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リアクション
【勝負の意味は】 〜 三船 敬一&レギーナ・エアハルト 〜
「−−それで、私と手合わせしたいと、そういうのかね?」
「はい。是非にでも、お願いしたい」
三船 敬一(みふね・けいいち)は、正座したままの膝を進める。
太刀合いにかける意気込みが、無意識の内に敬一の身体を動かしていた。
だが、その熱意にもまるで動じた風も無く、外代 沖也(としろ・おきや)は静かに訊ねた。
「訳を、聞かせてもらいたい」
「訳?」
「何故私との太刀合(たちあい)を望むのか、その訳を聞きたいのだ」
「あの時、あの島での戦いは、決着がつかずに終わった。俺は、あの時の決着をつけたいのだ」
敬一の言う『戦い』とは、一年余り前、葦原島南方の無人島二子島(ふたごじま)で起こった、反体制武装組織『金鷲党(きんじゅとう)』と葦原明倫館との紛争のことである。
この戦いで、明倫館側に参戦した敬一は、金鷲党の守備隊司令官だった外代と刃を交えた。
しかし、金鷲党の指導者遊佐 堂円(ゆさ・どうえん)の死を知った外代が降伏したため、決着には至っていない。
「もし本気で戦ったら、俺とあなたのどちらが強いのか。俺は、それが知りたいんだ」
「……悪いが、お引取り願おう」
敬一の話を聞いていた外代は、キッパリと言った。
「……ナニ?」
「聞こえなかったか?戦うつもりはないと言っている」
「何故だ?何故、俺と戦わない!」
「今の私は、もう武士ではない。既に、剣を捨てた身なのだ。已むを得ぬ事情があればともかく、そのような理由で戦う事はできない」
気色ばむ敬一に、外代はにべもなく答える。
二子島での紛争の後、外代は藩を辞し、士分を捨て、一人孤島で晴耕雨読の日々を送っていた。
「……どうあってもか?」
搾り出すように言う敬一。
「どうあっても」
だが、外代には取り付く島もない。
「敬一。どうやら、外代さんの意志は固いようだ。今日のところは、出直そう」
拳を、ギリギリと音がするほど握り締めたまま動こうとしない敬一。
その敬一に、レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)が声をかける。
「……すまんな」
それだけ言うと、外代は敬一に背を向けた。
促されるまま立ち上がったかに見えた、敬一。
だが、彼が次に取った行動は、全く予想外のモノだった。
「……なら、已むを得ぬ事情があればいい訳だな」
「敬一、ナニを−−」
「御免!」
手にした【銃剣銃】で、外代に突きかかる敬一。
背後からの一撃を、外代は殺気だけを頼りに交わす。
「戦えないというのなら、戦うようにするまでだ!」
「よせ、敬一!!」
「バカなマネはよせ!」
2人の静止を振り切り、立て続けに突きを繰り出す敬一。
そのことごとくを交わし、外代は敬一に正対する。
「刀を取らねば、死ぬぞ!」
銃剣を構え、一歩前に出る敬一。
後ずさる外代。
視界の端に、床の間の刀が映る。
「止めておけ。後悔することになるぞ」
まるで、最後通告のように呟く外代。
(ん……、なんだ……?)
