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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第1章「聖域」
 
 
 ――ハイ・ブラゼル地方にある遺跡からゲートを越えてやって来た、便宜上第一世界と呼ばれる場所。
 その世界に広がる大平原を歩き、調査団は幻獣達の住まう聖域へと辿り着いていた。
 
「こいつは……平原よりも聖域の方が状況は酷いって予想はされてたが……」
「随分と瘴気が蔓延しておるな。この空気、わらわ達にとっても心地良いとは言えぬぞ」
 聖域に渦巻く気配を前に、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)魔導書 『複韻魔書』(まどうしょ・ふくいんましょ)が顔をしかめた。
 彼らの前に広がるのは草原や小高い丘、ちょっとした岩山などが見える聖域と、その中央にそびえ立つ神殿。一見神秘的な要素を醸し出しそうなそれらからは今、侵入者を拒むような怪しい雰囲気が漂っていた。
 それを感じて良い顔をしないのは勇平達だけでは無い。既に大平原での調査で狂暴化した幻獣と対峙した事のある竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)源 鉄心(みなもと・てっしん)もそうだ。
「以前平原で遭遇した幻獣達は瘴気に侵され、暴走していました。ここもそうなんでしょうか……」
「むしろそれ以上だろうね。平原の方はまだ人懐っこいのもいたけど、それを期待するのは難しそうだ」
 神殿の周囲にちらほらと見える幻獣は遠目からも落ち着きが無く、時折暴れているのが確認出来る。
「とりあえずここでじっとしてても変わらねぇよな。どうするつもりなんだ?」
 振り返った瀬島 壮太(せじま・そうた)の声に皆が顔を見合わせる。当初の予定は聖域と神殿の調査だ。そしてその中には狂暴化する幻獣を何とかするという目的も含まれている。
「この分ですと、聖域の調査はそのまま幻獣を大人しくさせる形になりますわね」
「可能であれば原因を探りたい所だな。これだけの瘴気。元を正さねばいつまた狂暴化が起きるとも限らないだろう」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)白砂 司(しらすな・つかさ)が神殿の周囲へと視線をやりながら言う。広範囲に渡って存在している幻獣達の暴走を抑えるには、結構な人数を割く必要があるだろう。
「神殿の方も入ってみた方がいいんじゃないのか? 聞いた話だと、幻獣の親玉みたいなデカい鳴き声が聞こえて来るんだろ?」
「解決方法が中にあるかもしれませんし、こちらを全く探索しないというのも問題ですね」
 対するニーア・ストライク(にーあ・すとらいく)水神 樹(みなかみ・いつき)は神殿そのものへの調査を希望した。確かにこちらも放ってはおけない対象だ。
「ふむ。これは悩みどころですね……どちらも重要ですが、荒事を考えるとあまりバラバラになり過ぎるのも困りものです」
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)の発した内容、それが一番の懸念だった。だが、彼の言葉にレン・オズワルド(れん・おずわるど)が静かに答えた。
「大丈夫だろう。ここには若者達がいる。たとえ多少困難な道となったとしても……乗り越えてくれるはずだ」
 その為に俺達のような大人がいるのだからな、という続きの言葉を、雰囲気で感じ取る。それを理解したルイはこれ以上無いほどの笑みを浮かべた。
「……ハハハッ、そうですね! では私も全力で、若い方々のお手伝いを致しましょう!」
 
