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第8章


「何――してるの?」
 ツァンダの街のどこかの部屋で、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は話しかけられた。
 相手は、パートナーである御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の大切な人。
 ツァンダ付近で起こった事件を解決するため、また今日も陽太は出かけている。
 自分の代わりにと、エリシアを護衛に残して行くのも、まあいつものことだ。

「メールですわ、あちらの首尾はどうかと思いまして」

 エリシアは答えた。自分が冒険に連れて行かれないことには、特に異論はない。
 陽太だって、本当は自分が傍にいたいだろうにと、エリシアは彼の内心を慮って、緑の瞳を少しだけ伏せた。

「――あ」

 さほどのタイムラグも置かずに返信がある。まだ余裕がある、ということだろうか。
「何だって?」
 メールを読んだエリシアが、問いかけに答えた。
「――ひたすら闇の中をマッピングしている、とのことですわ」
 その言葉を聞いて、女二人は少しだけ笑ってしまった。


「なんというか――相変わらず、地味に活躍中ね」


                    ☆


「確かに地味ではあります――かつ時間もかかるでしょう。
 しかし、必ずしも『敵を倒す』ことが今回の目的ではない以上、これも有効な作戦だと思います」
 と、噂の御神楽 陽太は言った。

 会話の相手は、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)とそのパートナー、ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)
 二人は陽太と同様にこの『黒の通路』攻略に乗り出したのだが、どうせ同じようなルートを通るならと、互いに協力することにしたのである。
 陽太の言葉に、シャウラも頷く。
「――確かにね。今回のミッションの目的はあくまでブラックタワーの開放にある……。
 なら、不必要にやりあわなくてもいいかな。トラップの対処法も、一応あるわけだし」
 長い金髪をかきあげて、シャウラは笑みを作った。
 シャウラはテレポーター対策として、パートナーのユーシスとロープで互いを結びつけていた。

「まあ……とりあえず二人同時に引っかからなければ大丈夫、ということは判明しましたからな」
 ユーシスはロープを握って笑う。
 その様子を見て、陽太のパートナー、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)とツァンダ付近の冬の精霊ウィンター・ウィンターもまた笑った。

「ナイスアイディアだよね、ウィンターちゃん!!」
 シャウラとユーシスの真似をしてウィンターと長いロープで繋がれたノーンは、満面の笑みを浮かべる。
「まったくでスノー、お主、頭いいでスノー!!」
 遠慮のないウィンターは、シャウラの背中をぽんぽんと叩いた。
「はは、お褒めに預かりまして」
 少しおどけた様子で答えるシャウラ。基本的に陽気で女好きな性格ゆえか、相手が子供であろうとも女性に対する扱いは変わらない。

「――よし、マッピングを続けましょう」
 と、陽太はノーンとシャウラたちを促した。
「いいかいノーン、ウィンター。自分の右手側の壁に沿って歩くんだ」
 シャウラが促す。この『黒の通路』は漆黒の闇に包まれていて、明りなしではまともに歩くことすら怪しい。
 陽太たちは、まずは基本的に歩ける箇所を探り、マップ上の座標から考えて『ここに部屋がなければいけない』という場所を探り当てるつもりなのだ。
 確かに時間はかかるし、目的の場所を見つけるまで通路を踏破し続けることになるのだから、敵モンスターに見つかる危険性も高いが、ただでさえ視界の利かない地下通路で、しかもどこに飛ばされるか判らないテレポーターのトラップがある通路においては、もっとも確実性の高い方法と言えた。

「さて……ここまではOK、と」
 陽太は『タブレット型端末KANNA』と『銃型HC』を併用して、コツコツと地味にマッピングを進めた。
「えーと、あっちはどうなってます?」
 それでも極力モンスターとい遭遇する可能性を減らしたい一行は、懐中電灯などの明りの使用は最低限にとどめている。
 陽太に請われ、シャウラは『セフィロとの弓』から『ティファレトの矢』を暗闇の中に撃つ。
 光り輝く矢は、その斜線上にあるものを照らしながら一直線に飛び、やがて壁に当たって落ちた。
「前方10メートルまで障害物なし、です。突き当たりの壁は両側に伸びていました」
 その矢が照らした情報をユーシスが陽太に伝える。
 シャウラが矢を射ち、ユーシスが観察する二人の息はぴったりで、陽太のマッピング作業もはかどるのだった。

 確かに、通路全をて踏破すれば最終的に隠し部屋に隠されているという『黒水晶』も見つかるだろうが、もしその前に見つけられれば越したことはない。もし、光の矢が壁の中に吸い込まれていったら、そこが隠し部屋、というわけだ。

「誰だって、争いたいわけじゃないのにね。どうして、魔族のひとたちは戦いたがったりするのかな?」
 ウィンターと繋がれたノーンは、素直な気持ちを口にする。
「まったく理解できないでスノー。誰だって人と争うよりも仲良くする方がいいに決まっているでスノー」
 純真な二人の会話に、シャウラは目を細めた。
「ああ……そうだな。みんな、仲良くした方がいいよな」
 その言葉に、笑顔を向けるノーンとウィンター。

 シャウラは軍人だ。もともと、山が好きなだけで入った教導団。軍隊の仕事が好きなわけではないが、自分に課せられた義務は果たさなければならないと思っている。
 南カナンに派遣され、初めて戦争を経験した。
 軍人の義務として、仕事として敵を撃つことに納得したわけではないし、嫌悪感を拭い去ったわけではないが――。

