蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ

リアクション公開中!

【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ
【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ 【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ

リアクション

 
 結局、東京で一泊して、二人は朝の地下鉄ホームに立った。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は少し残る眠気の重さを瞼の上に感じながら、隣に流麗な物腰で佇んでいるティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)を見やった。
「変な感じね」
「……え?」
 ティセラが不思議そうにこちらを見たので、祥子は軽く首を振った。
「目当ての場所までは、ここから北千住へ出て、そこで特急に乗り換え――といってもピンと来ないか。
 大体、ここから2時間ぐらい。着くのはお昼頃になるかな」
「着く頃には晴れてると良いですわね」
「予報だと大丈夫そうだけど」
 駅に潜り込む前に見た空は灰色に曇っていて、地下のホームにはひたひたとした湿気が漂っていた。
 電車がホームへと滑り込み、二人は大勢の勤め人に混じって乗車した。

■許される世界■

 中心から郊外へ向かう電車は、進むに連れて人々を吐き出し身軽になっていった。
 余裕の出来た横長のシートの端っこに並んで座り、地上へと抜け出した景色を見た。
「雨は上がったみたいですわね」
「後は雲がどっかに流れていってくれれば完璧ね」
 二人を乗せた電車は、やがて北千住に着く。

「先ほどのものと色も形も違いますのね」
 ティセラが物珍しげに、これから二人が乗り込む特急列車を眺めていた。
 売店から戻ってきた祥子はティセラを促して列車へと乗り込みながら言った。
「特急と言って、ここまで乗ってきたのとは運用が少し違うの。
 比較的長時間の乗車を想定しているから、中もくつろげるようになってるわよ」
 座席を探し当て、二人分の荷物を棚に押し込む。
「確かに席の作りも違いますわね」
 背もたれを倒している乗客を見やりながら、ティセラが零す。
 祥子は彼女の方に振り返って言った。
「というわけで、我々はこれから110分の旅を満喫することになるわ」
「それで、このお菓子の量なのですわね」
 ティセラは祥子に促されて座席に座りながら、祥子の持つ袋を感心したように見やっていた。
 特急の乗客は老人や主婦のグループが多かった。
 落ち着いた雰囲気がある。
 走り出した電車の窓の向こうには、雲間から落ちる数本の光の柱が見えた。
「こうして車窓を眺めると、旅してるって感じがするわね」
「わたくしは空京を出てからずっとですわ」
 車窓から街並みを覗くティセラが楽しそうな声を返す。
 祥子はそれだけで少々の満足感を覚えながら、自販機で買ってきていた缶をプシッと開いた。
「ビール?」
 振り返ったティセラへ、開けた缶ビールを渡し、祥子はもう一本の缶ビールを開けた。
 渡された缶ビールを手に、ティセラが目を細めて笑む。
「昼間からですの?」
「そのための電車旅だもの」
 祥子は片目を瞑りやって、とんっと缶の端をティセラのそれに鳴らした。

 ◇

 旅館に着いて荷物を降ろした二人は散策に出かけた。

 ザゥ、と頭上の紅葉を鳴らして川の先へと流れる風。
 雨上がりの名残りを含んだ心地の良い風だった。
「空が青い」
 紅く彩る渓谷の山道だ。
 ティセラが長い髪に手を掛けながら、立ち止まって空を仰ぐ。
 木々の向こうの谷底を渓流の音が流れ、葉の擦れ合う囁きの中には晴れ渡った空から落ちた木漏れ日が揺れていた。
 そのカラカラと踊る光がティセラの頬を擽っていた。
 額にかざされる手、眩しそうに細められる目。
 祥子も倣って木々の葉が覆った先の空を見上げた。
 赤い穂先を滑る陽の光がひらひらと眩しい。
 鳥の声、何処かで子どもたちが笑い合う声、風の音、川の流れ、揺れて舞った紅い葉。
 そんなものを楽しみながら、二人は旅館へと戻った。
 まだ日が高い内の温泉を味わうために。
 折良く、露天風呂には誰も居なかった。
 湯気が湧いては霧散していく先で紅い葉が揺れ、とぽとぽと掛け流されるお湯の音が鳴っている。
「山の中から見る紅葉も良かったけれど、こうして、温泉に浸かりながらというのも……やっぱり格別ね」
 はふ、と息を零して、祥子は露天風呂の中で思いっきり手足を伸ばした。
「何だか子どもみたいですわね」
 声が頭上から聞こえたので、そちらの方を見上げると纏め髪のティセラが祥子を見下ろして微笑んでいた。
 くて、と首を後ろに倒して、逆さにティセラを見上げたまま笑い返す。
「今は他に誰もいないし」
 じんわりと染み入る温度と弛緩して表情がどうしても緩くなる。
 ティセラが湯の中へ静かに身体を滑らせ、ほぅっと息をつく。
「これは、確かに……」
 小さな音を立てて覗いた両手の指先が絡められて、白い腕がちゃぷっと伸びをした。
 そうしてティセラも祥子と同じような格好で湯に肢体を伸ばしたのだった。