「ねぇ、私は他の人が見たっていうワシの幻獣を見つけたいんだけど、誰か一緒に捜してみない?」
 聖域と神殿、それぞれに向かおうとする者達の中でライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)が呼び掛けた。最初に反応したのはレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)だ。
「ワシ型……フィーニスが調べたシクヌチカと思われる存在か……」
「そそ、絶対シクヌチカだよ! 調べた私としては絶対捜し出したいんだよね。村の時みたいに、またチームを組む?」
「……分かった。俺も力になろう……」
「そうこなくっちゃ!」
 最初の調査でライカとレギオンは共に村での情報収集を行うグループに所属していた。その縁もあり、今回も手を組む。他にも何名かが加わり、シクヌチカ調査隊が組まれる事となった。
「あの……ご迷惑でなければ、皆様の連絡先を教えて頂いてもよろしいでしょうか? シクヌチカ様をお見かけした時にお知らせしたいので……」
 携帯と銃型のHCを取り出しながら双葉 みもり(ふたば・みもり)がチームのメンバーの顔を見る。もちろん皆、それを嫌がりはしない。ただ、火村 加夜(ひむら・かや)が問題点を指摘した。
「この世界には電波が無いから、電話が繋がらないんですよね。その問題はどうしましょうか?」
「まぁ、そうなのですか?」
 加夜とみもり、二人の視線が篁 透矢(たかむら・とうや)へと向く。
「あぁ。最初にこの世界で調査をした時に分かった事だけど、全く繋がらなかったんだ。HC自体は使えるから直接顔を合わせればデータのやり取りは出来るけど」
 四つの世界の封印が解けた際の調査ではどこの世界にも行かず、花妖精の村に残っていたみもりに説明するように透矢が答えた。その時の連絡予定の相手だった榊 朝斗(さかき・あさと)も隣で頷く。
「平原から村に繋がらなかっただけじゃなくて、近くにいたはずの透矢さんにも連絡が取れなかったんだよね」
「そうなのですか。では、携帯で連絡を取る事は難しいのでしょうか……」
「あ、でもアインさん達が何とかするって言ってたよ」
 朝斗が指を差した方では蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が様々な機材を自分達の小型飛空艇や馬に載せている所だった。こちらの視線に気付いたのだろう。朱里が小物を選別している手を一旦止め、透矢達の方へとやって来る。
「どうしたの、皆?」
「朝斗から、朱里達が電話が出来ない状況を何とかするって話を聞いてたんだ。今積み込んでる機械がそれかい?」
「えぇそうよ。電波が無いなら、私達で用意出来ないかって思ったの。あまり広い範囲はカバー出来ないけど、これがあれば一応携帯が使えるようになるはずよ」
 朱里はこの考えを実行に移す為、アーティフィサーの技能を学んで機械や機晶テクノロジーへの理解を深めていた。運搬や組み立てといった大掛かりな作業は家族に任せ、自身は指示や細かい所の調整を行う事で神殿内部に携帯の簡易基地局を設置。それにより、ある程度の範囲でなら通話が可能になるはずだった。
 ちなみに肝心の機材だが、幸い遠隔地の調査という事で調査団全体の資材が色々あった為、そこから取り揃える事が出来た。といっても朱里の言う通り、あくまで範囲の限られた物だが。さすがにこの第一世界全体をカバー出来るほどの大掛かりな物を設置するには時間も資材も、そして人手も足りないだろう。
「それでは蓮見様の方が上手く行けば、皆様と連絡を取り合う事も出来るのですね。安心致しました」
「そうですね。じゃあみもりさん、今のうちに番号を交換しておきましょう」
「はい、火村様。よろしくお願い致しますね」
 みもりが加夜を初めとして、次々と連絡先を知らせ合っていく。作業を終えたアインが朱里へと近付き、肩を叩いた。
「どうやら僕達のやろうとしている事に期待してくれているみたいだね」
「そうね。期待を裏切らないように頑張りましょう、アイン」
 
「ん? 何やってるんだ?」
 準備が整って聖域へと入ろうとしている調査団のメンバー。その中で、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は何故か神殿に向かって手を打ち、頭を下げている上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)に気付いた。
「いえ、聖域に入る前に一応、と」
「ニ礼二拍手一礼。見事な作法だが……それは神社ではないか?」
「確かにそうなんですけどね。実家が神社に縁があるので、これが自然に出てしまうんですよ」
「神社に縁、か……世の中は意外と狭いものだな」
「という事は、君も神社の?」
「あぁ、俺は出雲の出身でな。今もある大社の宮司……兼、巫女をしている」
「なるほど、確かに狭いですね。機会があればそちらについてのお話を伺ってみたいものです」
「その為にはここで起きている事を早く解決せねばな」
「えぇ……行きましょう、幻獣達がこれ以上苦しまなくても良いように」
 互いに頷き、自分のすべき事をする為に歩き出す。氷藍は聖域へ。唯識は神殿へ。調査団による第一世界の本格的な行動が今、始まるのだった――