 一見軽薄でただの女好きに見られがちなシャウラだが、その内心では様々な思惑が揺れている。
 そのことを、パートナーであるユーシスは口にこそ出さないが、知っていた。

「――シャウラ?」
 ウィンターの言葉に我に返るシャウラ。微笑みを返して――軽く首を振った。
「……何でもない。さ、行こうか……鍵が隠されている部屋なら味方も集まるだろうから、比較的安全だろう……。
 ノーンたちはそこに隠れているといい。……何も、好き好んで戦いに巻き込まれることもないさ」
 その横顔を、ユーシスは見つめていた。
 ユーシスは吸血鬼、シャウラは人間。

 いつかは主として寿命で離れる運命であることを理解しつつも、親友であり良き相棒でもある二人は、自分たちの人生という道を歩いている最中だった。


 まだ、答えは見つからないけれど。


                    ☆


 という慎重かつシリアスかつ比較的地味な一行の前に現れたのが前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)である。


「……」
 陽太は絶句した。
「よう!! お前らも探検か!? やはりここにお宝があるのは間違いないようだな……」
 風次郎は、ライトのついた軍用ヘルムにジーンズ、グレートレッグにサバイバルベストといういでたちだ。
「あ、風次郎でスノー!! 今日も相変わらず探検してるのでスノー!?」
 と、ウィンターは挨拶をする。風次郎は表情を和らげ、大きな手でウィンターの頭を撫でた。
「はっはっは……当然だろう……何しろ、今の俺は洞窟探検者(スペランカー)だからな!」
 びしっと親指を立ててみせる風次郎。

「探検家も結構だが……その装備でここまで来たのか?」
 と、シャウラは渋面を作った。たしかに、洞窟を探検するには良い装備かもしれないが、風次郎がその手に持っているのは『匠のシャベル』で、穴を掘るには最高かもしれないが、戦闘においてベストな選択かといわれればそうでもない。
 その意見に、陽太も賛同する。
「そうですよ、ここには敵だっているかも知れないんですから」

 だが、その二人の言葉に風次郎は答えた。


「え、敵? 誰?」
 と。


「……え?」
 一行は絶句した。
「……えーとね……魔族6人衆とか……Dトゥルーっていう魔族のおじさんとか……その部下の人たちも……」
 困惑した顔で、ノーンが解説する。しかし、風次郎はまだきょとんとした顔で返す。

「……誰? まあいい、探検には危険がつきものだ!! ここがザナドゥ的地下迷宮だということは判っている!!
 ならばここには何らかの宝があるはずだ、きっとある、あるに違いない、あるに決まった!!」

 どうやら、風次郎はこう見えて色濃くザナドゥ時空の影響を受けていたようだ。
 突然現れた怪しい地下通路に誘われてふらふらと迷い込んできた、というのが実情だろう。
「……ちょっと待って下さい。私達がマッピングを始めてからもう結構経ちます。
 かなり奥まで進んできたと思うのですが……テレポーターの罠をどうやって潜り抜けてきたのですか?」

 ユーシスの至極もっともな疑問に、風次郎は歯を見せた。
「……ふん。そんなもの、研ぎ澄まされた探険家の勘の前には無いも同然!!」


そんなバカな、とその場も誰もが突っ込んだという。


「なるほど……探検家の勘、か」
 シャウラが呟く。
 それは、探検家としての経験と技術、そしてザナドゥ時空とかなり高いレベルでシンクロしてしまった風次郎の超人的な勘によってもたらされた探検センスだった。

 トラップに対しては注意深く、しかしそれ以外の所では大胆な風次郎の探検は、次々に陽太のマップを埋めていく。
「すごい……これなら、思ったより早く『黒水晶』の場所が割り出せますよ」
 その呟きに、風次郎が振り向いた。
「そうだな……」
 す、と匠のスコップを構える。
「え?」
 ぶん、と轟音がしてスコップがうなりを上げた。

「グギャアアア!!!」
 悲鳴がして、闇に紛れたモンスターが倒れる。
 陽太は壁を背にして歩いていたはずだが、その壁の中からモンスターが現れて陽太を狙っていたのだ。
 だが、風次郎の極限まで研ぎ澄まされた殺気看破の前に、隠れきることはできない。
「――壁からモンスターが……ということは」
 シャウラが、注意深く壁に触ると、不思議なことにその壁は空中に映し出された映像のようにすり抜けることができた。

「よし、ここが目的地だな」
 一行が中に入ると、そこはあまり広くない殺風景な部屋で、中央の台座には『黒水晶』が置かれていた。
「よっし、お宝ゲットでスノー!!」
 と、ウィンターがそこに無防備に近づく。
「――待て!!」
 風次郎が声をかけるが、遅かった。
「ス、スノー!?」
 部屋の地面一杯に、光る魔方陣が発動する。
 不用意に近づいた者に反応する仕掛けなのだろう、しかしその罠は、陽太たシャウラたちがこの通路で経験したテレポーターのトラップとは違っていた。


「……これは……ヤバいかもしれないな」
 そこから現れた山羊頭の少女、ザナドゥの地祇 メェの姿に、呟くシャウラだった。


                              ☆