外代のその言葉に違和感を感じ、敬一を止めようとするレギーナ。
「ヤル気になったか!」
だが、レギーナが言葉を発するよりも早く、敬一は飛び掛っていく。
大きく前に踏み込み、一気に急所を狙う。
「敬一!」
レギーナの叫びが、小さな小屋の中に響く。
2つの影が交錯した。
勝負は、一瞬で決した。
外代の頬に走る、赤い筋。
紙一重で交わした銃剣の傷から、朱い雫が垂れる。
一方、外代の鞘の鐺(こじり)は、寸分違わず、敬一の喉元を捉えてる。
もし寸前で止めなければ、敬一の喉笛は確実に潰されていただろう。
「ば、バカな……。一撃だと……」
愕然とした表情で、ガックリと崩れ落ちる敬一。
「……だから、止めておけと言ったのだ。お前の心には、迷いがある」
「迷い……?」
レギーナが、驚きの声を上げる。
「あぁ。わずかだが、それが剣にも表れている。さもなければ、今の突きは急所を捉えていたはず」
「敬一。そんな状態で、どうして……?」
「分からなくなったんだ、何もかも……」
誰に言うでもなく、呟く敬一。
「どうやら、訳がありそうだな。話してみるがいい」
外代に促され、敬一は、ポツポツと話し始めた。
子供の頃から武術や軍人が好きだった敬一。
進路として迷わず教導団を選び、入学後出会った軍隊格闘術に夢中になった。
日々研鑽を積み、努力を重ね、強くなるのが楽しかった。
それは、実戦を経ても変わらなかった。むしろ、実戦でしか得られない経験を元に、より一層格闘術に磨きをかけるコトに没頭した。
それが、この一年余りの間に、変わってしまった。
その原因となったのが、二子島での2つの戦いだった。
死をも厭わず、襲いかかってくる敵。
既に勝負が決しているにもかかわらず、尚も戦おうとする敵。
それは、最早戦争ではない。否、戦いですらない。
そんな極限の命のやり取りが続いた時、敬一は、ふと、疑問に思ってしまったのだ。
戦いの技術を極める事に、一体、どれほどの価値があるのか。
自分のやって来た事に、どんな意味があったのかを。
「それで、外代さんと戦えば、何か分かるんじゃないかと、そう思った訳ですか」
「教えてくれ、外代さん。勝負とはなんなのか。戦うコトに、どんな意味があるのかを」
「……教えることはできん」
「外代さん!」
レギーナが、悲鳴にも似た声を上げる。
「その答えは、自分で見つけ出すべきものだ」
「なら、どうしたらいい。あなたとの戦いでも、俺は答えをみつけることは出来なかった。俺はもう、どうしていいか分からないんだ!」
すがるような目で、外代を見る敬一。
「……分かった。なら、しばらくこの島で、一人で暮らしてみるがいい」
「この島で?」
「そうだ。進むべき道に迷った時は、一人己を見つめ直してみる事だ。幸いこの島には、私以外誰も住んでおらん。私が居なくなれば、一人になるのは簡単だ。それに粗末とはいえ、食糧の蓄えもある。当座暮らす分には困らんだろう。炊事は出来るな?」
「いやしかし、それじゃあなたが−−」
「ちょうど、一人にも飽きてきた所だ。しばらくの間、知り合いでも訪ねて回るさ。ちょうど、積もる話もある事だしな。一人静かに剣を振るい、己の心とじっくりと語り合ってみろ。そうすれば、自ずと答えは出る」
内心半信半疑のまま、敬一は頷いた。
「では、2週間後にまた戻る」
外代はそう言い残して、レギーナと共に島を離れた。
それから2週間、敬一は無心になる事だけを考えて、ひたすら格闘術に打ち込んだ。
そして−−。
「敬一!」
きっかり2週間ぶりに島の土を踏んだレギーナは、まっすぐ敬一の元へと向かった。
外代が、その後に続く。
2人を出迎えた敬一の顔は、すっかり無精髭に覆われていた。
着ている服もすっかり泥とホコリに塗(まみ)れ、ヨレヨレになっている。
この2週間、剣のみに打ち込んでいた事が、それだけでも分かる。
「どうだ、何か掴めたか?」
「正直、自分ではよく分かりません。ただ何か、スッキリしたような気はします」
外代の問いに、敬一がどこか晴れ晴れとした表情で答える。
「そうか。なら、一つ手合わせしてみるとするか」
まるで、散歩にでも誘うような口調で言う外代。
「分かりました」
それに応じる敬一にも、全く気負った様子はない。
この間とは、雲泥の差だ。
(敬一……)
だが、そんな敬一を見ても、レギーナの不安は晴れない。
しかし、今の彼女に出来るのは、ただ2人の太刀合を見届ける事だけだ。
「では……始め!」
レギーナの声と共に、それは始まった。
得物を構えたまま、対峙する2人。
間合いを測っているのか、はたまた隙を伺っているのか、共に牽制に終始している。
そんな静かなやり取りが続いた後、二人は、ほとんど同時に動く。
勝負は、一瞬で決まった。
敬一の喉笛を捉える、外代の刀。
外代の胸に突きつけられた、敬一の剣。
2人の身体を、冷たい汗が伝う。
「この勝負、引き分け!」
レギーナの声が、張り詰めた空気を一瞬で解いた。
「どうやら、迷いは晴れたようだな」
敬一の肩を叩いて、満足気な笑みを浮かべる外代。
「外代さん、この2週間有難うございました。レギーナも、色々と手間を取らせて済まなかった」
深々と、頭を下げる敬一。
「そんな……。何もしていませんよ、私は」
「礼には及ばん。進むべき道に迷ったら、また、来るがいい」
「有難うございます。でも、迷った時だけですか?」
「来るのは構わんが……、いきなり斬りかかるのは勘弁してくれよ」
そう言って、外代は大声で笑った。