「夕日が赤を一層強くしますのね」
 祥子たちが宿泊する部屋の縁側。
 そこからは、ちょうど先ほど散策していた渓谷と、その下を流れる川を眺めることが出来た。
 涼やかな風が湯上りの火照った身体に心地良い。
 浴衣姿のティセラは、すぅっと背筋を伸ばした格好で縁側に腰掛け、お茶を飲んでいた。
 山間を差した夕暮れの茜色が紅葉の森を撫で、世界を艶帯びた紅と影の二色に染めている。
 ティセラの隣に並んでいた祥子は縁側の外へ足を投げたまま、ぱたん、と仰向けに転がった。
 夕日差す天井が見えて、秋風とお茶、そして、畳の匂い。
 長く長く息を吐いて、呟く。
「最高ー」
 つい、とティセラの方を見やり。
「一緒にどう?」
「寝転がるのですの?」
「気持ち良いわよ」
「ふむ……」
 ティセラが浴衣の裾を整えてから、ゆっくりと祥子に倣う。
 彼女の髪が畳に擦れた音。
 二人で同じ天井を見上げる。
 秋の山を鳴らした風が肌を滑っていく。
 ティセラが、やはり長く長く息を吐いて。
「眠ってしまいそう。
 身体が重いというわけではなく、なんというか――」
「身体の力が良い感じに抜けてる?」
「ええ。
 ……重症ですわ。
 こんなにのんびりとしてしまって、危機感も罪悪感も無いなんて」
 ティセラが半分冗談めかすように、半分本気の様子で言った。
 それから少しの間を空け。
「こういう感じ、とても久しぶりで……懐かしい」
 ぽつ、と零される。
 天井を見つめていた祥子は上半身を起こした。
「ねえ、ティセラ」
 見上げてくるティセラに小首を傾げてみせる。
「夕食を頂いたら、もう一度お風呂に入らない?
 きっと、今日は月の明るい良い夜だわ」

 月明かりが空を濃紫に潤し、色の静まった山と川面へ落ちていた。
 露天風呂に浮かべた盆には白い徳利。
「秋は夕暮れ、か」
 リーリーと虫の音が湯音に混じって聴こえる。
「日入り果てて風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず……」
「それは?」
 ティセラに問われ、祥子はお猪口を片手にゆったりと笑んだ。
「昔々の日本人が書いた言葉よ」
 お猪口を傾け、フゥと一つ息をつく。口元から月光の小さな波が広がる。
 そして、祥子はティセラの方を見やった。
 彼女は風呂の縁に腰を下ろし、足先を湯に落としていた。
「私が日本人だからこんな過ごし方を好むのだと思うのだけど……ティセラはどうかな?」
 お猪口を持った手を膝に置いたティセラが柔らかく笑みを浮かべ。
「抗いがたいですわ。心と身体が解きほぐされて、感じるもの全てを自然に受け入れている」
 ティセラが自身の胸元に片手を置きながら言って、祥子を見つめた。
「こんな過ごし方を教えていただけて、本当に感謝していますの」
「そっか……楽しんでくれているなら嬉しいわ」
 なんとなく、ほのかな気恥ずかしさを感じて、祥子はティセラから渓谷の方へと鼻先を返した。
「…………。
 一時は憎悪もしたけど、エリュシオンには感謝かな。
 ……あなたと、こうして過ごすことができるんだから」
「ねえ、祥子」
「ん?」
「また、わたくしは貴女と一緒にここへ来て良いのでしょうか?」
 ティセラの言葉に、少しの沈黙を置いてから、祥子は目を閉じて笑った。
「貴女はそういう風に生きていいのよ。ティセラ」

 ◇

 ホームでは発車のベルが鳴っていた。
「そのお土産、多すぎない?」
「多くも少なくもありませんわ。だって――」
 ティセラが止めど無く十二星華や契約者の名前を挙げていくのを横に、祥子は、やれやれと小さく笑いながら特急に乗り込んだ。
 続いたティセラが乗ったところで扉が閉まる。
 彼女は大荷物を手に、未だお土産を渡す相手の名前を並べていた。
 ゆっくりと走り出す列車。
 祥子はティセラと共に席へ向かいながら、ふと思い出して言った。
「ところでさ。
 昨日、山を散策中に出てきた猪」
「ええ、遭いましたわね」
「あれが急に逃げていったのは私とティセラ、どっちのせいかしら?」
「祥子、お腹を空かしてました?」
「どういう意味かな、それ」
「あ――飲み物とお菓子を買い損ねてますわ!
 我々はこれから110分の旅を満喫しなくてはいけませんのに。
 あ、でも、これは車内販売を利用するチャンス……?」
「お土産のおまんじゅう、味見してみない?」
 そんな二人を乗せ、特急は紅葉の渓谷を後に加速していた。