エンドレス・ブルーを先に取られたりなどしたら、きっとお師匠様にどやされるのは間違いないと、気持ちが沈んでしまうところだ。
 だが――負けてはいられない。
 友情、努力、根性。諦めなければ先はある。と……思いたい。多分。
 改めて遺跡の中を見上げると、地下にしては広いという印象を受けた。魔法にはそういった建築構造を補強するものもあるというが、果たしてこの遺跡がそれを応用しているのかどうかはモーラには分からなかった。
 ただ思うのは、探究心溢れる多くの冒険者と研究家が足を踏み入れているわけだが、それにしても内部は綺麗だということだった。石造りであるということも関係しているのだろうが、形がしっかりと残っている。
 そんな壁をコツコツと叩いて――緋桜 ケイ(ひおう・けい)が驚嘆したように言った。
「ウォーエンバウロンは音や歌を用いた魔法を得意としたっていうけど、単純に魔法使いとしても優秀だったのかな? よほどの精神力がなければ、こんな遺跡を作るのだって難しいよ」
 彼もまた、見習いの魔法使いであることをモーラは知っていた。
 だからこそだろうか。彼の考察に対する感嘆は、同時に不思議な競争心を生み出してくれる。ケイのパートナーである悠久ノ カナタ(とわの・かなた)はそのことを見通しているのかどうか、穏やかにモーラへと声をかけた。
「止まるがいい」
 無論、その声はモーラだけを制止させたわけではない。
 しかしカナタは彼女へと向き直って、ちらりとケイにも視線を配りつつ問いかけた。
「この先、何があるか分かろうか?」
「この先……?」
 モーラは目を凝らした。
 何の変哲もない廊下に見える。先ほどまでと変わらぬ道がずっと続いており、あるいはいつまでそれが続いてもおかしくなさそうなほどである。
 小首を傾げ、やがては頭をかかえてうーんうーんと唸ってしまうモーラ。カナタは期待を込めてケイを見たが、彼も何事もないようにじっと廊下を見ているが、答えそうにはなかった。
 足元の小石を掴み、ひょいっと投げるカナタ。
 と、それがある場所の地面にカツンと落ちた時――甲高い不協和音のようなものが響いてきた。
「んく……ッ!?」
 思わず耳をふさぐモーラの視界で、その小石が落ちた場所を音波のようなものが波打っていた。恐らくそこにいたならば、より強力に頭を混乱させられたことは必至だったろう。強烈な波紋はしばらく鳴き声のような音を鳴らし続けていたが、やがて消滅した。
 茫然とするモーラたちに、カナタが告げる。
「トラップが仕掛けられておるということは、この遺跡は、踏み入る者たちを歓迎してはおらぬということ。人から遠ざけねばならない何かがあるということに他ならぬ」
 見た目はモーラとさほど変わらぬ少女でありながらも、彼女の声には底知れぬ威厳があった。
 1000の年月も越えてきた魔女にとっては、このような初歩的なトラップなど遊びにすぎないのかもしれない。
「『永遠の安らぎを与えてくれる』秘宝――聞こえは良いが、そのような言葉には、多くの場合、落とし穴があるものよ。『死こそ、永遠の安らぎ』という言葉もあるように、使用者、あるいは所持者をそういった状態に至らしめる宝なのかもしれぬ。二度と目覚めぬ眠り……といったようにな」
 その言葉に思わずモーラは震えあがり、ぎゅっと木彫りの杖を握った。
 そんな彼女たちの後ろにいた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、カナタに相槌を打つ。
「確かに」
 その声にモーラたちが振り返ったのを確認して、満を持してといったように彼は語った。
「地球の音楽で『暗い日曜日』と言う曲があってだな、聞くと自殺したくなるような曲だそうな……音術師の遺跡の中にもそんな歌があるかもしれないな。エンドレス・ブルーがどうかは分からないが、そんなものを聞いて死んだ者たちが、幽霊となって遺跡を彷徨ってるかもな」