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第2章 音術師の記録 3

 心を水に。
 そしてそれを凍らせることによって、心は平静と冷酷を保つことが出来る。
 まるで糸のように張り巡らされた五感は、この遺跡を守ろうとする守護者を感知した。機晶石を用いた機械人形のように見えるが、その体躯に様々な魔術の紋様が描かれている。それが効果を発揮しているのかどうかは分からないが、奴らの動きは一体一体がそれぞれ近しいようで異なっていた。
「…………」
 そんな遺跡の守護者たちに囲まれている樹月 刀真(きづき・とうま)は、音もなく身構えた。パートナーが――艶やかな美しき黒髪を靡かせた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が言う。
「刀真……来る」
 もう一人のパートナー、玉藻 前(たまもの・まえ)も、彼女の告げた声で身構えた。同じ黒髪ではあるが、前のそれは、どこか妖艶な雰囲気の顔立ちを引き立てる飾りのように見えた。そんな黒髪が前の腕からぱさりと落ちたそのとき。
 瞬間――機械人形は動き出した。
 敵の視線、構え、わずかな動作から敵の狙いを把握し、気配や重心からそのタイミングを窺う。もはやそれは、刀真にとって当たり前とも言うべき戦いのセオリーだった。体に染みついた戦闘技能は、無意識のうちに発揮される。
 振り抜かれる機械人形の剣。
 間合いを見切る刀真。だが、彼はあえてそれをずらした。そうとも気づかぬ機械人形は、相手を追い詰めていると錯覚して幾度も剣を振るう。
 触れるか触れないかのギリギリのラインまで引きつけて――刀真は敵の懐に潜った。
「…………ッ」
 機械人形がとっさに下方へと剣を引き戻そうとするが、すでに遅い。
 刀真はその手に握る光条兵器――漆黒の黒き刀身をした片刃剣を一閃した。風を切った音も一瞬。剣線はもはや視覚することすらできない。
 だが、機械人形の首はずり落ちて……ガタン、と地に転がった。
 その間――わずか数秒だ。
 刀真は、そんな作業のような殺戮を繰り返した。そこに言葉はない。ただ黙々と、ただ淡々と、機械人形を葬っていく。氷のように冷たい冷酷の殺意。それは、彼が何を思って刻む刻印なのか。
 あらかたの区切りがついた。
 そのとき――ふいに刀真は両の頬を挟まれて、ぐっと首をひねられた。
「…………」
 目の前にいたのは月夜だった。バランスを崩して、彼女に押し倒される形になる刀真。
 少女の黒曜石のような黒い瞳は、じっと刀真を見つめていた。互いの瞳の奥を見つめあって、鏡に映ったような自分の姿を見る。月夜は、彼の瞳に映った自分に問いかけた。あなたは本当に、私なの……?
 近づく顔。近づく唇。刀真は、まったく抵抗することはなかった。
 それは、信頼? それとも、興味がないだけなの?
 やがて唇は重なり合おうとする。
 が――
「失せろ…………我が一尾より煉獄がいずる!」
 背後に近付いていた気配に向けて、前が放った煉獄の炎がその空気を破壊した。振り返った月夜の眼前には、黒こげになった機械人形の姿。
 金毛の九尾を発現させた前が、呆れたように二人を見ている。
「ご、ごめんなさい……」
 月夜は刀真から離れ、彼は静かに起き上がった。
 前に向けて、頬を赤らめながら月夜が言う。
「玉ちゃん……ありがとう」
「……二人の世界を作るのは良いが……刀真がお前にされるがままになっている意味を良く考えろ、月夜」
 それは誰よりも分かっていて、誰よりも分かりたくない――そんな感情なのかもしれない。月夜は自分のふがいなさを恥じるように、顔を伏せた。
 そのときも、刀真は何も言わない。だが、月夜の頭にくしゃりとあたたかな温もりが乗った。
「刀真……?」
 優しげに月夜の頭を一撫でして、彼は先に進んでいった。
 その瞳に映るのは変わらぬ鋭い殺意だが、それでも月夜の頭を撫でた彼の手のひらの温かさは、きっと偽りなんかではない。
 そんな二人を見て、前は少しだけ月夜のことを羨ましく思った。



 なんというか……違和感だ。
 熊谷 直実(くまがや・なおざね)は、己が契約者である佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)を見ながらそんなことを感じていた。
 二人がいるのは、とある『音術師』が建てたとされている地下遺跡の中だった。遺跡と言えば、魔物の巣となっているのが常とうである。冒険者が数多く訪れるこの遺跡であれば修行にも最適だろうと、直実は弥十郎を連れてやって来た。
 ――までは、良かったのだが。
「うむ……とっさの判断だが、中々よい技だ」
 敵の攻撃を足で払った弥十郎に、直実は感心したように言った。
 しかしどこかやはり、違和感はぬぐえない。そもそも弥十郎の髪が黒髪になっていることすら、彼には怪しげに見える。「最近、こういうウィっグがはやってるんだよ」というのは弥十郎が弁解したものだが、これまでに彼はウィっグをつけたことがあったか……?
(どこかで見たことがあるような気がするのだが……)
 また、直実が違和感を感じる理由は他にもあった。
 あまりにも、弥十郎の動きが洗練され過ぎているように思えるのだ。
 今回の修行の目的は『モンスターの攻撃を避け続け、疲れた所を威嚇して逃がす』というものである。むやみやたらに敵と闘ったりはせず、いかに相手の攻撃を避け続けるかだ。
 正面の敵の攻撃を軽く動きながら避け続けていた弥十郎へと、背後から飛びかかる敵。普段の弥十郎であればこれを避けるのは至難の業だ。少なくとも、直実の知る限りの弥十郎であれば。
 だが、弥十郎は全く動じる様子もなく素早くそれに対応した。ぐんと体がひねられたと思ったら、彼は股を割くようにして体を落とす。そのまま、足技だけで敵を払い飛ばした。相手が動きをとれなくなったその一瞬に、跳躍して距離を稼ぐ。彼は、汗一つかいていなかった。
(……何十年も修練を積まねば、このような動きはできん)
 違和感は一つの疑念を生む。
 目の前にいるのが、弥十郎ではないのではないか、と。
「あぁ、しまったぁっ!」
 ちらりと直実を見て、派手にすっころぶ弥十郎。
「………………」
 そういったところは確かに弥十郎っぽいところではあるのだが……どうにもこうにもわざとらしい気がした。
 そうこうしているうちに、魔物たちは全て威嚇によって逃げ去った。
 修練を終えてよくよく見てみても、やはり弥十郎は疲れを微塵も感じさせなかった。ますます、疑念は募るばかりである。
 だから、それを確かめるために――
「あの部分はこうではなかったか?」
 直実はこれまで弥十郎に見せたことのない技を繰り出した。拳を利用したそれが、弥十郎の頭部に直撃する――かに、見えたとき。
 瞬間だった。
 弥十郎の振りあげられた足が、直実の拳を掴むようにして防いだのである。弥十郎はそれに気づいて、慌てて言い繕った。
「あ、あははは、ぐ、偶然もあるもんだねぇ……」
「そ、そうだな……」
 直実は拳を下ろして茫然と言った。
 受け止められるとは思っていなかった。失意と、そして戸惑いが心に波を作る。
(やっちゃったなぁ…………ま、いいか)
 そんな直実を背後に歩きながら、弥十郎――いや、彼に憑依する奈落人、伊勢 敦(いせ・あつし)は、のんびりと口笛を吹いた。